宗田花 小説の世界
九十九と八九百と十八
4. 問題はタンスと えろ
十八を座布団2つ並べてそこにバスタオルを広げて寝せた。抱き癖がついちゃ困る。
俺のタンスは……僕のタンス……ああ、もういいや! 俺のタンスは7段の引き出しと一番上に小さい引き出しが2つ並んでる。こう見えても俺は片付いていないとイラッとするタイプだ。だからキッチン用のペーパータオルとおむつ用のペーパータオルを分けるために、上の小さい引き出し片っぽを空けておむつ用を入れた。ぴったりサイズが合ったから気分がいい。
次にタオルとバスタオルを出してくる。押入れには親がしまい込んでいた新品のタオルやらシーツやらがめっちゃ眠っている。それを出してタンスの引き出しの一番下を空けて並べた。
(これでバッチリ!)
気になったのは八九百の服。ちょこんと正座をして俺のやることをずっと見ているワンコの着てるものだ。
たった3日間とはいえ、どう見ても冬に向かって駆け出している季節に相応しいカッコとは言えない。長袖だけど上着無しのネル生地のチェック柄シャツだけ。
(全くもう!)
風邪引いたらどうすんだっての。そこまで面倒見たくねぇ。
(正しい日本語……この二人がいなくなったら頑張って覚え直そう)
この前、真冬物と冬物と晩秋物をバランスよく出したけど、真冬物を引っ込めることにした。幅取るし。分厚いし。
下から2段目の引き出しを空にする。そして余分だと思って引っ込めた晩秋物と冬物の衣装ケースを押入れの奥から引っ張り出した。それぞれ2枚ずつを空にした引き出しに入れる。ついでに(ちょっと腹がきついかな)と引っ込めていたジーンズを1枚。やはり仕舞っておいた替えの下着、ボクサー2枚、半袖シャツ2枚を出した。
「おい、少しはやれ」
下着を八九百に放って、タグだのなんだのを外させる。言わないと何もやりゃしない。
(これでいいか)
着るものはこれでいいような。その時、飯が炊き終わったお知らせメロディが鳴る。時計を見ると4時ちょい前。
(4時3分)
5分後の時間だ。いつも最低その間はジャーの蓋を開けない。時間間に合わない時はどうするかって? 常に早めに行動してりゃそんな心配は無用だ。
少し考えて一番下の引き出しを空にした。八九百はまた見てるだけ。洗ってあったタオル、バスタオル、シーツに交換した。
「何をしてるんですか?」
外に出した新品を洗濯機に放り込んで洗うのを不思議そうに見る。時計は 4時2分。
「赤ちゃんに新品を使うとゴワゴワするだろ? 吸水も悪いし。だからこっちを使う」
ついでに鈴蘭テープも入れた。明日まともなベビー用品を買うまではこれでやるっきゃねぇ。服はついでに引っ張り出したTシャツを被せてある。部屋ん中は暖房入れたから寒くはないだろう。
「あ、飯!」
「はい?」
ジャーを開けてマグカップを取ろうとして熱いのに気がついたのは、持ち手を掴んでから。
「あちぃっ‼‼」
「大丈夫ですか!」
キッチンに跳んでって水を出す。そこに手を浸して火傷を冷やした。
「大丈夫?」
おろおろ聞く八九百がうざったい。
「ジャー、開けっぱなしだから。カップの中身を冷ませ。温くなったら十八に飲ませる」
「はい!」
やることが出来て嬉しいのか。やっぱりしっぽ振ってるような気がするが、こっちを見てにっこり笑った。マジ、いい顔。
「どうしたらいいですか?」
考えることを放棄したガキに親が怒るのが分かるような気がする。
「食器棚、引き出しにスープ用のスプーンがある。それで別の器に中身を移せ。冷めたら……食器棚の一番上に吸い飲みがある。それに入れろ」
「はい!」
返事はいいんだ、返事だけは。
いい加減冷たくて手が痛くなってきたから水を止めた。まだタンスの整理が終わっていない。
一番下。十八用の引き出し。脇が空いてる。
(そうだ!)
小さい引き出しにしまったペーパータオルをその脇に入れ直す。
(どうだ!)
自分に言う。十八の物は十八の引き出しに全部入った。小さな引き出しには中身を元に戻してやっとタンスは一件落着!
「九十九さん、いつもそうやってるんですか?」
「そうやってって、どんな?」
「入れたり出したり。ちゃんと入ったらガッツポーズして笑顔。……寂しい人なんですね」
(殴り倒したろか?)
「誰のために苦労してると思ってんだよっ! 他人事みたいに言うな!」
「僕のため、だったんですか?」
「そうだよ」
「言ってくれたら良かったのに。何してるのかさっぱり分からなかったから」
ずっと一人暮らしだ、家事をするのも全部自分。だから説明なんか忘れてた。そうか、俺のやってることの目的自体が分かんなかったのか…… 脱力。
十八はしっかり起きている。吸い飲みに入れたおもゆを見る。吸い飲みの口が広い。これで飲ませたら喉を詰まらせてしまう。
「いい知恵無いか? これを十八に飲ませたいんだけど」
八九百が考え込む。こいつの悩む顔を初めて見た。真剣な眼差しは本当に真剣で、まるで難解な哲学書でも前にしてるみたいだ…… って、考え過ぎだよ、どんだけ時間かかんだよっ!
「ちゃんと考えてるか?」
「ミルク味じゃなくてもいいのかなって」
「そこかよっ」
ちょっと頭を働かせる。
「抱いてろ」
十八を抱かせて俺は新しい脱脂綿を出した。多めの綿で吸い飲みの口をしっかり覆う。その上から何枚か重ねた新品のガーゼを巻いて輪ゴムで留めた。
「赤ちゃんは吸うからな。この方が飲みやすいだろ」
吸い飲みを八九百に渡すとこっちを見上げる。
「飲ませるの、怖い」
溜息をついた。ごちゃごちゃ言うの、めんどくせぇ。
十八を取り上げて膝抱きにする。口にガーゼを当ててゆっくり斜めにしていくとじわっとそれが先を濡らし始めた。十八がそれをちゅうちゅうと吸い始める。
…………「えろい」
「なにが?」
ハッとした。そうだ、一人じゃなかった。先が染み出すのをちゅうちゅう吸ってるのを見てつい妄想しちまった。
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