Fel & Rikcy  第1部

18.お前のものになりたいから

 ……りっきぃ……

呪文を聞いてれば大丈夫だ  呪文がある  呪文を聞いていれば……


 なんでぼくは うごけないんだろう……
 なんでことばが でないんだろう

 なんで  なんで  なんでいたいんだろう……


 はしってくる りっきぃが みえる
 あのときと おなじ たまごが われる
 りっきぃ  ころんじゃうぞ

 ああ   なんでこんなにいたいんだろう

声が聞こえた

「負けちゃだめ たたかうの ふぇる たたかうのよ ここで負けちゃ ずっと 一生 負けちゃうのよ」

いっしょうけんめい さけぶ声が とおくから 聞こえる  声が はんきょうする わんわん はんきょうして 


でも クリアに きこえる 声

『探してたんだよ、そのために抜け出したんだ あいつら ぼくがおかしいと思ってるんだ あたまがおかしいと 君のために ぬけだしたんだ 待ってただろう? ぼくのこと忘れられなかっただろう? 探してたんだよ いつだって どこにだって ぼくは いるからね』

「フェル!!」

言葉が僕を掴んだ。

「フェル! 俺はここにいる! お前は俺のもんだ! そいつに持ってかれるな!!」
「リッキー……」
「ああ、俺はここにいる。お前は俺のもんだ、そこにいるクソったれのもんじゃない!!」

「僕はお前のものだ」
「そうだ」
「僕はお前のものなんだ」

「リッキー、だめ。今は近づいちゃいけない。自分で勝たなきゃだめなの。分かって、フェルに戦わせて」


 リッキーの腕を掴んでいるシェリーが見えた。頬が濡れてる。シェリー、君はそんなに泣いちゃいけない。君を泣かすヤツは……僕が殺す。リッキー、お前も泣いてるのか。お前を泣かすヤツも、僕が、殺す。


 振り返ったらセバスチャンがいた。笑っている。なんてカッコだ。それ、患者衣だよな。みっともない、よくそれでここまで来たもんだ。髭も伸び放題。髪はボサボサ。

「僕はこんなヤツに怯えてるのか? 震えてるのか?」

近くに寄った。臭う。いつからこのカッコなんだろう。醜悪な汚物だ、こいつは。

「キスをしようか、あの時みたいに一つにならないか?」
また こころが ぐらぐら しはじめる
「おいでよ、僕のそばに」

いま、ぼくの手がめり込んだのは何にだろう…… 足元にくずれてるこいつは誰だっけ……

「フェル! 認めるんだ! だめだ、幻覚とだけ戦っちゃ。しっかりそいつと向き合え!!」

「フェル、あんたは強いわ。私の弟だもの。今度はちゃんと見てる。リッキーと私がここにいるから。だからそいつを見て! あんたの足のとこに転がってるヤツをよく見て!!」


 見下ろした。そうだ、こいつはセバスチャンだ。こいつに こいつに僕を殺されてたまるもんか。

「立て」

セバスチャンがニタニタ笑って見上げてくる。

「起こしてよ」
「立てよ。ちょうどいい。お前ともおさらばする。立て」
「1人じゃ立てない、君の手を貸して」

足がめり込む感覚が伝わってきた。こいつ、幻じゃない、実体だ…… 夢じゃないんだ、本物を蹴ったんだ。こいつは幻じゃない。

 目が覚めたような気がした。周りを見渡した。リッキーがいる。祈るような手をしたシェリーがいる。いつでも飛び出そうとするタイラーがいる。遠巻きに何事かと見ている人たちがいる。携帯を手にした人がいる……

「立て。お巡りが来てからじゃ何も出来ない。立つまで蹴るからな」

1発、2発、セバスチャンが泣き始めた。か細い声で何か言ってるけど聞く気なんか無い。

「嫌なら、立て」

また蹴る。ようやく地面に手をついて、震えながら何か吐いた物を口から垂らしながらよろよろと立ち上がった。正面から見た。

「黙れ」

何か言おうとしたから封じ込めた。

「喋ったら殺す」

唇がわなわな震えている。僕はしっかりとその顔を見た。

……目を背けたい……見るな……また壊れるぞ……『痛むぞ』……

心の中で騒ぐ声。

(黙れ。お前も黙るんだ。もうお前の声は聞かない。それは幻だけを見せる声だ。僕はもうお前のものじゃない)

 もう一度後ろを振り返った。リッキーに頷いた。シェリーに頷いた。

「僕は、大丈夫だ」

体を戻しざま、拳を叩き込んだ。口から飛び散る赤い液体。

「立て、もう一度。僕の気はまだ済んじゃいない。立て、殺すぞ」

……ゆるしてください ゆるしてください……

「その言葉が認められるのは相手に許す気がある時だけだ。立て」

泣きながら膝を立てたところを殴り倒した。

「立て、僕に向き合え」

口の下が真っ赤な血に染まっていた。もう立てないことは見て分った。そばに行って胸倉を掴んだ。引きずり上げて拳を下ろす。

「フェル、もういいだろう? な? フェル」

どさっ と足元に捨てた。空を見上げて空気を吸った。遠くからサイレンが聞こえる。

「リッキー、シェリー。帰ってくれ。タイラー、二人を頼む」
「どうする気なの!?」
「自首する」
「フェル! お前は何も……」
「傷害罪だ、僕のやったことは。逃げるつもりなんかない。だから行くんだ」
背を向けた。後ろから抱きしめられた。

「俺、残る。お前を独りなんかにしねぇ。お互いの前から消えちゃいけない、そう俺に約束させたろ? 俺を締め出すな、俺はお前の大事な飾りもんじゃねぇ」

「私も残る。もうあんたを独りにしない。ちゃんとそばにいる」

 

 泣くつもりなんかなかった。でも僕は頬を拭っていた。やっと解放されるんだ そう思った。リッキー、今なら心の底から分かるよ。恐怖から解放される恐怖ってあるんだな、お前が盗聴器を踏み潰した時のように。狂ったようにコンセントを壊し続けたように。

 僕はこの恐怖を抱きしめるよ。こいつも僕のものなんだ。でも、僕はこいつのものじゃない。

「リッキー。シェリー。ありがとう。そばにいてくれ」

 パトカーには僕一人が乗せられた。二人はタイラーの車で後ろからついて来た。大人しく手錠をかけられたから、パトカーの中には張り詰めた空気は無かった。

 僕も心が静かだった。むしろすっきりしていた。体に付着していたネバネバを洗い落としたような、そんな気持ちだった。

 正面に警官が座った。

「さて、名前は?」
「フェリックス・ハワードです」

「年齢は?」
「20歳」
「未成年じゃないことを認めるね?」
「はい」

「住所と電話番号。仕事先、または学校。全部答えてくれるね?」
僕は一つ一つ、きちんと答えた。

「通報した人は君が一方的に暴力を振るったと言っている。認めるか?」
「いいえ」
「何もしてないと?」
「いえ、しました」
「何をした?」
「蹴って殴りました」

「彼はあのまま病院に運ばれたよ。かなりのケガを負った。それでも一方的じゃないと?」

「はい。一方的じゃありません。精神的苦痛を与えられました」


 警官はペンを置いた。手を組んでまじまじと僕の顔を見る。

「君はまじめそうだ。嘘をつくタイプには見えない。いったい何があった?」
「僕はあいつに、セバスチャンに襲われました。体をいいようにされました。だからケリをつけたんです」

「……待っていてくれ」

しばらく僕を見ていた彼は、廊下に出て行った。

 

 ほとんど身動きしなかった。苦痛が、僕の奥に蠢いていた。でもそれは幻。ファントムペインだ。正体を知っている。僕に『忘れるな』と事実を突きつけてくる痛み。戦う必要なんてもう無い。後は受け入れるだけ。この痛みも僕のものだ、でも僕はこの痛みのものじゃない。

 


「待たせたね」
さっきの警官がまた座った。時計を見ると2時間が経っていた。

「君は告訴するか?」
「告訴?」
「そうだ、君が受けた傷害に対して告訴するか?」

僕が告訴? セバスチャンは? 告訴されるのは僕じゃないのか? まるで心の声が聞こえたかのように返事があった。

「あっちは告訴しないそうだよ。彼はメンタル ホスピタルの患者だった」

メンタルホスピタル……精神病院にいたのか。あの老紳士の姿が浮かぶ。

「主治医の話で本人に判断能力が欠けているということが分かった。だから保護者に来てもらったよ。今回の事件について説明したんだが告訴しないということだ。というより、そもそも事件じゃないと。むしろ、君が告訴するつもりならどうか考え直してほしい そう言われたよ。告訴しても責任能力が無いから罪を問うことは出来ないだろうが、どうする?」

「僕の罪は?」

警官は眉を上げて僕に笑いかけた。

「さっきの話は私には自白とは聞こえなかった。君は『精神的苦痛を受けた』『だからケリをつけた』そう言った。これは正しいんだと思うよ。正直言ってね、軽微な犯罪に予算や署員を割くほど警察は暇じゃない。まして先方は告訴を嫌がっている。君に罪は生まれそうにないし、今後も生まれないだろう?」

 僕は頷いた。もう僕の暴力の時代は終わった。そう思う、僕にはリッキーとシェリーがいる。

「そうか。君の婚約者とお姉さんも証言したよ。君の行った行為は暴力じゃなかったと。そして君が受けたのは暴力だったと。だから告訴するかどうか」

「示談が成立してます。それでも告訴出来るんですか?」
「『新たなる事実が発覚した』それは充分考慮に値すると思うよ」

考慮は要らない。考える必要も無かった。

「告訴、しません。アイツは今、罰を受けてる。僕も立ち直ることが出来た。そういう意味ではアイツに会えて良かったと思います。もう会いたくありませんけどね」

警官は立ち上がった。差し出された右手を掴んだ。

「次は、ダメだぞ。いいな? もうこんな所に来るんじゃない。君はそういう人間じゃない。私の期待を裏切らないでくれ」
 

 廊下に二人がいた。愛するリッキー。 愛するシェリー。

「帰ろう。全部終わった。本当に終わったんだ」

抱きついてきた二人を抱きしめ返す。腕の中の温もりが僕に安らぎをくれた。

「フェル、凄かったよ。事情、ほんの少し聞いた。俺なら立ち向かえない、けど娘に何かあったら俺はそいつを殺すと思う。だから君は偉いよ、よくあれで踏みとどまったな。その後の君の取った判断もとても真似出来ない」

 タイラーの言葉が嬉しかった。支えてくれた二人の存在が嬉しかった。僕の中で一つの悪夢が終わった。もうアイツも怖くない。

 

 もう一つ片づけておきたいことがあったけれど、それはもう先手を打たれていた。リッキーの動向を彼の祖父に知らせていたのはノラだった。彼女はそのためにこの大学に送り込まれた。情報を手っ取り早く手に入れるために酔っ払ってるリッキーに近づいた。

 これは僕の推測だけど、多分彼女はリッキーと寝ている内に本気になってしまったんだ。だから別れ話を受け止めることが出来なかった。僕の家に連れて行ったことを報告することで、僕たちの間を何とか出来ると思ったんだろう。けど僕たちに何の変化も無かったから仕返しにリッキーを狙ったんだ。

 情報提供者の名前を明かした時点で、彼女を退学させたんだと思う。彼はその行為で、僕に手を引いたことを知らせようとした、多分。

 疑えばキリがない。他の人間を身辺に潜り込ませたら? またどこかに盗聴器をしかけたら? ビクビクしながら暮らしてはいけない。僕らにはもうそんな暮らしは要らない。

 引っ越しはほとんど手間がかからず終わった。僕はたいしたものを持ってなかったし、リッキーは "裸のつきあい" の相手からもらったプレゼントを全部捨てた。リッキーも僕も、すっきりサバサバした引っ越しだった。タイラー、レイ、チキン、たいして役に立たなかったロジャー、口うるさいばっかりのロイ。来てくれた気のいい連中。仕切ったシェリー。

「おい、あの二人ずいぶん仲いいな。お前より姉弟に見えるぞ?」
「小姑と上手くいってる方がいいって言うから、僕には有り難いよ」

 すっかりシェリーにべったりになっているリッキー。最初の頃を思い出す。こういう二人の姿なんて、誰が想像できただろう。

 みんなにランチを奢ったから、今週の日曜もバイトに行かなくちゃならない……いや、当分休みは取れないかも。

「進級さ、ヤバくない?」
「それさ、ロジャー、ニュースにする気か? 『婚約した二人、いちゃつき過ぎて落第!』とか」
「そんなことしないよ、フェル! シェリーに殺される!」

「私が何?」

真後ろに立っているシェリーを見て、ロジャーは飛び上がった。

「ぼ 僕は二人を心配してるだけだよ! 落第するんじゃないかって」
「そんなこと、私がさせないわよ」
「え、勉強、面倒見てくれんの!?」

嬉しそうなリッキーをシェリーは睨みつけた。

「あんた、そんな甘っちょろいこと考えてんの? 自力で何とかしなさい。私、フェルはちゃんと進級すると思ってる。だからリッキー、あんた、落第したら一緒に卒業出来ないわよ」

青ざめていくリッキー。

「そうなったらあんた、この寮に1人で残ることになるんだからね」

泣きだしそうなリッキーの背中を撫でた。

「心配するなよ、一緒に勉強しよう。お前だって本気出せば進級なんて軽いだろ?」

青ざめた顔が僕に コクン コクン と頷いた。

「俺、頑張る。フェルと一緒に卒業するんだ」
「卒業の前に進級してね、リッキー」


 からかう声に真面目に首を振るリッキーが可愛くて、僕はその顎を掴んだ。唇を寄せる時にはもうシェリーの声が響いていた。

「バカバカしい。行くわよ、ロジャー。あんた、そのマヌケな顔晒して見てるつもり?」

 キスは優しくて、僕はここがベッドの上じゃないことが残念だった。これから違う教室で講義を受ける。本当はキスで1時間過ごす方が嬉しいけど、諦めるしかない。

 

 結婚式をいつにするか。これで小さな諍いをした。リッキーはもう秋休みが近いからその時がいいと言うし、僕はここまで来たらリッキーの誕生日にしようと。

「そんなに待てない! 次、フェル何しでかすか分かんねぇ!!」

泣いて飛び出して行ったリッキーを追いかけようと廊下に出て、僕は溜息を付いた。

「フェル、アドバイス」

振り向くと隣の住人、ニールが面白そうな顔をして立っていた。彼は可愛いアマンダの夫だ。

「飛び出されたり泣かれたりしたら謝るんだ、理由はどうでもいいから」

「なんで!」

「そういうもんなんだよ、夫婦が上手くいく秘訣ってのはさ。だいたい泣くとか出てくとかって卑怯だと思うよな。俺も最初の頃はそれでずいぶん失敗したよ。理不尽だと思うだろうけど、絶対謝らなきゃだめだ、出来れば花とか渡してさ。それからたっぷりと優しいキスをする。一番まずいのは真剣な顔して話し合うってことだからな。そんなの、後回しにしろよ。いいな」

 妙なアドバイスをもらってリッキーを探し回った。前もそうだ。リッキーはケンカになると引っ叩いてくるタイプじゃない。厄介なことに、泣いて飛び出すんだ。これで3度目。1度目は僕に好きだと告白した時。2度目は僕が誕生日を言わなかった時。

 これって、飛び出されるほどのことなんだろうか? ホントは『いい加減にしろ』って言うつもりだったけど、ニールによるとそれは絶対厳禁。『とにかくひたすら謝り倒せ』 そう言われた。


 どこに行ったんだろう……シェリーのとこは勘弁してほしかった。ケンカになるとシェリーは圧倒的にリッキー側につく。必ず説教食らうんだ。

 なら、タイラー? チキン? 100歩譲ってロジャーならいいと思う。行ってない場合を考えてジャブ的な電話をすることにした。

「タイラー? 今何してる?」

「チキン? 今、何してる?」
「ロジャー? 今、何してる?」

空振り……仕方ない。

「シェリー? 今、何してる?」
「ラナが来てるの、電話かけて来ないで!」

……彼女が来てるんならリッキーがいるはずない。

「ごめん」
そう言った時には携帯は切られていた。


 彼女? そうか…… 母さんの諦めた顔が浮かんだ。シェリーは女の子。僕はリッキー。双子揃って同性愛か……ちょっと後ろめたくって、ごめんとは言わない と言ったことを少し後悔した。

 その時携帯が震えた。

「レイ?」
「おい、勘弁してくれよ!」

小声だ。レイが小さい声で喋れるなんて初めて知った。

「泣いて走ってるリッキーを思わず掴んじゃったんだ。掴むんじゃなかったよ、そのまま通りで泣かれてえらい目にあった! みんな俺を睨みつけるし。頼むから夫婦喧嘩を俺んとこに持ち込むなよ!」

別に持ち込んじゃいない。こいつも理不尽だ。でも。

「悪い、今迎えに行くよ。どこに行けばいい?」


 花を買おうか……迷って、やめた。クセになるし。第一僕はそんなタイプじゃない。せいぜい謝るのとキスくらいしか出来ない。

 とにかく言われた場所に行ってみると、そこにはいなかった。キョロキョロしてるとレイの声がした。

「こっち!」

そばの木立の中だ。

「丸見えだからさ、ここに連れて来たんだ。じゃ、後はよろしくやってくれ。もうリッキーが走ってても俺は掴まえないからな」


 僕を置き去りにして、レイは行ってしまった…… 取り残された僕は、まるで悪いことをした子どものようにリッキーのそばに座って「ごめん」と言った。膝を抱えたまま、僕に背を向けるようにくるりと回った。膝の間に埋めた頭が震えてるみたいだ。

「本当にごめん、まだ泣いてる? 僕が悪かったよ。リッキーの言う通りにするよ」
「ほんとに?」

良かった、返事してくれた。

「ああ、ほんとだよ。そうだよな、早くって僕も言ったしね。ごめん、秋休みにしよう。その代り大忙しになるよ? 招待状やら着る服やら……」

こっちを振り向いた顔には涙が光ってたけど笑顔が浮かんでいた。

「俺、早く式挙げたかったんだ……講義があるから旅行は先の話になりそうだけど、式はもう待てない……」
「旅行? それは当分無理だよ! バイトして資金貯めないと……」

笑顔から大粒の涙が落ち始めた。

「リッキー……泣くなよ。今のは我が儘だって分かってるだろう? お前だってつい昨日、節約しなきゃ! って言ってたじゃないか!」
「分かってるよ……でも、今そんな風に言わなくってもいいじゃねぇか……」

 心の中で(バカ)と言いつつもしっかり抱いて唇を重ねた。結局僕はリッキーの涙には勝てないんだ。バカだから可愛い。僕の脳みそも、相当バカなんだろうと思うよ。

「秋休み? すぐじゃない! あんたら、ほんっとにバカね! 招待状のリストは? じゃそれはロジャーとチキンに頼んで、二人で式服を見に行ってらっしゃい! まったく! 場所は決めてあるのね? ジーナたちには知らせたの? そう! そっちは大丈夫ね。 ……ね、肝心のお金は? OK、その代りその後は必死に働くのよ。あ、マリッジライセンス、取ったの?」


 シェリーの弾丸のような取り調べの上、許可を得て話はとんとん拍子に進みそうだ。資金は二人でよく話し合って、今ある生活費とカンパのお金をそっくり当てることにした。そして生活費にはリッキーの元に残っている貯蓄を。

 そのまま貯蓄を結婚資金にしても意味は同じかもしれないけど、気持ちの上でリッキーの辛い思いの代償を当てるのには二人とも抵抗があった。だからその穴を埋めるためにバイトを続けていく。持ってるお金に甘えてるときっとあっという間に消えてしまう。

 マリッジライセンスを先に取得しておいて良かった! 教えてくれたのはタイラー。危うく結婚に辿り着けないとこだった。ライセンスの有効期間は60日。だから心配ない。

 シェリーの言う通りにロジャーとチキンに招待状のリストを預けた。二人はいつの間にかコンビになっていた。不思議な組み合わせだと思ったけど、チキンはロイの比じゃないほどプログラミングに長けていて、すでに『ロジャーによる今日のニュース』なるキャンパス内の情報チャンネルを展開していた。独自のネットワークをロイも加わって3人で起ち上げたらしい。


 キャンパス内の教会を式場に。僕の家族はこっちに来てくれる。大学の仲間たちからはカンパしてもらってるから、ギフトレジストリーは無し。これ以上みんなから何か貰うわけにはいかないし、僕らにもそんなに必要なものが無い。

「あと、何考える?」
「うぅん……もう無ぇような気がする。それにシンプルに式を挙げられればそれでいいんだ。余計なことは要らねぇよ」

それには僕も同意見だ。

「じゃ、後は服を考えるだけだな」
「それもあまり考える必要無ぇよ、普通に白でいい」
「良かった! それも僕と同じ意見だ」


 リッキーは見栄っ張りじゃない。うんと奥床しい。タイラーの言う通り、昔のリッキーの面影はどんどん消えつつある。ギラギラした凄みのある妖しい笑みは浮かばなくなった。どこか厭世的で、鬱とした暗い影は過去の遺物。

 


 今はただ笑い、泣き、我が儘を言い、そして甘えてくる愛しいリッキー。お前をただ僕は幸せにしたい。

  ――お前とずっと一緒にいるよ――
  ――Estare contigo para siempre. ――

​     ―― 第1部 完 ――

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