
宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第3部[9日間のニトロ] 3- F
3日目
リッキーのことをほとんど母さんに任せた。Dr.ガーフィールドはまだ状態は良くないのだと言った。ただ、生命に関わる危険性はもう無くなったと。ほとんど眠っているけど、ゆっくり快方に向かっていることに僕はほっとした。動くなら今だ、リッキーのそばを離れたくはないけれど。
事件の状況をやっと冷静に振り返る。
防御創がかなりついていた、中には深いものも。リッキーが必死に抵抗して自分を守ろうとした痕。相手が狙ったのは腕じゃない、心臓だ。骨に突き刺さった刃が折れるほどの力だ。殺す気だった。それなら僕をさらったあの老紳士は関係していない。彼はリッキーの幸せを望んでいた。
凶器は作業用の大型カッター。手口はまるで素人だ。計画的じゃなかった。生きてるのがバレて国からよこされた暗殺者じゃない。もしそうならもっと効率よく殺すだろう。初めから殺す気では無かったってことだ。最初の目的は別だった。ボタンが無かった上着………
そこから意識を離す。沸々と湧き出る熱に飲みこまれそうになる。今は怒りは要らない。
2人の男に前後に挟まれているリッキー。けどリッキーは騒がなかった、助けを呼ばなかった。転んだと言い張った。なぜ? 犯人との関係を知られたくないからだ。誰に? 昏睡から目覚めても頑なに口を閉ざしている。つまり、僕にだ。涙零れても僕に知られたくない相手。
リッキーが騒がなかったとはいえ、あの建設現場に入り込むには入り口でIDが要る。わざわざ中に忍び込んで騒ぎを起こすだろうか。ナイフのことも考えれば、犯人は内部にいる。ゲイリーの下で働いてる仲間の中に犯人はいない。手元にあるナイフにはイニシャルが無い。コストを下げるためにひとまとめに買った支給品のナイフ。ある時、『俺のナイフ、誰が使ってるんだ!』なんてくだらない揉め事があって、全員イニシャルをマジックで書いた。それが無い。
うわ言で発したスペイン語。僕の知る限り、SEXの時以外でスペイン語を言ったことは無い。自然に母国語が出た。それはスペイン語で喋った相手がいたからだ。根付いていた記憶が呼び起こされた。
デカい現場だから作業に入っているのはゲイリーの会社だけじゃない。全体から言ったらスパニッシュは何人もいる。それを一々洗うのは手間だし、余計な騒ぎも起こしたくない。もし咄嗟に拾ったこのナイフが見つかればリッキーとそいつとの関係が 外にバレるかもしれない。その背景も。だから警察に渡すわけにはいかない。
リッキーをよく知ってる人間が肉体的に襲おうとして、抗ったから殺意を持った。
そんなにシンプルな事件か? ただ襲われただけなら、なぜ僕に真相を隠す? もう一度整理し直しだ。
犯人はリッキーの母国の人間だ。それもよく知っている相手。リッキーの存在は国にバレていない、今のところは。最初は殺意が無かった、ただ体が欲しかっただけ。それが抵抗を受けて殺意に変わった。
ランチを食べた時に変わった様子は無かった、あれば気がつく。だから全てが始まったのはあの日の午後だ。リッキーは弱みを握られ脅されている、だから騒がず、僕に言わない。それでも意識が薄れる中で僕に『気をつけろ』と言った。
なんだ、簡単じゃないか。次に狙われるのは僕だ。もし事件の全容が見えなくて行動に移るのが遅くなったとしても、放っておいたって相手は僕に接触してくるんだ。
――僕が狙われるのを知っていて喋らないリッキー
これ以上、分からないことを考えるのは無駄だ。ここからはこれから起きる事実だけを繋げていけばいい。
『犯人がまだ捕まっていない』
『また襲いに来るかもしれない』
そう言ってリッキーを面会謝絶にしてもらった。僕の許可の無い人間を個室に近づけないようにと。それでも近づこうと思えば何とでもなるだろうが、警備を厳重にしてくれることにはなった。リズの言った『あの時のことを最大限に活用する』ってやつだ。
「エディ、調べたいことがあるんだ」
「なに?」
エディが切れるヤツで良かった。リッキーが初めての友だちを大事にしたことで彼は自信を持ち始めた。さらにロジャーたちと手を組んで、自分の能力に気がついた。物事を冷静に捉えて指揮を取る。今の彼は水を得た魚のように自分を楽しんでいる。
「現場にブライアンってやつがいる。悪いやつには見えないけど、最近僕らのグループに急に接近して来たんだ。彼は訳有りなんだって聞いていた。興味が無かったんでそれ以上知らない。その訳有りっていうのを知りたい」
「OK、任せろよ」
「あと、ヘンリー、ナット、ジム、ランディのことが知りたい」
「そっちはタイラーが調べてるよ。でもマークは? 一番仲悪かったんだろ?」
「あいつは真っ直ぐだ。それにゲイじゃない、ただ単に僕らを嫌ってるだけだ。リッキーを狙っちゃいない」
「狙ってたって……体をか?」
「ああ、倒れてたリッキーの上着はボタンが弾け飛んでたからね」
エディが変な眼つきをした。
「どうした?」
「それ初めて聞いたけど。ちゃんと情報くれないと調べる焦点がぼやけるよ」
「ああ……そうだったっけ、多分頭から飛んでたんだ」
「分かったよ、そっちの方向も調べる」
「頼んだ」
みんなが知ってるんだから、それを調べたってレイにもタイラーにも危険は及ばないはずだ。
4日目
『アクア』っていう言葉についちゃ今頃きっとシェリーが調べてるだろう。じゃ、次に僕に出来ることはなんだろう。リッキーに何かを問いただすという選択肢は僕の中に無い。話したくなればきっと自分から言う。それまではそっとしておきたい。あの辛い顔は……見たくない、追い詰めたくない。
午後にはエディから連絡がきた。仕事が早くて助かる。
「ビリー、付き合え」
どこに? と聞きそうになって咄嗟に口を閉じたのを見て口元がほころびそうになる。
――大人になったじゃないか、ビリー
「乗れよ」
不審そうな顔をしながらも、僕から離れようとしないビリーは黙って車に乗った。そういうところはまだまだだ。リッキーの方がよっぽど上手くやるだろう。陽気に喋りながらさりげなく必要な方向に話を傾ける。
ずっと黙って走っているからとうとうビリーが聞き始めた。
「どこ行くんだよ」
「せっかくこっちに来たんだ、お前にも楽しませてやろうと思ってさ。ずっと病院じゃ気が滅入るだろう? お前を見るとリッキーが嬉しそうだから感謝してるよ」
病院から30分くらいの所にパブがある。ビリーは酒が飲めない。車を駐車場に入れた。
「今日はずっと母さんがいてくれる。久し振りにお前と話もしたいしな。来いよ」
「ま 待って、俺酒飲めない」
さっさと中に入った僕に、ビリーはついてくるしかなかった。6時近い。中はそれなりに賑やかだった。
「ビールを。こいつにはコークを頼むよ」
酔わせる気じゃないと知ってホッとしている。この店はデートスポットだ。飲めない女の子のためにノンアルコールもふんだんに置いてある。
「お子様用の飲み物もいろいろあるから頼めよ。ところで大学はどうだ?」
周りの雰囲気もある。元々お喋り好きなビリーの口は、快調に動き始めた。少し酔い始めた僕に安心している。
20分くらい経った。
「悪い、ちょっとトイレ。これだからビールは困るんだ」
そばにいたウェイトレスにコークのお代わりを頼んでやった。トイレに入る前にチラッと見ると、飲み物を置くウェイトレスの姿が間に入る。
裏口のドアのそばでポールが食材のケースを片づけていた。
「久しぶりだな! リッキーは元気か?」
ここには二人でよくデートに来ていた。
「元気だよ。ところでさ、今弟と来てるんだけど、ヤツ、リッキーに頼まれて僕を見張ってるんだよ。でもたまには僕だって……」
「分かった、浮気してんだろ! おいおい、あんな美人連れてんのにどこが不満なんだよ」
返事はせずに肩をちょっとすくめて20ドル出した。
「頼むよ、アイツには適当に言ってくれないか? 多分すぐここに来る」
「分かったよ、リッキーには内緒にしといてやる。でもあんまり泣かすなよ」
外に出て、意外と信用無いんだな と苦笑いが出た。
ブライアンのアパートはバイト仲間のウォルトから聞きただしていた。パブから15分くらい行ったところにあった。アパートは古びていて、寮の方がよっぽどセキュリティがしっかりしている。こんな時に昔やった悪さが役に立つ。鍵は簡単に開いた。
男の住まいだから物はさほど多くない。結構片付いてるから調べるのが楽だ。上に写真が立っている古いチェストが目についた。こんなの、男はわざわざ自分では買わない。実家から持って来たんだろう。こういうのにはたいがい大切にしている物が入っている。
上から2番目の引き出しには最近撮ったらしい何枚かの家族の写真。3番目の引き出しにポルノ雑誌が2冊。その間にメモが入っていた。
『下手なこと言うんじゃねえぞ』
殴り書きだ。焦って書いたメモ。大事に持ってるのは怖いからか、必要だからか。怖いなら捨てるだろう。僕なら……何かあった時のために取っておく。証拠になる。
時計を見た。もうとっくに仕事は終わってる。そろそろブライアンが戻ってくる時間だ。
買い物袋をぶら下げたブライアンは、壁によりかかっている僕に驚いて立ち止まった。
「お帰り」
「どうしてここが…… 誰に聞いた?」
「なんだ、秘密基地なのか? ここは」
いい加減な返事をする僕に聞いても無駄だと思ったんだろう。鍵を開けていつもの声になった。
「狭いけど入れよ。バイトの給料じゃこんなところが関の山だ」
買って来たものを広げながら冷蔵庫からビールを取り出す。
「悪いね、土産も無いのに」
冷えたビールは美味かった。
「で、なに? 驚いたよ、リッキーはどう?」
「用は分かっているんじゃないか?」
じっと見ていると顔を逸らした。
「俺は何も……」
「お蔭さまでリッキーはしばらく病院のベッドの中だよ。『何も』だって? どこまで絡んでるか知らないけど、バラして手を引くなら今の内だぞ」
「だから俺は……」
「妹って可愛いよな。僕にも二人いるから分かるよ。普段あのお喋りには辟易するけどあの子らに何かあれば絶対に許さない。兄貴ってそういうもんだよな」
無言になったブライアン。
「マーク達から離れたのはなぜだ? 派手にケンカしたそうだな、ナットと」
「ケイトのことを知ってるならもう分かってるだろ?」
「上っ面はね。ナットの弟と付き合ってるんだよな。そしてそいつは兄貴とおんなじでろくでなしだ。それが気に入らないからグループを出た。でも、それおかしくないか? 妹が気になったらグループを出ないで様子を聞き出そうとするだろう? ましてケンカなんかしたら妹に何されるか分かりゃしない」
顔を伏せたまま喋る気配が無い。
「マークは僕らを気に入っちゃいないけど真っ直ぐなヤツだ。ただゲイが心の底から嫌いなだけだ。そこ行くとナットは違う目でリッキーを見てたようだな。ヤツはホントはゲイなんだろう? だがヤツには度胸が無い。だからマークのそばを離れることが出来ないし、ゲイだとバレたくない。つまりヤツにはたいしたことが出来るわけが無い」
「何が言いたい?」
「裏にいるのは誰だよ」
「頼む、帰ってくれ」
「僕が大人しい内に答えろよ」
「帰ってくれ、話すことなんか何も無い」
「分かった。明日から僕がお前を送り迎えしてやるよ。昼も一緒に食ってやる、お前が心配だからな。急に仲良くなった僕たちを見て、相手がどう思うか。なぁ、ブライアン。やっぱり心配だけど仕事中は一緒にいてやれない。頑張れよ」
「つきまとう気か?」
「人聞きが悪いな、友だち思いってやつさ。イヤか? なら妹の所に行ってやるよ、やっぱり心配だからな。お前によく似てて可愛い子だ。髪、切ったんだな。この写真の頃の方がもっと似合ってるのに」
写真立てを指先で落とす。ガラスはパリンと僕の踵の下で割れた。
「会ったのか!? 妹には関係ないだろう!!」
「大有りだな。だからこそお前は口をつぐんでいる。でも僕が気を配ってやる必要は無いだろう? 何も知らないんだから」
「頼むから妹を巻き込まないで……」
「リッキーは死ぬところだったんだ、ブライアン」
口を開いたまま目が大きくなった。
「一度心臓が止まった。医者が蘇生させた。リッキーは僕の全てだ、他の事なんかどうでもいい。情けをかけなくちゃならない人間なんていない」
沈黙が生まれた。
「分かった、この足でお前の妹の所に行く。ついでにろくでなしと付き合うなってお灸を据えといてやる。邪魔したな」
半分残ったビールを置いてドアに向かった。
「待ってくれ!」
ブライアンは折れた。
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