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Fel & Rikcy  第4部[ LOVE ] 5.痺れ

ガシャーン!!

 

「どうした!?」
「わりぃ、手が滑った!」
途端にフェルがすっ飛んできた。
「見せて」
手のひらを出してくる。
「大丈夫だって」
でも俺をじっと見て手を出したまんまだ。諦めて手を乗っけた。表にしたり裏にしたり、指先を全部調べる。やっとホッとした顔を向けた。

「な? 大丈夫だろ?」
「お前、我慢するから」
「お前に言われたかねぇよ。我慢の程度が違う」
「な、病院に行こう。これで3度目だ、何か落とすの。カップとジャガイモ」
「ジャガイモはキッチンから勝手に落ちて転がってっただけだ。カップはうっかりした」
「リッキー……」
「考え過ぎだって。それに定期健診、明後日だぞ。1日2日遅れたからって、どうってこたねぇよ」

 

 フェルってホントに心配性だ。甘やかされんの俺も好きだけどフェルはあの事件からホントに変わった。

『あんたの心臓、止まったのよ? 分かる? ジーナにも振り向かないであんたの手をずっと握ってたの。だから心配でしょうがないのよ、きっと』

 シェリーがあの時のこと、いろいろ教えてくれた。どんな風にフェルが変わっちまったか。ビリーの言ってた『ニトロ』ってフェルがどんなに危ない存在だったか。

 

 事件のこと。指輪のこと。水のこと。甘えるってこと。なぁ、フェル。たくさんのことがあって俺たちずい分変わったよな。なんていうか、……うん、濃くなった、俺たちの関係。単なる夫婦じゃなくって。俺はもう愛されてるかどうかなんて当たり前過ぎて、迷うことがフェルに失礼なことだと思うようになった。

 フェルは俺の前じゃ頑張り過ぎなくっていいって分かってくれた。だからうんと俺たちは濃い夫婦になったんだ。

「あ!」
考え事してたせいだ、今度はコップ割っちまった…フェルが買い物に行ってて良かった! また騒がれるとこだった。そろそろ帰ってくる。俺は急いで床のガラスを片づけた。

「ただいま!」
間一髪! 間に合った、ガラスはきれいに袋に入れてゴミん中に突っ込んだ。
「今日はさ、羊肉が安かったよ。それから卵と洗剤が特売!」
「おい、羊、俺嫌いだって言ったよな?」
「あ…いいよ、僕が食べる。ポークも買ったから……リッキー! 手、どうしたんだ!?」
「え?」

 

あれ? 血が滴ってる。あれ?
「動くな! ちゃんと見せて!」
タオルの上に俺の手載せて、真剣な顔してる……
「気づかなかったのか? 結構深く切ってるぞ。何触ったんだ? 包丁?」
「いや、あの…」

「リッキー、目を閉じて」
「なに?」
「いいから! 目を閉じて!」
俺は言われるまんまに目を閉じた。フェルがなんかしてる……
「いいよ、目を開けて」
そばに椅子を持って来た。
「座って」

なんだろう、すごく難しい顔して。携帯開いて誰かに電話してる。

「タイラー? 車貸してくんないか」
え? どっか行くの?
「病院に…ああ、すぐ……ホントか? 悪いな、じゃ頼むよ」
すぐにまた電話し始めた。
「な、どうし」
「待って。あ、すみません、フェリックス・ハワードです。Dr.ガーフィールドをお願いしたいんですが。……ええ、次の予約は明後日ですが何かあればすぐにと言われてたんです。はい。はい。ありがとうございます! 40分ほどで伺います」

 

「なあ、どうしたんだよ。これくらいの切り傷で騒ぐなよ。テープかなんかで固定しときゃ…」
いきなり手を掴まれた。
「これ、感じるか?」
「なにを? お前が俺の手、掴んで」
「違う、僕はお前の傷の上を押さえてるんだ。痛くないんだろ? さっきお前が目を閉じた時、消毒液をたらしたんだよ、傷口を開いて。けどお前はそれが分からなかったろ!」
「おれ、おれのゆび……」

慌てて右手の人差し指を触った。もうそこにはテープが貼ってあるけど何も感じねぇ……
「おれのゆび、ふぇる、おれ、どうなっちまったんだ?」
なんか、声が震える…… 肩を抱きしめられた。
「診てもらおうな。タイラーが迎えに来てくれる。座ってろ、支度するから」

俺はすっかりうろたえていた。なんで感じねぇんだ? なんで……もう頭が真っ白だ。だって神経は大丈夫だって言われてた……

 

 

「もうすぐだから。フェル、そんなに睨むな。これ以上飛ばしたら捕まるよ。そうなれば診察遅れるからな」
俺にも伝わってくる、フェルがピリピリしてんのが。
「ごめん、送ってくれてるのに。リッキーが心配で」
「分かるよ。どうしたんだろうな、今頃になって。だって一昨日夕食に呼んでくれた時は大丈夫だったんだろ?」

 そうだ。あん時は皮剥きだって魚を捌くんだってちゃんと出来てた。でも、確かにちょっとやりにくいなって思ったんだ、包丁をきちんと持ってる感じがしなくて……
「大丈夫だ、僕がついてるから。ほら、こうしてるから」
フェルが俺の腰に手を回してくれた。いつの間にか俺、震えてたんだ。

 

 

「これは?」
「大丈夫です」
「じゃ、これは?」
「はい」

Dr.ガーフィールドが俺の指や手の感覚を調べてる。フェルがすぐそばに座ってる。

「どうなんですか? リッキーの指、どうなるんですか?」
「この前いくつも検査したね。もう結果が来てたからさっき見たんだよ。指の反応がちょっと弱いような気がしたから脳や脊髄の検査を念のためにやったんだが、どれも異常は無かった」
俺はホッとした。異常が無い。これ以上、なんかあっちゃ堪んねぇ。

「それじゃどうしてこんなことが起きるんですか!」
フェルが怒ってる。まるでガーフィールドに飛びかかりそうな勢いだ。

「考えられるのは幾つがあるが、まず神経に傷が付いていること。脳と指の神経の接続が上手く行ってないということだ。それから、ストレス」
「ストレス? それで指が動かなくなるもんなんですか?」
「末梢神経っていうのは結構デリケートなんだ。もちろん普通はそう簡単には麻痺したりしないが、あのケガがきっかけで症状が出たかもしれない。例えば強いストレスが加わると耳が聞こえなくなったり喋れなくなったりする。それと同じようなものなんだ。ん? 何か心当たりがあるのかい?」

俺が話すより早くフェルが話した、この前声が出なくなったこと。
「そうか……リッキー、君は前にストレスで胃潰瘍を起こしたことがあるね?」
「はい」
「君はストレスに極めて弱いのかもしれないね。長いことストレスに晒された生活をしてきた人がそういう体質になってしまうことはあるんだが、君はまだ若いし」

長いことストレスに晒された生活……笑っちまう、俺なんかその典型かもしんねぇ。

「治らないんですか?」
「ストレスが解消されたり、時間の経過で良くなることが多いよ。ただ程度が人様々だからね。手術もあるが私はお勧めしない。一過性の神経障害かもしれないから。取りあえず2週間様子を見てみよう。今日ビタミン剤を処方するよ。食事もビタミンB1やたんぱく質そういうものを中心に摂りなさい。後は細かい作業で物理療法だ。リハビリ表をあげよう。何かあれば今日みたいに電話してきなさい」

「ストレスって…怖いな…」
 タイラーの車に戻ったフェルがぽつんと呟いた。Dr.ガーフィールドは神経が傷ついたって線は弱いって言った。

『もしそうならもっと早く症状が出ているよ。焦らないこと。ちゃんとリハビリをすること。時間の空く時はいつも何か触ってなさい。例えばテニスボールを握って離してそれを繰り返す。料理したいんならむしろやった方がいい。怖がっちゃいけない。ただしゆっくりね。フェル、君がサポートするんだ。うっかり怪我するといけないからね』


「どうする? もう6時だ、買い物するなら今日は運転手やってやるよ」
 タイラーは俺ん中で別名『気遣いの男』。迷惑じゃないかとか悪いなって、そんな気持ちを絶対に持たせない。ただ有難いんだ。奥さんは幸せだって思う。あ、ウチのフェルだって負けねぇくらいいい男なんだ。だから俺だって幸せだ。

「それじゃ今日は甘えるよ」
「いつもだろ?」
タイラーが笑う。ほんと、いい男だ。
「まったくだ、申し訳ない。でも頼むよ」
「いいよ、リッキーのためだからな」
「僕のためだったらやんないってことか?」
「もちろんさ! フェルはダンナだろ? ダンナってのは自力で頑張ってなんぼだからな」
「それ、かなり実体験入ってるな」

男同士で語ってる…… あれ? 俺も男だぞ、なんで除けもんにされてんだよ。
「俺も自力で頑張れる」
「リッキーはいいんだよ。ダンナをこき使ってやれ。フェルももっと家事の苦労を知るべきなんだ」
それは確かにそうだけど。俺、みんなの中でどんな存在なんだろ?

 

 買い物はわいわい3人でした。タイラーもちょうど食うもんや日用品が切れてるからって。フェルはどうしてもオレンジが食べたいって言い張った。ちょっと離れたとこに特売で山になってるオレンジを見つけた。もう熟しきってるから早く捌きたいんだろう。逆に言やすぐ食べれば美味いってことだ。
「せっかくだから多めに買おうよ。リッキーも好きだろ?」
そうなんだ、俺はオレンジが大好物だ。(安いし)そう思っていつもの倍は買った。ちょっとホクホクする。


 車に乗ってからタイラーが「ほい」って包みをくれた。
「なに?」
「いいから開けてみろよ。リッキーにプレゼントだ」
「俺に?」
急いで開けてみた。ジェンガだ!

「タイラー、君って……」
「いい男だって言いたいんだろ、フェル? 分かってるよ、俺もそう思ってるからね」
そう言って笑ってる……
「おい、泣くなって。フェル、何とかしてくれよ」
「嬉しいんだよ、リッキーは。だろ?」
頷くしか出来ない……

「二人でそれやってろよ、ヒマな時。結構指先使うからさ。単なるリハビリばっかりじゃ詰まんないだろ?」
「うん……うん、俺、頑張る」
「おい、ストレスになるほど頑張り過ぎるなよ」
「タイラー! 僕の言う言葉取るなよ!」
「なんだ、ヤキモチか」
タイラーが大声で笑う……俺、恵まれてる、ホントに。

「じゃな。焦るなよ。俺も前に足折った時に焦ってさ、勝手にリハビリのメニュー増やしたんだ。そのせいでレーサーになる夢諦める羽目になった。じっくりやるんだぞ」

 

 タイラーを見送って俺たちは中に入った。

「タイラーは苦労人だな」
俺もそう思う。
「大好きな友だちだ」
「そうだな。いい仲間を持った。そしてリッキー。僕はいい妻を持ったと思ってる。タイラーの言う通りだ、焦らずに行こう。ずっと僕が一緒にいる。手伝う。独りで苦しむな、不安なら言ってくれ。おいで」
フェルの前に立った。引き寄せられる。大きな体で包んでくれる。一人じゃない、そう思う。

「フェル……」
「ん? なに?」
「俺……怖い、料理とか家のこととか出来なくなっちまったら……もしこういうのが指だけで済まなくなったら、もし体、動かなくなったら、もし、もし……」
「しーっ、ほら、落ち着いて。大丈夫。大丈夫だから」

フェルが……あったかい。何もしないで、ただ抱きしめてくれてる。俺はその体に精一杯しがみついた。
「大丈夫だから。そんなことにはならないし、それにお前がたとえどうなろうとも僕にとっては何も変わらないよ。そういうことが大事なんじゃないんだ。お前がいてくれればもうそれだけで幸せなんだから」
キスをくれた。今までと違う優しいキス。ただ優しさを込めたキス。

(そうだ、きっと大丈夫だ。なってもいないことで心配したってしょうがねぇんだ)

「さ、僕にオレンジ食べさせてくれる? リッキーに口に入れて欲しい」
 そうだったのか……俺のリハビリはもう始まってる。オレンジを袋から出す時からもう口を開けて待ってるフェルが笑える。ほんの少し、その顔が滲んで見えたけど。

 俺たちの二人三脚のリハビリが始まった。料理はこれまでに無かった真剣さでフェルが一緒にやってくれた。

「すごいな! こんな風に考えて作ってんのか! 頭良くなくちゃ料理なんて出来ないじゃないか!」
「料理はな、1+1が2にならないとこが面白いんだ。スパイスとか塩とかいつどんだけ入れるかで味が変わっちまうんだぞ」
フェルが驚くのがたまんない、俺を違う目で見てくれんのがたまんない。
「リッキーってすごいな! 一つ一つにこんなに手をかけてくれてたんだね、美味しいわけだよ! 僕は幸せだ……」
また優しいキスをくれる。こういう風に二人でキッチンに立ちたかった。だから俺も幸せなんだ。

 

 皮むきは慎重にゆっくりやった。細かいとこ、例えばジャガイモの芽をとるとこなんかはフェルがやってくれた。最初は削るのが笑えるほどデカかったんだけど、ちょっとずつそれも上手くなっていった。お互いに助け合って作る料理は美味かった。
 そうか、前は俺、フェルのやることなすこと怒ってばかりだった。きっとそれが良くなかったんだと思う。

 

 タイラーのくれたジェンガ、最初は苛立ってばっかりだった。感覚がないせいですぐに崩しちまうんだ。右手の人差し指と親指で摘まんで引っ張り出す、たったそんだけのことが出来ねぇ……
「自棄になるな、遊んでるんだって思わなくっちゃ。いいじゃないか、崩れたのを組み上げるのだって立派なリハビリになるよ」
 フェルは辛抱強かった。毎日毎日15分これをやる。上手くいってたってきっちりその時間で終わらせる。
「やり過ぎたっていいこと無いからね」

 

 シェリーは編み物を教えてくれた。うんとシンプルな編み方。
「自分のペースでやればいいの。15分やったら止めなさい。ね、リハビリって根気が要るわ。一回やったからって結果は出ない。でもいろんな積み重ねが少しずつこの指を良くしてくれるからね」
そう言ってそっと感覚の無い指を撫でてくれた。

 

 エディとロジャーからは小さいノートパソコン。
「こんなの、いいのか!?」
「買い換えたんだよ、だから要らなくなったんだ。スペック小さいし新しいソフトを入れることも出来なくてさ。だから気にしないで受け取ってくれよ。その大きさならどこにでも持って行けるだろ?」

 

 レイがくれたのは突拍子も無くって思わず笑っちまった。オモチャのピアノだ。
「だって本物は無理だよ! それ、気が向いた時に叩いてりゃいいんだ。気が楽だろ?」

俺、俺はこんなにいいメンバーに囲まれてる……

 

 そしてフェルはそれ全部に一緒に取り組んでくれた。病院にもらったリハビリ表は味も素っ気もないメニューだけど、みんなのくれたのは愛が溢れてる。

「良かったな、リッキー。お前が何にでも一生懸命なのがみんなに伝わってるんだ。お前は自分で友情を勝ち取ったんだよ」
俺の手をマッサージしながらフェルが言ってくれた。

 友情。俺の周りにそういうのがある。友情。友だち。仲間。俺のもんだ、俺の!!

 眠るときはいつもフェルが俺の人差し指を口に咥えている。舌でずっと指先を刺激してくれるんだ。俺より先にうとうとする時があったりするんだけけど、寝落ちる瞬間にハッと頭が動いてまた指を舐め始める……
 とうとう眠っちまった時……俺は泣いてた。フェルの巻き毛に手を潜らせて、俺の指を咥えたまんまそれでも離さないフェルの頭に頬に額にキスをした。
 こんなに愛されている、こんなに。めげてなんかいらんねぇ。俺、頑張らなくっちゃ。みんながこんなに応援してくれてんだからきっと治るに決まってる。俺、諦めねぇよ。もう自棄になんかなんねぇよ。良くなるに決まってんだ、俺の指は。

 講義のノートは必死に取った。今までコピーくれた知り合いには断って自分でやった。ヤツはがっかりした顔。コピー1枚に2ドル払ってたからな、俺は常連客だったんだ。

 講義は俺のスピードお構いなしに進んで行く。だから書きなぐって後から時間かけて清書した。お蔭で一ついいことがあった。しっかり頭に入るんだ、講義の中身が。次のテストでは俺は6位も上昇した。
「お前に追いつかれそうだ」
フェルが焦って勉強する。相乗効果でいいことばっかり。俺のストレスが嘘のように消えていく。俺は安心していいんだ。

 2週間経ってDr.ガーフィールドの診察の日になった。今日はフェルは車をレイに借りてきた。俺が朝から少し神経質になってるのを感じて話を逸らしてくれる。
「車、早く買おうな。こんなに借りまくっちゃさすがにいたたまれないよ。リッキーはどんなのがいい?」

 俺はちょっと上の空だった。だってこの2週間いろいろやったのに成果か出てない。ストレスは減ってるけどやっぱ凹む……
「リッキー、聞いてる?」
「へ? なに? なんか言った?」
車がすぅっと端に行って止まった。
「こっち向いて」
フェルの言う通りに向いたら顎を掴まれてたっぷりとキスをされた。

  んふっ……っ

やばい、フェルのキスは……そう思った時にフェルが離れた。
「どう? 考えるの、止められた?」
俺の胸がどきどきしてる。何度されたってフェルのキスには破壊力があるんだ。俺は何度もこくこく頷いた。

「それ以上心配してもしょうがないだろ? 誰もたった2週間で治るなんて思ってないよ。けど、逆に今夜治ってもおかしくないんだからな。そういうもんだよ。一過性のって言ってただろ? 僕もちょっと調べたんだ。いきなり治るケースが多いってさ。心配してもしなくても、治る時には治るんだよ。それなら心配するだけ損だよ」

フェルのお蔭でやっと気持ちが落ち着いた。
「そうだよな、フェルの言う通りだ。今じたばたしたってしょうがねぇよな」
「そうだよ。ハニー。スィート。気楽に行こう」
滅多に言ってくれないけど、俺はフェルにそう言われんの好きなんだ。

Dr.ガーフィールドはフェルとおんなじことを言ってくれた。いつ治ってもおかしくないんだよって。
「今日はここで少しリハビリ受けて行きなさい。電気の周波数で刺激を与えるんだ。治療は短時間だからね、1日1回なら毎日受けたって構わないんだよ。自分たちでペースを決めていい」


 診察ではたいした目立った変化も無くって、もうしばらくリハビリってことになった。
「そんなにがっかりするな。今日も一緒に料理作ろうな」
「うん……」
「ほら、めげるなって。今夜は全身マッサージしてやるから」
「それってマッサージじゃねぇだろ」
「だって夕べはヤってないしね」
「このドすけべ」
「夫婦の営みだよ」
 結局いいようにフェルに話はぐらかされて俺の "がっかり" はどっかに消えちまった。おかげで俺は夜、何回も気を失うことになっちまった……

 


「おはよ、リッキー!」
「おはよじゃねぇ」
「なんだよ、機嫌悪いな」
「俺、今日は動けねぇ」
「なんで!」
「なんでだと!? ヤりゃぁいいってもんじゃねぇんだ、フェルのバカっ!!」
「ごめん……でも、お前『もっと もっと』って言ってたんだぞ」
「言わねぇ」
「言ったってば。ホントだよ。朝食用意してくるから待ってて」

俺は ふんっ! ってフェルの枕をぶっ叩いた。そこに髪の毛が落ちてたから摘まんでふいっと息で飛ばして……

「フェル! フェル!!!!」
「どうした!?」
「これ!」

もう1本あった髪の毛を摘まんで見せた。
フェルのおっきな目がもっと大きく開いた。
「やったなっ! 良かった、おめでとう! よく頑張ったな」

あんまり強く抱きしめられて俺は必死にフェルの背中を叩いた。
「よし! お祝いだ!」
「あ、寝んの無し! もうやだ」
「なんだよ……みんなにも報告しなくっちゃ! 今日はディナーに招待だな」

人差し指を触ってみる。うん、全快じゃないけどちゃんと感じる。
「リッキー」
フェルがそばに座った。パクリと指を咥える。ちろちろ舌が動いてそのあったかさも伝わってきた。
「感じるよ、フェル。感じる」
フェルの頭の上に頭を載っけた。なんだか涙が出てくる。

「ありがとう、フェル」
「いいんだよ、マイ エンジェル。まだまだリハビリは続けような。治る見通しが立ったんだから後はゆっくり頑張ろう」


 指に優しくキスしてフェルは俺の朝食作りに行った。大好きだよ、フェル。愛してる、フェル。でも、セックスはしばらく無しにしてくれよな。俺、もたねぇから。

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