Fel & Rikcy 第5部[ 帰国

9.フェルっ!!!!

  # Fel #

「ちょっと待て、ハックに連絡取ってない」

リッキーも、あ! という顔をした。
「真っ先に連絡しなくちゃならなかったのにな」
「しょうがないよ、お前の海が優先だった」

言いながら覚えた番号にかけた。通じたけど無言だ。まるで僕みたいだ。
「トムからあんたに連絡取れって」
『誰だ?』
「フェラルドとリック」
『今、二人だけか?』
「そうだ」
『どこにいる?』
「サンブレス」
少し間が空いた。
『よし、そこからバスが出てるな』
「今その停留所にいる」
『じゃ、セゴパってところで下りろ。そこから5つ目だ』

短い会話だったけど印象は悪くない。話の早そうな男だ。だからミッチはここを任せたんだろうけど。

 

「セゴパだって」
「セゴパ? 俺、そこ下りたこと無い。なんかパッとしない町だったな」
「とにかく行ってみよう。いいか? そっち先でも」
「うん。行こう。きっとその方が安全だ。ギャングが牛耳ってる街だしな」
「時間どれくらいだろう」
「多分30分くらい」

 

 来たバスは……まあ、ここのバスに多くを求めちゃいけないっていうのは学習した。座るのはやめた。リッキーも一目見て首を振った。
「たいして乗らないから」
 座る人がいなかったから笑える。いいのは途中ののどかな田舎っぽい景色だけだった。

 ここは住んでみたいと思うほど、ほのぼのとしている。僕ならここのバスの運転手になりたい。ちゃんと停留所で止まってあげて、金をぼったくらずに、酒を飲まずに、座席を清潔に保って。それだけで幸せに暮らしていけそうな気がする。
  
 そんなことを考えていたからセゴパにはあっという間に着いた。降りたけど誰もいない。リッキーの言った通り、本当に殺風景。どこかに向かえと言われたわけじゃないし。トラックが通りかかったから脇に避けた。

そのトラックが止まった。空いてる窓から声がした。
「後ろに乗れ!」
リッキーと顔を見合わせて荷物を放り込み飛び乗った。
「寝転がれ、外から見えないようにしろ」

がたがた揺れるからリッキーの頭を抱えた。
「大丈夫か?」
「俺よりフェルが」
 リッキーも僕の頭の下に手を差し込もうとしたから、引っ張って僕の腹に頭を乗せた。僕は自分の頭の下で手を組んだ。
「この方が楽だろ? 僕は大丈夫だから」
 かなりの時間、そのままドライブが続く。だんだん気持ちが悪くなってくる。体全体でガタガタ揺れるのを感じているのはキツい。やっと止まった。

「そのまま、待ってろ」
二人で深呼吸した。時計を見ると1時間は経っている。
「参った……気持ち悪くないか?」
「フェル、腹に俺が乗ってたから……」
「いや、あの揺れは堪えるよ」
そのまま10分ほど待たされた。

 

 ゴンゴン! と車体を叩く音がする。
「下りろ」
起き上がると体がまだ揺れてるみたいだ。リッキーも同じらしい。周りを見ると町だった。
「ここ、サンタリナだ!」
「知ってるとこ?」
「ここからパルマオはそんなに遠くない。市街地からちょっと外れた町だよ、ここは」

 古い建物に入っていく。通路の奥は暗い。行き止まりまで行って階段を上がった。幅が狭くてせせこましい階段だ。3階まで上がると踊り場の窓から陽が差して明るくなっている。思ったより階段はきれいだった。真ん中から上が曇りガラスになってるドアがあった。ガラスの中には針金が通っている。ドアは鉄だ。多分銃撃に備えているんだろう。

「ハックだ。よく来たな。連絡が遅かったから心配していた。トムからも電話が入ったよ」

互いに握手をした。陽気な声だ。
「僕はフェラルド。彼はリック。フェルとリッキーって呼んでくれ。遅れてごめん、ちょっと寄るところがあったんだ」
「用は済んだのか?」
「まだ一つ。パルマオまで行って人に会う。それで用は終わりだ」
「パルマオ? 危ないぞ、あの辺りは」
「街外れなんだ、そこは」
「誰に会う?」
リッキーが後を引き取った。

「爺さんだ」
「爺さん? 街外れ……チコか?」
「知ってるの!?」
「あの街のことはたいがい知ってる。あそこは縄張り争いの中心だ。軍隊が崩壊してるから、協定結んでヤバい状態にならないようにお互いにらめっこしてるんだ」
「酷いの?」
「そうだな、隙あらばって感じかな。軍の動きによっちゃ俺たちはここを離れる。本当にチコに会いに行くのか?」
「どうしても会わなくちゃならないんだ。その為にアメリカから来たんだ」
「お前……アメリカ人じゃないだろ」

咄嗟にリッキーを後ろに下げた。

「おいおい、何もしねぇって。トムからのお客さんだからな、ちゃんともてなすよ。チコんとこまで送らせる。取りあえず飯、食っていけ」

 それは有難い! 正直腹が減って堪らなかった。よく分からない物が入ったごった煮スープとパンと炒めたベーコン。美味かったけど、それが料理が美味かったからか腹が減ってたからかは分からない。

「軍は? 軍はどうなってる?」
リッキーの質問に苦い顔になった。
「ビセンテが禄でもないことしやがって。ベルムード・マルティネスはギャングのことには目を瞑っていたんだ。麻薬は非公式の収入源だからな、この国の。だがビセンテは父親を殺しただけじゃない、ギャングを仕切って一つの組織、つまり自分の手下にしようとしたんだよ。だからギャングとも交戦している」
「軍の中は?」
「ビセンテ派、ベルムードの残った派閥、全く違うがっついた軍人たちでてっぺん争いしてる。だからビセンテは手っ取り早くギャングから資金を巻き上げようと考えたわけだ。バカなやつだよ、蛇の巣穴に手を突っ込むようなもんなのに」

リッキーの顔が暗くなった。

「じゃ、街は大変な状態なんだな?」
「ああ、一触即発ってヤツだ。だからあんまり行くのはお勧めしないね。どうしても行かなきゃならないのか?」
リッキーが僕の顔を見た。そこには諦めの目がある。
「ああ、行かなくちゃならないんだ。1時間くらいで終わる。それだけなんだ」

リッキーが何か言おうとしたから肩を掴んだ。
「1時間……それなら何とかなるだろう。銃は持ってるか?」
「持ってる」
「チコんとこなら確かに外れだしな。だが終わったらさっさと出て来いよ」
「分かった」
「じゃ、近くまで送らせる」

 

若い男が呼ばれた。彼は英語が出来ないらしい。
ハックの言うことに頷いている。
「こいつはルカスだ。若いが度胸はある。こいつが連れて行く」
ハックと握手をした。
「ありがとう、助かる」
「終わればこいつが拾いに行くから待ってろ。1時間だ。それ以上はだめだ」

 

 今度はボロい乗用車だ。それでもあのバスやトラックよりはうんと上等だ。窓が薄暗くしてあるお蔭で僕らは普通に座っていられた。リッキーの顔が暗いままだから抱き寄せた。
「心配するな、きっと無事に終わる」
突然キスして来たから僕も応えた。しっかりした口づけを交わす。
「フェル、大変なとこに連れてきてごめん」
「おい、謝らない約束だろ?」
「……ありがとう。本当にありがとう」

40分くらいして車が止まった。ルカスがリッキーに何か言ってる。
「ここで下りろって。もう爺さんの店に近いんだ。1時間経ったらここに迎えに来るって」
「よし、行こう」
とうとう市街地に降り立った。

 

 


 昼間だというのに酔っ払った兵士たちが屯している。崩れている建物もあり、遠くに銃声がたまに響いた。道に寝転がっている男たち。遠くに見えるのは戦車かも知れない。
 まるで荒廃していく街を見ているみたいだ。テレビのドキュメンタリーなんかで見るような光景。瓦礫のそばで座り込んでいる若い連中。見るからに怪しげな男たち。外国人が数人見えたけど、中には絡まれているのもいる。なるべく目立たないように帽子を目深にした。

「こんなに酷くなっちまって……」
リッキーにはかなりショックだろう。母国を愛しているリッキー。
「こんなじゃ……こんなじゃなかったんだ……」
「リッキー、今はこの国にとって悪い時期なんだ。いつか平和になるよ。きっと平和になる」

久しぶりに帰った荒れ果てた母国。知らない間に変わってしまった大事な地。

「どこ?」
「あの薄汚れた赤い建物の一階だ。雑貨とか布とか、色々売ってるんだよ。あ、あれが爺さん!」
中で動く年寄りが見えた。背の高い痩せた老人だ。白くて長い顎ひげが生えていて、よく映画なんかに出てくる渋い年寄りって感じだ。

「どうしよう……いきなり俺が行ったらたまげて心臓発作でも起こすかもしんない。俺、幽霊だからな」
「でも行くしかないんだろう?」
「うん……そうだ!」
バッグの中をごそごそ探す。
「あった! これ、ホテルでのレシート。メモ書くからさ、それ爺さんとこ持ってってくれるか? それから行くよ」
「ペンなんか持ってきてたのか!」
「うん。けど紙持ってこなかったからバカみたいだと思ってた」

走り書きをする。最後の Ricky は読めた。その名前が四角で囲ってある。
「これ、俺だって印。これ見たらきっと爺さん、分かる」

 

 そのメモを持って店のドアを開けた。チコは見た目で幾つか分からないほど年寄りに見えた。何かスペイン語で聞かれたから黙ってレシートを渡した。
 怪訝な顔でそれを見た顔がだんだん驚いた顔になっていく。僕の腕を掴んで盛んに何か喋ってくるがまるで分からない。時折り『リッキー』という名前が入るからジェスチャーで、『待ってくれ』と手を上げて振った。
 ドアを開けようとしたらチコの方が先に外に飛び出した。とても老体には見えない動きだ。リッキーの姿を見つけたチコが今にも叫びそうになって慌てた。すかさずリッキーが口に人差し指を立てる。チコは小さく頷いて店に入った。しばらく間をおいてリッキーが入って来た。

  # Ricky #

 店に入ると爺さんが抱きしめてくれた。

「リッキー! お前なのか? 本当にお前なのか?」
「俺だよ、爺さん。俺、この国を出てたんだ」
「儂はてっきりお前が死んだものと……みんなそう思って……じゃ、あの自動車事故は?」
「あれは身寄りの無い死体を車に乗っけて崖から落としたんだよ。俺が姿を消すにはそれしかなかったんだ」
「なんでそんことを?」
「親父には俺が邪魔だった。だから国を追い出されたんだ」
「……そうだったのか。じゃ、誰もお前が帰ってきたことは」
「知らない。俺……爺さんに親父とエミディオの話を聞きたくてここに来たんだ」
「親父の何を知りたいんだ?」
「どう……死んだのか。エミディオも。俺の家族がどうなったのか知りたかったんだ」
「お前、親父に疎まれてたんじゃないか! なのに知りたいのか? 死んだことにされたんだろう? そんなのは親じゃない!」
「頼む……頼むよ、爺さん。俺、出てってからずっとここのこと忘れたこと無いよ。けど仕方ないって思ってた。でも親父が死んだって聞いて……どうしてか分からないけど知りたいんだ、親父のこと。知ったってどうなるもんでもないの分かってるよ、けど!」

「……バカなやつだ、お前は。そのためにこんな時にここに戻ってくるなんて」
爺さんが両肩を掴んで悲しそうな顔をした。
「分かった、分かったよ、リッキー。知ってる限りのことを話してやるよ」

 

 爺さんがフェルを振り返った。
「この男は?」
本当のことを言ってもしょうがない、そう思った。爺さんに理解してもらう暇なんか無い。

「俺の一番の親友だ。フェルって言うんだ。俺のことをいつも考えてくれる。この旅に一緒について来てくれたんだよ」
「そうか、危険な場所なのに。コーヒーを淹れてくるよ。それから話をしよう」

 

 爺さんが奥に引っ込んだ。フェルが小さな声で聞いてくる。

「信じてくれたか?」
「うん。ごめん、お前のことを親友だって言った。この話で時間取られんの、イヤだし」
「いいよ。時間が大事だからな。チコは?」
「コーヒー淹れてくれるって。爺さんのコーヒーは美味いんだ」

爺さんが出てきて俺とフェルにコーヒーの入ったカップを渡してくれた。
フェルが一口飲んで目を見開いた。

「美味い!!」
「だろ? 爺さん、フェルが美味いって」
「そうか。嬉しいよ、初めて飲んだ人に褒められるのは」

爺さんがフェルに笑顔を向けたからフェルも笑い返した。

「彼は言葉が分からないんだな」
「うん。英語だけ。だから俺がいないとどうしようも無いんだ。バスのことで驚いてたよ」
「確かに旅行者に自慢できるバスじゃないな」

爺さんが笑うのに釣られて俺が笑うとフェルがキョトンとした顔をした。なんか可愛い、そう思った。

「で……親父とエミディオのことだな?」
「エミディオはどうしたんだ? 殺されたって、ビセンテに?」
爺さんが頷いた。
「争う物音と叫び声がした。警備の連中が飛び込んだ時にはそこにエミディオの死体があったそうだ。むごい死に方だったらしい。何度も刺されて…その上頭を潰されていたと。犯人は見つからなかったがその時にビセンテとその配下の連中の姿が無かったって話だ。お前の親父さんは相当ビセンテを追及したらしいが。ある朝起きて来ない親父さんの様子を副将軍たちが見に入ったら胸を一突きされていたそうだよ。体の中に睡眠薬の……成分っていうのか?  それがあったって」
「じゃ……親父は苦しまずに死んだんだな」
「そういうことだ」

 なんでだろう、なんで涙が出るんだろう……どうでもいいはずなのに。死んで当然のヤツなのに。でも俺をアメリカに逃がしてくれた……

 

 爺さんはいろんなことを教えてくれた。俺が学校の連中に追われていた時に逃げ込んでたのはほとんどここだった。
「お前を痛めつけていた連中はほとんど死んだよ。変だと思っていたんだ。お前が死んですぐに次々と死んだからな。だがたちの悪かったオルヴェラは逃げた。今は居場所も分からない。他に数人死なずに済んだ連中もいるが、殺されたくなくて大人しくしている」

 

 そこまで話した時にガタッとフェルが立ち上がった。爺さんとこの奥からデカい軍人が入って来た。フェルよりガタイが良くてサングラスをつけて銃を持っていた。フェルが腰に手をやる。でもそいつの顔……

「フェル! 待って、こいつ知ってるやつだ!」
フェルが手を離した。
「リカルド様、まさかお戻りになるとは……」
爺さんを振り返ると済まなそうな顔をしている。
「知らせたのか、軍に!? なんで! 俺、爺さんを信用してここに来たのに!」
「済まん、本当に済まん、リッキー」

俺の怒鳴り声でフェルが緊張してるのが伝わった。

「リッキー、どうなってる!?」
「こいつ、エミディオの警護ずっとやってたヤツだ」
「エミディオ? お前の兄さんのボディガードか?」
「そうだ、確かライムンドってヤツ」

「あなたが生きていることは知っていましたよ」
「え?」
「私と一緒に来て下さい」
「どこに!」
「今は言えません」
「断る、俺は彼と出て行くんだ」
「力づくはしたくないんです」

 俺は銃を抜いた。それを見てフェルがすぐに引き抜いた銃に弾倉を入れた。フェルがライムンドに銃を構えたから、俺も弾倉を銃に入れた。

「バカなことは止めてください。私と来ていただければ全部分かる」
「俺はエミディオと親父のことを聞きに来ただけだ。もう用は済んだんだ。大人しくこの国を出て行く。だから放っといてくれ」

 フェルと一緒に銃を構えながら外に出て車の方に向かった。

「走らねぇ方がいい、無事に車に乗るまで」
その時、フェルにぶつかってきた女が財布を落とした。

「落としましたよ」

 拾うフェルの周りの動きに気づいた。俺たち、囲まれてる……? 女の身なりから財布なんか使うようには見えねぇ。周りにいるのは入れ墨のある連中……

 

「フェルっ! 拾うな!!」

 その時には遅かった。フェルが財布を拾うのを見て銃を持った4人くらいの男たちが出てきた。俺たちの足元に銃声が鳴る。

「リッキー、逃げろ!!」
フェルが銃を撃った。躱した男がフェルに向かって撃つ。
「行け!」
「無理だ、フェル! 一人じゃだめだ!」

 フェルが2発続けて撃った。フェルのは威嚇だ。向うは狙ってんのにフェルは相手に当てる気が無ぇ。俺も撃ったけど狙いなんかつかない。

 

 その時後ろから羽交い絞めされた。ライムンドだ、他に二人。

「リカルド様を安全な所に!」

「イヤだ、フェルを! フェルを助けてくれ!!」
フェルはそばにあった車の陰からぶっ放してた。

「あんた! リッキーを頼めるのか!?」
「任せてくれ!! この方はお守りする!!」
そうだった、ライムンドは英語が話せる。フェルが俺の顔を見て笑った、青い目、日焼けした顔。

「後で会おうな、リッキー! 今はその男と逃げろ!!」
「ダメだ! フェルも一緒だ!」
続け様に銃声が鳴る、フェルが動けない。
「来い、フェル、早くっ!!」
「先に行ってろっ、追いかけるから! 行けっ!!」

撃とうとして体を車から出した途端、フェルの足から血が噴き出した。
「フェル! フェルっ! 放せ! 放せよっ」

 俺はほとんどひっ抱えられて体が浮いてた。フェルに向かって精一杯手を伸ばす、そしたら手が届くような気がして。この手を掴んでくれるような気がして。

 青い顔をしたフェルがにっこり笑う。
「リッキー、愛してる……必ず……必ず迎えに行くから」

 後ろから抱き抱えられたまま車に体を引きずり込まれてすぐにドアが閉められた。通りの反対側に回り込んだ奴がフェルを撃つのが見えた。

 フェルが……倒れた……

「フェルっ!! フェルっ!!!! 降ろせ! 降ろせって、フェルが!」
「車を出せ! 早く!!」

 倒れたフェルが襟首を掴まれて体を持ち上げられていた。頭が……後ろにがくんと落ちた………

 車の中で暴れた、フェルんとこに戻んなくちゃ! 最後の光景が忘れらんねぇ、意識無く落ちたフェルの頭……

「戻れよ! あそこに戻れ、フェルんとこに戻れって聞こえねぇのか!!」
「リカルド様、落ち着いてください。あれは麻薬組織の連中です。彼のことはもう諦めるしか無い」
「ふざけんなっ!! 誰が諦めるかっ! クソっ! 畜生っ!!!!」
両脇にいる男たちはびくともしなくて……フェル、お前を置いて来ちまうなんて……


 車は15分くらい走って止まった。
「静かに。いいですね? 会っていただきたい方がいます」
返事もしなかった。それよりフェル……どうやってお前んとこに行けばいい?

 崩れかかったビルの奥に連れていかれた。足元には瓦礫がいっぱいだ。奥に行くとガラッと変わって立派な部屋がある。俺はライムンドを見上げた。
「ここはわざと入り口を壊してあるんです。どうぞ」

 開けられた部屋に入るとバタンとドアが閉まった。正面に男が座っている。逆光で見えない。
「リカルド」
(その声……まさか……)
「リカルド、よく来たね。お前がこの国に帰るなんて思ってもいなかったよ」
「エミディオ? エミディオなのか!?」
「そうだよ」
「殺されたって……そう聞いた」
「それを言うならお前は事故死だろ?」

その体に跳びついた。

「エミディオ……エミディオ……」
「嬉しいよ、弟に会えるなんて。もう残っているまともな兄弟なんてお前だけだからな」
「どうして……? 何があったんだ? 爺さんも死んだって言ってた」
「みんながそう思っているよ。一部の信頼する部下以外はね」
「じゃ、あった死体ってのは……」
「お前と同じ方法さ。替え玉。お前、相変わらずきれいだなぁ!」
「どうなってんの? ビセンテは? あいつはエミディオが生きてるって知ってんのか?」
「知らないよ。これは全部計画なんだ。俺は死んだことにしたんだよ。この国は腐ってたからね、だから土台から作り変えることにしたんだ」
「作り変えるって……」

エミディオが違う人間に見える……

「ビセンテはバカだから部下と副将軍にたきつけられて俺の暗殺を企てたんだ。副将軍が後は上手くやってくれてね、俺は死んだことになった。で、残るは親父。副将軍が睡眠薬入りの寝酒を親父に渡して、それで」

眉を上げてにやっと笑うエミディオ……知らない顔……

「じゃ、本当に殺したのはエミディオってことか?」
「舞台裏はね」
「なんで! なんで親父を殺したんだよっ!」
「お前、この国の現状を知ってるだろう? 親父じゃダメなんだ、恐怖政治で国を抑えつけた。それでいて麻薬組織には手ぬるい対処で」
「だからって!」

「この後、国民はビセンテのせいでしばらく苦しむだろう。そこに俺が出て行く」
「その間に死人が大勢出る」
「仕方がない、革命ってそういうものだ。貴い犠牲者が必要になる。けれどそれは新しい国家の土台になるんだよ。その人たちのことを俺は忘れない。彼らのためにもきっといい国を作って見せる」
「エミディオ、そう言って結局ぐずぐずになる国は多い。分かんねぇのか? 貴いってなんだ? 死人は死人じゃねぇか、なんでそこ誤魔化すんだよ。親父の方がよっぽど正直だった。エミディオのやってること、間違ってる」
「お前だって親父に殺されるところだっただろう? 俺は別の方法でお前を追っていた。だからお前のことを知っていたんだよ。何かあれば助けるつもりでね。何回かは実際助けたしね」
「じゃ……エミディオが俺に突っかかって来たヤツを……」
「ああ、何人か俺が処分した。大使館の方じゃお前のことを把握しきれてなかったみたいだから」

消えた連中ってのはエミディオがやってたのか……親父じゃなかった。親父は……

「親父は……俺を殺さないでくれたんだ……」
「違う。何を言ってるんだ? お前はアメリカに行ってすぐに死んだことになっていたんだよ。なぜか分からないけど大使館からそう報告が来ていた。それが手違いなのかどうか分からないけどね。だから親父はお前を殺せという命令を引っ込めた」
「俺が、アメリカに行った後……?」
「ああ。アメリカでお前を殺すことにしていたようだ」

何、言ってんだ? 何……言ってんだよ……
「何、言ってんだよ! 親父が俺を殺そうとするわけねぇだろっ!!」
「マルゼロだって身代わりに殺したような親父だ、お前のことを殺すのに躊躇うわけが無い」
「そんな……」
「俺としてはお前にこのままそばにいて欲しいんだけどね。途中からお前を追えなくなった、計画の準備に忙しくて。その間にお前が消えたから諦めたんだ」

フェル……

「話が終わったなら俺はさっきの場所に戻る」
「銃撃を受けたんだろう? そんなところに行くな。俺はお前には無事でいて欲しいんだから」
「俺のことは心配なのか?」
「そうさ、兄弟だからな」
「なら俺を戻してくれ。そして俺のことをもう忘れてくれ」
「なぜだ!」
「俺がこの国に帰ったことに何の意味も無かったってことが分かったから。こんなことを知るためにフェルを危険に晒して……俺はなんてことしちまったんだ……こんな国、どうでも良かったんだ! フェルのことだけ考えてれば良かった!!!!」

「フェルって、一緒にいた友だちか?」
「友だちじゃねぇ!! 俺の夫だ! 大事な大事な夫なんだっ!!」

「結婚……したのか? 男と? お前、まだ変わってなかったのか?」
「エミディオに分かってもらう気なんか無ぇ!! あいつは、フェルは一番俺のこと考えてくれた。俺のこと大事にしてくれた。あいつが死んだら俺は生きていけねぇんだ、フェルだけが俺のこと、愛してくれてるんだ!!!!」

 静かになったから俺はドアに向かった。
「会えて良かった。バカげた話が全部分かった。思い残すことなんか、この国に未練なんか無ぇよ。フェルを助けて帰る。もう邪魔すんな」

ドアを出てライムンドに言った。
「さっきの場所に俺を戻せ」
「しかしエミディオ様が」
「話は終わった。エミディオは分かってる」

 

 

 元の場所に戻った。道路に血が……血が流れていた、たくさん……

 

爺さんの店に飛び込んだ。
「リッキー、戻ったのか!」
「爺さん、フェルは! 俺の連れは?」
「車に乗せて行かれたよ。あれはセベリアノのところだ、諦めた方がいい。あそこに捕まっちゃお終いだ。運が良ければすぐ殺される。悪けりゃ拷問か薬漬けだ」
「どうしてどいつもこいつも簡単に諦めろって言うんだよっ!! 俺は諦めねぇ、絶対に取り返す! 死んでたら俺も死ぬ!!!!」

 

 表に車が止まって2、3人の男が下りてきた。ルカスがいたから店から飛び出した。
「ルカス! フェルは? 知らねぇか? 連れていかれたフェルのこと、分かんねぇか!?」
もう一人は俺たちをトラックに乗せてくれたヤツだった。
「ルカスから銃撃戦があったって連絡があったから来たんだ。連れて行かれたって? どんなヤツだった?」
「今爺さんが言ってた、セベリアノってヤツんとこだって」
男が舌打ちした。
「よりによって……」
「俺、フェルを取り返すんだ、手貸してくれよ」
「まずハックんとこに行こう。フェルはすぐ殺されないと思う。きっと狙いがあってさらったんだ」
「じゃ、計画的ってこと?」
「そうだ」
「見捨てねぇよな!? 助けてくれるだろっ!?」
「トムから預かった客人だからな。ハックは見捨てないと思うよ。取りあえず戻ろう。奪還するにしても準備が要るんだ」

 フェル……必ず連れ戻すから。必ずだ。だから無事でいてくれ、お前に何かあったら俺は…… お前のためなら何でもする。何でもするから無事に帰って……

 

 

「どういう経緯だったのか教えてくれ」
「爺さんの店を出てルカスの車に向かって歩いてたんだ。そしたらフェルにぶつかってきた女が財布を落とした。それをフェルが拾って渡そうとしたらタトゥーの男たちが銃を撃って来たんだ」
「その女、仲間だな」

ハックが厳しい顔をしている。

「多分、それは金じゃなくてコカインが入ってたんだろう。それをわざとフェルに拾わせた」
「何のために?」
「多分、俺んとこを潰すためだな。きっとどこかで見られたんだ、お前たち二人を。ここは脆い協定で組織がにらめっこしてるって言ったろ? それを崩そうとしてんのさ。前からセベリアノは協定が気に喰わなかったからな、手っ取り早くまず俺たちアメリカの組織を消そうって腹だ」
「フェルは? フェルはどうして」
「フェルと俺たちが一緒にいるのを見られたんだとしたら、縄張り外で商売してたって言わせる気だ」
「でもそんなことしてねぇ」
「言い訳通じる相手だと思うか? そもそもそれが狙いなんだから。ってことは時間がある。すぐ場所を探させるからここで待つんだ」
「待つしか……出来ねぇのか?」
「そうだ、今は何も出来ない。情報が必要なんだ、監禁されてる場所の」

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