九十九と八九百と十八

7. 俺、なにやってんの?

 とにかく可愛い! 男の子の服なのに、なんでこんなに可愛いんだ? 俺はトイレ脇のベンチに八九百を置いて、十八を抱きながらカートを押している。
 ここで真っ先に買ったのは、抱っこひも。これって、紐だったんだ! まずそれに驚いた。よく街やらスーパーやらで見かけるけどまさか紐だとは思わなかった。
「ま、可愛い!」
 一番高いヤツを押しつけられて試着させられて、鏡を見たら満更でもなかった。何せ、抱いてる男がいい男だ。その胸に幸せそうに頬をつけているすっごく可愛い十八。
「パパ似なんですね、すっごくいいお顔!」

『そんなわけ、あるか‼‼』
と、普段なら言いそうな俺だけど、ついにまにまと笑ってしまった。
「そうですか? 似てます?」
女性と話すのは得意じゃないのに、この人は話し上手でつい相槌を打ってしまう。
「お似合いですよー。あ、ベビー服もお探しですか? これ、いかがでしょう? ほら、帽子も靴下も全部お揃いなんですよ。やっぱり男の子だからブルーバージョンとグリーンバージョンと両方揃えて見たらいかがですか? それに今時はあまり男の子だから、女の子だからって色に拘りないんですよね。特にお客様のお子さまは何を着ても似合いそう! やっぱりお父さまが素敵だから僕ちゃんもハンサムなんですねぇ」

 一気に喋られて、途中から(相槌打たなくても喋るのか)と、ホッとして喋らせておいた。他の店も見てみたい。けど、この口お化けみたいなおばさんの聞き心地のいい言葉に捕まってる俺。
 結局押しつけられたものを全部買ってしまった。お会計、1万8千円也。なんで明日でサヨナラなのにこんなに買ってるんだ?

 壁を見ると八九百がぐったりしている。
「大丈夫か、八九百!」
「あ、九十九…… なんかね、夢ん中にいるみたい…… ほわほわしてるんだ」
失敗だ、あのおばさんの長話を聞き過ぎた!
「八九百、カートだけ見ててくれ。お前の上着買ってくるから。それ買ったら家に帰ろう。十八は俺が面倒見るからその後はゆっくり寝ろよ」
「ありがとう、ごめん、九十九」
 そこに荷物を載せたカートを置いて、十八をしっかり抱きしめて俺は走った。十八がきゃっきゃ、腕の間で楽しんでいる。
 紳士物のコーナーで、八九百に似合いそうな革ジャンを物色。

(しまった、靴のサイズ聞かなかった!)
でも帰ったら寝てるだけなんだから靴はいいか、と諦める。そばにある深い青に黄色の細い縞が走っているセーターを一緒に掴んでお会計。2万4百円也。

「さ、帰ろう! 立てるか?」
「ちょっと、待って……」
 ふらふらして立てずにいる八九百に俺の肩を掴ませる。胸に十八。右手でカート。左手で八九百を抱えてゆっくり歩いた。隣で歩いていても熱さが伝わってくる。
「もう少しで車だ、頑張れ」
「うん」
もう口数も少ない八九百が心配だ。帰ったら何か食べさせて薬を飲ませないと。やたら弾んだ声を出す十八をたしなめる。
「こら。パパが熱高いんだぞ。お前も心配しろ」

 小児科でちらっとナースに聞いておいた。
「この子、何ヶ月くらいに見えますか?」
「そうねぇ、7ヶ月くらいかな? もう離乳食始めてます?」
 その後で『離乳食』という謎の言葉が載っているパンフレットで確認しておいた。リンゴとか味のついたおかゆとか食べてもいいらしい。その時についでに分かったこと。チャイルドシートっていう便利なヤツ。だから早速それも買っておいた。
 後部座席に八九百。隣のチャイルドシートに十八。
「眠れそうなら寝ていいぞ」
「だめそう…… 横になったら、吐くと思う」
物騒なことを言われたから急いで買い物の中身を出したビニール袋を八九百に渡した。
「持っとけ! 吐くならその中にだ、シートには絶対吐くな!」
「がんばる」
「ゆっくり走ってやるから。頑張れ」
「うん」
八九百が十八並みに可愛い!


 車庫に入れてまずチャイルドシートから十八を左手に抱き上げる。すっかり抱っこが上手くなった俺。素早く抱っこひもに突っ込んで、両手に荷物。
「待ってろ、すぐ寝せてやるからな!」
返事が無いのが心配だけど、まずは十八だ。
 荷物は適当にドサッと置いて、暖房つけて敷布団広げて十八を下ろす。その隣にもう一枚敷布団。
「今日は同じ布団に入っちゃダメ。パパは一人で寝かせてやろうな」
テキパキと氷枕をセット。車庫に走る。そっとドアを開けて額を触ると熱い。
「八九百、おい、八九百」
「う、んん」
「俺に掴まれ。布団に運んでやる」
「う、う……」
肩に担いでいたけど、(こりゃ歩くの無理だ)と判断。たいした距離じゃない。それに俺は細い割には力がある。
「よいしょ‼」
お姫様抱っこが成功して、八九百を家の中に運んだ。そっと布団に下ろしてさっと靴を脱がせる。廊下に靴を放って、氷枕の位置を調整。買ってきたスポーツドリンクを飲ませるのに、肩を抱き上げた。
「八九百、水分取らないと。ほら、しっかり飲んで」
唇についた冷たいペットボトルが気持ちいいんだろう。形のいい唇がうっすらと開く。そっと流し込むと、喉がこくこくと動く。十八も可愛いが、八九百も可愛い。

 氷枕に頭を載せてやると安心した顔になった。
「ゆっくり寝ろ。買い物、お疲れ」
「つく、も……」
「なんだ?」
「ありが、と」
「いいんだ。ちょっと無理させたな。今日はそばにいてやるから安心しろ」
「う、ん」
そのまますぅっと眠ってしまった。

 

 そうとなれば職場に電話。
「今日、休みます」
『珍しいな! どうした、具合でも悪くなったか?』
「いえ、ちょっと用があって」
『構わないよ。九十九は滅多に休まないからな、有休も消化してないからついでにゆっくりしろ』
「……もしかしたら続けて休むかも」
『いいよ、連絡くれれば』
「そうします」

 マスターはいい人だ、外見と違って。色の薄いサングラスの下にはっきり見える傷痕は、右目の下あたりから耳の近くまで走っている。漫画で言えばゴルゴ 13みたいな感じで、どうみたってエレベーターで二人になりたくない人だ。にっこり笑うと凄味が増すから下手に笑わないでほしいと思う。

 これでじっくりと二人の面倒を見られる……
「俺、なにやってんだろう…… どこの誰かも分かんねぇのに」
 いい男に弱い俺。あ、今さらだが、俺は女には興味無い。できれば八九百の隣に寝たい。

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