
宗田花 小説の世界
九十九と八九百と十八
2. 正体は?
いや、ホント、勘弁してほしい。悩む、病院に連れて行くべきかお引き取りいただくべきか。
「あのさ、夜中にふざけてる場合じゃないと思うんだよね。ここがどこか分からなくって自分が抱いてる赤ちゃんが誰か分からないってさ、まるで記憶喪失じゃん!」
ん? 正しい言葉遣い、どこに行った?
「すみません、ホントに分からなくって。もう一つ聞いてもいいですか?」
「なに? 駅とか? この時間じゃ電車動いてないよ」
「いえ、私が誰かってことなんですが」
「……もう一回」
「私が誰か知りませんか?」
「……今会ったばかり。俺が聞いてんの、どっか怪我したかって。その返事もしないで『私は誰?』 ……ふっざけてんじゃねぇよっ‼」
慌てて口を押えたんだけど、その頃にはすでにほとんど言ってしまっていた。
「ごめんなさい! ふざけてないです。それから怪我してません。どこも打ってません。ただ、気がついたら赤ちゃん抱いてて、気がついたら車が真ん前に止まってて。もしかしたら何かご存じかな? と」
「つまり、ホントに記憶喪失?」
「そうなんでしょうか」
えらいもん拾っちまったような気がする。お蔭で言葉を構ってらんねぇ。日本語が下手だからって教わった日本語はえらく乱暴な言葉だったから、正しい日本語を教わったはずなのに。
ああ、僕はちなみに純日本人じゃないし、多分どっかの国と日本(多分)のハーフだろうって言われてる。里親がくれた名前が九十九だった。
『あと一つ頑張ればいいってことよ。それ以上頑張らなくっていいからね』
その『あと一つ』がなんなのかは結局分からず仕舞い。いい親だったけど両親ともに仲良くあの世に旅立っちまった。
ああ、話が逸れた。目の前の父子……父子でいいんだよな?
「どこに行くつもりだったかも分からない?」
「はい」
「で、痛いとこどこもない?」
「はい」
「病院、行きたい?」
「いえ、今は」
「……俺んち、行く?」
「はい」
(ずい分図々しいやっちゃな!)
と思いつつ、車をスタートさせて急ブレーキを踏んだ。ポリ公がいなくて良かった!
「あんた、持ち物は? 何も持ってない?」
「分かんないです」
「って、言われたら探せよ!」
「じゃ、この赤ちゃん抱っこしててください」
「う!」
仕方ないから恐る恐る受け取る。
(泣くなよ! 泣くなよ!)
ぐずりがまだ治まってない赤ちゃんが大人しくなったから、ほっ。彼はあちこちまるで自分の服じゃないような手つきでポケットを探ってる。
「何も無いです」
(犯罪の匂いがする)
ヤバいことに首突っ込んだんじゃなかろうか?
要するにこの男の正体は分からないと言うことだ。ついでにこの赤ちゃんも。
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