Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ] 17 - (8日目:SRF)

  (Sの8日目)

 フェル、あんたバカよ…… 泣きたいくらいバカ。一人で犯人のところに突っ込んで行って、一人で全部引っ被って、一人で何もかも片をつけようとして。少しは私たちに重荷を分けてくれればいいのに。何も無ければ今日の午後にはフェルは釈放される。

 

 逮捕の後のリッキーはジーナに任せて、私は大使館のパーティーの準備をした。可哀想なリッキー。あの涙の跡と震える姿が目に焼き付いてる。だからフェルは突っ走るんだろうけど。

 私とジーナはフェルからの伝言をしっかりと受け止めた。私たちの証言が一致しているんだから警察はフェルを釈放するしか無いだろうってフレデリックは言った。ジェフも動いてくれている。

 『目撃者』とされているブライアンが、どうしてそんな協力をしてくれたのかは分からないけど、やっぱりフェルが手を打ったんだろう。ビリーの話によると、フェルからの伝言を聞いたブライアンは二つ返事で引き受けてくれたという。伝言は、犯人のディエゴについて自然に聞こえるように目撃証言してくれっていう内容だった。怖いくらい用意周到なフェル。よくもまあ、こんなに緻密な計画を立てたもんだと思う。

 

 けれど、それは別の不安をかきたてた。次にフェルが打つ手は何? オルヴェラをあっさり逃がしたのにはどんな裏がある? どうやれば顔色一つ変えずに嘘を並べる今のフェルの先手を打てるんだろう。フェルは最初の目論見が外れたことで殺人を犯さなくて済んだけど、オルヴェラっていうのが逃げてる限りきっとフェルの暴走は止まらない…… だからリッキーを守りたいと思う以上にフェルの理性を保ちたかった。

 

 メソメソしたって始まらない。フェルが逮捕されたことで時間が出来た。私は大使館のパーティーの準備をしなくっちゃ。

 メンバーは興奮していた。みんな学習意欲の高い子ばかり。実際にこのパーティーは彼女らにとっても素晴らしい経験になると思う。だから私はそんなに後ろめたい気もにならずに済んでる。ワイワイガヤガヤと私たちは大学側の用意したバスに乗り込んで大使館に向かった。

 

 


 今、目の前にあるこれがリッキーの母国の大使館。エディの調べで私にはリッキーの家のことが分かった。

 ベルムード・マルティネス。この国を牛耳っている将軍。彼の息子、4男のマルゼロは父親を庇って殺されたとあった。そして、3男のリカルド。彼は車ごと崖から転落。死体は原形を留めていなかった。リカルドの墓がこの国にある、空っぽのままで。
 そしてアメリカで死んだような毎日を送っていたリッキー。母親が嘆き悲しんだとあったけれど、リッキーの実のお母さんは自殺したんだと聞いた。理由は知らない。そして父親はリッキーの死を願った。どれほどの苦痛と悲しみと諦めの中でこのアメリカで生きてきたのか……

 あの二人が惹かれあったのは運命なんだと思う。互いに支え合うことでこれからも生きていくんだ、きっと。

『この国に今回のことはケリをつけてもらおうじゃないの』、そう思う。

 

 二人を庇護しようとした大使館の紳士。フェルは彼を見限っているんだから、相当の絡みがあるのかもしれない。ただで帰るもんですか。私にはこれしかしてあげられないんだから。

 

 他の大使館に行ったことが無いから分からないけど、ひどく厳重なセキュリティチェックを受けた。女性職員との個別面接。その中には身体検査も入っていた。それは、いくら相手が女性だと言っても決して愉快なものじゃなかった。裸にこそされなかったけれど、体の上を這っていく手の感触。一緒に来たみんなのことを考えると有難くなかった。
 それでも耐えられたのは、担当の女性が最大限の敬意を払ってくれたから。終始謝罪と、事務的で素早い検査。プロの仕事ってこういうものなんだろう。前に体に爆弾貼り付けて侵入したバカがいて、それはセンサーには引っかからなかったらしい。だから機械に頼らず、こういう検査に変わったと聞いた。


 検査が終わった後は熱烈な歓迎を受けた。型通りの式典が終わった後、パーティーが始まり、私とアネッティは今回のイベントを主催してくれた高官たちに挨拶をしに行った。

 彼女と一緒で良かった! ほとんどの対応は彼女がしてくれて、私はにこやかに短い言葉と握手を繰り返すだけ。先方は友好的に接してくれて、その顔には私と同じよそ行きの笑顔が貼り付いていた。

 スケジュールでは簡単なランチを取りながら歓談、そしてダンス。お国の音楽を聴いたりしながらディナーをいただいて専用バスで帰寮。そのスケジュールの合間合間に言葉のこと、民話、伝承なんかのことをインタビューするってわけ。

 

 さっきの挨拶した高官たちにも、あちこち見回した中にも、これは と思う人物は見当たらなかった。警備もすごく厳重で奥に入り込めるわけもない。これがフェルなら上手く潜り込むんだろうけど。
 そう思って、慌てて否定した。そんなことをしないで済む生活をしてほしい。

 

 どうしよう…… 例えば体調が悪いとか、公用で他に行ってるとか、全くここに出て来る気が無いとか。そんな場合のことを想定していなかった自分がバカに思える。いつもなら用意周到に準備するのに、フェルのことで相当動揺してるんだと我ながら情けない。

 運が向いてきたと感じたのは、ダンスの中盤辺り。気がついたら、1人の年配の男性が目を細めて会場を見渡していた。他の男性がそばで何か耳打ちしている。笑顔でそれを聞きながら頷いてるその横顔が、なぜだろう、リッキーと重なってドキリとした。彼と話をしなくては。そう思った。

 ダンスの切れ間。にっこりとダンスを誘う若い男性に丁寧に断りを入れて、彼に近づいた。後ろではさっきの華やかな音楽とは打って変わってゆったりした曲が流れ始めた。

「あの、主催者の方ですね」

 周りの人間が何か言おうとする前に手を差し出した。これは拒めないはず。その紳士は手の甲に口づけてくれた。

「光栄です、お嬢さん。エルネスト・ロメリと申します。今日は楽しんで頂いていますか?」
「ありがとうございます。シェリー・ロビンズです。今回は素敵なおもてなしをいただいて感謝しています。正直言ってこんなに温かい歓迎を受けるとは思っていなかったんです。大使館って怖いイメージがありますから」
「ああ、あの入館手続きで不愉快な思いをされたでしょう。あれはここにいらした皆さん、受けていただいているのです」
「いえ! それは仕方のないことです。こちらのお国にご迷惑をおかけしたら申し訳ないですもの。立派なパーティーで恐縮しています。大学のパーティーはただ騒ぐだけで手を抜いたものばかりですので」

エルネストが笑った。

「でもその分気楽なパーティーなのでしょう? お嬢さん方が疲れないといいのですが」
「大丈夫です、皆タフですから。あの、良かったら踊っていただけませんか?」
「それは! 若い者の方が良いでしょう。私のような年寄りと踊るよりも……」
「今日は素敵な男性と踊りたいと思っていたんです。どうかお断りにならないでください」

ちょっと逡巡した彼は、にこやかな顔で片腕を差し出した。

「では、Miss.ロビンズ。ご一緒していただけますか?」
「喜んで」

 彼のステップは完璧だった。しかもユーモラスで上品で、フェルに聞いていた印象とはまるで違って見える。
そして時折見せる、リッキーに似た横顔……
 曲は2曲目に入った。

「どうです? そろそろ若い者と交代しましょうか?」
「ごめんなさい、お疲れですか?」
「いえいえ。でもあなたのような快活な方には若い者が似つかわしい」
「Mr.ロメリ。私はあなたと踊りたかったんです。フェリックスがお世話になりましたので」

動きが止まったのは一瞬だった。

「少し疲れたでしょう。どうですか? 私の部屋でお茶でも召し上がりませんか?」
「あら、コーヒーが美味しいと聞いていました。それをいただいてもいいですか?」

鋭い目つきになったのも一瞬だった。

 これは、賭け。そう思っていたけど、どうやら賭けに勝ったような気がする。交歓会から行方不明者を出すわけにはいかないだろうし。

「ではどうぞ、こちらへ」

穏やかな笑顔に手を預けたまま、私は大使館の奥へと向かった。

(なるほど、重苦しい部屋)

そう思った。こんな威圧感のある部屋でフェルはリッキーを彼の国からもぎ取ったんだわ。

「彼が喋ったのですね。そういうことをしない男だと思っていましたが」
「いいえ、フェリックスは何も喋っていませんし、今日私がここに来ることも知りません」
「では、どうやって?」
「それを説明している暇はありません。リッキーが危ないんです。だから来たんです、あなたに会いに」
「え?」
「リッキーは死にかけました。実際、一度心臓が止まりました。フェルはリッキーをその脅威から救おうと必死に戦っています。そして今は逮捕されて留置場の中です。私たちは二人を助けるために必死なんです」
「リカルドは!? あの子は無事なんでしょうか!?」

やっぱり…… 二人は単なる同国の人じゃない。今、確かに『あの子』と言った。

「今は無事です。フェルが命がけで守りましたから。でもリッキーを刺した犯人は逃亡しました。貴方の国から来た若い男です」

エルネストは息を呑んだ。テーブルを掴む手が白くなる。

「相手は……相手は?」
「リッキーの正体を知っています」

どこまで言っていいのか。でも構っていられない、そんなこと。

「性的に狙ったんです、リッキーの体を。私と母の前でそれを強要しました」
「国の…… じゃ、あの頃のリカルドの……」
「フェルは、リッキーと貴方の国との関係を誰にも知られずに犯人を消そうと、無茶なことをしているんです」
「彼には……度胸がある。リカルドのためなら何でもやるだろう。だからこそ、彼にリカルドを託した……」

 

「失礼ですが、Mr.ロメリ。貴方はもしかしたら……いえ、リッキーの身内の方なんですね、貴方は」

間違いない。こんなにうろたえて、さっきとはまるで別人だ。

「どうしてフェルはリッキーがの命が危ないというのに貴方に連絡を取らないんでしょう?」
「彼はここを知りません。それに……彼が私を許すことは無いでしょう。それだけの仕打ちを私はリカルドに長いことしてきた。フェリックスは私の目を覚まさせてくれました。でも今さらです。何もかも遅すぎた。私のせいでリカルドはずっと苦しくて辛い思いをこのアメリカで抱いて過ごした……」
「じゃ! リッキーをあんなに苦しめたのはあなたなんですね!?」

 顔を覆うその両手の間から涙が伝っている……でも。フェルがこの人を許すことなんて無いだろう。確かに今この人はその報いを受けているかもしれない。でもリッキーの苦しみとは比べものにもならない。

 けれどそうは行かない。それなら猶の事、動いてもらわなければ。私だって、今の状況を好転させるためなら手段なんか選ばない。

「手を貸していただけますね?」
「……リカルドは……フェリックスといて、幸せにしていますか? 笑うようになりましたか?」

最後の言葉は震えていた。可哀想な人……そんな質問をしなきゃならないなんて。思わずその手に触れた。

「幸せです。いつも笑って、ケンカして、周りが呆れるくらいフェルにくっついています。以前はあんな顔を見たことがありませんでした。全てを捨てて諦めたような顔をして。でも今は生きることを欲張っています。フェルといることで幸せになるんだと。あの二人はお互いを心から必要としていて、だから互いに守りあって生きているんです」
「そうですか……良かった……本当に良かった。フェリックスの言う通りになった……」

頬に伝う涙は止まらなかった。

「私に出来ることは何でもやりますよ。その相手は分かりますか?」
「はい。リッキーは起き上がれない体なのにそれでも私と母を守ろうとしてくれました。相手の名前はオルヴェラです」

  (Rの8日目)

 4時には目が覚めた。夜中にリズに飲まされた睡眠薬の影響がまだ残っていて、体中がだるい。それでもフェルを思い出すと途端に涙が溢れて来た。今日、2時には帰ってくる。帰ってくるんだ。
 大使館にさらわれた時はいつ帰ってくるかも分かんなかった。あん時に比べれば大丈夫、まだマシだ。そう何度も自分に言い聞かせた。
 でも留置場にいるんだと思うと……


 母さんは7時に来てくれた。あんまり泣いたから目の周りがすっかり腫れ上がっちまって、母さんは抱きしめてくれた。

「心配してたのよ、きっと眠れないだろうって。私も眠れなかったから」
「眠れなかったけどリズに睡眠薬飲まされたんだ……フェル、寝てないかもしんねぇのに……」
「いいのよ、フェルはあなたにちゃんと寝て欲しいはずよ。聞いたわよ、また熱が上がったって。今日は大人しくしてなきゃダメ。私がフェルに怒られちゃう」

 カーテンを開けてくれて、いやんなるほど青い空が見えた。俺の気持ちなんか知ったこっちゃねぇって感じで。

「外に連れてってあげたいけど、その熱じゃまだしばらく無理ね。欲しい物があったら言って。ビリーももうすぐ来るし」

誰も俺を独りにしない。良かった、一人だと余計な事ばっかり考え込んで頭がおかしくなっちまう。

 

「おはよ!」

ドアが開いていきなりデカい声がしたから俺は飛び上った。一瞬オルヴェラが来た時のことが頭に浮かんだ。
「リッキーがびっくりしてるでしょう!」
「ごめん! 気をつけるよ、大丈夫?」
小さな声でビリーが聞いてくれる。
「いいんだ。なんか俺、だめだな……」

心臓がバクバクする。

「昨日あれだけの騒ぎがあったんだから当たり前。ビリー、誰かに頼んでリッキーの目を冷やせる物をもらってきて」
「どうしたの?」
「泣き過ぎ」

ビリーがすっ飛んで出て行った。

 

 母さんが俺の頭を撫でながら優しく言ってくれる。

「リッキーは泣き虫さんだったのね。知らなかったわ。フェルはきっとあなたが可愛くて仕方ないんでしょうね」

恥ずかしい…… けどフェルのことを思い出すとまた泣きそうになる。

「あの、ジェフは?」
「夕べ遅くまでフレッドと話していたから。もう少ししたら来るわ」
「俺、ジェフに悪くって…… こういうことになっちまって迷惑かけて……」
「迷惑なんかじゃありません! いい? 家族なのよ? グランマもそう言ってたでしょう? あなたの問題はみんなの問題なの。忘れちゃだめ」
「……アルは?」
「いいから。あなたが心配する事なんて何も無いから。ね、今日はそういうこと考えるの止めましょう。それより何か話したいことや聞きたいこと、ある?」

 俺は無理やり他の事を考えた。そうだ、せっかく母さんがいるんだから料理のこと教わりたい。ビリーが部屋に戻って来たから、俺は目に氷嚢を当てながら母さんに教わった。フェルの好きなもんをいっぱい教わりたい。退院して俺が作る料理を楽しみにしてるって言ってたから。

 ジェフは10時頃来てくれた。

「大丈夫かい? もっと早く来たかったんだがね」
「いいんです、すみません、俺迷惑かけて……」
「リッキー。私たちは家族になった。そうだね?」
「はい」
「だからもっと甘えていいんだよ。安心しなさい。もうほとんどケリがついた様なもんだとフレッドが言っていた。目撃者の証言があって好転したそうだ。どうやら事故という扱いになりそうだよ。あの男は自分で自分を刺したわけだし、正当防衛にすらならないだろうってね。フレッドはやり手なんだよ」

ジェフの話が終わるまで息が止まってた。最後まで聞いて……俺、……

「そんなに泣かないで、ジーナ、ジーナ!」
ジェフが泡食って廊下に怒鳴った。
「どうしたの? あら、また泣いて……ビリー!」
「あれ? ……分かった! 氷嚢またもらってくる!」

 自分でバカみたいだと思うけどどうしても止まらなくって、みんなでワイワイ世話を焼いてくれた。

 

  フェル……早く帰って来いよ……

 

 

 


  (Fの8日目)

「お世話になりました」

 フレッドが手続きを踏んでくれて、晴れてリッキーの元へ帰れることになった。ピートはごねたけど、残念ながら彼の取り調べは職務を逸脱しているとフレッドが突っ込んだ。初日の4時間の取り調べ。あれがピートの敗因になった。

「トイレにも行かせなかったそうだね」
「トイレ?」
「フェリックスはそう言っている。食事も取らせなかっただろう」
「あれは、ちょっと時間に気づくのが遅れて……彼が非協力的だったから」

フレデリックは鼻で笑った。

「君は警察官だ。取り調べより早く検察官と話すべきだったろう。そうすれば訴追しないと判断されるのも早かったはずだ。事件の概要すら分からず、自分たちの手際の悪さをフェリックスのせいにするのかね? 目撃者もこちらで見つけた。君は証人も証拠も無いから襲われたとは言えないとリチャードに言ったね。私が聞いていたんだから誤魔化しはきかない。こちらが訴えてもいいレベルの違法捜査だ」
「少し捜査を逸脱したかもしれません。けれどどう考えてもこの事件はおかしい。そうは思いませんか?」
「それを判断するのは君の仕事じゃない。捜査の基本ぐらい知っているだろう」
「ピート、やめとけ」
食い下がるピートにトムが間に入った。
「この件は終わりだ。この状態じゃ訴追は無理だ。帰っていい。お前たちは大人しく暮らせ」
「そうそう。君は同性婚にかなり偏見を持っているみたいだね。最初から君たちはこの二人を色眼鏡で見ていた。だから犯人に仕立て上げたいのかな?」
「僕は!」
「やめとけって。いいですよ、お帰り下さい。これ以上あんたと揉めたくない」
「じゃ、フェリックスを連れて帰ります。今後何かあれば必ず私を通してください。そうでないと次は法廷で会うことになる。私と君たちがね」

「ありがとうございました。助かりました」
「仕事だからね。正直気になるところはあるが、それはしまっておこう。守秘義務がある。いつでも相談に乗るよ」
「はい。今のところご迷惑はかけずに済みそうです。何かあればご相談に伺います」

フレッドはにやにやと笑った。

「何か?」
「いや。君がこの先どう生きていくのかが楽しみだと思ってね」
「そうですか? そう言っていただけるなんて光栄です。じゃ病院に行ってもいいですか?」
「送ろうか?」
さっきチラッとビリーが見えた。
「いえ、大丈夫です。そうだ、ジェフに会ってないんです。忙しいだろうし、僕もまだゴタゴタしているから会えないかもしれない。どうかあなたからよろしく伝えていただけませんか?」
差し出された手をしっかり握った。
「大きな手だ、自信たっぷりの。気をつけるんだよ、時に人生はままならないものだ。ジェフには伝えておくよ。君もリチャードに伝えてくれ、約束は守ったと」

 


「終わった!?」
「ああ、もう自由だ」

ビリーの運転は意外と上手いから安心して乗っていられる。

「お前、ずいぶんあちこちに出没したな。張ってるのか? 僕を」
「い いや、その、俺心配なんだ、フェルもリッキーも」
「……悪いな、いろいろとさ。ブライアンのこと、助かったよ。いいタイミングで証言が取れた」
「ブライアンって人とどういう繋がりなの? なんか、真剣に話聞いてくれたし証言も二つ返事だった」
「お前が知る必要はないよ」

それきりビリーは黙った。疲れた頭に車の揺れって睡眠薬だ。

「おい、少し寝る。着いたら起こしてくれ」
「OK」

いくらも時間はかからないけどそのまま目を閉じた。

「フェル、着いた」

起きるのが辛かった。でもとにかくリッキーに会いたい。

「ありがとな、病室に誰がいる?」
「母さん。ジェフは少ししかいられなかったんだ。仕事の合間に来てくれたから」
「そうか。母さん連れてさ、ホテルに戻れ。きっと疲れてると思う。リッキーは僕が付いてるから明日まで心配要らない」
「明日……なんかあんの?」
「おい、いい加減にしろよ。釈放されたばっかりだぜ。明日は寮の掃除をしておきたいんだ。退院したがってるし準備してやらないと。あいつはきれい好きだからな」
「大雑把なフェルにはちょうどいいね」
「うるさい、母さん連れてけ。僕は早く二人っきりになりたいんだ」
「バカっ、そんなこと、弟に言うな!!」
「言わないとグズグズするだろう? 少しは気を利かせろよ」

 駐車場に行くビリーと別れて病室に向かった。
(泣かれるだろうなぁ…… 途中で花でも買ってくるんだった)
 手ぶらだ。せめてアイスクリームでも買えば良かったんだ。深呼吸してノックをした。返事はなくてすっとドアが開いた。

「フェル!」
母さんだった。すぐにその小さな体を抱きしめた。
「ただいま! ごめん、母さん。心配かけた。ちゃんと帰って来れたよ」
「良かった、本当に。リッキーが喜ぶわ。いくらフレッドが安心していいんだって言っても信じなくって」
部屋にリッキーの姿が見えない。
「リッキーは?」
「検査。お昼ぐらいから腕が痛み始めてコップを落としたのよ。何かあっちゃいけないからってさっき運ばれたの」

 僕のせいだろうか。きっとあの時動いたのが良くなかったんだ。会えると思い込んでいたからかなりショックだった。

「フェル、あまりリッキーに心配かけないで。見てて辛いわ」
「なるべくそばにいるようにするから。母さんも疲れただろう? 後は僕に任せてビリーとホテルに帰りなよ。今日はゆっくり休んで」

ん? そう言えば……

「母さん、シェリーは?」
「今日は大学の行事があるとか言ってたわ。取りまとめたメンバーとどこかの親睦会に出席しなきゃならないって」
「そうか。シェリーも忙しいのにこっちと掛け持ちで悪いと思ってるよ」
母さんがまた僕を抱きしめた。
「二人になりたいんでしょ? リッキーにもそれが一番の薬だろうし。顔を見たら帰るから」

 

 母さんと少し喋っている内にドアが開いた。リズに押された車椅子にリッキーが乗っていた。目が大きく見開いて立ち上がったからすっ飛んで行って抱き抱えた。
「点滴が」
口が塞がれて何も言えない…… 首にしっかり両手がかかって、抱き上げてるせいで手が塞がっているから解くことも出来ない。

「あの……リッキー、ベッドに横になって。ほら、点滴が取れちゃうから」

リズがオロオロしてるのが伝わってくるんだけど、リッキーには何も聞こえていない…… 仕方ないから僕の方から仕掛けた。

 少し熱い口の中を撫でまわしリッキーの弱いところに舌を伸ばす。すぐに息が上がり始めてやっと僕を解放した。部屋に大きくリッキーの喘ぎ声が響く……


……やり過ぎた。後悔したけど遅い。

「リズ、ごめん、このままベッドに連れてくから」
「そ そう? じゃお願い。点滴セットしたら、あの、私ステーションに戻るから。何かあったら呼んでくれればいいし」

 あたふたと世話を焼いてくれて部屋を出て行った。母さんもちょっとぼんやりした風だったけど、そうだ! とバッグを手にした。

「行くわ。ビリー来てるんでしょ? 明日またね、リッキー。フェルもゆっくり休んで」

 そそくさと出て行く後姿に、悪いことをしたと思った。さすがに息子のあんな姿は見たくなかったろう。でもすぐそれどころじゃなくなった。

「フェル、フェル、フェル」
「ここにいるって。お前のそばにいるよ」
「ここ! ここに」

シーツが捲られる。座って髪を撫でた。

「お前、また熱が出てる……」
「いいから! そんなのどうでもいいんだ、抱いて!」

そっと傷を避けて抱きしめた。

「違う! 抱いてくれって言ってんだよ、分かんねぇのか!!」
「怒鳴るなよ、しーっ、静か……」
「抱け! って言ってんだよっ! チクショー、抱けよっ!!」

リッキーの言っている意味が分かった……

「だめだよ、まだ。な、分かるだろ? それよりこうやってるから大人しく」
「いつだって俺は大人しい!! ずっと我慢してんだ、いっつも待ってるだけで! もうたくさんだ、オルヴェラもクソ親父も何もかもどうだっていいんだ、抱いてくれよ、フェル!!」

 チラッとナースコールに目を向けた僕に 「バカっ!!!!」 と一声叫んで、気がつけば起き上がったリッキーの腕が僕に必死に掴まっていた。渇きを癒す一口の水を逃すまいとするような口づけが繰り返される。

 こんなに……こんなに僕を求めている…… 大使館から帰った時のことを思い出した。あの時と同じ。確かめずにいられない……

 やっと唇を離して荒い息のリッキーに耳元で囁いた。

「分かった。ちゃんとしてあげる。だから僕に任せてじっとして」

涙いっぱいの潤んだ目が震える顔に浮かんでいた。


 ドアに鍵をかけた。ベッドに向かいながら上半身裸になった。浅い息でその僕を見つめる黒い瞳。美しい人。僕の人。僕だけのもの。かけがえのない人。

 全部脱いでリッキーの脇に横になった。すぐに僕の勃ち上がり始めた物を掴む。
  う!
だめだ、しばらくしてなかったせいか、あっという間にイきそうだ…… 引き千切るような思いで手を握った。

「痛むだろう? な、僕に任せて。お前は感じてればいいんだから」

離れていく手に思わず付いて行きそうな腰を自分で捻じ伏せた。
 リッキーに無理が無いようにそっと抱いてキスで覆う。瞼に口づけて額、髪、頬、唇に戻ってたっぷり荒らしまわる。喉が忙しくひくついているからその首元を行ったり来たり。
   ああ、ぅっ は……
 首筋に弱いリッキーが小さく声を漏らした。また口を塞ぐ。そのまま耳を軽く噛んでゆっくりと舐めた。
「だめだ、声出すんじゃない」
 体が撥ねる。肩に縋っていた力無い手がシーツに落ちた。愛しくて愛しくて、全部を食べてしまいたかった。患衣の前を広げる。期待する胸が小さく波打つ。首筋をまた往復してゆっくりと胸に近づいて行った。
  は、ぅあ…ぅくっ……
ため息が漏れるからまた上に戻る。唇をしっとりと舐めた。
「だめ。声、出すな」
  ぁ
 上がろうとした手がまた落ちた。もう一度胸に下りていく。息を詰めているのを感じて、胸のぷっくりとした尖りの先を舌でこね回した。

  あぁあ ふぇ あ…… ふ

 その口を片手で塞いで、嘗めては転がし大きく口で食んではまた嘗めて…… 必死に声を殺してるから手を放してもう片方の乳首の先をゆっくりと撫でた。腰が何かを求めるように動き始める。手を下ろしていく。

  は……っはぁ……

 息だけを漏らして後は腕を噛んでいる、声が出ないように。しっかり持ち上がってるリッキーの中心をそっと握り込んだ。とたんに痙攣が走る。
「まだ。まだイかないで」
 小さく何度も頷くから下を脱がせて後ろへと指を這わせた。自然と開いていく足。大きく開いて膝が立つ。雫の力を借りて後ろの孔に指を潜ませた。蠢く腰が上下しながらたった一本の指を貪欲に味わう……
 すぐに2本に増やした。首が大きくのけ反っては横に振れる。足がもっと開いたから3本に指を増やした。何度も震える腿。そこを嘗め上げ膝を押して指を動かしながら囁いた。

「リッキー、欲しい? ここが……僕を呼んでる」

 膝が震える。我慢が出来ないと、出せない声で唇が開いては閉じる。そこに僕を当てがっただけで爪先に力が入り、それでもイくまいと耐えている姿がいじらしくて……

 僕は一気に入って動いた。もう僕もこれ以上一秒だって待てやしない。リッキーを味わい尽くそうと、深く浅く突き入れながら胸から首を辿って今にも叫び出しそうな唇を塞いだ。そのまま何度も突き上げて左手でリッキーを扱いた。
 声を出したくて首を横に振るリッキーの唇を追いかけて塞ぎ続ける。それでも漏れ聞こえる喘ぎ声……

  ぁぁ  も も、イ ぁイ ……

「イく? 僕を置いてイくな」
激しくリッキーを追い上げる。僕も限界が目の前で、結合している場所を何度も擦り合わせた。

「一緒に……」

その言葉に首が縦に揺れた。何度も奥に打ちつけて。リッキーの先端を擦りながら扱き上げてとうとう大きな波が来た。激しい痙攣と あ という叫びを僕の手が塞ぐのと僕がリッキーの腹に吐き出すのとリッキーが僕の包み込む手に吐き出すのと……二人でずっと震えていた。

 リッキーの手が僕の頬を撫でる。その手にキスをする。

 


 言葉は要らなかった。出さなかったはずなのに自分の声が掠れている。

「体をきれいにしてあげるから待ってて」

またシーツに手が落ちて目を閉じたまま頷いた。
 何度もタオルを濯いでは絞り、体を清めていく。全てをきれいに拭き上げる、僕の大事な人をきれいにしていくんだ。

 

 いつの間にか頬から雫が落ちていた。ぽたぽたと落ちる。
「うっ…うっ」
リッキーが目を開けた。
「フェル、来て。おいで、フェル。俺んとこに」

 タオルを投げ出してリッキーの胸に頭を預けた。止められない、涙が、震える肩が、苦いものがせり上がってくる、喉の奥から。

「お前が…お前が僕の前から消えるかと……怖かった、怖かったんだ、リッキー……お前が死んだら僕も死ぬ気だった……僕は……お前のおかげ……やっと生きてるんだ」

 やっと言えた、誰にも言えなかったこと。『怖い』という言葉。怖かった、リッキーを失うことが。生きてきてこんなに怖いと思ったことは無かった。こんなに恐怖に包まれたことは無かった。

 頭を撫でてくれる手が優しくて、僕の苦しみを解放していく。

「俺、行かねぇよ、フェルを置いてなんか。俺はここにいる。お前のもんだからお前のそばにいたいから俺は逝かねぇ。どこにもいかねぇんだ、死なない、置いてかない。ずっと一緒だ。離れねぇんだ、お前から。どっかになんか消えねぇ。お前のもんでいたいんだ」

 繰り返されるその言葉で、ようやく僕は落ち着き始めた。髪にキスが降るのが分かる。リッキーの胸が濡れていく、僕の涙で。こんなにもお前に飢えていた……

「お前が全てなんだ。何も要らない、お前がいてくれれば。お前の全部が僕のものだ」
「ああ、そうだよ、お前のもんだ。俺はずっとお前だけのもんでいたいんだ……いいのか? 俺で。もう知ってんだろ? ……オルヴェラのこと……」
「お前にも僕にも関係無いことだよ、そんなの。お前を愛して抱くのは僕だけだろう?」
「ああ。俺を愛して抱いてくれんのはお前だけだ」

 リッキーに熱があるのを今頃になって思い出した。そうだ、腕も痛かったんだ。腰、辛いはずなのに酷く動かしてしまった……

「ごめん……無理させちゃいけないのに僕が甘えてる」
「俺だけだろ? お前を甘やかすの」

胸に頭をつけたまま頷いて起き上がった。
「もう大丈夫。続きを拭くよ」
 リッキーが笑って見つめてくれた。ああ こんなに僕は幸せだ。

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