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Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ] 11- F

  6日目

 

 

 夕べは9時にはリッキーの部屋に着いて、不安な顔をするリッキーを僕は甘やかし続けた。時折手を見てる。きっと指輪のことを考えているんだ。

 

  ――必ず取り返してやるからな

 

リッキーの指に誓った。

 

「何か欲しいか? 買ってくるよ。シェリーに聞いた、アイスクリーム美味しそうに食べてたって」
「要らない。それより俺、そばにいて欲しい」
「寂しい?」
「俺……話すこと、あるんだ」

 何度も躊躇った末の結論なんだろう。僕も諦めてそばに座った。手を握る。包帯の上からそっとだ。深い傷もある。この傷が癒えるにはまだ時間がかかるだろうし、いくつかの傷痕はきっと残る。
 煮えくり返る腸は奥深く眠ればいい、その時が来るまで。


「フェル、ごめん」
「何が? お前の謝ることなんて何も無いって言ったろ?」
「俺、指輪失くした」
左の薬指の場所にキスをした。
「うん、気がついてるよ。でもリッキーが失くしたわけじゃない。だから気にしなくっていいんだ。お前が僕の大切な妻だってことに変わりはないんだから」

リッキーの口が開いては閉じる。何度も言い澱む、息を吸い込んでは唾を飲み込み、目があちこちを彷徨う。

「無理に話す必要なんて無いよ」

「なぜ? なんで聞かねぇんだよ、何があったんだって。何やってたんだって、何隠してんだって!!」

 叫ぶ口を塞ぐ。痛む手で僕を押しやろうとするから両手首を掴んだ、包帯で覆われてないところを。深いキスにはしなかった。優しく口づけるだけ。興奮させたい訳じゃない。

 手から力が抜けていったから、唇に何度も軽いキスを落とした。頬に流れる涙を吸う。目尻に口づける。手を離して髪の間に指を通す。まだ長いとは言えない髪が、それでも指の間に滑る。

「フェル、俺だけじゃねぇんだ、フェルもそいつに狙われてんだ。みんなも危ない、母さんもシェリーもビリーも、下手すっとアナ、マリー、グランパ、グラ」
「大丈夫。お前が気にかける必要ないから。妻を守るのは夫の役目だ。家族を守る責任も僕にあるよ。言ったろ? お前はただ良くなればいいんだ」
「フェル、どこまで知ってんだよ、何する気なんだよ」
「退院したらさ、何作ってくれる?」

突然話が変わって、戸惑いが現れる。
「僕はポトフが食べたいけど、お前が開発したトマトとチキンの料理も捨てがたい」
「あれ、1回しか作ってない」
「美味かったよ! あんなの食べたことない。そうだな、最初に食べるのはあれがいいな」
「フェル喜ぶと思ったんだ。トマト味好きだから」

小さく微笑んで下を向く。幾粒かの涙が落ちる。

「フェル……」
「ん?」
「俺、フェルが心配なんだ」
「何も心配しなくていい。それより早く抱きたくて堪んないよ。今日、お前だけイったんだぞ。ずるいよ、僕もイきたい」
「イかせて……やろうか?」
「やめとく。うんと我慢してお前を寝せないくらいやりたい」

頬を染めながらふっと笑う顔が艶めかしくて、本当にここで抱きたくなってしまう。
「1人でしない?」
「しない。それはお前に失礼だからな」

「俺……今、感じてる……」
「今の話だけで?」
頷くから思わず肩を抱いた。

 


  ――死にかけたんだ
  ――心臓が止まったんだ
  ――消えるところだったんだ、お前の全てが僕の前から

 


「フェル……苦しい」
「あ、ごめん! 大丈夫か?」
慌てて腕を離した。無理をさせたくない。
「氷、欲しい」
「いいよ」

 我が儘を言うお前が嬉しいんだ。生きてるっていうことなんだから。氷を含む。口を深く付けてリッキーの口の中でころころと転がす。少しずつ解けてそれを喉を鳴らしながらリッキーが飲む。氷が無くなっても口の中が温まるまで舌で舐め回す。あまり刺激にならないように気をつけながら。

 それでも徐々にリッキーの息が上がり始めた。

「もういいよな?」
唇を離して耳元で囁いた。  あ と目を閉じるから 「どうした?」 と聞いた。

「フェルの声……俺、たまんない……」
「おい、今度は声でイくのか?」
笑って聞くと開いた目が潤んでいる。

「もう少し辛抱しような。必ず満足させてやるから」

「俺、さっきの話……」
「明日。夜みんながいなくなってから聞くよ。今日はお前、興奮し過ぎ。だから話は明日。ちゃんと聞くから。指輪のこともあまり考え過ぎるな。いいな?」

リッキーの隣に潜り込んで、胸に頭を抱き込んだ。

「聞こえるか? 僕の心臓の音。お前が寝るまでこうしてる。頼むから僕のデリケートになってるとこ、触るなよ。あっという間にイっちゃうからね」
震えるように笑う髪を撫でた。
「僕はきっとイカレてるな。愛してる、お前の全てが愛しいんだ」

背中をぎゅっと掴む手から力が抜けていくまで抱いていた。

  ――心臓が止まったんだ

なら、そいつの心臓が止まったって何を気にすることがある?

 今朝はリッキーに起こされた。
「フェル  フェル!」
「あ、あぁ、おはよー 何時?」
「8時」
「8……8時!?」
「ああ。とっくに俺、朝飯も終わってる」
「起こせば良かったじゃないか!」
「よく寝てたし。疲れてんのかなって」

真剣な顔を見て本当に心配しているのが分かった。

「ごめん、お前の世話をするためにいるのに僕が面倒かけてるな」
「そんなこた、ねぇよ! 今日のスケジュール聞いてなかったから……」
「もうすぐ母さんが来るよ。そしたら交代してバイト行ってくる。バイトのこと知ってたなんてさ、僕も言えば良かったんだけど」
「なぁ、バイトしなきゃだめか? あの金使っていいんだ。どうせこれっぽちの時間やったってたいした金、入んねぇだろ?」
「こら! そんな風に気を緩めたらあっという間に無くなっちゃうんだぞ。それにマスターに悪いしさ。僕の都合ばっかりで」

 この件に関しちゃ、シェリーに感謝だ。
「いい? これは貸しよ。こんなことでリッキーを不安にさせないで」
その通りだと思う。だから落ち着いたら本当にマスターの所に行こうと思ってる。

 

「そりゃ……そうだよな……悪かった、俺自分勝手で」

俯いて声が小さくなるからそばに飛んで行った。優しく抱きしめて、頬ずりをして、軽いキスを散らして……

 ぁ ぁぁ……

「ごめん、またやっちゃった! つい癖で」

首筋を這う唇に弱いリッキーの息が上がってる。本当に僕には学習能力が無いらしい。

「だいじょうぶ……なんか、俺、感じやすくなっちまってて……」
一生懸命に息を整えてるリッキーのそばに寄らないよう、最大限の努力をした。要求された氷は口の中に送り込んで僕はすぐに離れた。

「ゆっくり治れって言ったけど、SEXはすぐにやりたいな」
「フェル、俺より飢えてるみたいだ」
「そりゃそうさ! うんと耐えてるんだから。退院したら3日間はベッドで過ごそう!」
「俺、シェリーんとこに逃げる」

 そんなバカげたことを言い合ってるうちに母さんが来た。

 外に出ると小雨が降っていた。久し振りの雨だ。そうだ、まだ時間がある。寮によって水を浴びていこう。今日は万全の用意が要る。


 昨日のことを思い出す。有難いことにナットはすごく親切で、自分から進んで上手にオルヴェラに話をしてくれた。

  オルヴェラ? 俺。
  リッキー? まだ病院だって聞いてる。
  ヤバかったらしい。
  な、悪いんだけどな、
  俺たち、この話から抜けたいんだ……
  分かってる! 分かってるって。
  金、要らねぇから。
  先に貰っちまった分も返すよ。
  弟もすっかりビビっちまって……
  ま、待てよ!
  その代りいいヤツ紹介する!
  フェルの弱み掴んでるヤツを知ってるんだ。
  そいつは金で転ぶから
  俺より役に立つって。
  ただ前金が要る。
  違う!
  まだお前らのことそいつに言ってねぇよ!
  ドニーっていうんだ、そいつ。
  連絡先教えるから自分で電話してくれよ。
  俺はお前らのこと、誰にも言わねぇから。
  これで俺も弟もお前らとは他人だ。


「上手いじゃないか。さすがだな、ナット」
「これでいいんだろ? 本当にこれで弟を解放してくれるんだよな?」
「ん? 僕はバズに何かしたのか?」
腰の下に寝そべってるヤツを見下ろした。
「い いや、そうじゃなくて、俺役に立ったよな、って……」
「僕は提案しただけのはずだけど。お願いがあるけど聞いてくれるかなって」
「そうだった! 俺、自分であんたを勝手に手伝ったんだ。役に立ちたかったんだよ、その、喜んでもらいたくて」
「もういい、分かった。もしお前がこの後オルヴェラに連絡を取ったら」
「そんなこと、しない! 信じてくれ、あんたの連絡待ってるよ。そしたらこの街出てくから」

 その後しばらくオルヴェラからの連絡を待った。さほど待たずに携帯が鳴る。4回。5回。

「出ないのか?」
僕はバズの背中に座ったまま、脇に置いた携帯を眺めていた。鳴り止んだ携帯をナットが真剣に見ている。

「今の、オルヴェラからだよ、きっと」

僕が気づいてないと思ったらしい。笑顔を返すと後は黙った。また鳴る。今度は8回。

「フェル、どう」

唇に人差し指を立てた。パッと口が閉じた。

「きっとヤツからお前にかかってくる。ドニーは用心深いから知らないナンバーには出ないと言え。今からドニーに連絡取ってあんたの電話に出るように伝えるってな。飲み込めたか?」
今度は余計なお喋り無しで頷いた。

 

 もう一度、僕の携帯が鳴って、その後ナットにかかってきた。

「あ、そうだった、あいつ知らないナンバーには出ねぇんだよ。今連絡するよ、あんたがかけるから出ろって。……ああ、すぐに伝える、分かったって。2,3分したらかけてみてくれ」

 ナットが恐る恐るこっちを見るからまた笑ってやった。間違えてないと分かってほっとしたらしい。
 

 またかかってきた。4コール目で出た。と言っても口は開かなかったが。

『おい、聞いてんのか?』
「…………」
『聞いてんのかよ! ナットから聞いてんだろ!?』
「あんた、誰」
『ナットが言ってただろ、俺のこと。お前の話を聞きたいって』
「名乗れよ」
『ずいぶん用心深いんだな』

そこで携帯を切った。また横に放り出す。次が鳴る。それが切れてまた鳴った。

『何だよ! 舐めてんのか!?』
「名前は?」
『ふざけんな!!』
ガチャッ。

ナットもどうなるかとハラハラしている。

「マズイって、あいつマジでキレるヤツなんだ」
「向こうは情報が欲しいんだ」

しばらく間が空いてまた鳴った。5コールで出る。

『オルヴェラって言うんだ、満足か?』
「まあね。で、用件は?」
『フェリックス・ハワードってヤツの弱みを握ってるって聞いた』
「それで?」
『それを聞きたい』
「それで?」
『………金なら払う』
「なんでうまい話をあんたなんかに教えなきゃならない?」
『金払うって言ってんだろっ!』
「こっちはヤツに借りがある。返さなきゃならないからな。お前に横流しする気はない」
『恨みあるのか?』
「まあね」
『なら手伝うぜ。こっちもヤツには』
「他を当たれよ。組む気は無い」
『荒っぽいことには慣れてる。きっと役に立つから、混ぜてくれよ』
「………」
『ガッカリさせねぇよ、巻き上げた金は分けようぜ』
「7:3だ」
『そりゃないだろ!  俺たちも金に困ってるんだ、危ない橋も渡ろうってのに』
「危ない橋?」
『金巻き上げたら片付けてやるよ、フェリックスってヤツ』
「片付ける?」
『ああ、こっちもいろいろあってな、あいつの片割れのリッキーって方に恨みがあるんだよ」
「相当な恨みなんだな。だがこっちには関係ない。7:3。イヤなら指咥えて見てろ、俺が金巻き上げんのを」
『……分かった、あんたのいいようにしよう。けど、思ったより俺たちの手を煩わせたらその分上乗せしてもらうからな』
「ああ、それでいい。いつ会える? まさかこの電話で情報漏らすとは思ってないだろう? こっちは明日10時半だな」
『じゃピッタリに電話する』
「待ってるよ」

バズの背中から降りた。

「礼を言わなきゃならないかな?」
「あんたって……恐ろしいヤツだな。オルヴェラはすっかりあんたの取り引きに乗っかってる……」
「ナット。バラしたきゃバラせ。他の方法を使うだけだ。ただその時には誰の安全も保証しないがな」
「俺はそこまでバカじゃない。怒らせちゃなんねぇもんの見分けくらいつく」

 久し振りの水は気持ちいい。相変わらず余分なものを取っ払ってくれる。

   今、必要なこと。

   最小限の手段。
それだけが頭の中に残る。

 


 9:40  僕はガーデン・モールの西側の駐車場に立っていた。もう雨は上がっている。こっち側は他所のモールと同じようにゴーストタウン化していた。

 東側から中央にかけてはまだまだ盛んにショップが立ち並び、専門店やフードコート、食料品、日用品、雑貨。生活に困らないほどには営業している。けど、西側は廃墟と変わらない。

 携帯が震えた。すぐに出る。

 

『今日は早いじゃないか』
「ここまで来て勿体をつける気はないよ。最初は手間かけるのさ、用心は大事だからな」
『で? どうすりゃいい?』
「ガーデン・モール。そこにどれくらいで着く?」
『あんな賑やかなとこで会うつもりか? 何かされるんじゃないかって心配ってことか。意外と肝が小っちゃいんだな』
「西側を知ってるか」
『西? 行ったことねぇな』
「あんたが望むような場所になってるよ。どれくらいで来れるんだ?」
『そうだな、1時間みてくれ』
「お断りだ。そんなに待たされるなら話は無かったことにしよう」
『おい! えらくセッカチなヤローだな! 仲間と一緒に行きたいんだよ』
「仲間? なおのことお断りだ。袋叩きにして情報だけ奪おうって腹だろ。じゃな」
『ま』

 待て の言葉は空気に消えた。携帯を切ってポケットにしまった。何度かポケットが震える。4度目に取り出して開いた。

 

「なんだ、話は終わったろ」
『俺も気が短いがあんたも相当なもんだな。分かったよ、相棒と二人だけで行く。それなら構わないか?』
「今10時45分。11時20分まで待つ。駐車場に入ったら電話しろ。待つのも大人数も好かない。ここは見晴らしがいい。二人だったら電話に出てやる。シンプルにやろうぜ」

 

 言うだけ言ってさっさと携帯を切った。泡食ってこっちに向かうだろう。西側のゲートから右に外れると、従業員用の地下駐車場がある。そこを入ってすぐのところに車を止めた。ここなら外からは見えない。上に戻って関係者入り口のドアを開けた。

 人の消えたモールは、埃臭くて棚の残骸の墓場だ。あちこちに崩れた段ボールもそのままに、まるでブロンクスで見た夜逃げ後のアパートみたいで変に懐かしい。足元を鼠が走り去る。人間が消えるとこんなもんだ。ある程度場所のチェックをして、外に出た。

 もうすぐお待ちかねのオルヴェラが来る。

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