J (ジェイ)の物語」

第二部
8.試練 -3

「蓮、病院に行く暇も無いよね。だから杖が取れないんだよ」
「そうだな、リハビリもたいしてやれてないし」
「和田さんが心配してたよ、ちゃんとリハビリしないと良くならないって。和田さん、少し足を引きずってるでしょ? あれはそのせいだって」
「知ってる。あいつが足を折ったのは一昨年の頭だったからな。スキーで折ったんだ」
「そうなの? 蓮は何でも知ってるんだね」

 部下の状態を把握することが一番業務を効率的に進めることに繋がると蓮は信じている。

 マンションに着いた時にはもう10時を回っていた。駅のそばのイタリアンで夕食を済ませたからだ。ここのところその店に入ることが多い。蓮はスパゲティ好きだし、何よりも料理が出て来るのが早い。相変わらず二人で違う種類を頼んでシェアしている。もちろん誰も見ていない時に取り換える。

「今日はもう寝るだけだな」
「え? あ、うん」

(抱きたい そう言ったのに)
でも疲れてるだろうことを思うとそうは口に出せない。忘れてるならゆっくり寝せてあげたい。シャワーを浴びた後、ベッドに横になった蓮の背中と足をマッサージしてあげよう。そう決めた。


 松葉杖を玄関に置いてそのままソファに。
(やっぱり疲れてるんだ)
 すっとそばに行ってスーツを脱がせ始めた。ネクタイを緩めようとする手を掴まれた。ジェイはまだスーツのまま。黙って蓮が上着を脱がせてくれる。ネクタイをシュッと抜かれた。肩を引き下ろされ蓮の前に膝立ちになる。

 ワイシャツのボタンを外すたびに頬に耳にキスが来る。ただ脱がされているだけなのにあまりにそれがエロティックで息が上がる。

「もう感じてるのか?」

 低い声に目を閉じた。そでのボタンを外される。ワイシャツが肩から落ちた。けれど腕を引き抜かない。だから手の動きが制限される。目を閉じている間に蓮の上半身は裸になっていった。

 手が自由にならないまま胸に愛撫を受けていく。蓮の舌が肩を這いまわる。

「……あぅ、れん、脱ぎた……い」
「だめだ、このまま抱きたい」
「いや……だよ、脱がせて……おね……」

 言葉にならないほど感じる。いつもと違う愛撫。 

 はぁ……っぁっ

それほど強い愛撫じゃないのにいつもとまるで違う感じ方に自分のコントロールが出来ない。

 や……だ、おねが……ぬぎた……

ベルトが抜かれ膝立ちのままジッパーを下げられ手が入ってくる……

 ぅあっ 

 体が勝手に揺れ始める、いやなのにその手に吸い付くように腰が蠢く。そのまま仰け反り始めるジェイが艶めかしくて蓮を煽る。男とは思えないほど綺麗な喉に蓮の唇が吸い寄せられる。

 ジェイは少しずつ震えはじめるが決定的な刺激が蓮から来ない。やっとシャツを脱がせてくれた。手が自由になった途端に蓮にしがみついた。スラックスの中の蓮の手は変わらずゆっくりと動く。やがてその手が後ろに伸び始めた。充分に濡れているから感じ切っているジェイのそこが解れていくのは早かった。

「立つんだ、ジェイ」

 言われたままに立った。蓮も裸になる。ジェイの腰を引き寄せてそのまま咥えた。

 あ!! ぁぅ…… っあ、っあ、

 こんな姿は初めてだ。蓮の肩に手をついた。天井を向いたジェイの口から唾液が流れていく。自分がどんな動きをしているのかさえ分からない。その間も後ろが刺激され広げられていく。
 充分に高まって来た時に蓮の口が離れた。

  ぁ まっ、て や、もっ……ああ、

止めて欲しくない、イかせてほしい…… 腰を引き寄せられて蓮の膝に跨る。

「ゆっくり腰を下ろすんだ、ゆっくり」

 蓮が位置を調整していく。蓮の硬いものが触れてそれだけでイきそうになった。

「まだだ、ジェイ。まだだ」

 必死に耐えた、まだ という言葉だけが耳に残る。深々と蓮が入ってくる。とうとう腰を下ろしてしまい最奥で蓮を感じた。許しを得たかのように蓮の首に手を回したまま体中が慄き揺れていく。

 イ、きたい ぁ れ…… ィきたい……

「ああ、俺も気持ちがいいよ。きれいだ、ジェイ……お前を愛し……て」

 蓮の言葉も消えた。抱き合ったままジェイは自分に触れられてもいないのに蓮の腹に吐き出していた。蓮もジェイの奥に精を放った。荒い息を互いの肩につく。

 ジェイは蓮の唇に口づけ始めた。頭の中はもうとろとろで、ただ本能でキスを求めた。蓮の片手はその項をしっかりと包んで深い口づけが続いた。

 徐々にそれも落ち着き始め互いをまた抱きしめ合った。ジェイは耳を肩に預けるように蓮の肩に頭を乗せた。

 しばらくしてやっとジェイが動き始めた。

「ごめん、蓮、足痛いのに」
「大丈夫だ、もうそんなに痛くないんだから。それよりシャワー浴びよう。お前の奥に出してしまったからな」

 ジェイはその始末が恥ずかしい。滅多に蓮はそういうことをしないのに今日は直に出されてしまった。行為の最中はそんなことなんかどうでもいいのに、その後始末はもう醒めた後だからすごく抵抗を感じる。

「自分でやる」
「だめだ、俺がやる。そんなこと自分でするんじゃない」
「でも……」
「いいんだ」

 歩けるという蓮に肩を貸してバスルームに向かった。歩いている途中で自分の中から蓮の出したものが垂れてくるのを感じて焦ってしまう。

「ほら、壁に手をつけ」
足を広げて言われた通りにする。蓮の指がそっと入って来る。

 ぁ っぁ……
小さくつい喘いでしまう。

「悪いな、今日はもう出来ない。このままここで眠りそうだ」
 頷いて、感じるのを耐える。息を吸って吐いて、気持ちを他に向ける。
「蓮、代わって。俺が蓮を洗ってあげる」
 今度は蓮が壁に手をついた。しっかり泡立てた手をいつもしてもらうように逞しい体に滑らせていく。

「蓮の体、やっぱり硬い。走れるようになったら一緒に朝走ろうよ」
「そうだな、俺も足を鍛え直さないと」

 洗ってもらう心地良さに蓮は目を閉じて答えた。ジェイがいつも息が荒くなるのが分かる、これは確かに感じる……

「さっきの感じたか?」
「うん。なんかいつもと違って……なんどもイきたくなった」
「そうか……俺もすごく感じてたよ。今日はぐっすり寝ような。明日土曜だしたっぷり寝坊しよう」
「そうする」

 バスタオルで拭き合って、パジャマを着せ合って、体を寄せ合ってベッドに身を預けた。二人は呆気なく眠ってしまった…

 夏季休暇はジェイだけが取った。蓮は面談のあるメンバーについてさらに報告書を求められていた。それぞれの業務評価一覧だ。

 面談対象は全部で11名。新しい報告書には田中の名前が入っていた。田中の昇進も行き先も決まっているが一応平等に扱うということで業務評価が必要なのだろう。

 改めて対象となる名前を見る。この中で何人が自分の下からいなくなるのか。彼らにはチャンスだ。だから見送ってやらなきゃならない。当然その後の補充人員がどこか別部署から来るわけで、人員としてはあまり支障はないと言えるが新しいメンバーを溶け込ませるためにまた尽力しなければならない。

 そして名簿の一番下にある『ジェローム・シェパード』の名前。しばし肘をついた両手に顔を埋めた。面談でどうジェイが答えるのか。それはジェイの問題だ。間違っちゃいけない、自分はそこに関与してはならない。仕事人間だった蓮は自分を追い詰めていく。

 吹っ切るように大きく息をついた。自分はプロだ。この席にいる限りプロであるべきだ。ジェイの能力は高い。それを低く報告することは出来ない。蓮は記入を始めた。

 5日間の夏季休暇。いっしょに行くという蓮を断ってジェイは一人で墓参りに出かけた。蓮の貴重な土日を自分のために使って欲しくない。

 駅からタクシーで真っ直ぐ霊園に向かってもらった。前回は蓮がやってくれたが、今度は自分で花や線香を買い、必要な物を借りた。知らないことを蓮は折に触れていろいろ教えてくれる。それは少しずつ何も知らなかったジェイを大人にしてくれた。

(母さん、また来たよ。今日は一人なんだ。この前一緒に来てくれた人はね、河野蓮司さんって言ってね、俺の職場の課長なんだ。けど今は一番大事な人になってるよ。俺……愛してるんだ、あの人のこと)

 手を合わせてからその後しばらく墓の前で母と話した。蓮とのこと。幸せだということ。今あまり顔色の良くない蓮が心配だということ。どうやって蓮を気遣ったらいいか悩んでいること。

(蓮のことばっかりだね、ごめん。写真と日記ね、毎日見てるよ。蓮にも見せたら綺麗なお母さんだって! 優しそうな母さんの笑顔が好きだって言ってた。俺、やっぱり父さん似だって。俺も写真見て驚いたよ、あんまり似ててさ。父さんを見てる母さんの写真、すごく好きだよ)

 たくさんの話をして立ち上がった。気がつけば1時間以上が経っていた。

「また来るね、母さん」

 ジェイはその足で駅に向かった。蓮に夕食を用意したい。

「何の匂いだ? って、カレーだな、これは」

 玄関から嬉しそうな声がした。

「お帰りなさい! 今日墓参りしてきたよ」
「そうか。大丈夫だったか?」
「うん! ずい分話してきた。夕飯もう出来上がるよ」
「カレーなら……失敗無いよな?」
「無いよ! ちゃんと箱の裏読んで作ったし。この前蓮も作り方教えてくれたでしょ? だから大丈夫!」
「自信たっぷりだな」
「ビールも冷えてるよ」
「お! それは有難いな、夕べのが最後だと思ってたよ」
「ちゃんと買って来た」

 蓮がシャワーを浴びている間にカレーを仕上げた。自信たっぷりに言ったけど急に不安になってちょっと飯を盛って食べてみた。

「美味い!」

 これなら安心だ。蓮の好きなカレーを作ることが出来る。少しずつでも蓮の喜んでくれることを増やしていきたい。

 バスルームから出てきた蓮は、冷えたビールを一気に飲み干した。

「ホントに美味しいの?」
「まだダメか?」
「だって不味いよ」
「子どもの頃はコーヒーだって不味く感じただろう? それと同じさ、いつの間にか好きになるんだよ。けど無理して飲む必要は無いからな」

 蓮は決してどんなことでもジェイに無理強いをしない。買ってもらったワインを時々飲んでほんのりしているジェイを見るだけで充分だったから。

 カレーを差し出す。怪しげな目をする蓮にちょっと ふんっ!という顔をしながら先に食べだした。

「どれ、食ってみるかな」

 恐る恐るといった顔でスプーンを口に運んだ蓮の目が広がった。

「美味い! 初めて一人で作ったのにたいしたもんだよ、ジェイ」

 さっきの不貞腐れたような顔が一転、笑顔になった。

「ホント!? お代わり出来そう?」

 蓮は頷きながらカレーを平らげて行った。

 腹が満たされて蓮が続けざまに欠伸をした。ソファでうつらうつら首が揺れ始めたのを見てジェイはベッドに引っ張っていった。

「蓮、横になって」

 ベッドにうつ伏せに寝てもらって肩から背中を軽くマッサージし始める。

「ああ……いい気持だ……」

 枕からくぐもった声が聞こえてくる。足はそっと刺激した。何も言わないが時々痛そうな顔をする。だから揉むというより手のひらで温めた。15分も経たないうちにすぅすぅと寝息が聞こえ始めた。

(蓮、毎日お疲れさま。ゆっくり寝て)

 まだ10時にもなっていない。テレビをつけて一人のんびりと見て笑った。最近はすっかりテレビっ子になっている。シリアスなドラマなんかより、バラエティの方が好きだ。何も考えずに笑えることが楽しかった。

 その日。朝から一部で落ち着かない空気が漂っていた。人事からのメールを受け取ったからだ。
 三途川は冷めた顔。哲平は思い悩んでいる顔。井上陽子は誰かと話したくて堪らないようで、似た顔つきをした橋田菜美の近くに寄ってひそひそ話し始めた。他の男性陣は複雑な顔をしながらも業務に取り組んでいる。

 そして、ジェイ。メールから目が離れない。

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<面談のお知らせ>

ジェローム・シェパード様

お世話になっております。総務人事担当湯川です。
海外勤務の候補となったため、次の通り面談を実施します。

8月23日 10:30 704会議室 資料不要 時間厳守

以上、よろしくお願いします。

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 そのメールのCCに「河野課長」とあった。ゆっくり顔を上げて蓮の方に目をやった。蓮の固い表情が自分を見ている。思わず口を開けそうになる自分に蓮が微かに首を横に振った。そうだ、ここは職場だ。

(パニックになっちゃいけない でも……このままじゃ叫び出しそうだ!)
ジェイは席を立った。

「チーフ! ちょっと4階で休憩してきます」

 池沢はジェイの顔を見て一目で分かった。
(メールが来たんだな)
哲平も分かりやすいが、ジェイは一目瞭然だ。

「俺も行くよ」
(一人がいいのに)
 でも花がディスプレイを消したから黙って一緒に歩いた。

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