
宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy
序章 ……好き
ーー大学かぁ 意味ねぇ……
8月の真ん中っころにここの寮に入った。特別に作ったみたいにきれいな広い部屋。バスルームがあって寮ってのには不似合いなほどいいカーテンといい机が入ってる。一応ベッドは二つあるけど一人っきりになるのは分かってるからドアから見て左っ側のベッドに荷物を放り投げた。
そのまんま廊下に出てあちこち覗いて回る。半端な時期だからまだそんなに学生がいない。
(今夜の相手)
手っ取り早く見つけんのに注文つけてもしょうがねぇし。その気のあるやつには俺は一発で分かるらしいから不用心に自分を晒して歩く。
(この際女でもいいや)
別にどっちだって構わねぇんだ、ただヤれりゃいい。ベッドに一人じゃなきゃそれでいい。
「君、誰か探してる?」
振りむくと背の高い男。嫌味なほどハンサムだ。でも俺を見下ろす目が優しい……舌なめずりしてるけどな。それっくらい分かるってんだ。
「別に。迷子。コーヒー欲しくて」
「こっちだよ、案内する」
一緒に歩き出す。俺の歩調に合わせて。
(こいつ慣れてんな、引っかけるの)
初日だし、出来れば慣れてねぇヤツは有難くねぇ。だからコイツでいいやって思った。
「来たばかり?」
「さっき」
「ふーん、僕はソーヤーだ」
「俺はリッキー」
「アメリカ人には見えないね」
「そう? よく言われる。ついでに女か男かって」
「確かに」
キャンパス内のカフェが見えてきた。学生でごった返している。俺は足を止めた。
「どうした? ああ、混雑がイヤかい? 確かに席がないかもしれないね。買ってくるから僕の部屋で飲むってのはどう?」
誘い方がスマートだ。
「あんたんとこ、水ある?」
「あるよ」
「じゃ、それでいい。あんたんとこに行く」
っは、あうぅ……そ、こ……
ソーヤーは上手かった。もう3度目? 心地よく頭ん中が蕩けて……ああ……
「驚いたな、君は貪欲なんだね」
「も、イかせて、よ…… ぅあ、ああ、」
セックスの後のこの気だるさは好きだ。欲も得も無くただ眠りたい。これなら眠れる…… 俺はソーヤーの腕の中でぐっすり眠った。
「つまんねぇ……」
天気がいいから珍しく外に出た。あれからソーヤーんとこと、その後に見つけたテッドってヤツ。それからなぜかノラって女のとこを渡り歩いてる。
ノラとなぜ寝たのか分かんねぇ。酔っぱらって起きたらノラが隣で寝てた。ああ、酒飲める年じゃねぇだろ? ってのは、無しだ。俺にはそういう心配要らねぇんだ……
いつも行くカフェには今日は行く気が起きねぇ。だから空いてるベンチに寝っ転がった。木陰で吹いてくる風が気持ちいい。ちょっとうとうと。どうせ夜眠れねぇし。
「あなた、ちょっと席を空けてくださる?」
落ち着いた女の声。薄く目を開けて閉じる。うるせぇや、そんな気分じゃねぇ。
「学生よね」
「当たり前のこと聞くなよ」
「そうね。ちょっと頭どけて」
「他、行けば?」
「悪いけど私はいつもここって決めてるの。知ってる学生は誰も座らないわ」
「生憎だな、俺知らねぇ」
「きれいだわ、あなた」
怒った風もなくって、だから俺はやっとまともに目を開けた。座って惚れ惚れと女を見る。
「あんたもきれいだ」
「ありがと。座るわね」
いい女だ。遠巻きに見てる学生連中が見える。なんか特別な女か?
「俺はリッキー。あんたって、なに?」
「エウシュロフネ・トゥキディデス」
「えう……なんだって? それ、名前?」
「そうよ。ギリシャ人なの」
「自分で言って舌噛まねぇの?」
「面白いこと言うわね」
女がカラカラと笑ったのにちょっと驚く。
「私にそんなこと言う学生はいないわよ」
「そんなこと……舌噛むってこと?」
「それも」
「えう……」
「エウシュロフネ・トゥキディデス」
「めんどくせぇよ、エシューでいい?」
途端にその顔に面白そうな笑顔が浮かんで悪戯っぽい顔になった。思わず言った。
「かわいい」
「私のこと?」
「うん、可愛いって思った」
「ね、私のところに来ない? もっとお喋りしたいわ」
生憎今日は女って気分じゃなかった。抱くよりも抱かれたい。でもソーヤーもテッドもイヤだ。今日は知らねぇヤツがいい。
「誰か来るのを待ってるの?」
「特にってわけじゃねぇけど…… いい男が通らねぇかなって」
「男が良かったの?」
「今日はね」
「女にしときなさいよ」
まじまじと見た。
「俺と寝ていいって思ってんの?」
「そうね。寝たいわ」
「まさか俺がレズだと思ってねぇよな? たまに間違われんだ」
「きれいだけど女には見えてないわよ。そもそも私そっちじゃないし」
セックスどうのこうのじゃなくて喋ってんのが面白くなってきた。俺はエシューについて行った。
エシューは超セクシーだった。そして、大人。セックスに余裕がある。
「リッキー、あなた良かったわ。ね、つき合わない?」
「俺、愛とかそういうんじゃセックスしねぇんだ」
「奇遇ね。私もよ。体の相性が良ければそれでいいって思わない?」
俯せだった俺は仰向けに転がった。
「ならいい。エシュー、最高だったし」
「ありがと。じゃそれで成立。お互いの生活に干渉は無し」
「OK。理想的」
これで4人。まあいっか、と思う。
窓の鍵が壊れて開かない。
「こんなの調べとけよな」
天井を見て喚く。牢を作ったくせに手抜きは許せねぇと思った。でも仕方ねぇ。隣りのヤツのとこに行く。
「なに?」
こいつ、名前なんだっけ。なんかとろくせぇヤツ。
「窓の鍵が開かなくてさ。なんか道具とか持ってる?」
「持ってないけど。ロイってヤツんとこに行ってみれば?」
「ロイ?」
「何でも屋だよ。金払うけどたいがいのことはしてくれるよ」
教えられた2階のロイってヤツんとこに行ってみた。ノックすると
「入れよ、開いてる」
ってざっくりした返事で気に入った。
「俺リッキーってんだ。1階の角部屋にいる。窓が開かないんだけど」
「窓? 行くよ。……待って、角部屋って、南側の?」
「そうだけど」
じっと見られてだんだん機嫌が悪くなってくる。
「いい、忘れて」
「違う! ごめん、リッキーでいいんだよね。あそこの部屋、噂になってたんだ。特別な部屋らしいってね。それにこんなに美人が住んでるなんて思わなかった!」
美人っていうとこを見るとこいつにもそっちの気があるってことか?
すぐに窓が開いたのには驚いた。
「何、したんだ?」
「錆を落として油を差しただけ。3ドル」
「それだけで?」
「それだけって、俺の生活費かかってるし」
「来いよ」
顎を掴まえて濃密なキスをしてやる。途中から油差しを落としたロイが俺の背中を抱き込んだ。
んふっ……
(こいつ、いい感じ……)
唇を放した途端にロイが真っ赤になった。
「お前って結構いい。なぁ、チャラにしろよ。それよか今夜寝ないか?」
「えと、リッキー、俺は」
「おい、誤魔化すなって。誰に言うわけじゃねぇし。出来ればお前んとこに行きたい。何時ならいい?」
これで5人だ。なんとかやって行けそうな気がする。誰もいない時は適当に見繕えばいいや。きっと相手には困んない。俺は自分の武器を心得ている。だいたい、人との付き合いにセックス以外に何がある?
もうすぐ8月が終わる。芝生が気持ち良くて寝っ転がっていたけどきゃあきゃあ煩いから場所替えしようかなって思った。
「フェル、行け!」
珍しい、女だけじゃなくって男からも声かけられてるヤツがいる。
「そこだ、フェル!」
「決まったぁ!」
たかだかハーフコートのバスケ。なに騒いでんだか。そう思って起き上がって近づいてった。ど真ん中にその男がいた。俺の嫌いな汗ぐっちょり系の男。いかにもスポーツばか。でも見たことも無い笑顔がそこにあった。眩しくって、シャツを捲り上げて顔を拭いてる。背中が開いたとこをバシバシ叩かれてる。
「痛いってば! やめろって」
ちょっと低い声が明るく響く。
(俺と真逆のヤツだ……)
あんな風に笑うなんて出来ない。青い瞳が相手を真っ直ぐに見る。
「次、行くぞ!」
人差し指を1本立てて走り出す。パスを受けてすぐにゴールへ。
「止めろ! フェルを止めろっ」
相手側が叫ぶけど止まんない。勢い余って相手がシャツを掴む前にゴールにボールが入った。背中が破けた。
「おい! 貧乏な僕のシャツを破いたな!」
「悪い! 後で俺のをやるよ」
「入らないよ、小さくて。参ったな」
怒りゃいいのに。理由があんのに怒らねぇって、偽善っぽくないか?
「後でカンパする! おい、みんなフェルにシャツ買ってやろうぜ」
断るだろうって思った。俺なら断る。恵んでもらうなんて冗談じゃねぇ。
「ホント? 助かるよ! ありがとうな!」
嫌味も何にもない笑顔。とびっきり青い目が笑ってる。その瞳に……捉まる。
「もう1本行こうか!」
別のヤツが叫んですぐ始まった。
「フェル! お前に回すぞ!」
「ばか! 黙って回せよ!」
すぐに周りを囲まれた。そこに叫んだヤツが思いっ切り上にボールを投げた。一斉にボールを掴もうとみんなが跳ぶ。でも掴んだのはフェルだ。
(すげぇジャンプ!)
でも飛び降りた時には前後2人に挟まれてる。そのまま体が沈んで小刻みなドリブルをしながらデカいフェルが2人の間から抜け出した。まるで誰かにパスするみたいにジャンプしたから、そばにいるヤツがフェルの前に手を突き出した。けど、途中で体を反転させたフェルの手からボールが輪っかの網を抜けて落ちた。
「おい! 今の反則だろ!」
「なんでさ」
「上手過ぎ! レベル、合わせろよな!」
ワイワイ楽しそうで……なんだか自分がみじめで…… それでもフェルから目が離れねぇ。もうやめるってのを相手方が負けっ放しだからイヤだって言ってもう一度だけってことになった。
フェルにボールを回そうとするのが見え見えだから今度こそってんで相手方がフェルの前に立ちはだかる。そん時に味方が無理な体勢でボールを投げた。なんとか受けたフェルの体がバランスを崩す。無理な体勢だったヤツがそばで引っ繰り返りかけて、フェルはボールを誰かに回してからそいつを避けようとした。
「うわっ!」
その声が聞こえた時には俺は飛び出してそばに滑り込んでいた。背中から倒れそうになってるフェルの頭の下に手を突っ込む。けどちょっと間に合わなかった。頭の半分が地面についたのが分かる。
「フェルっ!」
みんなが駆け寄って来たから俺は離れた。振り返ると抱き起されてたフェルが誰かの腕に捉まって立ち上がろうとしてた。俺は部屋に戻った。
それから何回かバスケを見に行った。毎日ってわけじゃねぇ。ただ瞳と笑顔が焼きついていた。笑い声が耳に残ってた。
負けると上半身裸になってシャツを投げる。逞しい背中。日焼けしていて筋肉の動きが分かる。俺の目はいつもフェルに釘付けになっていた。でもあんだけ人気あるんだ、彼女いたっておかしくねぇ。
「あれで彼女いないなんて罪よね」
「ほんと! 優しいけどそれだけなんだもん。それでも返事はちゃんとしてくれるんだからいいけどね」
ーーそうか、彼女、いねぇのか!
でもどう見てもそっち系には見えねぇ…… やっぱ、無理だよな…… そう考えてる自分に気づいてうろたえた。だってさ、俺誰かが気になって仕方ねぇっての初めてだ! どうしちまったんだ? 俺は。
それから数日後。ドドッとノックがあってバタン! とドアが開いた。
(なんだよ、うるせぇな)
明け方までテッドとセックスしてたからだるくて動きたくなかった。目も開けずに壁に体を向けた。どうせ俺が抱くのを断ったか、抱かれるのを断ったヤツが押しかけて来たんだろう。さっさと背中から抱いてヤることヤって出てきゃいい。そう思った。
「悪い、寝てた?」
聞いたことのある声。振り返って……あの笑顔、あの瞳、あの声……
「今日から相部屋になるフェリックス・ハワードだ」
差し出された手を呆然と見ながら俺はベッドに座り直した。
「リチャード……マーティン」
「よろしく! この部屋、思ったより広いんだね。道理で高いわけだ。でも入寮出来て良かった! アパート借りるんじゃいくらバイトしても追いつかないらね」
「なんで……この部屋、相部屋になんないはずだけど」
「どうして? 抽選があったよ。それを僕がもぎ取ったわけ。2人部屋なんだ、もう1人入ったっておかしくないだろ?」
胸が……ドキドキって、胸が…………