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Fel & Rikcy 第1部

10.切り裂かれる

 車の揺れが結構響くから、リッキーはとろとろと運転した。

「後ろで横になるか?」
「吐きそうだから止めとく」

気づかわしそうにリッキーが何度もこっちを見る。

「いいから運転に集中してくれよ。あまり乗ってないって言ってただろ? おっかなくってしょうがない」

たいがいリッキーは乗せてもらう専門で、大学の外でのセックスはドライバー付きだったという。
『疲れちまうから運転どころじゃなくなるのさ』

そんなリッキーがドライバーじゃ、病院に向かう途中で別の白い車で搬送される危険性もある。

「大丈夫、ちゃんとフェルのドライバーやるから」
今度は真剣に前を見て制限速度以下で走ってくれた。


「吐き気がするって、ヤバいんじゃねぇのか?」
「かもしんないけど、前はこんなことしょっちゅうだったからね。きっと心配ないよ」

「お前ってホントに喧嘩っ早いよな。あまり母さんを心配させんなよ」
「リッキー! まさか家に知らせたんじゃないよな!?」
「しねぇよ、なんて言えばいいんだよ! 俺のせいでそんな目に遭わせたなんてビリーにだって言えねぇ」

「リッキーのせいじゃないよ、相手が悪いんだから。……僕もね。ダメなんだよ、ああなると周りが見えなくなるし叩きのめさずにいられない。高校の時はあんまり酷くて2回退学になってる。どうせシェリーに聞いてるんだろ?」

「聞いたけどさ。テッドの時も見たし。でも俺の知ってるフェルとあの怒りって、俺ん中じゃなんかしっくり来なくって」

「そう? 言ったじゃないか、ブロンクスじゃ」
「普通だったって言うんだろ? でもお前から感じるのはいつもあったかくって優しくって……」
「じゃ、僕は理想像から遠かった?」


 本音を言うとちょっとショックだった。リッキーは僕を何かの象徴として好きになったんだろうか。自分が欲しかったもの、自分に欠けてるものを僕から拾おうとして。

「ちょっと止めて」

静かに車が止まった。リッキーこそうんと優しい。僕がこれ以上気持ち悪くならないようにとブレーキをそっと踏んでる。

外に出ると息苦しさが取れた。

「どうした? やっぱ、気分悪い? しばらく休憩するか?」

「僕さ」
「なに?」

「リッキーの望むような人間じゃない」
「俺…なんか悪いこと言ったか?」

「そうじゃなくて。 勘違いしてんじゃないかって話、僕のこと。前に言ったろ? 僕は聖人君子じゃないって。多分、リッキーが最初に好きになった僕と実体とはかなり違うんだ」

「なに……俺、そういう意味で言ったんじゃねぇ………何言ってんだよ!! 俺の言ってんのはそういうことじゃねぇよ!!
フェルはフェルだ。ただこうやって怪我するお前を見んのが耐えらんねぇんだ!」

「耐えられないなら…どうする? これからだってリッキーがなんかされそうになったら僕は何度でもリッキーの前に立つ。それが嫌なら仕方ないと思う。それでもいいよ。リッキーの前に立つことに変わりは無いから。別れようが何しようが、僕はリッキーを守っていくって自分に誓ってる」

「違う……違う、違う!」

「僕はもう、自分が離れたせいで相手が傷つくのを見るのはいやだ。だから誰を好きになっても構わない。そんなことじゃなくて、守り続けていきたいんだ」

「お前がせっかく大学に入ってそういうのから遠ざかってたのにまた暴力の世界に引き戻したのは俺だ。俺がいなきゃこんなことになってなかった……」

僕らは……気持ちがすれ違ってる? お互いにこんなに相手を思ってるのに? リッキーを抱きしめると体が震えていた。


「リッキー…ほんとに今のこのままの僕を愛してくれてる?」

「当り前だろっ! 俺、言ったよな、惚れ直したって。お前は弱っちいやつじゃなかった。てっきり俺はお前を守って行かなきゃなんねぇんだと思ってたんだ。けどそんなことなかった。そして全部ひっくるめてフェルなんだ。確かに第一印象とはずいぶん違ったよ。俺は上っ面しか見てなかった。それでもこれだけは言える、俺の勘は外れちゃいなかった。お前を好きになって良かった」


 最初の頃……そうだった。リッキーが僕に告白した時何度も言っていた。

『守り切る』

そのために好きでもない相手にキスまでして……。

「僕は何を聞いてたんだろうな。リッキーは最初っから僕を愛し続けてくれてたんだよな。今さら何を心配してるんだろう」

抱きしめていた手が離れた。不安そうな顔が僕を見つめる。

「リッキー。僕も今のお前を愛してる」

ちゃんと伝えておきたかった。リッキーの顔から張り詰めていたものが消えて顔が緩んで行った。涙がほろっと落ちる。

「俺…捨てられんのかと思った……」
「ごめん、僕がリッキーの言葉を捻じ曲げて聞いてしまったんだ」

「俺、言い方悪かったよ。理想とか勘違いとか、そういうんじゃねぇんだ。いろんな顔があるんだなって…あんまり意外すぎてあんな言葉になっちまったんだ」

またほろっと涙が落ちる。僕はリッキーに寄りかかった。きっと心底寂しくなったに違いない。そんな思いをさせるなんて。


 「不安にさせた、
  大丈夫だから、
  リッキーが、
  一人に、
  なるなんて、
  こと無い、
  僕が、
  いるんだから」


「フェル?」
「ん?」

どうしたんだ? リッキーの声が反響する。

「なんか……お前、変だぞ。それになんで俺に寄りかかってんだ? おい!!」

リッキーが慌てて僕の顔を見た。

「顔! 真っ青だ、フェル、車に乗れ!」


 なんだか急に眠くなって僕は車に押し込められるのを感じてた

  あいしてる

そうもう一度言いたかったのに

 

 

 

 慌ただしい中で一際厳しい声が響いていた。

「すぐ救急車を呼ぶべきだったんだ。一度目の殴打の衝撃で彼はダメージを受けた。次に意識を失って倒れた。そして吐き気が出てまた気を失った。このまま死ぬことだってあるんだぞ」

「先生、意識が戻りました!」

「フェル!」

「君は外に出ていなさい。今彼が興奮すると取り返しのつかないことになる」


 ――そうか、今のはリッキーか  もう一人は、誰?


 声の主が僕に話しかけてるのが分かった。

「喋ったり動いたりしないで。しばらく様子を見るからね。
MRIでは異常は見られなかったけど2度も気を失ったのは見過ごせない。入院してもらうよ」

聞いた声だ。

「あの時の…」
「しーっ、黙って。今鎮静剤を打つから眠れるよ。今日はもうゆっくり休んで」


 ――あのときのいしゃだ おぼれたときの


 またか…自分にがっかりだ。何度この白い部屋に世話になれば気が済むんだろう。


「起きた? 着替えとか持って来てあるの。置いとくね。リッキーは出入り禁止で廊下にいるわ。あの医者、なんであんなに彼を目の敵にしてるのかしら」

シェリーの声に動こうとして だめ!! ときつい声が飛んだ。

「動いちゃダメなの」

シェリーの声が急に優しくなった。

「私がいけなかったわ、救急車呼ぶべきだった。ごめんね。リッキーじゃなくて私が怒られるべきなのに。あのね、思ったより深刻だったのよ。よっぽどジーナに連絡しようかと思っちゃった。しばらく大人しくしてれば大丈夫だって。じゃ、リッキーに目を覚ましたって言ってくるわね。彼、一晩中外に立ってたのよ、中に入れてもらえないから」

 ぼんやり思ったのは(シェリー、なんで優しいんだろう)ってことだった。


 そうか、リッキーがいるのか。(そばに来てほしい)そう思った。ほんの少しの距離にいるのに会えないなんて……。
「やあ、起きたって?」

あの医者の声だ。

「僕のこと、覚えてる?」
「ええ、ドクター」

頷こうとしたら頭が動かない。

「そうそう、今みたいに反射的に頭を動かしちゃうからね、予防のために固定させてもらったから。状態が安定したら外してあげるよ」

脈を取りながらニコッと笑う。

「それから先生はなし。セバスチャン そう言っただろう?」
「あの、リッキーに会いたいんですけど。表にいるでしょう?」
「ああ、彼ね。ストライキ起こしたみたいに動かないよ。さすがに今は座ってるけど、夕べはずっと立ってたらしい」


今、鼻で笑わなかったか?


「なに? すぐに会いたい?」
「会いたいです」

眉を上げて、『しょうがないな』という顔で僕を見た。『会わせろよ!』そう怒鳴りたいのを我慢。多分、ホントに会わせてもらえなくなる。セバスチャンが表に出て行った。

「フェル!!」

「大声出すんならまた外に出てもらうよ。刺激するのもだめだ。会うのは5分だけ。守れたらまた明日もまた5分会わせてあげる。じゃ、5分間ごゆっくり」


 今日5分。明日5分。 僕もショックだけど、リッキーは完全に打ちのめされている。手は動くからリッキーの手を求めてさまよった。

「手、どこ?」

少し躊躇って手を握られた。頭が動かないんだ、顔が見えないよ。

「こんなこと、慣れてるなんて言うんじゃなかった」

笑ってくれるかと思ったら、見えたのは泣きそうな顔だった。

「泣くなよ」
「俺……」
「ちょっとここにお泊りだってさ。大袈裟だよな、このカッコもさ。見てくれ悪いだろ」
「おれ…」

力の入って来ない手をぎゅっと握った。ほら、握り返せよ。

「リッキー、頼みがあるんだ」
「なんだ? 俺に出来ること?」
「うん。キスして」

泣きそうな顔に笑顔が乗っかった。なんて複雑な顔してんだよ。お気に入りの黒髪がはらりとかかってきて、顔の周りにリッキーの匂いが漂う。ただ唇を合わせるだけのキス。でも、ほんのり嬉しくなった。

「嬉しい。ここにいる間、毎日キス届けに来てくれる?」
「来るよ、毎日。他に欲しいもんあるか?」
「お前の笑顔」

  クスッ 

やっと笑顔が出た。握った手に力が入って来た。

「なんで笑う?」
「フェル、俺のこと、 お前 って呼ぶようになった」
「それ、嬉しいの?」
「うん。すごく。フェルのもんになったような気がするから」
「じゃ、これからなるべくそう呼ぶようにする。けど、リッキーは物じゃない。僕のものだけど、リッキーはリッキーだから」

もう一度唇が近づいて来た。


「時間だよ」

冷酷非情な面会打ち切りの声。このヤロー……。

「明日、待ってる」
「分かった、必ず来るから」

出て行く間際までリッキーはこっちを見ていた。


「すいぶん名残押しそうだね。なに、君たちそんな仲なの?」
「答える必要あるとは思わないんですけど」
「悪かった、プライベートなことだったね。最初に来た女の子が彼女かと思ったもんだから」

ちょっと気持ちが悪い、こいつ。初めての時リッキーが言ったことを思い出した。

『俺はこういうことには勘が働くんだ』

最初は感じなかったけど、妙に大人でそのくせ粘着っぽい。


「ちょっとごめんね」
そう言って頭の固定具を確認してくる。その手が頬を掠めていった。

「どう? 今調整し直したから少し楽になったでしょ」
「ええ」
まだグズグズとそこに留まろうとしてるのが分かる。

「先生、最初の子、います? シェリーっていうんですけど」
「はっきりした子でしょ? 廊下にいるよ。さっきの子……君の彼だっけ? 彼と仲良さそうに喋ってるよ」

殴り倒したいよ、リッキー。なんなんだよ、こいつ。

「いろいろ頼むんで呼んでもらえますか」
「分かった、いいよ」

やっと出て行って、代わりにシェリーが入って来た。


「ね、リッキー、5分って言われたんだって?」
「そうなんだ」
「あの医者、ここの病院長の甥っ子だそうよ。顔悪くないけど、ナースの受けはかなり悪いわ。チラッと聞いちゃったんだけど、あんた、ここまで処置される必要ないらしいわよ」

固定具を指差している。やっぱりシェリーはこういう時頼りになる。図々しいのが取り得だから。本人に言ったら怒るだろうけど。

「まさか目つけられたんじゃないでしょうね。リッキーも心配してた。どれくらい入院するのか聞いた?」
「しばらくって言われたよ」
「ふ~ん。きちんと聞いておくのね。あと、こういう時はナースと仲良くなりなさいよ。これ、病院での鉄則ね」

「サンキュー、頼りになるよ、ホント」
「私は出来る子ですからね」
「自分で言う?」

「あのね! 私は笑っていいの。医者の制限なんかついてないから。でもあんたは笑っちゃダメ。そのせいで興奮なんかされちゃ、私まで面会禁止になるわよ」

慌てて笑いそうなのを堪えた。それは痛い。せめて悪友くらい来てくれなくちゃ。

「また情報仕入れたら教えてくれよ。これじゃなんにも出来やしない」
「焦れったいんでしょ。フェルは回遊魚だから」
「回遊魚?」
「動いてないと死んじゃう魚。サメとかマグロとか」

とうとう僕は魚にされてしまった。ため息が出るよ、まったく。

 

「医者を引き離すために私を呼んだんでしょ? もう帰るわ。あんた、もうちょっと寝なくっちゃ。あ、リッキーは面会時間許す限りこの部屋の前にいるって。その後は駐車場で車の中で寝るそうよ。泣かせるわね。大事にしてあげなきゃダメよ」

「シェリー、リッキーに無理させないでくれ」
「何言ってんのよ! こんな時無理しないでいつするの? 第一無理させてあげないと、後で本人が悔やむだけよ。逆だったらあんた、リッキーのために無理するでしょ?」

 言いたいだけ言ってさっさとシェリーは出て行った。まったくだ、シェリー。君は的を射てるよ。逆なら寮のベッドで大人しくなんか寝てられない。きっと医者を殴り倒してでもリッキーの手を離さない。

「ごめん、リッキー。だから心配するんだよな、すぐ暴力振るおうとするから」

天井に向かって呟いた。また大人しくする練習をしなくちゃならない。

 さすがに不自然だと思ったのか、次の日には固定具が外された。首を動かせるようになって、どれだけストレスになっていたのかが分かった。

「いつ退院できますか?」
「そうだね、もう一度検査しておきたいんだ。頭って複雑だからね。脳震盪って怖くってね、パンチドランカーっているだろ?
ああいう風になることもあるんだよ」

「検査、今日出来ますか?」
「明日だね。今日はもう一日様子を見よう。明日の検査で大丈夫なら帰っていいよ。普段健康だと、こういうところは辛いだろうね」

「立ち上がってもいいですか?」
「トイレはいいけど。まだ安静にしていて欲しい。病院の中で倒れられちゃ困るし」

「座ってるのは?」
「しょうがないなぁ。ちょっとの時間だけならいいよ。でも座りっぱなしはだめだ」
「ありがとう」
「どういたしまして。ちょっと脈見せてもらっていいかな」

断れるわけないじゃないか。でもこいつ、何回脈測る気だよ。

 リッキーは昼過ぎに来た。

「5分だけだからね」

わざわざ言いにきたセバスチャンに思わず毒づくところだった。でもそんな時間がもったいない。

「俺……」
「夕べ寝てないだろ」
「そんなことどうだっていいよ、何時に来ようか迷ったんだ。もっと早く会いたかったけどそしたら後残り、どうやって過ごしたら分かんなくなるから……でも我慢出来なくって 来ちまった」

僕はリッキーを引っ張って首筋を引き寄せてキスを強請った。

「喋ってる暇なんかない」

口付けだけで2分は使った。

「何とかあいつから時間をもぎ取るから。お前、ちょっとでも休んでくれよ。僕は寝てるだけなんだから」
「うん」
「ちゃんと食べるんだ」
「うん」
「携帯使えるように頼むから」
「うん」

涙が落ち続ける頬を撫でた。
「心配かけてばかりでごめんな」
リッキーが首を振ったところで声がかかった。

 「時間だから」

携帯も時間延長も、経過次第としか言われなかった。にこやかな顔で『結果を見て考えよう』と、その一点張りだった。


『ナースと仲良くなれ』

シェリーの言葉だけど、そのナースはなかなか現れなかった。脈も熱も血圧も測りに来るのは、全部このセバスチャン。いくら僕でもこれが意味することくらい分かる。リッキーの言った通り、コイツの目当ては僕だ。そうは言っても1日2日の辛抱だ。


 夕食を持って来たのはナースだった。

「あの」
「はい?」
「ナースさんこの部屋でちゃんと見たの、入院以来初めてですよ。ここ、何でもドクターがするんですね」

口元に笑いが浮かんでる。

「特別な人にはね」
「特別?」
「ちょっとお喋りする? あの先生今寝てるから」

僕は椅子に手を振った。

「ありがと。シェリーって、彼女? 私たち、クッキーもらっちゃった」

シェリー、感謝!!!  君って素敵だよ!
「友だちです、悪友ってやつ」
「ってことは、あの『黒髪の君』が恋人?」
「『黒髪の君』? リッキーですか? そうです、僕ら付き合ってるんです」

ここははっきり言っておいた方がいい。

「やっぱりね! あの様子、普通じゃないもの。私たち噂してたのよ。あの彼すてきね。エキゾチックな感じで」

そうだっけ? すてきなのは間違いないけどエキゾチック? 見慣れてるから分からない。

「何かあった時の連絡先、彼にしといて欲しいんだけど。えぇと…」
「リズ。私、リズっていうの」
「じゃ、リズ。お願いしていい? たいしたことないから万一なんて無いんだろうけど」
「構わないわよ。何かあったらあの子に知らせる。どうせ表にずっといるんだしね。そうね、あなたの場合、何かあるかもしれないし」
「どういう意味?」

リズは慌てて口を塞いだ。

「もう行くわ。あまりあれこれ言っちゃまずいのよ。何も無いかもしれないし」

 妙なことを言ってリズが出て行ったからなんだか不安になる。夕食はしっかり食べることが出来たし、僕には入院してる意味が分からなかった。


 眠れない………。動かないからだろう、全然眠れない。せめて本でもあればいいのに。退屈過ぎる。よっぽど筋トレでもしようか と思った時小さなノックがあった。僕はてっきり、リッキーが忍び込んで来たのかと思った。

「やぁ、やっぱり起きてたね。眠れないんだろう」

残念、セバスチャンだ。

「当直なんですか?」
「そうなんだ。デートしたいから替わってくれって言われちゃってさ、僕だっていろいろ用があるのに困っちゃうよ」

まるで友だち感覚に喋るのに閉口してしまう。

「ところでどこか痛くない? 変わり無いかな」
「無いです」
「そうか、元気になって良かった! きっと明日の検査が終われば退院できるよ。この間脳震盪を起こして担ぎ込まれた人が亡くなったから、病院としても慎重にならざるを得ないんだ」

そう言って席を立った。

「じゃ、ゆっくり寝て」

意外とあっさり帰ったからホッとした。明日には退院だし。リッキーだってきっと疲れてるはずだ。


 少し経って、ナースが巡回してきた。リズだった。

「あらあら、眠れないの? お薬でも持って来ようか?」
「いいです、明日には退院だし。やっと帰れる」
「そう、良かったわね。……あの先生、来なかった?」
「セバスチャン? さっき来たけど。でも退院だって言ったのはあの先生だし」
「それなら安心ね! 後でまた覗きに来るわ。それで寝てなかったらお薬あげる」

リズのおかげでリラックス出来た。明日の夜にはリッキーと一緒だ。

 


 そんなことを考えてたらうとうとし始めた。

  チクッ!

その小さな痛みで目が覚めた。そばにセバスチャンが立っている。

「なに?」
「大丈夫、楽になれる薬だよ。 効果が出るまで少し待とうか」

だんだん体が重くなってくる  どうしたんだろう、あんまり力が入らない

「すぐ効くだろう? これ、軽い弛緩剤。君みたいに薬に免疫無いと余計効きやすいんだ。あとちょっとした薬も混ぜてある。試験的に作ったもんでさ、なかなか被検者がいなくって。体に悪いわけじゃないから安心して」

何を言ってる? 何の薬だ そう聞こうとして思うように口が動かないのに気づいた

「ああ、無理無理。 薬抜けるまで喋れないよ」

いきなりシーツを剥がれたのに、何も出来ないまま見ているしかない。

「もう一つの薬、まだ効いて来ないかな? そろそろのはずなんだけど」

そう言われる頃にはやけに暑くなっていた  いつ空調切れたんだろう?


「ああ、効いてるね。今、熱いだろう? 大丈夫、結構強い媚薬だから動けなくてもちゃんと感じるからね」

体が…………。

「疼いて来ただろう? 分かるかな? すぐ気持ち良くなるよ」

ふざけるな そう言いたいのに…触られてもう息が切れてる  ざわざわと気持ちがいい

  ギュッ!
強くそこを握りしめられて痺れるような感覚が頭の芯を貫いた  胸を強く噛まれて思わず目を閉じる

  リッキー 

「初めて見た時からさ、いいなと思ってたんだ。こんなチャンスが来るなんてラッキーだ。おまけに薬も試せるなんてね」

あちこちが強く噛まれる  痛い  苦しい  気持ちいい ……掴まれたところにしっかり爪が立って痛いはずなのに……

「君、感度がいいね。ほら、もうしっかり濡れてる」

言葉に犯される………

口を舐めとられて舌を吸われた  口の中を溢れるほどに何かがぬらりと伝わって息が出来ずに一生懸命呑み込んだ  気持ちが悪い

  リッキー、どこ?

やめろ  さわるな  あっちにいけ………ほんとに行ってほしいのか?

カチャカチャと金属の音が聞こえた  足が開かれて持ち上げられた  尻の間に冷たいものが当てられる  強引に入り込んで来る固いものが痛い…中を広げてる

  痛いよ、リッキー 

なのに頭が蕩けてしまいそうだ…

   あ

ぐい! とその冷たい物の間に何かが入ってくる …でも気持ちがいい…痛い……気持ちいい……

  リッキー……
「君、ここ使ってないんだね! あっちが彼女ってわけか! すっごく狭い。ちょっとこれじゃ困るかな」

固くてもっと太いものが広げられた中に入ってくる  ぐいぐい押されて中が千切れそうだ……前後に何度も行き来する  擦れて痛い  肉がめくれてるみたいで痛い  奥に無理やり押し込まれて 苦しいのに  脳天まで痺れてくる 腹の中に入ってくるみたいで

  ああ やめてくれないか
  リッキー 
  こいつに やめさせて

「ずいぶん感じてるね、ぐっしょりだよ、この周り。ちょっと赤いけど、それはしょうがないな。でもさっきより滑りがいい」

息が止まりそうだ、痛い

「これじゃまだ狭くて入れない」

抜かれたと思ったらこじ開けるようにもっと太いものが入って来た  またそれが往き来する  入る度に奥へ奥へと捻じ込まれる 
  む…り……だ…いたい………いきが…でき   リッ

「感じてるの? 息詰めて興奮しちゃって。君って結構淫乱なんだね」

口を噛まれて舌を噛まれて ただ気持ちがいい

  ああ  くちのなかで  なにかが  うごいてる  りっきぃ どこだよ

リッキーの顔を思い浮かべると痛みが和らいだ

「僕が初めてならいいんだけど。じゃ、入らせてもらおうかな」

太い物も固い金属も一気に抜かれて痛みに思わず腰が浮きそうになる

「なに、抜かれてさびしい? すぐ僕のを挿れてあげるから」

何かが尻の間に入ってくる  今度は温かくてぬめぬめとして

「参ったな…まだ狭い……」

やめてくれ…… 痛くて息が止まりそうだ  その間も僕のそこがしっかりと握られて握り潰すように扱かれている

  ああ、もっと、もっと早
  いやだ 奥から抜いてくれ

扱かれて扱かれて  いきなり体の中を突き上げられる感覚に

  僕の頭が  弾けじけ飛んだ

「イッちゃったね。でも、まだまだだよ」

ふっ と痛みが軽くなった  抜けていく  温度のあるものが
「もう一回だな、動きにくい」

唐突に捻じ入れられた固い棒……容赦なく奥へとズドン! と押し入ってきて

  …ころしてくれ…りっき…きて……

「なんかさ、抵抗するよね。薬効いてんだから快感しかないだろう!? 自信作なのにムカつくんだけど。そうだ、ちょっと広げよう」

  意味が伝わって来なかった、意味が……

  悲鳴をあげてるのは、だれ?
  熱い 熱い 熱い!!!  この激痛は、なに!?

  声が…出ないんだ…
  りっきぃ僕の声は? 僕の声は?
 
  りっきぃは…どこ……

 

「やっと入った! 今度は君ももっと気持ちよくなるよ。ほら! すっごく滑りいいだろ!!」

 

  ころしてくれころしてくれころしてくれころ

腰が何度も何度も突き上げられて……

  りっき…ぃ

繰り返し何かが中に吐き出される……

  りっきぃ… 僕を抱きしめて

 

 

 

急に乗ってるものが全部消えた。 …まだ……もっと……

「クソ野郎! 殺してやる! 殺してやる!! どけ!! 邪魔するな!!」

怒号が聞こえる…遠くに……

「出血が…こんなの、酷い! すぐ他の先生を連れて来るから! 待ってて!」

  声が遠い……誰でもいい、触って……痛い…でも熱いんだ、いたくてあつい
体が何かに包まれた。触れられただけでもイってしまう……

「フェル、フェル、……」
「…りっき? ああ いたいんださわって…りっき、さわっ…いたい…イカせて…」

すぅっと空気が動いてまるで外の風みたいだ。抱えられて寝せられて、どこかに移動してる。

体が揺れる……早く触って、早く……

「鎮静剤を打つから。時間が経てば薬は切れるからね。心配しないで」

「そんなわけ、行くか!? こんなに苦しんでんのにほっとけって言うのか! あいつ連れて来いよ!! ぶっ殺してやる!!」

「彼のことは私たちに任せてくれ。病院としても精一杯償いをするよ。この酩酊状態はほんの一時の辛抱だから」

誰かと誰かが喋ってる……

  りっき どこ

「噛み傷は口と舌と肩と腿…よくまあこんなに…でも大丈夫、これはすぐ治る。胸、縫合して」

誰かが胸を弄ってる……

「それより…」

 

  ……いき が…
  いたい……いた…いたい!!!


「ああ、これは酷いな!! 裂傷がずいぶん奥まで続……切られてるじゃないか!! 何か所だ!? 麻酔、縫合!! ……ひどい無茶をしたもんだ……」

「狭いから切って入ったってことか!? 麻酔打たれてたんなら大丈夫だよな!? 痛み、感じてなかったよな!?」
「これは麻酔じゃない……ダイレクトに激痛を感じたはずだ。……拷問と一緒だよ」
「そんな……そんな…」

何かされてるのは分かるけど  それは僕の欲しがってるものじゃない  欲しいのは……たくさんの暗闇だ……

  あ ああ……りっきぃころして

「フェル、もうすぐだ、我慢して、 もうすぐだ、死なせるもんか! 絶対死なせるもんか!!」

ぎゅっと握ってくる手に僕もぎゅっと掴まる   てを はなさないで てを

「君、処置の間外に出て…」
「ふざけるな! あの野郎もそう言いやがったんだ! 俺はそば離れねぇからな!!」

  りっきー りっきー   なんとかして  ころしてくれ

 

 

「フェル、フェル……」

  泣き声が聞こえる…この声はリッキー?  なんで泣いてる?  こっちにおいでよ……僕がいるだろう?

「しっかりしてくれ! お願いだ、フェル……」
「り」

  リッキー そう言ったはずなんだけど   それより、きすして…早く……辛い…

「分かった、楽にしてやるからな。だから動くんじゃねぇぞ」

  あったかくて柔らかいものが  僕の口に重なってきた  僕を包んで優しく揺れて……気持ちいい

  あ ああ…これは僕の声か?

    ……ころしてくれ…
    暗闇が ほしいんだ 暗くして……
    りっきーころして…どこ? りっき

「大丈夫、俺はそばにいる。ここにいる、死んじゃだめだ、俺と明るいとこにいよう。俺がいるよ、フェル」

  撫でてくれてる  この手 知ってる  誰かがちょっとずつ  僕が息出来るようにしてくれる……

  はぁっ……息が辛い   ぎゅうっ……てが あたたかい


 少しずつ周りの様子が見えてきた

「ここ どこ?」
「分かるか? 俺のこと分かるか?」
「りっきーのこえがする」
「ああ、俺だよ。フェル、リッキーだよ。お前何されてんだよ、お前に触っていいのは俺だけだよ…俺だけだ……」

「…どこいってた…?  さがしたんだ…りっき ああ  ここにきて…りっき…どこ?」
「ごめんな…そばから離れて…… もう離れないから。ごめんな、ごめんな…… ここにいるから。安心しろ、フェル」

もやもやと  なんだかはっきり見えない  唇にそっとあったかいものが触れた

  リッキーがここにいる  リッキーと話して少し安心した  さっきまでどこか不安で

  でももう大丈夫  ここにいるのはリッキーだ

「りっきー おまえだけ……あいしてる…おまえだけ……」

頭を抱かれる  鼓動が聞こえる   時間がとだえる

 

  夢見てたみたい?

  ああ  いやな夢だ  なにかくちのなかにいるんだ  くちの


「今、見たぞ! 大丈夫だ、何もいねぇから。見張っててやるから。何も入んねぇように見張ってる!」

「りっき?」

「ああ、俺だ、フェル。もう少し寝ろよ、疲れたろ?」

「うん つかれた りっき おやす」

それっきり辺りが消えた

 

苦しくて苦しくて目が覚めた  覚めた途端に体の芯から熱い痛みが走った

  「あぅぅっ!!」

じっとしてるのに痛い  痛みから逃れられない

「フェル! 動くな!」

痛みの中心に何かが入っていた

「ごめん、でも消毒しなきゃなんねぇんだよ。酷いことになってんだ……」

リッキーが強く抱きしめてくれている  やっとそれが抜けた

「大丈夫ですよ、昨日より出血が減ってますからね」

知らない声

「リッキー? ぼく、どうしたんだ?」

やっとの思いで声が出た  ガラガラにかすれた声  喉がひどく痛い

「ほら、これ飲めよ」

冷たい水が口に入った  喉が乾いていたのが分かる
  どうしてだろう  疲れる   ……きもちわる   は  く  

「待て!!」

   は……

込みあげてくる振動で痛みが激痛に変わる  震えが襲う

  はきたい………いたい  いたい

「何とかしてくれよ!!! リズ!」

ばたばたと走りまわる音  音  音……

「吐き気止め、入れたから! もう少し我慢して!」
「我慢できるわけねぇだろう!!」

音が やんだ  りっきー いる?

「ああ、いるよ。手握ってるの、分かるか? ずっとここにいる」

さっきよりいいけど  それでも痛みがどっかりとここにある

「…いた…ぃ……なんでこんなにいたいんだ?」

痛みで涙がこぼれる……

  いたいんだ りっきー なんとかして

「ちょっと待て、今ナース呼んだから」

誰かがきて、下半身が剥がされた

「いい? しっかり押さえていて。局部麻酔だけど打つ時の痛みはどうしようもないの」

悲鳴も出ない  痛みの中心に激痛が走る  抱きしめてくれてるリッキーにしがみつくだけ

息   が


「麻酔、すぐ効いてくるから。 動かなきゃ治まってくるから」

髪を撫でられ  キスが降り注ぎ  なぜかそれが痛みを軽くしてくれた

「りっきー そうやってて……少し楽だ…」
「ああ、いくらでもしてやる」
「変なんだ、足の間が全部痛いんだ………」
「楽になるよ、フェル。きっと良くなる。約束する」

痛みが少し遠のいた  なんだかちょっと楽になったみたい

「寝ていいんだぞ。手、握ってるから」

その手を握ったまま眠った


  なにか いる
  りっきー  くちのなかに  なにか いるんだ
  いきが… つまる  できない  いきが   りっきー どこ


「フェル、ここにいるぞ! 何もいねぇ! 口ん中、今見た。何もいねぇからな!」
「いいのよ、ここにみんな出して! 今なら麻酔効いてる、ちゃんと吐けるから!」


優しい指が髪の間に入ってくる

「きっと良くなる。良くなるよ、フェル」
「ありがとう りっきー」

頬に雫が垂れてくる……

「りっきー  しょっぱい」
「そうか? ごめんな」
「いいんだ…なにか辛いなら言えよ……」

雫がたくさん垂れてくる  どうした?  なにがかなしい?  どうした?

「だいじょうぶ? 僕がいつもそばにいるよ……だから言えよ…」
「言うよ……必ずフェルに言うよ。だから今は寝ような」
「うん ねる」

僕は隣に寝てくれたリッキーにしがみついたまま目を閉じた  腕にまた注射が刺さる

「これでゆっくり眠れるから。あなたどうする? 少し休んだら?」
「ここにいる。ついててやらなきゃ」

そばにいてくれる リッキーが   僕はやっと安心して眠った

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