
宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第3部[9日間のニトロ] 19- F(8日目 決着前夜)
眠る直前。
リッキーの右手が左の薬指を触るのを見た。
これは譲れない。
取り返してやる。アイツをお前の前から封印してやる。
廊下に出て携帯を手にした。
相手はすぐに出た。
『やあ、お帰り、フェル。で?』
「頼みがある」
『内緒でって言うんなら受けつけるわけには行かないよ』
「なら荒っぽい方法を取るよ、エディ」
『脅してるの? 僕にだって譲れない部分はあるんだよ』
「分かった。じゃ明日の昼までは誰にも連絡しないでほしい。その後ならもう構わない、好きにしていいよ」
『……何が知りたい?』
死んだディエゴとその相棒と言われているオルヴェラを雇っていた会社。その監督と作業員たちの情報をありったけ。無茶な頼みだとは思ったけど、こればかりはエディに頼んだ方が早いと思ったからそれを欲しいと言った。
『いつまで?』
「これから取りに行く。リストですぐくれないか?」
ため息が聞こえたけれど、OKと言われたのに驚いた。
「いいのか?」
『ああ。すぐ来て構わないよ。用意しとく』
とんでもないやつだ。
車を寮まで飛ばした。リッキーは軽い睡眠剤を処方されている。だからよく眠っている。ここのところ僕のせいであれこれ続いて不安定だから……
小さくノックをした。もう10時。スポーツなんかやってる連中には早くに寝るのもいる。エディに迷惑かけたくない。
すぐにドアが開いた。
「入れよ」
相変わらず小ざっぱりした部屋。カナダのきれいな景色が映っているでかいポスターだけが部屋のアクセント。
「はい、これ」
リストが3枚。ビッチリと印刷されている。氏名、年齢、人種、住所、出勤日、監督の情報。僕はエディの顔を見た。
「どうやってこれを? 調べてあったのか?」
「電話もらってすぐにリスト作ったんだよ」
約25分。それでどうやって……
「あの会社の経理システムに入ったんだ。賃金台帳だよ。だから日雇いだろうがバイトだろうが全員入ってる。セキュリティ甘々で助かった。それで足りるか?」
小柄なエディをハグして持ち上げた。
「や、やめてくれ、僕はこういうの苦手だ」
エディが腕を突っ張るから下ろしてやった。
「感謝してるんだ、こんなに早く情報貰えると思ってなかったから」
「ディエゴとオルヴェラっていうのの情報が早く拾えたのは、タイラーやレイのお蔭だ。現場に関わることだからね、すぐに中で事件の噂が広まったんだ。君が逮捕されたって大騒ぎだったんだから。僕たちも泡食ったしね。そのリストの中に幾つか印が付けてある。レイがあの二人の仲の良かった連中を今日の午後連絡くれたんだよ」
みんなの顔が浮かぶ、あの手術室の前で見た顔が。
「何と言ったらいいか……」
「もう危ない真似をしないと誓ってほしい。ロジャーは君が捕まっている最中、ずっと取り調べの様子を教えてくれたよ。内部に身内がいるから聞き出しやすいって。君が手荒な真似をされたのも知っている。ビリーに聞かれたけど中身までは言ってない」
トムの腕力はたいしたものだった。腹に食らう拳は見た目にはなんの痕もつけない。けど相手が警察だから僕は抵抗をしなかった。公務執行妨害。連中の大好きな罪状だ。
「君らには何でも分かるんだな……」
「君が口を閉ざしていること以外はね。それには意味があるんだろうから余計な詮索はしないよ。体、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ、どうってことない。あのトムって言うデカい方が手が早かっただけだ」
リストをもう一度眺めた。うん、これなら早くにケリがつきそうだ。
「約束」
「分かってる。明日の昼になったら誰に連絡取っても構わないよ」
オルヴェラはディエゴと一緒のアパートだ。だから当然警察の手が回っている。行方不明になっているせいできっと部屋は張られているだろう。指輪を探しに入りたいけど、さてどうしたものか…… リッキーのためにどうしても指輪を見つけたい。やっぱりオルヴェラに直に聞く方が早そうだ。
ヤバいことやって逃げ込む相手は同郷の所だろう。そう思ったけど同じ会社にはスパニッシュはいなかった。
印がついているのは6人。1人だけ違う現場の人間だ。オルヴェラの会社だけ頼んだのに、これはエディの計らいなんだと思う。
明日朝から一人一人に当たってる暇なんて無い。監督のジョン・マコービックに電話をかけた。
「遅い時間に申し訳ありません。そちらのアルバイトで働いているスパニッシュで、オルヴェラという男の連絡先を探しています。僕は彼の従兄でカミロと言います。彼の兄のクレメンテの病状が悪化しまして至急彼に連絡を取りたいんです」
オルヴェラは自分の身内の話なんか一切してないはずだ。
『んー、あんたがオルヴェラの身内かどうかこっちには分からないし、簡単に従業員の連絡先なんか教えるわけには行かないな』
「何かあった時のためにって、あなたのこの電話番号は聞いてたんです。さっきから彼の携帯にかけているんですが電源を切られてるみたいで。一緒にいるはずのディエゴという友人にもかけたんですが……」
『ああ、ディエゴ? 彼ね、死んだんだよ、一昨日』
「え!? じゃオルヴェラも?」
『いや、彼は行方不明なんだ。悪いけど後は警察にでも聞いてくれるかな』
「もうクレメンテは朝までもつかどうかも分からないんです、何とか手掛かりになるようなこと、ご存知ないですか?」
『ゴタゴタに巻き込まれるのはいやなんだよ』
そう言いつつも電話を切らない。きっともう少し押しても大丈夫だ。
「お願いです、最後に一目だけでも…… 居場所、分からなくってもいいです。オルヴェラの付き合ってる相手って分かりませんか? その、彼は……」
『ああ、"彼女" ってやつね。それなら多分……ホントに警察に言わないでくれるか? 面倒に巻まれるのがいやだから言ってないんだ。それにアイツは根に持つタイプだし。でも兄さんが亡くなるんじゃなぁ』
「言いません。ヒントいただければ自分で探しますから」
『分かった、ディエゴのことも知ってたし、教えてやるよ』
ジョンもどうやら人の好い男のようだ。ゲイリーといい、働いている人間には有り難い監督だと思うけど。
話を聞きながら手元にあるエディのくれたリストと照らし合わせた。 アメリカに来た頃からオルヴェラが付き合っているのはジェシーという男。そこでいなければ『Flaming Love』というゲイバー。
「ありがとうございます、そこまで教えてくださって」
『会えないかもしれないよ。ジェシーのことはたまたま知ったんだ。誰も知らないと思う、会社が違うからね。オルヴェラはあんまり人当たりのいいヤツじゃなかったから仲いいヤツもいなかったし。俺が思うにディエゴを殺したのはアイツだ。だから逃げてるんだと……あ、身内のあんたにこんなこと言っちゃいけなかったな。兄さんと会わせてやれるといいね』
丁寧に礼を言って電話を切った。出来ればジェシーの家がいい。僕の顔は割れている。ゲイバーじゃきっと上手くいかない。
今日はもう無理だ。全部明日、ケリをつけてやる。
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