Fel & Rikcy  第4部[ LOVE ] 7.シェリー

「シェリー。この寮のことや結婚のこと、たくさんのいろんなことを面倒見てもらってすごく感謝してる。僕らは心配や迷惑をかけてばかりだ。なのに変わらずこうしてそばにいてくれる。本当にありがとう」

 

 小瓶だけど贅沢なワインを注いだグラスを3人で傾けた。3人だけの小っちゃなパーティー。『落ち着いたら必ずディナーに招待するよ』そう言いながら結婚して4か月を過ぎていた。

 今はある程度生活も安定している。最初の頃はアルバイトも無茶をした。講義の空き時間、休みの日、片っ端からバイトを入れた。

 けどリッキーには定期的に休みを取らせるようにした。胃潰瘍の心配はもう無いと言われはしたけど、何かあれば繊細なリッキーは我慢した分を全部体にしっぺ返しを食らうと分かってきたから。

 痛みに弱いリッキー。物理的な傷は物ともしないのに、精神的な傷にはひどく弱かった。

「良かったわ、リッキーがちょっとふっくらしてきて」
リッキーがキッチンに立ってる時にシェリーが僕に囁いた。正式なディナーだからって、ちゃんとおめかしして来てくれたシェリーの唇の端に微笑みが浮かんでる。
「そう見える? 休みはしてもいまだに結構ハードなバイトしてるんだけど」
「多分、気持ちが安定したのね。あの子は分かりやすいんだからちゃんと見てなくちゃだめよ」
「分かってる。僕がしっかりしなくちゃならないって。支えていかなくちゃ」
「支えるだけじゃだめなの。リッキーには、自分があんたを支えてるんだっていう実感も必要なんだから」

 

テーブルに戻って来たリッキーの顔には晴れやかな笑いが溢れていた。
「シェリー、これも食べてみて! シェリーのためにアレンジしてみたんだ」
「あら、私が教えた『ホットロースト』じゃない!」
「うん、特売でいい仔牛肉があったから」
「リッキー…『特売』は余計よ、贅沢な気分っていうのも必要な要素なの」
「うん、分かったよ。気をつける」

『家庭』を知らずにきたリッキーには、全てが新鮮なんだ。何年もの間を無為に過ごして来たんだから。

「シェリーは女性だし、にんにくをうんと減らしたから。その代りハーブとかスパイスをちょっと足したんだ。辛い?」
「ううん! すっごく美味しい! リッキーにこんなに料理の才能があるなんて思わなかった! フェル、あんたが羨ましいわ、私がリッキー欲しいくらい!」
「え、勘弁してよ! 人のワイフに手、出すなよ!」

「彼女と来ればいいのに。俺、『ラナ』って会ったこと無い。フェルは?」

 一瞬シェリーのフォークが止まった。その時点で気づくべきだったんだ。でもワインの酔いが僕の頭を鈍くしていた。

「そうだ、僕らが結婚したんだからシェリーも結婚を考えてみたら? 僕もラナに会ったこと無い。ずっと謎の女性で興味津々だったんだ」
「ラナの話は……いいから。それより大学卒業したらどうするのか、そろそろ考えたら? 二人のやりたいことって何なの?」
「シェリー。今日はそんな話、したくないよ。そんなことより、ラナの話聞かせてよ」
「フェル。私ね、ラナの話したくないの」
「なに? ケンカ中? 何か僕らに出来ること無い? いっつも助けてもらってばかりだか」
「フェル! その話はおしまい。分かった? リッキー、デザートにしてくれる?」
「あ ああ、えと、チョコチップのアイスとミントチョコのアイス、どっちがいい?」

 

 立ち上がったシェリーが冷凍庫に歩いていくのを目で追っかけた。
  ――こんな怒り方、初めてだ
口うるさいシェリーと喧嘩したことなんて山ほどある。けれどこの怒り方は……

 

「これ、このままもらってく。いい? 私、部屋で食べるわ」
チョコミントのバケツを持ったシェリーがドアの手前で振り返った。
「ご馳走さま! 美味しかったわ、リッキー。気分壊してごめんね。でも結婚のこともラナのことも私の問題。二人が関わるようなことじゃないの。もうその話はしないでね」

 バタン と閉まったドアを僕らはしばらくじっと見ていた。


 二人で片づけをした。リッキーが洗った皿を僕が拭く。いつも通りの家事だけどお喋りは無かった。先にソファに座った僕にリッキーがコーヒーを持って来た。

「あ、サンキュー」
「いいんだ……俺、余計なこと言ったよな。よく知らないのにラナのこと持ち出しちまって」
「僕もだよ。気軽に結婚なんて言っちゃって……」

 そうなんだ、初めて気づいた。なんで僕はシェリーの生活を知らないんだろう。リッキーのお蔭でやっとシェリーの部屋に入るようになったけど、それまでシェリーの寮に近づいたこともなかった。

「聞かせろよ、シェリーのこと。最初から双子だって知ってたわけじゃないんだろ?」

 そう。僕は何も知らなかった、従妹が姉だなんて。どうしてそういうことになったのかも。そして、未だにシェリーのことを僕は知らないままなんだ……

 

 

 

 

 アイスクリームのバケツを膝に抱えて涙が止まんないまま食べ続けた。今日は我慢出来ない、だから……きっと今ごろフェルもリッキーも心配してる。分かってる。分かってるけど……

 

 ラナが死んだのは大学に入って間もなくだった。事故に遭ってそれでもしばらくは病院で元気な顔を見せてくれた。綺麗な人で2つ歳上で。勝ち気で意地っ張りの私をいつも優しく抱きしめてくれて、素直になんなさいって何度も言ってくれた。

 入院して3日目に昏睡状態に入った。その手を握りしめて何度も神さまに祈った。


  ――私の命を差し上げます、ラナを助けてください……

 

 願いは叶わなかった。そのまま目を開けることも手を握り返すことも無くラナは逝ってしまった……

 

 私はそのことを誰にも言ったことがないし、あれこれ面倒だから『ラナ』と幻の付き合いをしていることにした。落ち込んだ時なんか『ラナ』が来ていることにして誰にも会わなかったし近づけなかった。今でもラナは私の中で生きている。

 

 誰かを好きになることなんて出来そうにない。本当は男の子がイヤなんじゃない。ただトラウマがある。

ラナとも実は肉体関係は無かった。愛し合ってはいたけど、それがどいういう愛情なのか。多分恋愛とは違っていたのだろうと思う。今となってはどう言えばいいのかよく分からない。

 

 

<シェリー・ロビンズ> それが私の名前。自分が養女だと知ったのは6歳の時。

「どうして私だけ名前ちがうの?」
「うちの子じゃないからよ」

 良くも悪くもはっきりしていた養母のキャスリン・バークレー。淡々と育てられ、私も淡々と育った。別に待遇も悪くはなくてちゃんと育ててもらったけど、その頃から物事を冷ややかに見るようになってしまったのかもしれない。

『自分の身は自分で守るべし』

 それはあの家で自分で自分に叩き込んだ教訓。義兄のヒューズが私にちょっかいを出そうとしてきたのは私が13の時。

「シェリー、お兄ちゃんとシャワー浴びよう」

今の私はそのころの私を冷ややかに見る、『あんた、バッカじゃないの?』
 でも生憎その頃の私は、今の私じゃなかった。『お兄ちゃん』はいつも甘やかしてくれるから、私は気を許していた。いい歳をして[お医者さんごっこ]をしたかっただけのトンマなヒューズ。バークレー夫妻は姪っ子の結婚式で2日家を空けていた。

「1人がいい、誰も家族とシャワー浴びたりなんかしないもの」
「そうか、シェリーは恥ずかしがり屋なんだな」
頬にチュッとキスの音。それは家族のキスと同じ。警戒するようなキスじゃなかった。
「いいよ、シャワー浴びておいで」

 なんてことない会話でしかなかったから気にもしないでバスルームに向かった。思い出してもバカにしか見えない自分。昔のことなのに怒鳴り散らしたいくらい! 鍵もかけずに入った私はカチャッと音がして振り向いた時には有りうべからざる姿を見た。18の義兄の一物剥き出しの姿。なぜか私の目は一点そこに釘付けだった。

 

  ――なんてグロテスクなんだろう

 

 何を思うよりそれが先。そのグロテスクなものが揺れながら近づいてくる。過去の映像なのに、吐きたくなる。何か言ってるけど耳に届かなかった。(『アレ』をなんとかしなくっちゃ!) 私に『アレ』がどんどん近づいてきた! 後ろ手にソープのボトルを掴んでその醜いものに近づいた。そこしか見ていなかった。あいつが手を広げた、自分の『アレ』を守りもしないで。

 そこの場面には笑える。その場の私を誉めてやりたい、よくやった!と。見事な音を立ててボトルは『アレ』にめり込んだ。後は何もかも放り出してバスルームから飛び出して掴んだ服を玄関で身に付けた。

「シェリ―――――ッ!!!!!」

 怒りに満ちた声が響く。脇にあったバットを掴んだ。後ろに足音が聞こえるから表に走り出した。少し離れて家を見ると玄関にヒューズが突っ立って周りを見回している。『アレ』剥き出しの不格好な姿。痛いんだろう、片手は『アレ』を抑えている。

 もう夕方。しばらくすれば日が暮れる。夫妻が帰ってくるのは明日。誰も味方はいない。その後の自分の取った行動は、評価に値する。

 物陰にいた姿を晒した。見つかるまで立っていた。13の私。思っていたのは、『おいで ここに』。私を見たヒューズがアホな歩き方でこっちに向かってきた。上着のシャツははためいてるけど何せ下が裸なんでみっともない。これが、野球で認められて期待を背負って進学する男。

「シェリ―――ッ!!! 許さないからなっ! そこで待ってろっ!!」

 あいつは状況が分かってなかった、待ってるのは私。待たれてんのは、あんた。いつものあいつじゃない、きっと私と走る速さは変わんない。

 顔が分かるほどあいつが近づいて来た時に私は走り出した。後を追って来るバカヒューズ。やっぱりもたもたしてて、簡単に私を掴めない。崖って程じゃない、私でも飛び下りれそうな段差。でもちょっと足を痛めるかも。下は小さな川。その手前で立ち止まってヒューズを振り返った。

 

「もうその先には逃げられないぞ、シェリー」

 笑いながら近づいてくるアホ。バットを振り上げて駆け寄ったけどヒューズは何が起きたのか分からずにボケッと目を見開いて動かない。そのヒューズの『アレ』を抑えてる腕を叩いた。まだ13だからそんなに力は無くて相手は倒れもしなかった。それでも結構な痛みだったらしくてヒューズが『ひあっ!!』と変な声を上げた。後ろを向いて駆け出そうとしたから、その前に回り込んだ。慌ててその反対に走り出したヒューズ。その尻をバットで引っ叩いた。『ぐわっ!!』と、また変な声。楽しくて、もう一発!

足元に段差が出たから慌ててこっちを振り返る。


「わ わるかった、わるかった、シェリー、な、じょ 冗談だったんだよ、じょうだん、分かるだろ? 分かるよな? ほら、お兄ちゃん、シェリーを構っただけなんだ」

 腹が立つんじゃなくて、バカなんじゃない? そう思った時にはバットを振り上げていた。思わず両手で顔を庇うアホ。私が振り下ろしたバットにはそれほど当たりの感触は無かったけど、二度目の衝撃は『アレ』に対して充分だったらしい。ヒューズは両手で『アレ』を包んだまま、足を踏み外して向う側に落ちていった。

 さすがに気になって下を覗いたけど、呻いていて元気そう。私は家に戻った。


 何せ、頭にはシャンプーが残ったまま。濡れた体に着た服。急いで脱いでシャワーを浴びて新しい服を着た。携帯を手に取る。

『はい。なに? シェリー』
「キャスリン、ヒューズが川のとこに落ちたの」
『なんですって!?』

あの人の頭に浮かんだのは何だったんだろう? 息子の心配? 進学のこと?

『で!? 救急車は!?』
「呼んでない。それを聞こうと思って。呼んでもいいのかな?」
『何言ってるの! 早く呼んで!』
「生きてるわよ。声、聞いたもの」
『それでも動けないんでしょ!? 動けても救急車を』
「下、裸なの」

思考が止まったみたい。

「裸なの、私がシャワー浴びてるとこに入って来た時から。剥き出しなの。救急車、呼んでいい?」

 

 返事が無い。私も黙って待った。考えればいい。もう暗くなるけど私は困らない。ゴチャゴチャ言うなら救急車より警察呼ぶし。なんたって、家から遠いとこにいるから怖くもなんともない。

『シェリー』
「なに?」
『その……何もされてない? 例えば病院に行かなくちゃならないようなこと……』

その瞬間、勝った! と思った。これで向うは応戦一方だ。

「言えない……そんなこと、言えない!」
『シェリー、落ち着いて! いい? 私これから帰るから。だから落ち着いて待ってなさい。分かった? あなたは動かないで。いいわね? 急いで帰るから』

 二人は帰って来てジョシュアはヒューズを拾いに、キャスリンは私の面倒を見た。

 何度も「大丈夫? 怪我は無いの?」と聞きはしたけど肝心の[襲われたのかどうか]には触れようとしなかった。「お医者さんに行きたい」そう言う私に、「待ってて」を連発した。

 やっとジョシュアが帰って来てヒューズには病院に行く必要があることが分かった。なんでって、右足、折ってたから。

 息子を見るキャスリンの目は冷ややかだったっけ。そりゃそうよね、ジョシュアが抱えてきたヒューズの『アレ』が真ん中で腫れて垂れてたんだから。『疑う余地の無い証拠』それを突きつけられてしまったキャスリン。その後に向けてきた私への目には、(どうしよう どうすれば被害を最小限に食い止められるか)そんな言葉が浮かんでいたような気がする。

 ヒューズの世話をキャスリンに任せてジョシュアは電話をかけていた。相手は友人の弁護士だったんだろう。電話をかけたジョシュアがキャスリンに首を振った。
「不利な証拠しかない。落ちた場所もはっきり残ってるし服も来てない。シェリーに全てかかってるよ」

 こうして思い出すとあの二人はまだ善良だったのかもしれない。少なくともそんな証拠を消そうとは考えていなかった。ヒューズが口を開こうとして、キャスリンに引っ叩かれたっけ。

「シェリー、私たちはあなたが大好きよ。だって、家族だもの。その……ヒューズはあなたをどうしたの?」
「俺、何もやっ」
「お前は黙れ! まったく何てことしてくれたんだ!」
 ジョシュアが怒鳴ったのを初めて聞いたくらい、ジョシュアって人は無気力な人だった。その時もたった一度怒鳴りはしたけど、後は全部キャスリンにお任せ状態。
「私……お医者さんに行きたい……」
「お前! 俺は何もしてないだろ!! お前が俺を、母さん、俺、嵌められたんだ!!」
「ヒューズ。分からない? そんな恰好でどう嵌められたってこと証明するつもり?」
キャスリンは頑張って微笑んで私を見た。

「ね、シェリー。お医者さん、どうしても行きたい? もし……触られた……くらいなら、」
「……分かったわ、キャスリン。お医者さん止める」
 あの時の二人の顔! 主導権が自分にあることを実感した13歳。我ながら末恐ろしい子だったと笑ってしまう。

 

 あの後だ、ヒューズのギプスが取れた頃。いきなり玄関の外で私は突き飛ばされた。
「お前、よくもこんな目に俺を遭わせたな!!」
 野球も進学も望みが絶たれたヒューズは私に恨みしか持ってなかった。チャンスを窺ってたんだろう、その日まではキャスリンに言われた通り私に近づくこともせず、ずっと大人しかった。倒れた私はまた蹴り飛ばされた。体も小さかったから簡単に飛んだ私。背中に激痛が走って息が止まった。

「何、してるの!!!」

 キャスリンの声が遠くて、私は気を失った。

 

 目が覚めた時には病院のベッドで点滴を受けていた。麻酔のせいか、背中は痛くなかった。

「じゃ、『躓いて倒れて背中を怪我した』そういうことなんですね? 良かった! 目が覚めたようだから本人にも確認します」

 警察官の言葉にキャスリンの顔に恐怖が浮かんでた。なんだかんだ言っても、13年近く面倒見てもらった。そう思った。キャスリンに小さく頷いた。

「キャスリン、私、躓いた時ケガしたの? よく覚えてないの」

それで充分だった。警官はすぐに帰って行った。

「私、あの家にもう帰りたくない」

その言葉に、キャスリンはホッとした顔をした。

「そう。どうしたいの? どこか寄宿学校みたいなところを探す? 本当に悪かったわ。あなたに申し訳ないと思ってるのよ。何でもするから」
「私の本当のお母さん、分かるんでしょう?」
キャスリンはしばらく黙った。
「知ってるわ。お母さんのところに行きたいの?」
「話して見たい。それで決めたいの」

 あれは本当に思いつきだったけど、口にしてみて(会いたい! 話したい!)って確信したんだった。本当のお母さんに会いたい。

 

 キャスリンはいろいろ考えて、私を長いこと入院させた。ヒューズをどうするか、家に私を迎え入れて先々やっていけるのか。彼女自身も不安だったんだろう。
 背中の傷がどうなってるのか、私は知りたがった。キャスリンはたいした傷じゃないと言ったけど、その頃いた看護婦さんに写真撮ってもらった。見事についた大きな傷跡。突き出ていた杭に私は背中から倒れたんだ。私はその醜い背中の写真を今でも持っている。

 病院の庭を散歩して部屋に帰るとその人がいた。
「シェリー?」
すぐに分かった、あったかそうで、優しい目で、頬は涙で濡れていた。
「お母さん? お母さんでしょ? お母さん!!!」
 初めて心から泣いた。嬉しくて、ただしがみついて泣いた。恨みとか怒りとかそんなもの無かった。だってお母さんは私をしっかり抱きしめてくれたから。身を震わせて泣いていたから。

「座りなさい、シェリー。体に障るわ」
「大丈夫なの。もうどこも痛くないから」
「あなたを……こんなこと言っても仕方ないのに。でもあなたを忘れたことなんて無かった…… 何度も遠くからだけど見に来てたのよ。学校にも。けれど……許してもらおうなんて思ってないわ。どんなに責められても仕方ない……」

 お洒落な恰好もしてないし、来ているものは洗い晒しなのが見て分った。だから私を手放したんだ そうすんなり思えた。

「会えて嬉しいの。会えるなんて思ってなかった。私、本当に嬉しいの」
 また涙が零れて落ちた。こんなに優しくていい人がお母さん。そのことが私を救ってくれたんだろう。そうじゃなかったら今どうなっててもおかしくなかった。

 

「住んでるところも暮らしも良くなくてね、それであなたを養女に出してしまったの。悪かったって思ってる。こんなに大変な思いをさせてたなんて……キャスリンはあまり話さなかったけど、あなたが酷い目に遭ったんだろうって予測はつくわ。これじゃなんであんな辛い思いをしてまであなたを手離したのか……」

ジーナは言葉も続かず私を抱きしめて声を上げて泣いていた。

「これからどうしたいか、どうするか、一緒に考えましょう」

私の頬に手を当てて真っ直ぐ目を見てそう言ってくれたジーナに、私は初めて人に甘えるってことが出来た。
「もう帰っちゃうの? 私をまた置いていくの? いやだ、一緒にいてくれなくちゃ」
私に微笑んでくれたジーナ。
「帰らないわ。この近くのモーテルに泊まってるの。あなたのことをちゃんとするまで私はそばにいるわ」

 ジーナの前ではただの13歳の女の子になれた。素直になれて、はにかんだり、我が儘言ったり。そんな自分に驚いた。

 

 一緒には暮らせない そう言われた時、あまりのショックで泣きだした。
「私のいるところはひどく治安が悪いの。それにね、暮らしにもゆとりがないからあなたに何もしてあげられない。私の姉が一人暮らしをしていてね、とってもいい人よ。あなたのことを話したら是非面倒をみたいって。母親だと思わなくてもいいって。そこならいくらでも私も会いにいけるわ。どう? そうしてみない?」

 夜、寝ないで考えた。一番いい方法。結局ジーナの提案が最良の選択なのだろうと思った。私はアニー・ロビンズに世話になることに決めた。

 

 次の日に私はいろんなことをジーナに聞いた。住んでいる場所、している仕事、『父さん』って人のこと。そして、家族。
 『父さん』と呼べる人はいない。ジーナは私に何も隠さなかった。ずっと私の手を握って目を見て話してくれた。兄弟は男の子だけ手元に置いてて、女の子は私だけだって言うこと。
 兄弟の話は特に熱心に聞いたけど一番気にかかったのは双子だというフェリックスのこと。
「双子なの?」
「ええ。二卵性双生児だったから似てないけどね」
「お兄ちゃんってこと?」
「いいえ。シェリー、あなたがお姉さんなのよ」

 なんて新鮮な驚きだっただろう。この私に弟、それも双子の!! ジーナに従姉だと言うから会いたい! と言ったらしばらく考えて承諾してくれた。

 

 初めて会った時のフェルは笑顔の優しい明るい子だった。従姉と聞いて、「従姉って初めてだ!」って喜んでくれたっけ。すぐに仲良くなって何度も会うようになって。
 フェルは頑張り屋で大らかでそしてなんでも我慢する子だった。途中で私は、フェルがジーナに笑顔しか見せないことに気がついた。それが心配になって、ジーナとフェルの家に入り浸るようになっていった。

 ジーナが仕事に出てすぐにフェルが倒れた時にはビックリした。熱が高過ぎるからビリーに氷を用意させ、薬が無いと聞いた私は家に取りに走った。救急車を呼ぼうとした私はフェルに腕を掴まれた。
「母さんが心配する」
 薬が効いて少し熱が下がった頃にジーナが帰って来て、止めるのも聞かずフェルは起き上がった。ジーナに頼まれた買い物に元気に外に出たフェルは肩で息をして汗が滴り落ちて……あの買い物は私が行ってきたんだった……

 

 何も知らなかった私。ある日……そうあれは土砂降りの日。びっしょり濡れて帰って来たあの日からフェルの様子が変わっていった。何か重い物を抱えたような……

 アルのフェルに対する態度も変わった。もともとアルはイヤなヤツだったけど、まるでフェルを殺したいかのような目で見るようになった。

 そして、スー。噂ばかりが先行してそれでもフェルは口を開かなかった。スーとの子どものこと。フェルのせいで死んだとされたスーのこと。アルとの……あれはケンカとは言えない、フェルはアルに自分を殺させるつもりだったんだから。

 高校では荒れて暴れまくって、人の変わったようなフェルをどうすることも出来なかった。複数を相手に大乱闘を何度起こしたか分からない。退学になってはまた次の高校で同じことを繰り返す。
  ――ああ、もうフェルはダメなんだ

何度そう思ったことか……

 大学に入ることでフェルは自分の過去とすっぱり別れたのだと思う。私は無茶をするフェルが心配で心配で同じ大学に進んだ。フェルはそんな私にいつも変わらず優しかった。まるでジーナを大切にするように私のことを大切にしてくれた……

 そしてフェルはリッキーと出会った。

 これは内緒の話。最近私はエディが気になってしょうがない。気になってるだけなんだけどね。


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「僕がシェリーを姉さんだって知ったのは、母さんがアニー、自分の姉と電話で喋ってるのを聞いたからなんだ。僕がそれを知ってしまったことを母さんは知らなかったけどね。単なる従弟じゃなくて双子の姉さんだっていうことが僕はすごく嬉しくて。大学に入る前にラナって女の子と付き合いだしたんだよ。僕はその子に会ったこと無いんだ。いまだに僕は彼女について全く知らない。お前に教えられることなんて何も無いくらいなんだ」

「そうか……いつかシェリーの話をちゃんと聞きたいと思うよ。お前もそうだろ?」
「そうだね。それまでは待とう。シェリーが自分から話し出すまで」

     ―― 第4部 完 ――

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