宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第1部
5.望むもの
「ただいま」
そう声がして双子が飛び出して行った。
「お帰りなさい!」
「あのね、フェルがお友だち連れて来たの!」
「素敵な人なのよ!」
「すごく素敵!」
「きれいなの!」
「リチャードっていうのよ」
「フェルはリッキーって呼んでたわ」
「笑うとね、ぽわんとしてくるの!」
「私に笑ってくれたわ!」
「違うわよ、私によ!」
「分かった、分かった。頼む、一度に騒がんでくれ。一人ずつ、順番に。相手が喋ったら一呼吸おいて次の人が喋る。いつもそう言ってるだろう?」
リッキーはその賑やかな雰囲気に目を丸くしていた。
「お帰り、ジェフ。早かったね。もっとゆっくりしてきて構わなかったんだよ。後で今計画してるプロジェクトについて相談に乗ってくれないかな?」
「構わんよ、アル」
ジェフの顔はにこにこしている。
「フェル」
僕は近づいてハグをした。
「久しぶりじゃないか。元気そうだな。帰って来てくれて嬉しいよ」
僕とジェフの関係は、親子というより歳の離れた友人みたいなものだ。
「ジェフも元気そうで良かった。紹介するよ、大学の相部屋のリチャードだよ」
「初めまして、リチャード・マーティンです。 こんなに自分の名前を連呼したのは初めてです」
「ジェフリー・ハワードだ。そうか、なかなか愉快な青年じゃないか、フェル」
「うん(こいつ!)」
僕を見てにっこりと笑うリチャード・マーティン!
ガヤガヤとしている時に老体二人が登場した。いっぺんに出てきてくれりゃ助かるのに、またリッキーは名前を言わきゃならない。
「帰ったか、ジェフ」
「あなたを待ってたのよ」
「おや、フェルじゃないか」
「まあ! 帰らないと聞いてたから寂しかったのよ」
二人にハグをしてリッキーに紹介した。
「祖父のアンソニーと祖母のマリサだよ」
「初めまして、Mr.ハワード、Mrs.ハワード。フェルの大学の友人です。今日はフェルに招待を受けて来ました」
他の家族よりゆっくり喋って、ゆっくり握手をする。母さんにはMis.ばあちゃんにはMrs.接し方もまるで違う。
初めて見るリッキーの姿が新鮮だ。
アルが『フェルの友だち』ってヤツから目を離すことなく立って眺めているのも初めてだ。いつもはすぐにそっぽを向く。いつの間にか彼は僕だけじゃなく家族の友人になりつつあった。
「さあ! 始めましょう!」
母さんの声でジェフの誕生日パーティーが始まった。本当に誕生日を忘れてたらしいジェフは、驚きながらも嬉しそうだった。
家族だけ。リッキーの他に招待客はいないシンプルなパーティー。
リッキーはビール片手にバルコニーでくつろいでいる。僕の部屋の隣だ。
「お前んとこ、不思議な家族だな」
「そう?」
「すっごく仲いいのは見てて分かる。でも、アナとマリー以外は兄弟、ちょっとギスギスしてねぇか?」
「そうだね…アナとマリーは大らかに育っているからね。
ジェフは二人が4つになるまで母さんとの間に子どもが出来たって知らなかったんだよ。母さんは一人で育てるつもりだったから」
リッキーは静かに聞いていた。
「二人が知り合ったのはサウスブロンクスからほんの少し離れたビルだった。
母さんはその辺りの掃除婦をしててね、そばにあるビルがジェフの取引先だったんだよ」
母さんの恋愛をこうやってじっくり喋るのは初めてだ。
「自分が付き合っている相手がそれなりの会社の副社長だとは知らなくてさ。
ジェフの地位を知って怖気づいた母さんは、お腹に子どもを抱えたまま身を引いたんだ」
そう、あの頃はきっと苦しかっただろう。自分から黙って別れてしまった。
「ジェフはどうにかして母さんを探し出した。だめだって言う母さんを説き伏せてその翌年結婚したってわけ」
「で、アルとは?」
「僕ら、みんな父親が違うんだよ」
ここからはあんまりいい話じゃない。
「アルは母さんが16の時にレイプされて生まれたんだ。僕はその4年後。やっぱりレイプだった」
それでもいつも朗らかな母さん。
「そのすぐ後に母さんは結婚したんだ。けどビリーが2つの時、たまたま仕事帰りにチンピラの喧嘩に出くわして殺された。
結局はビリーも父親を知らないってことだな。だから僕らにとってジェフは、人生を変えてくれた大切な恩人なんだよ」
「アルと上手く行かねぇのもそのせい?」
「そうだな……ジェフが母さんを見つけた時、アルは17だった。生活は母さんとアルの二人の肩にかかってた。しかも母さんは双子の面倒を見なきゃならなかったし。僕は14になったばかりでケンカに明け暮れて、たまに盗みもやってそれをアルに渡したよ。アルはその出所を聞くなんてバカなまねはしなかった。ブロンクスじゃ別に普通のことだったし」
言えないことも…たっぷりある……
「13のビリーはいじめられてばっかりだったけど、ケンカの仕方を僕が教えてからは立派な不良になっていっ た」
これもあんまり褒められたことじゃない。
「アルはナイフみたいに尖っていて強かった。仕事はきっちりやって夜は小さな電気つけて勉強してた。笑うことなんてほとんど見ないけど笑えば女の子たちは溜息をついたよ。それでも碌でもないヤツに変わりは無い」
「そんなに頑張ったのに、その評価なのか? あの年で事業を任されるなんてよほどの実力があるからだろ?」
「見せたいよ、あいつがケンカするところ。今じゃしないけどね。情け容赦なくて、吐き気がするほど徹底してる」
血だらけで、助けてくれと言う相手の顔面に拳をめり込ませるアルが見える。アルは相手を選ばない。たとえそれが兄弟であっても。
「僕は相手の頭を潰すんだ。すると逃げるヤツや降参するヤツがいるから全部を傷つけなくて済む。アルに偽善者だってよく言われたよ。あいつは違う、自分のそばにいるヤツから相手の頭が一人になるまで潰していく」
『そこまでする必要があるのか!?』
『ないのか? その基準はどこだ、フェル』
16のアルと12の僕。口答えする僕はいつも叩きのめされていた
「そしてソイツがビビったり飛びかかってきたりするのを待つんだ。ビビれば半殺し。飛びかかっても半殺し。楽しんでたよ、ストレス発散のためにさ。いろいろあったんだよ、アルとの間には」
本当にいろいろあった……母さんがいなけりゃ今頃はとっくに……
「お前の兄貴……」
「なに?」
「……いや、なんでもねぇ…」
「アルがあんなに僕の連れてきた友だちにいい顔するのは初めてだ。すごく機嫌が良かった、気持ち悪いほど。あんなに笑うアルは滅多に見れるもんじゃない」
じっと下を向いてたリッキーが顔を上げた。
「どうした? なにかあるなら言えよ」
「お前んち来て良かった。居場所なんて無ぇだろう そう思ってた。けどみんなあったかい。ジェフリー、俺を明日釣りに誘ってくれたんだ。いい穴場があるんだってさ。釣りなんかしたことないって言ったら、じゃやらなくちゃダメだって」
リッキーが釣り。そうか。ジェフ、ありがとう。彼の心の中がそんな普通のことでいっぱいになって欲しかったんだ。
「お前の母さんは明日は何が食べたいか? って聞くんだ。じいちゃんとばあちゃんはパイを焼くからおいでって…ビリーは体の鍛え方教え……アナとマリーは街にお茶を飲みに行きませんか………」
僕はその肩を抱いていた。
「居場所、あったよ… フェル、あった……」
時計が1時を回っていた。
「リッキー、もう遅い時間だ。今日は疲れたろ? ゆっくり休めよ」
立ち上がった僕の手が掴まれた。
「おい、禁欲」
「俺、一人で寝たこと無い」
「は?」
「ねぇんだ、ホントに」
「だって日曜は空いてて一人だったんだろ? 僕が帰らない日だってずいぶんあったじゃないか」
「寝なかった」
「寝なかった?」
「ドアが開くまで寝ずに待ってた、お前が入ってくるまで」
初めて知った。だって、あんなことがあるまで……その、映画館のこと。それまで僕に取っちゃ、ただのだらしない生活してる相部屋人だったから。
「だからって一緒には寝られない」
「分かってる、けど……いい、気にしねぇでくれ。悪かったな、遅くまで」
「僕は隣の部屋だから安心しろよ。どうしても眠れなかったら僕の部屋に来ればいい。一緒にビールでも飲もう」
「……分かった。そうするよ。試してみる」
心もとない顔をしてたけど、僕は部屋から出た。必要なんだ、こういうことも。
とんとん
そんな小さな音がしたのは3時近かった。すぐ引き返していく足音。僕は起き上がって ドアを開けた。リッキーのドアが閉 まるところだった。
少し迷ってベッドに戻った。ここにいる間に1人で眠れるようになってほしい。そう思いながらも眠れずにいるだろうリッキーを考えて、明け方まで僕も眠れなかった。
やっと目が覚めてリビングに行くと母さんが、お早いお目覚めね と笑った。
「ドライブで疲れてたんだよな」
ビリーが目配せしたけど
「いや、ただ寝過しちゃったんだよ」
『別に隠すことじゃない』 そうビリーに笑いかけたら『ばか』とその口が象った。
新聞の陰から声がした。
「相変わらずいい加減な生活だな」
アルだ。 『なるほどね』ビリーにそんな顔を見せた。僕を助けようとしたわけだ。確かに朝っぱらからアルのこんな声を聞くのは気が滅入る。
周りを見回した。
「リッキーは?」
「ジェフが釣りに連れてったわよ。可哀想に朝の4時から叩き起こされて」
母さんが苦笑している。じゃ、寝てないのか……。
「食事したらランチを届けに行ってちょうだい」
「いつものところ?」
母さんがにこっと笑った。
「今頃ジェフに喋り殺されてるわよ」
ジェフは家族の話やら自分の生い立ちの話が大好きだ。そして趣味の話。釣りについて語り始めると厄介だ。話し方が上手いんで楽しくはあるけど、その相手をするのには根気が要る。
僕は急いで朝食を済ますとリッキーを救出に向かった。
車を近くの木陰に置いて川べりに近づいた。陽気が良くて風が心地いい。静かだ。そう思って、静か過ぎることに気がついた。ジェフの話し声がしない。場所を間違えたんだろうか。
茂みを抜けた。ジェフの後ろ姿が見える。
「ジェ」
後ろを振り返ったジェフが、しーっ と口に当てた。その近くを見て思わず笑みが浮かんだ。岩にもたれたリッキーが眠っている。
「喋っていて急に静かになったと思ったら眠っていたよ。そっとしといてやろう。違う環境に来て疲れたんだろう」
1人じゃ眠れないリッキーは、ジェフのそばできっと安心して夢に落ちたんだ。気持ち良さそうな顔で彼は眠っている。
改めてじっくり見た。なんて整った顔なんだろう……。そのことにどうして今まで気がつかなかったのか、不思議でならない。
長めの黒髪が風になびいてる。閉じた目を縁どるふさりとした睫毛。この奥には黒い瞳が眠っている。肌は少し黒くて彫りの深い顔に影が落ち、形のいい唇には微かな笑みが浮かんでいる。そこには起きている時に漂う妖艶さは無く、優しさがあふれていた。長い首筋。逞しい腕と肩。締まった腰の下に続く長い足。
「彼は君のことばり話していたよ。初めていい友人に恵まれたんだと。君の信頼を得たいからこれまでの生活を改めたいそうだ。この家に来て良かったと言っていた」
そう言うジェフはひどく嬉しそうだった。ジェフは喋るばかりじゃない、人の話を引き出すのも上手い。
「彼にはいろいろ事情がありそうだね。いつでも連れて来るといいよ」
ジェフは子どもでも見るような顔でリッキーを見つめた。
「ちょうどいい機会だ。アルのことを話そう」
そう言うと釣竿を置いて岩に座った。
「アル?」
「彼は確かに君が嫌っても仕方ない性格をしている。アクが強いし、人好きのするタイプじゃない。だがな、彼にもチャンスが必要だったんだよ。あのままならブロンクス一のギャングにでもなっていただろう、きっと」
確かに。そのアルなら簡単に想像がつく。
「しかし独学で大学も卒業した。まともに高校も行けなかったのにな。彼にはたくさんの才能があるんだ。だが、その才能に殺されかけていた。だから彼に会社を任せてみた。若いからと危ぶんだ役員ばかりだったが、今は誰も文句を言わん」
落ち着く先を見つけたってことか?
「仕事だけが彼を正常に保っているんだ。そうやってしか生きられない人間もいるんだよ。冷徹なところも確かにある。だが彼が決して譲らないことがある」
「アルが譲らないこと?」
「役職についている者がミスをすると1度だけチャンスをやる。そうでない者には2度。未亡人、掃除婦、食堂で働く者たちには3度。それまでは決してクビにしない」
初めて聞く話だった。
「人はな、悪い人間ではい続けられないもんなんだよ、フェル。分かってやれとは言わない。ただ彼にもそんな面があるということを知っていてほしいんだ」
「ジェフ…アルと分かり合うことは難しい。僕たちの間にはあまりにもいろんなことがあり過ぎた。けど、今の話は心に留めておくよ。アルのおかげで生活が出来る人たちがいるってことをね」
それはきっと母さんを見てきたからだ。そう思えば少しは救われる気がする。僕らの関係が修復することは決して無いだろうけど。
さらさらと水が流れる音の中でリッキーが目を覚ました。まるで昔教科書で見たルネッサンスの絵画の中から抜け出てきたアドニスのようだ。
「おはよう、リッキー」
一瞬、自分がどこにいるのか分からなかったのだろう。見回してジェフと僕に気がつくと微笑んで起き上がった。こんな顔を見るのは初めてだ。
「起してくれたら良かったのに」
「よく寝ていたからね。フェルがランチを届けてくれたよ」
「ここは天国みたいだ」
嬉しそうに周りを見回しながら僕に言う。
「腹が空いちゃ天国も台無しだろ?」
「お前って…………」
「フェルはお世辞にもロマンチストとは言えないね。少しリチャードを見習うといい」
真面目な顔で言うジェフに僕は吹き出した。
僕らは母さんがこれでもか というほど詰めたランチをあらかた平らげた。
「多過ぎなんだよ、いつも」
「こんな美味しい料理を当り前のように食って来たお前が、俺は許せない」
「ジーナの料理はいつも絶品なんだ」
母さんの料理を誉められてジェフが人目もはばからずのろけ始める。僕だって美味いとは思ってるのに、ずいぶん理不尽な話だ。
久し振りに僕も一緒に釣りをして、リッキーに『下手くそ!』と野次られた。どうも僕にはじっと待つってことが出来ない。
釣果はほどほど。僕は一匹だけど、彼は三匹。筋がいいとジェフに褒められて頬を赤く染める、少年のような彼。初めての釣りに興奮するリッキーの声がすごく明るい。
帰ってからはさんざん双子とビリーの相手をして、けど疲れた顔も見せずに、一緒に部屋に帰ったリッキーには満足そうな笑みが浮かんでいた。
「寝れそうか?」
「今夜は上手くいきそうな気がする。自分で釣った魚を食べるなんて、こんな贅沢初めて味わったよ!」
「ジェフにはいい釣り仲間が出来たみたいだね。あのお喋りに付き合うのは大変かもしれないけど。夜中、何かあればいつでも声かけろよ」
「ああ、そうする。こんなにゆったり過ごせるもんなんだな。家族っていいもんだったんだな…」
「リッキー……」
「大丈夫、多分眠れるんじゃないかと思う」
ドアを開けたリッキーの顔からは、眠ることへの不安が消えているように見えた。
言い争うような声に目が覚めた。すぐ静かになったから夢だったかと思い、また少しうとうとして目が開いた。
(リッキーの声だった?)
ベッドから下りて廊下に出た。誰もいない。もしかしたら眠れなくて声をかけたのかもしれない。隣に行くとリッキーはいなかった。寝乱れたシーツの跡。
「リッキー?」
ベランダか? そう思って窓の外を見る。やっぱりいない。引き返そうとして、視界の隅にチラと動くものが見えた。慌てて遠くを見るとそれはリッキーだった。誰かと争いながら引きずられるように歩いている。酷く抵抗しているのが遠くからでも分かった。
イヤな予感がしてアルの部屋に行った。いない。連れて行かれた方向には駐車場がある。僕は外に飛び出した。
少しずつ声が聞こえてきた。その声のする方に僕はそっと近づいて行った。
「あんた、バレねぇと思ってんのか?」
「バレたからって別に困らない」
「離せよ、俺が付き合いたいのはフェルだ。 あんたじゃねぇ」
「アイツに何か期待してるのか? 君は選ぶ相手を間違えているよ」
「俺は正しい判断をしてると思ってるけどね。選んだ相手がフェルで良かったってね」
「少し黙れよ」
声が止んだ。
「ぅあ……」
「思った通りだ、君はセックス無しじゃいられないんだろう? 俺なら充分満足させてやれる。フェルといるのは時間の無駄だ」
「う… はっ……や…め」
「リッキーを離せよ」
さすがに僕の声にアルは驚いて振り返った。
「フェル……フェル……」
うつ伏せにされて髪を振り乱したリッキーが体格のいいアルにのし掛かられていた。片腕を背中に押さえつけられている。
「いい度胸してるな。僕の友だちに手を出そうってのか?」
「友だち? そうだな、お前じゃせいぜいその程度だろうよ。でも彼が望んでいるものをお前は与えてやることが出来ない。見ろよ、いい顔してる」
「やっぱりあんた、最低だな。どけよ」
「どかせてみろ」
掴みかかる寸前、硬い物が腹に突きつけられた。
「あいにくだな」
その手には銃が握られていた。
「まだ持ち歩いてるのか」
「ブロンクスは忘れられないからな。撃たないと思うか? 試してみろ」
「いや、あんたは撃つだろう」
「よく分かってるじゃないか」
自分の下でもがいているリッキーを見下ろした。
「これは俺がもらう。お前じゃ宝の持ち腐れだ」
そこからはスピード勝負だった。土を掴んで投げつける。目を逸らしたすきにその手に跳びついた。すかさずリッキーがアルを振り落とす。
けれどアルはすぐに体勢を立て直した。
「子供騙しだな。お前のケンカはいつも甘いんだよ」
「引き金を引いてみろよ」
アルの手が止まった。僕の笑ってる顔をじっと見てる。
「お前……」
「そうだよ。子ども騙しで悪かったな。いいから撃てよ。銃口には土が詰まってるぜ。くたばれ」
リッキーが横から飛びかかった。アルの端正な顔がきれいに歪んだ。頬を撫でながらアルがにやりと笑う。トリガーの部分に指を突っ込んで、ぶらんとぶら下げた。
「ジョークだ」
「笑えないジョークだな。少なくともゲストにすることじゃない」
「そうだった、お前のゲストだ」
「暇じゃないよな、アル」
「俺はいつだって忙しい」
「なら朝にはもう家にいないな」
「そうだな」
「僕たちはまだ家族か?」
「………ああ。それだけは変わらない。残念だが」
アルは銃を僕に放り投げた。
「じゃ」
僕はリッキーの腕を掴んで家に向かった。自分の部屋には行かせなかった。1人にしたくない。
アルの銃に弾は入ってはいなかった。
「言う言葉が見つからない……」
安全な場所でゆっくりさせたくて家に連れてきたのに……。
「気にすんなよ。どの家にだって欠点はあるさ」
「けど……」
じっと下を向いてたリッキーが顔を上げた。
「俺、こうなんの、なんとなく分かってたよ」
「なんで!」
「最初に会った時にすぐ分かった。多分アルもすぐに俺の正体に気づいたんだと思う。同類ってヤツさ。あの目は俺を値踏みしてた。で、合格したってわけだ」
だから機嫌が良かったんだ、初めてリッキーと会った日。
「そうだな…アルはソーヤーに近いけど、あんな生易しいもんじゃねぇ。お前が来なかったら……俺、アルを拒めたかどうか分かんねぇよ……」
不思議だったんだ、アルのこと。あんなに切れるのにどこの組織からも声をかけられなかった。ブロンクスでは16、7にもなればたいがいどっかの組織に片足突っ込んでいるもんだ。それで生活が成り立って行くと言っても過言じゃない。でもウチは生活は大変だったけど、他の家よりはマシだった。アル一人でどうにか出来る人数じゃなかったのに。ごくたまに見かけた高級車に乗ったアル。
「リッキーは… ああいうタイプに弱いのか?」
「……最初の相手…担任がああいうタイプだった。身動き出来なくなっちまうんだ、ああいう目はヤバい。近寄るのは危険だって感じてる。なのに……」
彼は気づいていない、それはきっとトラウマ。芯からゾッとして竦んでしまう。ソーヤーが勝ち誇ったように見せた主従関係。アルの、頭から相手を見下す視線。そういうものに抗えなくなってしまうリッキー。その被虐的な姿が余計相手を助長しているとも知らずに。
「お前さ、俺のせいで兄貴のこと、もっと悪く思っちまったか?」
「アルには裏に何があっても不思議じゃないって元々思ってたよ。」
「でも、家族を養うためにそうなったのかもしんねぇぜ」
「アイツは……たっぷり毒を持ったガラガラ蛇だよ」
「俺さ、自分にどっか悪いとこがあんだろうって思うんだよ。どうしてかな、いつもこういう風になっちまうの。どこ行ってもだ。もう肌に染みついてんだろうな」
笑ってる諦めた顔。
「多分、アルは悪くねぇよ。アイツが誘ったと思ってたけど、俺が誘ったのかもしんない。ほら、俺、人肌ないと寝れねぇし。それがアイツに伝わったんだと思う。ホントは俺が望んだことだったかもしんねぇんだ」
「来いよ」
彼の手を引っ張って隣に座らせた。
「今日はもうそんなこと考えるなよ。そばにいるからもう寝ろ。ここにいるのが辛かったら他のとこに行こう。リッキーの行きたい所に一緒に行く。でも今は眠ろう」
ーー僕はリッキーの睡眠薬だろう?
「フェル……」
胸に彼を抱いた。リッキーの手が僕の背中に回る。そのままころんとベッドに横になった。髪をかき分けて額にキスをする。リッキーの唇が近づいてくるのを感じた。僕は逆らわずに受け入れた。いつの間にか深まっていくキス………。僕はリッキーの顎を指で押し上げていた。舌が交わる感触が暖かくて柔らかくて、そして愛おしく感じた 。
彼の体を両手で包んだ。
「寝ろよ。朝までこうしてるから。ずっとそばにいてやるから」
そのまま僕の鼓動を聞きながらリッキーは眠りに落ちていった。リッキーを助けたかった。守りたかった。彼の望むものを………。
もしかしたら僕たちの関係は変わっていくのかもしれない。
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