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Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ]  21-(9日目 F、B)

  (F)

 母さんが来るとビリーが言いに来たから上着を掴んだ。そこに母さんが電話をかけてきた。
「ビリー、お前携帯忘れたろ。母さんが用があるってさ」
放った携帯をキャッチして話し始めたビリーに背を向けて上着を着た。

「どこ行くんだよ」

目敏いリッキー。殺気立ってるのが伝わってしまったんだろうか。鋭い目だ。

「悪い、駐車場に荷物取りに来いって。携帯、車に落としてたみたい」

相変わらずそそっかしいビリーは携帯を放りざま部屋から飛び出して行った。

「昨日、そんなじゃなかった。俺寝てる間に何があった?」
「何も無いよ。思い過ごし。着替えが尽きちゃったからさ、ちょっと寮に行ってくるよ」
耳元で小さく囁いた。
「下着、洗わなくちゃならないんだ。警察にいた間あれこれ手が止まっちゃったし、予定外に使っちゃったからね。お前のも洗ってこないともう2枚しか無い。お前が悪いんだぞ」

 さっきのキツい目つきは消えて赤い顔をする。そんな顔を朝から見ることが出来て、ちょっと嬉しい。どうも昨日以来、僕のリッキーへの愛情が前と違ってきたような気がする。

「洗うのいいけど、色物と白と」
「分けろって言うんだろ?」
「常識だ。お前のせいで俺の気に入ってた白のシャツ、ぐだぐだな色になっちまったんだからな」
「はいはい、気をつけるよ」
「それから干す時、適当にぶら下げんなよ」
「奥さま、僕にそこまで求められても」
「ばかっ! 洗濯ってのは手抜いちゃいけねぇんだ」
「お前にかかると気を抜いていい家事なんか無いじゃないか」
「そういうもんだ、家事ってのは」
「奥さまがリッキーで良かったよ。でもそんな事ばっかり言ってるとすぐ所帯じみるぞ。あんまりあれこれ気にするとこの頭が禿げちゃうよ」

髪を撫でる手を叩かれた。
「禿げねぇよっ! 禿げんのはフェルだ、どスケベなんだからな」

 言い終わらない内に口にむしゃぶりついたらあたふたして、リッキーが可愛くて仕方がない。

「甘い……ゼリー、何の味だった? アップル?」
息が上がるのを抑えながらリッキーが答える。
「リズに……見つかったらまた怒られちまう。フェルのキス、破壊的だからしばらく我慢する。早く退院したいし」
「今朝、なぜ起こさなかったんだ? お前に食べさせてやりたかった」
「あんだけうるさかったのにぐっすり寝てたろ? お前疲れきってんだよ、留置場にいたし。帰ってきた途端に俺……我が儘言ったし」
「抱いたことか? 我が儘なんかじゃないよ。それにお前の我が儘なら全部聞きたい」

嬉しそうな顔。今朝は熱も下がっていたと言うし、痛みも減ってるみたいでいつもより動きが大きい。

 

「警察じゃ大変だっただろ? なんかされたのか?」
「どうってことない、たいした証拠も無いからフレッドに潰されてピートも何も言えなかったよ」

リッキーが押し黙ってしまったから顔を覗きこんだ。
「どうした? 何か気になる?」
「俺……」
顔を上げないからそのまま待った。何を思ってる? オルヴェラか?

「俺、聞きたい」
「何を?」
「お前、ディエゴが死ぬの分かっててオルヴェラに投げつけたのか?」

リッキーの問いに答える言葉が見つからない……

「俺、警察じゃねぇ。だから本当のこと言え。あれ、逆の立場だったら……お前が俺みたいにされたとしたら俺だって何すっか分かんねぇよ。でも……」

 

「正直に言うよ」

リッキーの手の上に手を重ねた。この手は聖書と同じだ。嘘はつけない。

「死ねばいいと思った。二人ともな。でもあの時ディエゴを投げたのはああなると思ってやったわけじゃないんだ。オルヴェラがお前に何をさせようとしたか、開けた途端に分かったよ。だから頭の中が沸騰した。気がついたらディエゴを投げつけてた。あの結果はあいつらが招いたことだ。そう思ってる。悔いは無いよ、悪いと思ってない、ディエゴが死んだこと」
「お前に……罪を負わせたとしたらそれは俺の罪だ。最初っから全部ホントのこと言えば良かったんだ。でも、俺、怖かった……みんなが何されるか分かんなくて。隠さねぇでフェルに言えば良かったのに。お前じゃない、俺の罪だよ」
「それは違う。お前はたくさん辛い目に遭って来たんだ。僕が思っていたよりももっと辛い目に」

  ――『地面に頭こすりつけて許してくれって謝って……』
  ――『あなたから逃げたのは私の間違いでした……』

 

 そんなことをさせられて……そんなことを言わされて。人間以下に扱われて。思わずリッキーを抱きしめた。そんな思い、もうさせやしない。あの声をもうお前の耳には入れない。

「辛い目に遭って来たってのは犯した罪の免罪符にはならねぇよ」
「僕が赦すよ。全てのお前の罪は僕が赦す。それでも自分が赦せないなら僕が一緒に背負ってやる。でも僕が犯す罪は僕のものだ。お前のものじゃない」

体を放したリッキーが息を呑んだのが分かる。つい言い過ぎた。

「お前、何やる気だ? 今なに思ってる? お前にはもう何もさせねぇ!」
「リッキー、僕は」
「もう罪は犯さないと誓え。誰も困らせないと誓え。お前はもう……お願いだ、元に戻るって誓ってくれ。俺、お前が氷になんのも火になんのもいやだ。俺なんかのせいで」
「もうその言葉、使わないでくれよ。『なんか』って。いつもお前は言う。婚約式の時も何回も言ったよな、『俺なんかのために』って。言うなよ、それ」

 優しく唇を嘗めた。僕がキスしてほしかったから。そうか…… 変わったのはこれだ。いつもリッキーを悦ばせるためになんでもしてきた。その顔を見たかったから。
 でも違う。今は僕が悦ばせてほしいんだ。与えられる愛がほしい。受け取れる愛がほしい。お前から愛がほしい。

 リッキーの口が開いて、僕を愛撫するために舌が入って来た。キスで悦ばされたことはなかった、悦ばせることばかり頭にあって。違うんだな、リッキー。僕だって受け取っていいんだ、お前がくれるものを。愛するだけじゃない、僕は愛されていいんだ。お前のものでいていいんだ。

 あんなに怖かったのは……

 

 二度と誰にもこんなに深くは愛されないだろうと知っていたから。
 リッキーしか必要としてくれる人はいないと知っていたから。
 他の誰にも僕の心を明け渡すことは出来ないと知っていたから。
 僕を……この心ごと抱きしめてくれる人はリッキーしかいないと、そう知っていたから。

 擦り合わせて、柔らかくてしなやかなリッキーの舌になぶられながらゆっくりと吸う…… 蕩けそうな頭を奮い立たせてやっとの思いで口から離れた。

「行くよ、リッキー。いいか、洗濯に行くんだ。全部きれいにしてくる。僕もきれいになって帰ってくる。お前は待っていてくれるよな?」

開いた口は多分『行かないで』そう、言おうとしたんだと思う。けど、唾を飲んで出てきた言葉は違っていた。

「誓え。帰って来た時に俺の目をちゃんと見るって」
左手に唇をつけた。
「お前のこの手に誓う。お前の目を見れないようなことはしない。大事なこの手に誓うよ」

 

 

 ジェシーのアパート。今は10時半。手早く終わらせたい、エディは昼にはみんなに連絡を取るだろう。リッキーに罪を犯さないと誓った。目を見れないようなことはしないと誓った。

 ああ、いくらでも誓うよ。リッキー。僕はこれを罪だと思っていないんだから。お前の目も、何の躊躇いも無く見るよ。これは洗濯だ、リッキー。全部きれいにする。
 昔のような間違いは起こさない。中途半端は犠牲を呼ぶだけなんだ。僕のものを二度と失わない、手を放さない。

  (B)

「ここでちょっと待ってて。2分したら俺に電話くれる?」
そう母さんに頼んで病室に向かった。すぐに母さんからフェルに電話がかかってきた。
『どうしたの? かけてくれって言って着信ここで鳴るんだもの』
「ありがとう、すぐそっちに行く!」

車から荷物を持って歩き出す前に母さんに頼んだ。
「ごめん、俺用が出来たんだ。俺たち帰ってくるまでリッキーのそばを離れないであげてくれる?」
俺のその言葉で母さんは何かを感じてくれた。
「お願いね」
頷いた母さんは俺の顔をじっと見た。これで安心してこっちに専念できる。

 


「上手く行った!」
俺は車を出しながらロイに電話をかけた。

 

 夕べ、エディは昼までは自分はこの件についてはもう誰とも喋らないと言った。
「約束だからね。これ以上フェルを裏切るわけには行かない。充分僕の務めは果たしたはずだ」
それを聞いて、ロイは電話をかけ始めた。
「悪いけどすぐに俺の部屋に来てくれよ」
シェリー、ロジャー、タイラー、レイ。ここにいない面々だ。
「ここからは俺が勝手にやるだけだ。ビリー、明日は連絡は俺にくれ」
そう言われて俺はホテルに帰ったんだ。

 

『じゃ、どこかでフェルの動きを見ていてくれ。こっちでもGPSの動作を確認しておく』
 俺一人で動いてんじゃない。そう思うとすごく心強い。そう待たずにフェルが出て来た。真っ直ぐ車に向かって歩いていく。今日は何が何でも食らいついて離れない。そう決めた。

 

「ロイ、出発だ」
『OK、少し走り出せばこっちも分かると思う。どっちに向かってる?』
「北。えと、現場やブライアンの家から反対っ側。この先デカい分岐があるんだったよね、タイラー」
『ああ、5分も走ったらな。お前のGPSもロジャーが追っかけてる。でも携帯は切るな』
「分かった!」
『この後はロイと話せ。俺はヤツの指示でシェリー乗っけてそっちに向かう』

 デカい交差点は右折した。ロジャーがGPSはばっちりだと言ったから、これでもしはぐれても安心だ。俺のもフェルのも行き先掴んでるんだから。


 ボロいアパートの前に止まったのが10時半。フェルが中に入っていくのを見ながら俺はちょっと離れた所に車を止めた。こんな真昼間に荒っぽいことするわけ無い。

『タイラーがそろそろ君に合流するよ』
 20分くらい経ってロジャーがそう言ってくれた時に1階の部屋の窓から男が飛び出してきた。オルヴェラだ! その後をフェルが飛び出して来た。

「ヤバい、オルヴェラがフェルに捕まりそうだ!!」
『タイラーはもうすぐだ! それまでお前が何とかするんだ!』

 バカだ、オルヴェラは。追い詰められてナイフを突き出した。フェルはそういうケンカには慣れてる。
『武器を持つやつは武器が万能だと思っているのさ』
 そう言ってたフェルは自分の体以外信じちゃいない。だから強いんだ。フェルが慌てもせずオルヴェラに向かって歩いていく。

  (F)

 オルヴェラは必ずこの部屋の中にいる。妙な確信があった。多分ジェシーは仕事に行っている。賃金台帳にはここ3日欠勤になっていた。そんなに長く休めるわけが無い。エディに感謝だ、あのリストのお蔭だ。自分の勘を信じるのに躊躇いは無かった。オルヴェラは一人だ。

 あっさりと鍵を開けて入った僕をヌードルを食ってるオルヴェラがバカみたいに口を開けたまま見ていた。

 

「みっともないな。口からぶら下がってるもんくらい食べろよ、待っててやるから」
それがお前の最後の晩餐だ。
「て、てめぇ、どうしてここが」
「くだらない話はいい。リッキーの指輪を返せ」
「指輪? これか? あいつの指は細いからな、これは抜けないぜ」

  こんなに全身の血が煮えたぎったことは無い
  こんなに殺意を持ったことも無い
  お前を殺す、オルヴェラ

  その左手の指輪を取り返すために

 

「そんなに大事か? こんなもんでリッキーと繋がってるとおめでたいこと信じてんのか? あいつを知らねぇんだろ、あいつは満足させてくれりゃ誰にだって足を開くんだよ。俺はお前よりリッキーを知っ」

 

 なぜお前の喋りを聞かなきゃならない? 指も手も足も頭も全部引き千切ったら少しは気が晴れるだろうか? 
動く口を蹴り飛ばされてヤツは吹っ飛んだ。髪を掴むともがいた体が逃げた。僕の指に髪の束が残って、ヤツが窓から飛び出す。
 それほど広くない駐車場でこっちを振り向いたオルヴェラの手にはナイフがあった。

 上等だ、オルヴェラ。少しは手応えが無いとな。つまんないよ、簡単に息の根止めるんじゃ。やり合おうじゃないか。

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