Fel & Rikcy 第1部

9.欲しい

 気がつくと、僕の目の上から頭にかけて濡れたタオルが乗っていた。下半身を拭かれているのを感じて泡食って起き上がった。

「リッキー!  そんなことしなくっていい!」

ただ恥ずかしかった。イカされた瞬間を思い出して顔から火が出そうだ。

「無理すんな。俺の言った通り疲れんだろ、抱く側じゃねぇと。初めてがあれならいいだろ? ロストヴァージンだな、貰ったのが俺で嬉しい!」

 抱きついてくるリッキーになんて返事していいか分からず、ただテンパっていた。そのまま下から覗き込む顔は、まるで悪戯っ子だ。大きな黒い瞳がくるりと踊る。

「良かった?  俺、上手いだろ?」

褒めろと言わんばかりの顔に苦笑いだ。

「ああ、あんなの初めてだ。なんだ?  あれ…」
「俺の世界へようこそ!  って感じだな。飛んじまうだろ。ああやって意識手放しちまうのが一番いいんだけどね。そうはいかねぇ時もずいぶんある」

「リッキーの初めてって…」

しまった! そんなこと聞くなんて僕はバカだ!

「力づくだったからなぁ。その後もずっとそうだった。学校でも押さえつけられてヤられてたし。気持ちいいんだって分かったの、2ヶ月以上経ってからだった。上手いヤツがいてさ、ちゃんと解してからしてくれたんだ。あん時は俺、やっぱ気を失ったよ」

 遠い過去を思い出すような声。辛いまま2ヶ月以上を過ごしたのかと思うとやるせなかった。無理矢理押入られたら、あんなもの裂けてしまうだろうに。前に見た腿を伝う血を思い出す。何度そんな目に遭って来たんだろう…。

 

「なぁ、どっちが良くなった? 入れたい? 入れられたい? すんごくいい顔してた。俺、どっちもいけるぜ」

子どものように聞いてくるリッキーに思わず浮かびかけた表情を抑えて、僕は笑った。僕が泣いていいことじゃない。

「気持ち良かったよ。あんな体験初めてだしこれからも無いと思う。でも僕はリッキーのイク顔が見たい。どんどん追い上げてって幸せにしたい。リッキーはどうなんだ? どっちがいいんだ?」
「俺…抱かれる方が好きだ。フェルにならずっと抱かれていたい」

「さっきイッてないんだろ?  僕の面倒見るばっかりで」
「いいんだ、フェルのあんな顔見られて嬉しかったから」

そう言う彼は幸せそうな笑顔を浮かべて抱きついてくる。リッキーにとって幸せって、こんなことなんだ……。


「聞いてもいいかな」
「なに?」
「リッキーのホントの名前が知りたい。ダメなら無理しないでいいから」

黙っている顔。

「ごめん、困らせたよね。いいんだ」
「リカルド」
「リカルド? あ、スペル、リチャードとあまり変わらない?」

「だからリチャードって名前を選んだんだ。どっちも 『リッキー 』になるからな。向こうじゃリカルドって、ありふれた名前なんだ」

「そうか。でもいい名前だと思うよ。リカルドか。ずっと『リッキー』は変わらないんだね」

「それだけだった。写真も何もかも置いてきた。隠してた母さんの写真も取り上げられた。リッキー って呼び名だけを国から持って来れたんだ」

そう言って、笑った。


 肩を掴んで笑う口元をキスで塞いだ。それ以上を喋らせたくなかった。

辛いに決まってる。セックスの中にいることだけが幸せなリッキー。なら、何もかも忘れるくらい僕があげる。それならいくらでもあげられる。

 床に押し倒して覆い被さった。手が背中に回ってきてリッキーが僕を転がした。上から差し込まれた舌を吸い、今度は僕がリッキーを転がす。上になって下になって。転がりながらどんどんキスが深くなっていく。しっかりと合わさった口の中が熱い。

 ――愛しい
 ――愛してる
 ――リッキー 君が欲しいよ

 こんな風に自分から求めるなんて…。僕が上になって動きが止まった時、唇を離した。僕を見上げるその瞳に笑いかけて黒髪にキスをした。

「冷たくないか?」
「今は体が火照ってるよ」

首を縦に振るその仕草が幼な子のようで、さっき聞いた理不尽な話に殺意が湧いてくる。

 ――いいよな? ずっと僕が大事にするから。

こんなに人を愛せるなんて思ってもいなかったよ。過去にいくつかの恋はしたけど、ある時を境に人と深く付き合うのをやめてしまった。

 リッキー。そばにいたのに知らないで、突然現れた想い人。まさか好きになるなんてな。始まりがポルノ映画。ロマンチックには思えないよ。

 目を閉じて僕を待つ両の瞼に口づけた。ヒクヒクと目が動いてる。リッキーは行ったことの無い世界に連れてってくれた。だから僕も連れてってやる、今までと違う深いセックスの底へ。

 ふっくらした下唇を舐める。歯を立てる。頬と歯の間をなぞればもう吐息が熱い。両の手が僕の肩を探すように上がってくるからその腕を辿っていった。滑るようになめらかな肌を通り抜けて肩を食む。聞こえる吐息が悩ましくて、僕もどんどん熱くなった。そのまま首筋まで歯を立てて耳の後ろを舐めて食んだ。

「…や…だ…」
「どうして?」

囁く声に顔が横に揺れる。

「そこ…」
「いい? 感じてる?」

息をそっと吹き込みながらその周りを舌でなぞっていく。
 ぁ 
と小さな声がした。

「ここ、好き?」

小さく頷くから耳の中に舌を尖らせゆっくりと差し込んだ。出たり入ったり。

「ぁ あ…や……め」

 そんなに震えるなよ、もっと攻めたくなるじゃないか。耳を舐め回しながら、リッキーの腰に自分を押しつけて擦り上げた。くっ! と息を呑むのが分かる。そこはあっという間に硬く尖り、もっとたくさんの刺激を欲しがって蠢いた。反らしていく顔の下で露わになった首筋。誘われるように口を這わせていく。両脇に手をついて、リッキーの顔を見下ろしながら僕の尖ったものがリッキーのそれにぶつかる。

  ぁぁ……

リッキーの手が僕の背中を這った。その感触が気持ちよくて僕も思わず目を閉じた。

 

気持ちいいよな。

 ――僕とのセックス楽しんでるかい? 
 ――僕は楽しんでるよ、今の全てを。

 

  あぅ…っ……

その声に目を開けた。

「リッキー」
「…ぁ…っは……」
「リッキー、僕を見て」

まるですすり泣くような声が甘い。
「目を開けろよ、僕を見るんだ」
重い瞼が持ち上がり、遠くを見るような目を見せた。

「僕を見ろ、リッキー」
潤んだ目が少しずつ僕に焦点を合わせてくる。

「分かるか? 僕が」
微かに首が縦に揺れる。額に頬にキスを落とす。

「誰かにヤられてるんじゃない。僕としてるんだ、 目を閉じないで」

誰としてるのか分からせたかった。

「僕とリッキーとでしてるんだよ、分かる?」
掠れた声が答える。
「おれと……ふぇる……」
「そうだよ」

擦りつけると あ と目を閉じそうになるから動くのをやめた。

「だめだよ、目を閉じちゃだめだ」
また目が開いた。腰を少し動かす。

「誰としてる?」
「ふぇ…る」
「うん。僕はリッキーとしてるんだ、初めてのちゃんとしたセックスを」

口元が微笑んだ。その微笑みにキスを落とす。ああ、僕はこんなに美しい花を愛してるんだ……。目を絡ませながら、リッキーも僕もゆっくりと腰を動かした。

「まだ終わりたくないだろ?」
「まだ…だ」
「そうだよな、僕も終わりたくない、もっといい気持になりたい。僕に任せてくれる?」

濡れた目が閉じていった。僕はリッキーのボクサーを脱がせた。


 直に触れ合うそこは、濡れ合って温かかった。…ぅっ…この感触だけで…イキそうだ……。腰を離して喘ぐ顎を掴んだ。開いた口に大きく口付ける。

「甘い」

そう囁くとまた吐息が漏れた。リッキー  まるで女の子みたいな反応してるよ……。

 口の周りがしとどに濡れて、ぬめった唇が僕を誘う。大きく口を動かしながら唇の淵をそわそわと舐めて、唇の裏に回りこんだ。舌の裏に潜り込んで筋をそっと行き来する。しっかり合わせた僕の口が、リッキーの口に食い込んでいく。顎を掴んだまま、奥へ奥へと舌を進めた。開かれた口の中で舌が逃げる。追いかけて舌を重ねて吸って絡めて弄り続ける。緩んだ口を味わいながら上顎をずるりと舐めた。何度も奥から手前へと横に小さく舌を動かす。一気に舌から力が抜けた。

「…ふ…」

鼻から小さな声が漏れて体に震えが走った。肩の手がピクピク震え出す。腰が何かを求めようと動くから、それを足で抑えた。裏切ってあげる、今までのセックスを。利害関係なんか何も無いんだ、ここには。

「…んふ」

鼻から洩れる息がどんどん浅くなる。舌を甘噛みしながら擦りつける。口を離すと繋がった銀の糸がぽたりとリッキーの首に落ちた。空気を求めて胸の上下が激しい。喘ぎながら小さく呟いた。

「…死んじま……ぃや…だ……」
「何が?」

耳に息を吹き込みながら小さく聞いた。

「いや…キスだけ……イきたくな…」
「これだけでイくな」

 

 リッキーの両足に膝を割り込ませながら、首へ胸へと下りて行った。何もかもが欲しい。ピンと立つ胸の突起を吸う、噛む、舐め回す。リッキーの手が僕の頭を掴む。昂ぶりに手をやるとビクン!と体が跳ね上がった。胸を愛撫しながら透明の雫が垂れるものを強く握りしめ、そして今度は優しく撫でた。

 まるで自分がされてるような、そんな錯覚を起こしそうだ。付け根に下りて腿へと手を這わす。肌は滑らかで柔らかくて、この手に吸い付くようだ。

 リッキーの手が肩を小さく叩いた。

「は ぁ  ふぇ…フェル……おねが…」
「まだだめ」

欲しくてたまんない? まだだよ、準備出来てないんだから。そうだろ? 僕だって我慢してるんだからさ。お手本見せてくれたんだからちゃんと感じさせてあげる。

 

 僕はリッキーの顔を見上げた。どんな顔で感じているのかどうしても見たい。濡れたその先は、指で触れただけでとろりと雫を溢れさせた。息も出来ずに唇が震えている。固く勃つその先だけを指で撫で続けると短い息で胸がひくついた。伝わっていく雫を後ろへと誘い込む。肩に指が食い込んだ。僕も震えそうだ、こんなこと初めてなんだから。

 リッキーがしてくれたように時間をかけて孔の周りを濡れた指でぐるりと周った。ひくりと孔が、指を呑み込もうと揺れる。
期待を込めて息が止まる。

 ――そんなに唇を噛むなよ、血が滲んでくるだろ?

ほんの少し指を潜らせてみた。口が開いて大きく息を吸う。濡れて尖る先から後ろへと指先で何度も往復し、その度に淵から中へと少しずつ指を深く潜らせていった。

 ――こんなに動くの? 女性よりきつくて絡みついてくるんだね。これじゃ僕は入れないよ……

 それでも内壁の緊張を解こうと垂れるほど濡れる指でゆっくり撫でまわった。潜り込んでは中を掻き回す。

「ふぇ」
「なに?」
「ゆ…ゆび……ふやし…」
「入れる指を増やすのか?」

 何度も頷くのが可愛くて、僕は2本目の指を入れてぐるりと中を撫でた。リッキーの腰が動き出そうとするのを優しく抑えつけて指を動かした。開いている手で体を撫でまわしながら探るように蠢く中へと進んでいく。自分のしていること。相手が僕にされてること。考えるだけで僕の相棒が張り詰めていく。イカされた時のことが蘇る……。

 繰り返される同じリズムにだんだん息が落ち着き始め、その孔から力が抜け始めた。たらたらと流れてくる潤滑油で指の滑りが凄くいい。

 どこまで進んだらいいんだろう。あの時のことはこの辺りからよく覚えていない。でも、この大きさじゃまだ僕は入れない… 

思い切ってもう1本指を増やした。それほど苦も無く進んだことに僕の方が驚いた。僕の時は1本だけだったはずだ。内壁を爪でそっと引っかくように動き回り、見上げれば上に仰け反る首筋。口元からたらりと流れる唾液が光る。指の動きに合わせるようにリッキーの腰が揺れている。

 

「も…はいって……きて」

 僕は許しを待っていたかのように、両足を大きく広げた。女性と位置が違ってるから、このままじゃ挿れられない。膝を胸まで押し上げて広げた。

 ――ああ、これなら入れるよ、リッキー。

僕も充分濡れていた。ゆっくりとそこに自分を押し挿れる。女性は入り始めればどこまでも僕を受け入れていく。深く入ることはたやすくて、僕も簡単に快楽を得る。けれど。

 そう深く入らないうちから、僕はこれがただのセックスじゃないことを思い知らされた。

(あああ  嘘だろう? こんなに狭くてきついなんて…)
 こんな所を何もしないで一気に突き進むなんて、それはセックスなんかじゃない。僕はそこで動きを止めて、深く息を吸って吐いた。

 ――そんなに締め付けるなよ、リッキー……

 両膝を抑えて回すように腰を動かしながら少しずつその円を大きくしていく。腰を回すごとに奥へ奥へと進んで行った。息を詰めては喘いで…ああ、凄くいい……。僕をもっと深く受け入れようと腰をくねらせるリッキー。待ちわびているその姿に、僕はぐっと先に進んだ。目が眩みそうだ……。

「や… あっ!!」

 不意にリッキーの体が跳ねた。僕の先が何かを擦ったんだ。ここだ、あの時僕がイカされたところ。そこを擦り、突く度に体が跳ね上がる。髪を振り乱し、その姿が僕を追い詰める。

 ――きれいだ
突き上げてくる快感に身を委ね、大きく胸を喘がせてリッキーはただきれいだった。下唇を噛んでイクのを耐えている彼はあまりにも儚げで、そして煽情的だった。

 ――弾けそうだ


 息をつく。そんなわけには行かない。動きを止めた。焦点の定まらない目が僕を見上げる。

「は…ふぇる……イカせ…て…」
僕は首を振った。
「まだだ」

縋る声を振り払って強引に外に出た。もっと奥に行きたい。息が収まり始め、不安な色が顔をよぎった。

「ふぇる? ふぇる、イカせてくれない?」
片言になってるその言葉に、もう一度中に入った。さっきより入り易くて奥を目指す。

「…ふぇ…も……む…り」
 もっと、もっとと奥を目指す僕に、体が上へと逃げ始めた。手を掴む。口づけて首を舐める。体がそれでも逃げていく。その体を抱え上げた。脱力しているリッキーは重力のままに僕に体重を預けてしまい、逃げ場がなくなった。

「…ぁ…入ら……な…む……りや…め」

呟くように漏れる言葉を、いつまでも聞いていたい…
『むり』 懇願しているその声に僕は膨れ上がってしまい、浮こうとする腰を引きずり落とした。
 最奥へと突き上がった僕も、それを受け止めてしまったリッキーも、しばらく動けないまま息を荒げていた。ようやく落ち着いた僕は奥をもっと味わいたくて、徐々に動き始めた。縋るリッキーの腰を抱いて、肩に掴まる体が僕の動きで揺れ回る。

「おね…が……うご…かな……あ!やぁ…」

なんて声だろう……僕にはそれは『はやく』としか聞こえない。動きを止めない僕の肩からいきなり手が落ちた。ビクンビクンと体が痙攣し、そのままくたりと僕に倒れ込んできたリッキー。でも昂ったままだから、イッたとは思えなかった。

 外に出て、波打つ体をそっとタイルにうつ伏せに寝かせた。背中に覆いかぶさり腰を持ち上げる。グッと引き寄せ、押し入った。

「ひっ! や!ぁ…っぁや…」

口を塞いでしまいたい、僕は自分を抑えられない。リッキーが『いやだ』と言うその場所を一気に攻めた。片手でリッキーの硬くなっているものを上下に扱く。再び襲いかかる快感に、身を捩り引っ切り無しにリッキーがやめてくれと啼く。

「…por faver……!!」

 僕ももう限界だった。これ以上もうリッキーの中にいられらない…。彼を扱いていた手が濡れるのと、外に出て自分が弾け飛ぶのとが同時だった。くたんとしたリッキーに、彼もイッたのだと知った……。

 リッキーの背中で荒い息を必死に収めた。僕の下の体の痙攣が止まらない。不安になって力無い体をそっと仰向けにした。濡れる髪をかきあげて、頬を優しく撫でる。

「リッキー、聞こえる?」

何の反応も無く震え続ける体。胸に抱いて優しく呼び続けた。波が小さくなり始め、やっと手が上に伸びてくる。その手をそっと握った。

「リッキー」

首の下に手を差し入れて頭を抱いた。呼吸はまだ静まってはいない。僕より一回り小さいその体がさらに小さく感じる。

「リッキー、大丈夫?   きつかった?」
「…大丈夫…」

すっかり声が枯れている。

「凄く気持ち良かった、リッキーの中」

ほっとくとそのまま眠りそうな笑顔。

「リッキー、ここを出ないと」
「もう少し」

胸に顔がぺたんとくっつく。ほぉっとため息が漏れた。

「死ぬかと思った」
「荒っぽかった?」
「違う、良すぎた」

腕がぎゅっと締め付けてきた。

「お前って最高… ホントに初めてか?」
「初めてだよ」
「すげぇ…慣れたら殺されそうだ」
「そんなに良かった?」
「俺、途中から覚えてねぇよ。こんなに感じたのは初めてだ」

胸に音を立ててキスをもらった。

「お前、誰とヤッてんのか分かるか? って聞いたろ? あれ…痺れた。嬉しかったよ」

そうか、良かった。ちゃんと覚えてくれている。

「シャワー、浴びようか。せっかくだから一緒にさ」
「起こしてくれよ。俺、疲れた」

だるそうな体を抱え上げた。

「ホントにリッキーの方が辛そうだ。抱かれる方が疲れるって言ってたよな」
「そうだよ」
笑う頬にキスをした。途端にまた唇が欲しくなる。少しかがんで強請ると口が開いた。優しいキスを時間をかけて2人で味わった。

「はぁ…だめだ、体が疼いちまう……」
「リッキー、おいでよ」


「洗ってやるから」
そう言われて素直に僕の前に立つから僕は悪戯をしたくなった。

「後ろを向いて」

無防備に見せる背中に栓を捻る。

「ひゃーっ!!!」
飛び上がって逃げようとする腕を掴んだ。
「ば、ばか!! やめ」

容赦なく降り注ぐ水に本気で怒りかける声を、抱き寄せて塞いだ。ホントだ、冷たい! でもね、僕は水を浴びるのが好きなんだ。後ろ向きにさせた震える体を背中から抱きしめて、僕は笑い転げた。

「バカだろ!  冷てぇ!」
「目が覚めたろ?」
「覚めすぎだ!」

 

 あんまり震えてるから湯温を上げた。リッキーの髪がシャワーで揺れる。湯が降り注ぐ中を壁に手をつかせて、ピタリと背中に胸を合わせた。そのまましばらく僕らは動かなかった。震えが止まって体がほんのり赤く染まっていく。シャワーの栓を絞った。僅かな湯がその胸を伝っていく。

「今度はちゃんと洗ってあげる」

窪みに手を滑らせた。ほんの少しだけ指を潜らせ、ただ湯で摩る。リッキーは足を開いて頭を肩に預けてきた。丁寧に丁寧に洗いながら、少しずつ前に手を伸ばす。太腿に緊張が走っていく。流れてくる湯でやわやわと揉みしだいた。もう片方の手で胸をなぶりながらもっと前に手を這わせていく。

「あ…ふぅ…ぅ……」
「すぐにイカせてあげるから」

緩く扱き始めた手をどんどん早める。その手がまるで自分を掴んでいるようで。僕の首にリッキーの熱い息が絶え間無くかかって、僕は充分それでイキそうだ……。

 結局シャワーを浴びながら2回もリッキーを抱いてしまった。さすがにこれ以上、シャワールームにいられない。動けないリッキーの身支度をしてやって、両手に抱えて外に出た。

 とっくに日が暮れて、辺りには誰もいない。こんなところも見られてるんだろうか。つきまとう影が僕にも見えそうな気がしてくる。

『盗聴されてる』

あの言葉が響いていた。それを聞いただけで目に見えない鎖を感じる。こんな生活をずっと送って来て、それをもう当たり前のように受け入れているのか……。

「近くに公園があるけど行く?  まだ部屋に帰りたくないだろ?」

返事の代わりに首に掴まる手が僕の髪を引っ張った。

「痛いよ、分かったから引っ張るなよ」

あんまり何度も引っ張るから僕は笑い出した。

「ほら、もう公園が見えてきたからさ。どうする?  カップルがきっとたくさんいるよ。このまま抱いてく?」
「歩けねぇ。フェルが悪いんだ、やめてくれって何度も言ったのに」
「腰はそう言ってなかったよ。すっごく擦りつけてきたくせに」
「俺の腰に口は無ぇ」

 

 これまでには無かったこんな会話。特別な関係が生まれたことは僕らに大きな変化をもたらしている。その減らず口は声が掠れていて、初めての行為がどんなに激しかったのかを物語っている。口づけようとするとプイっと横を向かれた。

「なんだ、拗ねてんの? じゃずっと抱っこしてようか?」
また髪を引っ張られた。完全に駄々っ子になっている。

「じゃ、もう降ろさないからな」

ずんずん歩き出す僕に今度はリッキーが慌てた。

「降ろせよ、降ろせってば!  この馬鹿力!!」
「いくら暴れたってだめだ。絶対に降ろしてやらない」

ジタバタするだけでがっしり腰と膝の裏を掴まれてるリッキーの口調が変わり始めた。

「なあ、悪かった、禿げない程度に引っ張ったんだ。そんなに怒るなって。痛くなんか無かったろ?」
「痛かった。今も痛い。きっと禿げる。責任取れ、禿げたら」

真面目な声で言ってるのに、今度はリッキーが笑い始めた。

「スケベって禿げるって言うぜ」
「ならリッキーも禿げる」


 公園の手前まで禿げ論争が続き、二人で笑いが止まらなくなってとうとう僕はリッキーを降ろした。その歩調に合わせてゆっくり歩いた。

「今までもこんなに辛かったのか? 抱くの、やめた方が良さそう?」

しんどそうに歩くリッキーが心配だった。

「今まで辛かったんだな、きっと。今日お前とやってそう思うよ。そんなに気持ち良かったわけじゃないってさ。みんな、俺を使って気持ち良くなるのに夢中だった。俺は単なる器に過ぎなかったんだ…お前は俺を大事にしてくれた。ちゃんと感じさせてくれた。お前とやるの、俺好きだ」

なんて開けっぴろげな会話。僕たちの明るい性生活。元々が性に解放的なリッキーに益々拍車がかかっていきそう。

「だからやめんなよ。さっきみたいなのはちょっとアレだけど」
「アレって?」
「……だから、ヤリ過ぎだってことだよ!」

その口調に思わず笑った。

「だってリッキーはイッたろ? だから僕もイキたくなってさ」
「お前、ずいぶん開けっぴろげだなぁ!」
「リッキーに言われたくない!」

 バカバカしいことを言い合いながら公園に入った僕は、最高に幸せだった。公園にはあまりカップルはいなくって、ベンチは空いていた。僕はまだだるそうなリッキーを横にならせて頭を膝に乗せた。


しばらく無言だったリッキーが口を開いた。

「俺、ホントにお前やお前の母さん、ジェフ、ビリー……みんなのことが心配なんだ…」
「間違いないのか、盗聴されてるってこと」

「うん。アメリカに入った時に言われた。
入る高校も決まってた。住むアパートも用意されてた。
大学は決まってたんだ、あそこって。寮な、俺申し込んでないんだよ。
入学手続きした時に呼ばれてさ、この部屋が俺の部屋だって案内された。
全部用意されてたよ、部屋ん中。ああ、盗聴器付けたんだなって思った。
だからお前が相部屋になった時、すごく驚いた」

何年もの間、リッキーからは人格なんて剥奪されていたんだ。

今まで僕はまだ何もされていない。
だからすぐどうこうということは無いだろう。

家族のこと。自分のこと。
真面目に考えていかなきゃならない。


翌々日。僕らはシェリーと待ち合わせて図書館に向かった。

僕らだって勉強はするんだ、学生だから。
何も四六時中セックス三昧ってわけじゃない。ま、夕べはリッキーが気を失うほどやったけど。

1年だからまだ先のことを考えるのは遠いような気がする。
けれどリッキーとの関係を持ったことで、責任感も生まれてくるんだから不思議なものだ。

リッキーも僕と行動するようになってずいぶん変わった。
付き合わされてアウトドア派になりつつある。


「あんたたち、何だか変わったわね、特にリッキー」
「そう?  俺はあんまり感じねぇけどな」
「落ち着いたわよ、前みたいに軽いだけが取り柄の碌でなしじゃなくなったわ」
「手厳しいな」


そう、相変わらずシェリーは辛辣だ。でも辛いものには中毒性がある。

リッキーも最近じゃすっかりシェリーに馴染んでる。
こんな女の子も初めてなんだろう。

「なるほどね!!」
「なんだよ、また変なこと言う気だろ」
「あら、フェル。私、気づいただけよ。二人、寝たわね?」

一瞬言葉に詰まったのが良くなかった。
シェリーの目がキラキラし始めて、ヤバい! と思ったけど遅かった。

「ね! どうだった? やっぱり凄かった? 教えてよ、リッキー」
「シェリー、大声で言うなよ」
「私はリッキーに聞いてるの!」

「…凄かった」
「リッキー!」
「わ! 私も抱かれてみようかな」
「シェリー!」

僕は二人の名前を叫びっぱなしだ。

腕にしがみついてきたシェリーに、本気でリッキーが焼きもちを焼き始めた。

「俺のだ! 触るな!」
「本気にするなよ」
「あら、私本気よ。今からしない?」

完全にリッキーで遊んでる。
真剣にシェリーに食ってかかるリッキーが面白くて堪らないらしい。
ワイワイ絡み合いながら角を曲がった時、いきなりリッキーめがけてバットが振り降ろされた。

反射的に僕はリッキーを背中に庇った。
頭に激痛が走って目が回る……

垂れてきた血が右目に入って視界が暗くなっていく。

口のそばまで流れてきて舐めると鉄の味がした。
頭から全てが飛んだ。

「リッキー! 抑えて!!」

シェリーの声が聞こえて腕に誰かがしがみついた。

周りには何人かいたけど本能がこいつだ! と叫んでいる。
怯えの走った青ざめた顔。
迷わずそいつに向き直った。

「リッキー! フェルを止めて!」

しがみつく邪魔くさいヤツを突き飛ばす。

「フェル!!」

ガシッと後ろから掴まれて目もくれずに後ろに肘を入れた。
呻く声がしたけどそんなことはどうでもいい。

こいつはリッキーを狙った。

頭がくらりとするまま物も言わずにそいつの喉を掴んだ。
呻くことすら出来ずにそいつの膝が床につく。

躊躇うこと無くその顔に拳を振り下ろす。

もう一度振り上げた腕が宙で止まった。

「フェル、やめろっ!!」

リッキーの声に似ている。
振り返ると僕の右腕に誰かが両手でしがみついていた。

「やめるんだ、フェル。な、それより傷を手当しなきゃ」

戦闘モードの僕の耳にちゃんと言葉が伝わってこない。
そいつを振りほどいて突き飛ばした。

左手は離れず、グイグイ喉を締め上げていく。

なんだってどうだっていい、こいつはリッキーを狙った。


頬っぺたが引っ叩かれた。

「いい加減にしなさい! また学校追い出されたいの!? この人、死んじゃうわよ!」

引っ叩かれて、僕は初めて見たかのように自分の手の先を見た。
何が起きたのかよく分からない……

青い顔をして白目を向き始めてるこいつは誰だ?

後ろからガッチリと体が掴まれた
頭の中が揺れる
ふわふわと捉えどころの無い現実が遠い

「放すんだ、フェル! シェリー、フェルの指を解け!」
「私じゃ無理よ!」
「じゃもいっぺん引っ叩け!!」

また頬が鳴る……

「シェリー?」
「その手を先に放して! 早く!」

手を放すと手に掴んでいた男が床に落ちた
シェリーがそばに飛んでいってそいつの肩を揺らしている


だんだん周りがぼんやりし始め暗くなっていく

「フェルっ!!」

愛しい声が聞こえる

倒れていく僕を誰かが抱きとめてくれたけど
そのまま暗闇の中に沈んでいった……


「………だったの。それからフェルは人が変わってしまったのよ」

シェリーの声がする。

「その子は薬中になっちまったのか……」

「フェルのものを横取りするのはアルの趣味よ。そして簡単に捨てる。
好きになったわけじゃなかった。フェルは彼女のために身を引いたのに。
彼女はアルに夢中になっちゃったから」

「それで?」

「殺し合うんじゃないかと思った、アルとの喧嘩。
周りのみんなが止めなかったらきっとどっちかが死んでた。
ビリー以外、家族はそのことを知らないわ。
もう恋愛は出来ないって…
あなたに何かあれば今日みたいなことじゃ済まない。
だから気をつけて。アルにも気をつけて。フェルをお願い」


反響する声に何か言おうと口を開けたけど、僕はもう一度暗闇に落ちていった。
冷たいものが顔を拭うのを感じて僕は目を開けた。

「良かった! リッキー、目を開けたわよ!」

慌てて目を閉じる。天井が回ってる。

「フェル! おい、聞こえるか!?」
どうやら首を振ることは諦めた方が良さそうだ。
「ああ きこえてる」

それだけ言うのがやっとだった。

「救急車呼ぼうかって言ってたんだ」
手を上げて振った。
「分かってる、イヤなのよね? いつだって無茶して。大学に入ってから落ち着いたのかと思ってたのに」

「わるい、またやった?」
「派手にね。ま、向うが悪いんだから大ごとにはならないわよ。周りも巻き込まれるのがイヤでみんな消えちゃったし」

「フェル、無茶すんなよ……俺なら大丈夫だから」
「ばか おまえになんかあってたまるか」


頭がそっと持ち上げられて口に丸っこいものが入れられた。
「飲め、痛み止めだ」
グラスが口にあてがわれた。冷たい水が美味い。

「目はホウ酸で洗っておいたから。お礼は今度ランチ奢って。じゃ、私帰る。リッキー、後を頼んだわ。落ち着いたら病院に連れてった方がいいわよ」

バタンと音がして静かになった。
手がそっと握られた。

「あいつ、ノラに金もらったんだって言ってたよ。今ロジャーが俺たちに手を出すと殺されるぞって触れ回ってる。ノラももうこんなことしないはずだ」

握られた手に唇が触れるのを感じた。

「ごめん。俺のせいで」
「あいて、どうなった?」
「2、3日は喋るのが大変だと思うよ。それよりフェル、動けるか? 病院に行こう」
「ひつよう、ないよ」

「譲らねぇからな。あんなに出血してたんだ、行かなくちゃダメだ。多分脳震盪も起こしてる。支度だけしとくから動けるようになったら行こう」

いかない と言おうとした口を柔らかいものが包んだ。

「俺のために行ってくれ、フェル」

観念した僕は OK と短く答えた。

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