Fel & Rikcy  第1部

17.絶頂と奈落の底

「一体何があるんだよ」

「僕にだって分からないよ。おめかししとけなんて」

「俺……ここだけの話だけどシェリーが怖い」

「僕だって怖いよ! 何するか分かんないし」


 あの行動力と意思の強さはどこから生まれるんだろう? 最初に養女に行った先で義理の兄から碌な目に合わなかったシェリーは、バットを持って追っ掛け回して川に突き落としたという。それが原因で母さんの姉さんに引き取られたんだ。

『たいしたこと、無かったけどね』

そう言うシェリーの背中には大きな傷がある。でも僕はシェリーの笑い声と憎まれ口しか聞いたことがない。

「逃げるか?」

「次に会った時のこと、考えろよ。お前にそんな勇気あるのか?」

ちょっと想像したらしい。首がブンブンと横に振れた。

「お前いなかった間、俺大変だったんだ。食わねぇとどやしつけられて、睡眠薬飲みたくないっていったらバットかゴルフクラブ無いのか? って聞かれて、怖くて睡眠薬飲んだ」

 やり兼ねないから笑えない。外っ側が可愛くて乙女チックだからつい手を出しそうになった高校の担任は、シェリーが訴えたから学校をクビになった。外見に騙されたヤツがどれだけいたか…… いや、過去形じゃない。どっちが被害者か分からないくらいコテンパンにやっつける。高校と担任からは慰謝料も踏んだくった。今はソロリティを背負っていて、親衛隊もいるから敵に回すとエライ目に遭う。

 何を企まれてるのか分からないまま、僕らは悶々としてシェリーの連絡を待った。お陰でリッキーはそっちに気が行ってて、それはそれで良かったのかもしれないけど。

 3時過ぎになってようやくシェリーから連絡が入った。

「支度出来てんの?」

「何のだよ!」

「言ったでしょ、うんとおめかししときなさいって」

「だから何のためさ! 何する気だよ!」

「余計な質問は要らない。私うっかりしたけどあんた達着る物あったの?」

「リッキーは洒落た服がいっぱいあるんだ。僕はこの前来てたブルーのスーツしか無いよ」

それは木箱で送り届けられた時に来てたやつだ。

「そのスーツかジーンズしか無い」

「しょうがない、そのスーツ着ておいで。リッキーはそれに合わせた格好にしてね。4時半に迎えに行くから用意しといて」

 それ以上の質問は許さないと言わんばかりに携帯は切れた。スピーカーにしてたから一緒に聞いてたリッキーと僕は顔を見合わせた。

「支度するしかないよ」

僕らは情け無くも蛇に睨まれた蛙みたいにシェリーの命令に従った。

「あら、いいじゃない!  リッキー、あなたすっごく可愛いわ!!」

シェリーが感嘆するのも無理はない。僕は許されるならたった今このリッキーの前に跪いて、

「どうか今夜貴方を抱かせてもらえないだろうか」

と愛を囁きたいくらいだ。


 僕はベビーブルーのYシャツにブルーフランスのスーツ(リッキーによるとそういう色らしい。僕にとっちゃ、ただの薄い青のワイシャツと濃い青のスーツだ)。タイはリッキーが自分の持ってるのから、細身のシックなワインカラーを選んでくれた。

 それに合わせてリッキーが選んだのはシルクサテンのワイン色。同色のパンツに素肌に羽織ったドレスシャツは、着ているというよりまとっている感じ。スタンドカラーでぴっちりと胸から喉元まで細かく留めたボタン。袖は優雅に膨らんでいて、それが手首でキュッと締まっている。これも細かい幾つものボタンで留めてあって、僕ならこれを着るだけで10分はかかるかもしれない……

 肩で揺れるストレートの黒髪を片側だけ無造作に耳にかけ、もう見てるこっちがクラクラしそうだ…… ああ、シェリーさえいなきゃ僕は……


「ね! 腕を組んでみて!」

リッキーが腕を伸ばすのをレディに差し出すように僕は肘を浮かせて出迎えた。自然にこんな動きになってしまう。

「よし! 合格!! フェル、あんたにそのスーツを着せた人はセンスがいいわ。あんたのブルーの瞳に合わせてくれたのね」

シェリーはやっぱり女の子なんだな と思う。そんなところまで気が行くんだから。


「フェル……素敵だ……」

「僕がお前に見惚れるのは当たり前だけど、なんでお前が僕に見惚れてんだよ」

「リッキー、言っても無駄よ。フェルは自分のこと、てんで分かってないんだから」

「それでいい、シェリー。そうじゃねぇと誰かに取られそうだ……」

キスをしようと近づいてきた顔が思いっきり横に曲げられた。

「痛いよ! 何すんだよ、シェリー!」

「お預け! そんなの後にして」

「そんなのって……」

「いいから。行くわよ」

 なんなんだろう…… 僕らはおっかなびっくりにシェリーについて行った。そう言えばシェリーもひどくお洒落してる。カチッとした服が好みなのに、珍しくフェミニンな格好をしてる。

 あれ? イヤリングもしてないか? まるで女の子みたいだ!

「分かった! パーティーがあるんだろう! だからシェリーもお洒落してるんだね?」

「まあ、パーティーはパーティーなんだけど」

 煮え切らない返事に、取りあえず僕もリッキーもほっとした。変な余興をやらされるわけじゃ無さそうだ。


 車がスタンバっていて驚いた。

「タイラー! 君もパーティーに出るの? 昨日何にも言ってなかったじゃないか!」

 あの派手な一件以来、タイラーともチキンともすごく仲良しになった。リッキーには初めてのセックス抜きで携帯ナンバーを交換した友だち。彼らと過ごしている時はリッキーもごく普通の男子学生になる。

 

 二人は外見とまったく違う子どもっぽいリッキーが気に入ったらしくて、何かあれば誘ってくれるようになっていた。僕はそんな友だちがリッキーに出来たのがすごく嬉しくて、この二人との交流は極力優先した。チキンはそれに感動したらしくて、4人でいる時間を大切にしてくれた。

『僕、まともな友だちってタイラーしかいなかったんだ』

そう言うチキンに、リッキーも

『俺とおんなじだ、俺にはフェルしかいなかったから』

そう答えた。

「言ってくれたら良かったのに。シェリーにいきなり引っ張り出されてビクビクして来たんだよ、俺たち」

でも、タイラーもなんだか中途半端な笑顔だけ見せて、後は黙っている。またリッキーと目を見合わせた。それほど遠くじゃなくて、走ったのは20分ほど。


「サウスキャンパスにはあんまり来たことないな。リッキーは?」

「俺もこっちは……セックスする相手はだいたいウェスト」

「リッキー。フェルが隣にいるんだからね。そこで痴話ゲンカ始めないでよ」

僕がジロッと睨んだから慌ててリッキーが口を閉じた。


「ねぇ、シェリー。そろそろ何があんのか教えてくれよ。タイラー、何隠してんだよ」

「もうすぐ着くから黙って座ってなさい!」

 それきり僕らは黙ってしまった。なんでこんなに怖い目に遭わなきゃならないんだろう…… 前方に結構な人数が集まっているのを見てほっとした。なんだ、やっぱりパーティーじゃないか!

「ここはどこなんだ?」

「あんた達が入ってる寮と同じ頃に作られたの。ここも寮よ」

ずいぶん立派な造りだ。それにデカい! 僕らのいる寮の2倍以上は軽くある。

「すごいな! ここがパーティー会場?」

大きなパーティーらしいけど主賓がまだ来ないんだろう。まだみんなグラスも手にしていない。

「ずいぶんきちんとしたパーティーなんだね、あんまりお祭りっぽくない。メインは何なの?」

車を下りながらシェリーに聞いたけど、ただ笑顔を返すだけ。
「腕を組みなさい」

やっと口を開いたシェリーの命令だけど、そんなこっ恥ずかしいこと出来るわけ無い。

「俺、組みたい。じゃねぇとフェル、持ってかれそうで」

また不安な顔をしているから仕方なくさっきみたいに腕を差し出した。

「会場でダンス申し込まれたら断ってくれるか?」

ため息…… いや、変な意味じゃなくて。その姿で、その顔で、そんな儚げな声で言われてなんでNoって言えるだろう……

「もちろんだよ。ダンスはお前とだけだ」

やっと安心したように笑うから頬にキスしようと……

「はい、お預け! 後で、後で!」

全く! なんなんだよ!


 近づいて行くとみんなが振り返って シン! としたから二人で一瞬立ち止まった。


「おめでとう!!」

「待ってたよ!」

「主役が来ないんじゃないかって心配してたとこよ!」

口々にみんなが叫ぶ。

「あれ、誰に言ってんの?」

思わず後ろをキョロキョロと見回したけど誰もいない。

「フェル、ちゃんとリッキーをエスコートして」

 なにがなんだか分からないままシェリーに真ん中に引っ張って行かれた。ステージみたいなところに立たされる。またリッキーとアイコンタクト。マイクを持ったシェリーがにっこりと会場を見回した。100人以上はいる。

「エシューがいる……」

「え?」

 上から見て、ロジャーやロイ、レイ、バスケ仲間、シェリーのソロリティ―の連中、タイラーやレイのフラタニティの連中…… 一体、何が始まるんだ……?

「お集まりの皆さん、ようやく主役の登場です。フェリックス・ハワードとリチャード・マーティンに盛大な拍手をどうぞ!」

歓声と拍手…… なんなんだ、いったい……

「これから二人の婚約式を開催します! 実はこのパーティーは二人へのサプライズです。本人たちはこの通りぽかんとしたマヌケ面をしていますが、どうぞ許してやってください」

 大爆笑と、また歓声、拍手の嵐。いきなりシェリーが はい! とマイクを渡してきたからリッキーは怯えて後ろに下がる始末…… つまりマイクを渡された僕だけが前に押しやられたわけだ。


「あ あの……」

「どうした! ケンカの時を思いだせよ!」

あの声はタイラーだ。クソッ! 覚えてろよ!!

 咳払いして腹を据えた。どうせぶっつけ本番型の僕だ、何とかなるだろう。

「声援をありがとう、タイラー。後でゆっくり話そうじゃないか」

途端に笑いが起きる。


「えぇ、シェリーが言った通り、僕らはその、驚いてます。というか、まるでシェリーの罠に嵌ったような気分です。でも反撃出来そうにない。何せ怖くって」

「そりゃ怖いよな!」

「分かるよ! シェリーは怖い!!」

「同情をありがとう! 後で泣くから胸、貸してくれよ!」

「勘弁だ! リッキーに殺される!!」


 振り返るとねめつける様なリッキーの視線があった。

「今のは取り消し! 聞かなかったことにしてくれ。とにかく、感謝している。僕らのことでこんなに集まってくれるなんて、思ってもみなかった! シェリー、ありがとう。結局僕はいつも君にしてやられるんだ」

 僕はリッキーを呼び寄せた。リッキーの指がシェリーにかっさらわれた。ついでのように僕の手も取られる。あっという間に指輪が抜き取られた。

「おい!」

マイクまで取り上げられて僕らはシェリーの成すがままだ。

「では、さっさとメインイベントに移ります。リッキー、前に出て。いつまでもおっかながってんじゃないわよ、ホント、あんたって女の子みたい」

大爆笑にまたリッキーが一歩下がった。

「リッキー、諦めよう。こうなったらシェリーに任せるしかない」

やっとリッキーが前に出てきたから満足そうな顔をしてシェリーが喋り始めた。

「では、フェル。リッキーに指輪を」

渡された指輪を静かになった会場の中でリッキーの指に嵌めた。なんて厳かな儀式なんだろう!

「じゃ、リッキー」

リッキーが僕に指輪を嵌める。みんなを振り返った。大勢の前で嵌める指輪。正式に僕らの婚約が認められたんだ。ロイでさえ、その顔に苦笑いだけど笑いを浮かべている……

「フェル、リッキー。口づけを」


 上気したリッキーが美しかった。ワインカラーがよく似合う…… 僕はリッキーの手を取って引き寄せた。

「愛してるよ」

そっと差し出す唇に僕は覆いかぶさった。手を掴んだままリッキーを味わう。背中が反っていく……

「はい! そこまで! 何やってんのよ、みんなの前で。まったくもう!」

「すっげぇ……」
「いいぞ、フェル!」

シェリーの声にハッとして、僕は周りを一瞬忘れたことに気づいた。


 グラスが掲げられる。たくさんの「おめでとう」が溢れる……

「この二人、見ての通りバカだからあちこち所構わずいちゃつくと思うの。悪いけどその時は顔を背けてやってね。特にフェルにはリッキーしか見えてないから」


 笑いの渦の中に僕らは降りていった。シェリーのキツいジョークもほとんど耳に残らない。ダンスが始まり、結局僕らは1曲しか二人で踊れなかった。リッキーは圧倒的に男性陣に、僕は女性陣に囲まれてしまってお互いが見えない。

 そばに来たシェリーが耳打ちしてくる。

「今日は諦めてみんなの相手をしなさい。みんな、あんた達と踊れるの最後だと思ってるんだから」


 シェリーの言った通り、女の子たちはクルクルと相手が変わった。名前も知らない子もたくさんいる。元々僕がノーマルだと知っているのがほとんど。お陰で何人もの子に囁かれた。

「今日、この後どう? どうせこれからはリッキーとくっつきっ放しでしょ?  女性の最後のお相手に私を選んでよ」

僕は丁重に断り続けたけど、中には手強いのもいた。

「あなたに抱かれたい女の子、どれだけいると思ってる? いつもシェリーが一緒だったから諦めてたけど、相手がリッキーなら一度くらいいいじゃない? フリー最後の夜なんだから」

 チラッと遠目に見ると、ちょうどリッキーがダンスの相手をぶん殴るところだった。あっちはあっちで同じ目に遭ってるらしい。すぐシェリーが飛んで行ったから事態収束するかと思ったら、なんとシェリーが相手を引っ叩いた。

 向こうはシェリーもいるから安心だけど、問題はこっち。まさか女の子を殴るわけにはいかない。ダンスの相手が変わるたびにこれじゃウンザリする。


「こっちもなの?」

いつの間にかシェリーがそばに来ていた。

「まったくもう! リッキーの虫を追い払ったと思ったら、今度はあんたに虫がたかってんの!?」

「虫ですって!?」

「あら、ごめん。害虫だったわ」

その子は腹を立てて帰った。まぁ、当然だよな。

 

「……仕方ないわね」

そう言うとシェリーはステージに上がっていった。

「音楽、止めて」

みんな、何事かとシェリーを見上げた。

「あのね、主役の二人にちょっかい出したいのは分かるんだけど。私でも素敵な女の子相手だったらするかもしれないし」

耳を覆いたいよ、シェリー…… 君らしいけど。

「でも悪いけどフェルに手を出すのはやめて。さすがに可愛い弟の婚約の晩に私の前で浮気はさせられない。リッキーもこれで私の弟になるわ。どうしてもシたいなら私を通してちょうだい。OK?  」


 シェリーの弟……
 嘘でしょ?
 嘘だろう?


 ざわめきが起き始め、固まった空気が一気に弾けた。僕らの広報担当のロジャーは呆気に取られたまま、周りからの質問攻めにも対応出来てない。


「だって同い年だろ!?」
「双子だから当たり前でしょ?」

「いつから……」
「生まれた時から。頭、大丈夫?」


 どうやらリッキーとの婚約より大騒ぎになったみたいだ。

「じゃ、音楽、スタート!」

音楽が始まってもみんな踊りもしない。シェリーの顔を見て僕らの顔を見る。リッキーと僕の前にいたダンスの相手は後ずさっていった。シェリー、君の力って半端ない!


 その僕の前に来たのはエウシュロフネ・トゥキディデス教授だった。

「1曲いいかしら?」

僕は慌ててその手を受け取った。

「Mr.フェリックス・ハワード。とうとうリチャードを手に入れたわね。あ、いいのよ、彼とは終わってるから。でもこれくらいの嫌がらせはしてもいいんじゃないかしら?」

 教授はいきなり僕の首を引き寄せると、たっぷりと口づけをしてきた。舌が入り込んで優しくなぶる……

「エシュー!!!!」

声の近さからリッキーは吹っ飛んできたに違いない。すぐに僕から教授が引き剥がされた。

「あんたでも許さない」

 教授は動じるでもなく、僕の唇を親指で拭き取った。その指にはたっぷりと真っ赤な口紅が付いていた。

「気に入らないならあなたがキスし直せば?」

その言葉が終わらないうちに僕の唇はリッキーに覆われていた。彼の舌が所狭しと暴れ回る…… やっと離れたリッキーの目にある怒りに教授が笑った。

「これで本当にお別れよ。リチャード、幸せになりなさい」

 リッキーの頬に軽いキスをして教授は帰っていった。その後はあれやこれやと大騒ぎになりながらも、ショックが去ったみんなの顔には好奇心と祝福と、あったかい気持ちが溢れていた。


 飲んで、騒いで、喋って。リッキーには初めての、自分のためのダンスパーティー。何度もこっちを振り返り誰かが僕に貼り付いていないか確かめる。振り返る度に舞う髪は、瞳は僕のものだ。少しずつその表情が柔らかくなっていく。

「シェリーと双子って、どんな感じ?」
「お前が想像してみろよ。そんな感じだ」

それだけで相手はブルってしまう。

「誰も知らなかったのか?」
「リッキー以外はね」

 他にもたくさん質問してくるから、質問はマネジメントしてるロジャーに と全部そっちに回した。いつの間にか、『広報担当』『マネージャー』と格上げされたロジャーも僕らに質問したがってたけど。

 シェリーが男と一緒にいたのを気に食わなかったソロリティのメンバーも、双子だと知って表情が柔らかくなった。

『これからは私たちがあなた達を守ってあげる!』

シェリーの親衛隊が宣言したから男たちは諦め顔になっていった。それをかいくぐってリッキーに辿り着くのはさぞ大変だろう。最後の関門は僕だし。

 シェリーがステージに上がった。呼ばれて僕らも上った。

「さて! プレゼントの時間よ。チキン、上がってきて!」

チキンが大きな帽子を静々と掲げて上がってきた。

「この会場全員のジャンケンで、彼が勝ち残ったの。この栄誉ある贈呈役をね」

「リッキー、フェル、僕嬉しいよ! これをあなたたちに捧げます」

受け取った帽子はずっしりと重かった。僕はまたリッキーと目を見合わせた。

「チキン、これって……?」

「みんなのカンパだよ、結婚式の」

「え!?」

「ここに来れなかった人からも入ってる。僕たち、君らに素敵な結婚式を挙げてほしいんだ」


 シェリーが会場に呼びかけた。

「みんな、趣旨に賛同してくれてありがとうね! ロイ! あんた稼いでんだからもちろんたっくさんカンパしてくれたわよね。フェルからも相当巻きあげたでしょ?」

「みんなの倍は入れたよ。敵わないなぁ…… リッキー、フェル、俺、もうなんにも根に持ってないからさ。だから結婚式にも招待してくれよ。こうなったら最後まで見届けたい」

「ロイ……もちろんだよ! ありがとう……」

 

 リッキーがシェリーの掴んでいるマイクを脇から取った。

「ありがとう……俺……こんななのに……みんなにヤな思いもさせたと思うのに……俺なんか……なのにみんな祝ってくれて……おめでとうって……俺なんかに………」

後の言葉が続かない。僕の胸で泣き続けるリッキーに会場もシンとしてしまった。みんなの目が温かい……

「ごめん、みんな。こいつ、泣き虫なんだ。すぐ泣いちゃうんだ。だから最後まで言えないけど……」

「いいよ!」
「充分伝わったよ!!」
「幸せになってね!!」
「良かったな、リッキー!」

たくさんの声を受け取って、リッキーは尚も泣き続けた。


「えと……ね、リッキー、もう大丈夫かな?」

さすがに、シェリーが優しい。

「もう一つあるのよ、プレゼント」

「いや、これ以上はもう充分だよ」

「あら、これはあんた達が泣いて喜ぶものだと思うけど」

そう言うと、赤い小箱を渡してきた。何とか泣き止んだリッキーにそれを開けさせた。

「鍵…… シェリー、なんの鍵?」

「それはあんたたちの新居の鍵よ」

「新居? え? アパートかなんか?」

にこっと笑ってシェリーがこの大きな寮を指差した。

「ここ! もういつでも入れるからすぐに引っ越しちゃいなさい! みんな、手が空いてる人は引越手伝ったげてね」

「シェリー! だって空きは無いって……」

「そ! 普通の寮はね。でもね、ここは『 夫婦寮 』なの! ホントは結婚証明書にサインしてからなんだけど、正式な婚約式をしたら入ってもいいって言ってもらえたの」

だから婚約式だったのか……言葉の出ない僕の代りにリッキーがシェリーに跳びついた。

「シェリー! 愛してる! ありがとう! 大好きだ、姉ちゃん!!」

いつもの皮肉っぽい言葉は出なかった。

「リッキー。私もあんたが大好きよ。いい弟が二人になったわ。仲良くやっていきましょうね。喜んでくれて嬉しいわ」


ぽたん と一つ涙が落ちた。僕はその頬に小さなキスをした。

「僕も愛してるよ、シェリー。君と双子で本当に良かった」

会場からたくさんの拍手をもらって、またリッキーとありがとうを言った。何度も。何度も。感謝でいっぱいだったから。

 パーティーが終わった。リッキーはチキンたちと喋ってる。

「シェリー、本当にありがとう。感謝しきれないくらいだよ。昨日別れてから計画したんだろ? いつも驚かされるけど、今日は特別驚いたよ」

「たまたま聞いたのを思い出したのよ、ここが一室空いてるって。手続きがあるけどそんなのどうにでもなるし。私に借りがあるからね、ここの寮長も監督のスタッフも」

相変わらずだ、シェリー、ここに在り!


「あんたがね、私の事知ってたってこと……結構しんどかったのよ」

「しんどかった?」

「うん……いつから知ってたのか……聞きたくない。だから言わないでね。自分の体の半分なんだって、だからお姉ちゃんだから守らなくちゃって。そう思って来たの。だから頑張って来れたのよ。私がこうしてるのはあんたのお蔭でもあるの。ずっと悪友でいようって決めてた。あんたがレイプされた時……私死ぬほど後悔した。リッキーも自分を責めてたけど、私も同じ。あいつを探したわ。切り刻んでやりたかった。でも見つからなかった……ごめんね、いつも後からなんだ、私って。後手後手に回っちゃう……アルとあんたの喧嘩の時も間に合わなかった。……ごめん、変な 話ばかりしてるね」

「シェリー」

彼女の頭を抱き寄せた。

「どうした? 酔っ払っちゃった?」

「んふっ、そうかもね。今日はたくさん飲んじゃった。あんた、何もかも我慢する子だから守りたかったの。姉がそばにいたのに役に立たなかった……そう思われちゃったかな? なんてね、あんたはそんなこと思う子じゃないのに。でもそんなこと考えちゃってしんどかったの」

「シェリー、聞いて。僕はずっといい姉がいて幸せだって思ってきたよ。いつも助けてもらった。支えてもらった。僕もリッキーも本当にシェリーが好きだよ……おっかないけどね」

シェリーから笑い声が漏れた。

「シェリーがリッキーに言ってくれた通りだよ。仲良くやっていこう。しんどくなんかならないで。そばにいてくれてありがとう」

 シェリーの泣くの、これで何度目だろう。大事にしていきたい、シェリーのことも。

『今夜からもう部屋に入れる』

そう聞いて、僕はリッキーと一緒に鍵を開けてみた。


「すごっ!!」

前の部屋の2倍はある……中のドアが開け放たれていて寝室が見えた。デカいベッドが一つある。なんだかこっちが恥ずかしい。

「夫婦寮があるなんて知ってた?」

「いや、知らなかった……っていうか、僕はあんまり情報通じゃないからね。ロジャーの垂れ流しニュースしか聞いてないんだ」

「あ、それね、頼んだよ。生活に役立ちそうな情報もくれって」

「リッキー……あんまり所帯じみるなよ。まだ早いよ」


 リッキーが部屋に入ろうとしたから、思わず腕を掴んだ。

「なんだよ、中入ってみてぇよ」

「入るさ。こうやってな」

リッキーを抱き上げた。急に体が浮いたから僕の首に両手が回る。その頬にキスを落として、部屋に入った。
「な? 再スタートなんだからちゃんとやろう。卒業までこの部屋だね。新婚生活もここだ。二人で楽しもうな」

「俺、嬉しいんだ、すごく……シェリーにいっぱい感謝しなくっちゃ……そして、お前にもだ。俺をあの地獄みたいな毎日から救い出してくれた。もう、俺、今は生きてる。全部終わったんだな。俺、幸せだ」

 

 首にかかる息が熱かった。どちらともなく相手の口を塞いだ。互いの唇を食んで、幾度も幾度もキスを繰り返した。唇をつけたままそっとリッキーを下ろす。

 リッキーの腰を抱くと軽く僕を押しながら歩くから、僕はそのまま後ろに下がって行った。ドアに背をつける頃にはリッキーの舌ともつれるような口づけになっていた。どんどん息が荒くなっていく。

  かちゃり

リッキーがドアの鍵を閉めた。僕はまた抱き上げて、真新しいベッドへと運んでいった。

 外の灯りで充分だった。ドレスシャツの裾がめくれてリッキーの肌が見えていた。そこからそっと手を忍ばせる。もう、息を詰めて僕の手を待っている。胸に辿り着いて指先で突起を撫でた。

  は… ぁ

こんな愛撫だけで目を閉じていくリッキー…… すごく素直に快感の波に乗っていく。


 きっと誰もこんなに綺麗なんだって知らない。たくさんの男に抱かれて来たんだろうに、まるで初めてかのような姿をいつも僕に見せる。そうだ、知ってるのは僕だけ。お前がこんなに健気で儚げで、そして清らかなんだってことを知ってるのは僕だけなんだ。

 一つ 一つ ボタンを外していく。一つのボタンに 一つのキス。ああ 欲しくて堪らないのに、ボタンの数だけ我慢する。

 一つ分ずつ肌が広がる。胸のボタンが全部外れて、手を持ち上げた。淑女にするように手の甲にキスして、指を含んで、指の間を嘗めて、手首のボタンを外す。指だけを愛撫してるのに体が震えていく。もう片方の手も同じように外していった。ドレスを上にめくりながら僕は肌を嘗め上げる。

 舌が滑る…… 胸で止まる…… また上に上がる……首を唇で這う時にはリッキーをほとんど脱がしていた。残った袖を引き抜きながら首から耳の後ろへと味わっていく。手はパンツの中に入り込んでボクサーを抜けてリッキーを握った。それだけで ぅっ と呻く声がした。

「正式に申し込んでなかった」

耳元で囁く。

「僕と結婚してください。 Yes と言って」

リッキーの目が開いた。僕の首を引き寄せて唇をついばむ。

「りっきぃ  どうか  へんじを……」

キスするばかりで答えてくれない。

「りっ…… どうか Yes を……」

その口をまた塞がれて……


  返事がほしい  ちゃんと返事がほしいんだ、リッキー
  僕に 結婚する許可をくれ
  お前の 配偶者になる 権利をくれ……


「へんじ……を……」

リッキーの両膝が立った。僕は少しでも早く返事が欲しくてすぐに脱がせた。とっくに濡れて後ろまで滴っている…… 優しく指を潜らせて、喘がせながら何度も返事を強請った。甘やかな声を出すばかりで返事が無い……

  お願いだ…… 許可を……

「ふぇる……きて………」

求められるままに入っていく僕。

  あ !  ぅぐ…… ぁ  ぁ……

性急に動く僕の腰に絡みついてくる足……深く入るためにぐっとその膝を押して覆いかぶさった。

  ああ……くっ…… ふぇ……   あぅ は…… 

小さく首を振るから髪が乱れて頬にかかる……なんて誘い方するんだよ、これじゃ、これじゃ返事をもらえない……なのに僕はリッキーを追い上げた、一番奥へ 奥へ 奥へ……

 弾ける前に外に出ようとした。リッキーの手が僕の腰を引き寄せる。

   Yes

僕はその答えを聞きながらリッキーの中で果てた……


「呆れるなぁ……婚約式の服のままで朝帰りか? まったく……」

次の朝、タイラーに迎えを頼んだ。こんなこと、誰にも頼めやしない……

「ごめん……きみにしか頼めなくて……」

「リッキーのダンナじゃなかったら断ってるよ」

「ごめん……」

謝り倒すしかない僕に、とうとうタイラーが吹き出した。


「な! いつ引っ越すんだ? 今日と明日なら俺、手が空いてるぜ。早い方がいいんだろ?」

「ホント? いい?」

「リッキー……あのさ! 自覚無いだろうけど色っぽ過ぎるから。前、遠目で見てた頃のリッキーってちょっと危ない感じがしてさ、それで近寄り難かったんだけど。フェルといるようになって、どんどん変わっちゃったよな」

「どんな風に?」

バックミラーでちらっと後ろを見て、タイラーは慌てて目を前に戻した。

「なんかさ、その辺の女よりよっぽど聖女って感じ。で、やけに声とか仕草が艶っぽいんだよ。フェル、大変だな。しっかり守っていけるのか?」

「勘弁してくれよ……僕はリッキーに弱いんだ。プロポーズに Yes もらうのにどれだけかかったか」

「つまり、もう尻にひかれてるってことだな」


タイラーに高笑いされてるうちに寮についた。

「じゃ、本格的な手伝いは明日でいいんだな? 今日は何もしなくていいのか?」

「フェル、買い物したい。ベッドカバーとかさ、新しいのがいい」

「買い物? じゃ、車乗っけてやるよ。シャワー浴びて着替えて来いよ。今から出れば午後ゆっくり明日の準備が出来るだろ?」

「君って……いいやつだなぁ。気配り凄すぎるよ。なんでモテないんだよ」

タイラーがじろっと僕を見たから、まずいっ! と慌てた。

「フェル! タイラー、もうとっくに結婚してんだぞ」

「え?」

「ああ、その……子ども先に出来ちゃってさ。俺んちで育ててるんだよ。だから休みには帰るんだ」

「そうなんだ……びっくりしたよ! 子ども、いくつ?」

「3つ」

「幾つん時の子だよ!?」

「俺が17、彼女が18の時。俺も驚いたんだから」


 シャワーを急いで済ませて外に出ると、そこにはシェリーも来ていた。

「新居のための買い物だって? 私も行っていい?」

 リッキーが喜んで、みんなでワイワイと車に乗った。お喋りに花が咲いて、楽しいドライブ。ショッピングモールの入り口で下ろしてもらって、タイラーは駐車場に向かった。のんびりぶらつきながら僕はリッキーに昨日の恨み言を言っていた。

「なんですぐに Yes って言ってくんなかったのさ!」

「だって勿体ねぇだろ? あんなに Please って言ってくれるの、そうそう無ぇし。俺ばっか Please って言ってる」

por  faver ?」

「……そうだよ」

「あの言葉、僕は好きだよ。あっちで言ってよ」

「約束できねぇよ!」

「ああ! あんたたちのバカバカしい話、いつまで聞かなきゃなんないのかしら!!」

「シェリーの前なら何話してもいい気がする」

リッキーの言葉に笑い転げるシェリー。


 くだらない話をしているうちにタイラーが歩いてくるのが見えた。リッキーが走っていく。僕は立ってそれを眺めていた、手を振りながら。僕の前にはシェリーがいて。

 笑顔で振り返ったシェリーが、僕の後ろを見て硬直した。

「久しぶりだねぇ。元気にしてたかい?」


  首に息がかかる 
  首を ざらりと舐めあげられた


  おぞましい 声を 聞いた

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