九十九と八九百と十八

8. 俺の事情ってヤツ

 ほわっと赤い頬に手を当てる。ふっと八九百が息を漏らす。

 俺がどっちか気になる? 俺はもちろん抱く側だ。だが強引なことはしない。それは良くない、愛が育たない。だから真面目に八九百を看病している。

 十八に離乳食というのを用意した。レシピはリンゴとニンジン。蜂蜜が赤ちゃんに良くないって初めて知った! 昔と今とは食事事情がだいぶ違うらしい。病院で手に入れたパンフレットと、ネットを調べながら色々作ることにした。俺の料理の腕は捨てたもんじゃない。『拾え』って言えるほど上手い。時々頭の中で親父ギャグを飛ばすが、別に危ない人ってわけでもない。

 十八に離乳食を食べさせて、ゆったりしたベビーバスケットに入れてやる。今日はあまり泣かなくて、どうやらご機嫌麗しいようだ。
 八九百に病人食を作りながらになるが、この辺で俺について説明しとこう。


 俺がどっかの国と日本人の間に生まれたんじゃないかって話はしたと思う。なんでこんなに曖昧かって言うと、俺はなぜかホームレスたちに育てられていたらしい。どうしてそうなったのか分からないし、調べようもなかったようだ。どっかからホームレスが攫って来たのか。捨てられてるのを拾ってくれたのか。でも俺はちゃんと育った。
 で、児童施設みたいなところを経由して、里子に出された。本当はそんな事情を知らせたくなかったらしいけど、なんてったって純日本人には見えないから里親は全部俺に話してくれた。
 普通に反抗期もしたし、家出もしたし、悪いこともした。あれ? 悪いことしか言ってない? 親孝行もずい分したんだ。父の日とか母の日とかそういうのはちゃんとしたっけ。なんたって、育ててくれてるのは有難いことだし。家出の合間でもカーネーションとか渡しに行って家出を再開した。そんな俺を母はいつもにこにこ抱きしめてくれた。
 ホームレスから切り離されたのが6歳ころ。その時の言葉遣いはもう、無茶苦茶だったらしい。そして施設で『ちゃんと話しましょうね』って言われたけど周りのガキはちゃんとした話し方なんてしてなかった。
 結局正しい日本語を話せるようにしてくれたのは、四月一日の母親。父親は時間だかなんだかを研究してる人で、正直よく分からないまま死に別れた。すごい発見をしたって話だけど、それが何なのか。
 ……って、八九百の食事が出来たんで、俺の話はここまで。


「八九百、食えるか?」
寝入っているならそっとしとこうと思って小さい声で話しかけた。
「つくも……のど、かわいた」
「そうか、ちょっと待て」
冷蔵庫からさっきのスポーツドリンクを持ってくる。
(どうやって飲ませようか)
 風邪じゃなきゃ口移しなんだが、今は止めといた方が良さそう。だから吸い飲みを持ってきてそれで飲ませることにした。
「おいしい」
「そうか?」
「僕まで、赤ちゃんみたい」
なんて可愛いこと言うんだよ。
「食えるか? 卵がゆ作ったけど」
「たべる。でも残すかもしんない」
熱が高いせいか、喋り方がたどたどしい。
 ある程度冷ましておいたからスプーンで口元に運んでやるとちょっと噛んでごっくんと飲む。冷えたお茶を途中で飲ませて、続きを食べさせた。
「もう、いい。ごめんね」
「いいって、これだけ食べれば」
 小丼の3分の 1 は食べたからちょっと安心だ。薬を口に入れてやってスポーツドリンクで流し込んだ。水じゃなきゃまずかった? 

「もう少し寝る?」
「ちょっとだけ、話したい」
「なに?」
「九十九、どうしてこんなに良くしてくれるの?」
「どうしてって……俺、暇だし」
「でも、ばいと」
「休んだ。有休消化しろってマスターうるさいから」
「……ごめんなさい」

 八九百の気持ちを考えてみた。面倒くせぇっていう思いはまだどっかに残ってるけど、記憶が無いってどんな気持ちだろう。きっと不安で不安で堪らないだろうな。俺は変な育ち方をしたせいか、結構ドライだ。けどどう見ても八九百は繊細に見える。どうしていいか分からない、どうしよう、それでいっぱいなんじゃないだろうか。まして、十八がいるし。
 十八は? どうなる? これで警察に届けたら父子っていう証拠は無いわけだし、八九百にもその自覚が無い。ってことは、十八も施設行きなのか?

「つくも?」
「あ、ごめん、考え事してた。余計なこと今は考えなくていいから。体がよくなったら一緒に考えよう。手伝ってやるよ、お前がしたいこと」
「したいこと……」
「過去を取り戻すとか、自分が誰か知りたいとかさ。ちゃんと話せるようになったら話そう。だから今は眠れって。十八は元気だし、俺は暇だし、お前がしなきゃなんないのは体を治すことだけ」
「……うん」

 心細そうな顔をするから眠るまで手を握ってやった。片手を握ってたのに、その俺の手をいつの間にか両手で握って八九百が眠る。手を放すタイミングが掴めなくって、しばらくそうやっていた。ちょっと十八がむずかり出したから、それをきっかけに手を放しておむつの世話をして抱いて歩く。
 十八も少しずつ声が治まって眠り始める。

 なんでだろう。俺の中で拾った時と何かが変わっている。腕の中のミルクっぽい温度が愛しい。このまま三人で暮らせたら……
(バカなこと考えてるな、俺。普通に面倒見て、普通にちゃんとしたところに二人を任せよう。それが一番いいんだ)
 俺にしちゃ珍しくまともなことを考えていた。

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