Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ] 4- R

  1日目

 


Cuanto tiempo ,Ricard・Martinez!
(久しぶりだな、リカルド・マルティネス!)

 いきなり後ろからかけられた言葉。そして忘れられない声。なぜ? なぜ、この声が聞こえるんだ?
 恐怖が頭を駆け巡り、そして本能的に言葉が浮かんだ、『反応しちゃいけない』。後の言葉が勝った。俺の手は止まらずにロープを掴んで肩に担いだ。アメリカに来てからいつも気をつけてきたことだ、スペイン語に反応しちゃいけない。

 でも心の中じゃ叫んでいた。

  (フェル!!!)

Che! Espera un minuto!
  (おい! 待てよ!)

 そのまま歩き出そうとして肩を掴まれた。

「何だよ、俺か? 英語喋れよ」
「そりゃないだろ、リッキー。一緒に英語もアレも勉強した仲じゃないか。忘れたとは言わさないぜ」

忘れるわけがない、俺を初めて感じさせた男、オルヴェラ。

「お前俺の肩に爪食い込ませて悦んでたじゃないか。あの時、初めてホントにイったんだよな」

 

  ーーああ フェル

「何のことだ、誰かと間違えてんじゃねぇのか?」
「ずいぶん英語、上達したもんだ。てっきり死んだと思ってたからお前を見かけた時には驚いたぜ。一緒にいた背の高いヤツは今のお前の相手だろ? フェリックス・ハワードってヤツ。久しぶりに寝ようぜ、お前の肌が恋しかった」

 掴んでいた手が首を這い上がってくる。そのまま髪に滑り込んでくる。動けない俺……

「髪、どうしたんだよ。変装ってやつか? だからって誤魔化せないぜ、お前のその体の動きは」

息を近くに感じる…… フェルの顔が浮かんだ。手を払い除けた。

「何の真似だ、俺はお前なんか知らねぇ」
「おいおい、昔の男を袖にするのか?」

さっきまでの陽気な声じゃない。

「俺はお前を守ってやったよな。リンチに遭ってたお前を助けたのはこの俺だ。そんな俺から逃げようとして恩を仇で返しやがって。あん時にお前は膝まづいて誓っただろう、二度と逃げませんって」

 お前が一番リンチしたんだ。金を取って俺を仲間たちと輪姦(まわ)した。

「リッキー。何も昔をほじくり返そうってんじゃないんだ、前みたいに楽しもうって言ってんだよ。フェリックスってヤツと結婚したんだろ? あいつさ」

いやな笑い方をする。碌でもねぇことを企んでいる顔。

「家、金持ちだよな。俺、国から逃げて来たからほとんど金無くてさ」

 こいつ……フェルにたかる気だ…… フェルのこと、一体どこまで調べたんだ? このバイトにまで潜り込んできたのか…… いっぺんに心が縮こまった。

「ちっとでいいんだよ、あいつんちにははした金さ」

一歩下がったところをガシッと両腕を掴まれて振り返った。誰だ? コイツ。

「お前、本当にしら切るつもりか? お前のせいで国を逃げて来たんだぜ。お前の親父、片っ端から消しやがって、ペレスもマティアスも死んだよ。で、お前はここに逃げて死んだ振りか?  舐めんなよ!」

掴んでる手に力が入った。

「そいつ、誰か分かるか? ペレスの弟のディエゴさ。お前にはかなり恨みを持ってる。何するか分かんないぜ。な、あん時みたいに仲良くやろーぜ。俺が国から出た慰謝料はお前でいい。毎週金曜日、俺んとこに来い。そいつには50万ドル渡せ。明後日お前が俺んとこ来る時に持って来い」

 もう、だんまりは効かない。

「オルヴェラ、俺が簡単に言うこと聞くと思うか?」
「やっとまともに口利いてくれたな、リッキー。ああ、思ってるさ」

オルヴェラがすぐ目の前に立った。上着のボタンが弾け飛び、シャツの中に手が滑り込んでくる。

「お前さ、こういうシチュエーションに弱かったじゃないか、後ろから抑えられて前から可愛がられるのが。ついでだからダンナを呼ぼうか、ホントのお前を見せてやる」

 口が近づいてきたから、こっちから頭を伸ばした。一瞬笑った顔が悲鳴を上げた。俺は出した頭を引いて反動でコイツの鼻にぶち当たったんだ。

「コイツ、ぶっ殺してやる!」

 こいつはすぐカッとなって後先なくなる。腰にぶら下げてる道具入れの袋からデカいカッターを引き抜いた。俺は後ろのディエゴにも頭突きをして手が緩んだ隙に体を振りほどいた。オルヴェラがナイフを突き出して顔を狙ってくる。思わず俺は顔の前に手を広げた。

(熱っ!)

痛いんじゃなくて熱かった。でも構ってらんなかった、次が来る。次々と来る。

「やめろ!!」

 胸を狙って来たからその手を掴もうとした。腰に衝撃が走った。そこを見ようとして体を左に捩った時に今度は右腕に鋭い痛みが走る。

 

ナイフを引き抜いたオルヴェラが舌打ちをしてナイフを投げ捨てた

「刃が折れやがった! そっちを寄越せ! とどめ差してやる!!」

  立ってられないほど体中が痛い
  背中からジーンズが濡れる
  体が揺れる

「誰か来るぞ!」

  もう一人が叫ぶのが聞こえた
  刺された右腕を掴まれた
  指が立ちギリギリと食い込んでくる

「いいか、俺の名前を出したら大使館に逃げ込んでやるからな。お前の親父は喜んでダンナたちを根絶やしにするだろうぜ、俺たちを消そうとしたようにな! アイツと心中だ、覚えとけ! 」

 

首からチェーンが引き千切られるのを感じた

「そ…それ……かえ……」

  手を伸ばした

  オルヴェラの手からきらきら光って揺れて

  地面に叩きつけられて腕を踏まれた
  気が遠くなる痛み

「これは預かる! 気がついたら金用意しとけ、連絡するからな。俺たちのこと話すな、忘れんなよ、アイツもアイツんちも滅茶滅茶にしてやるからな!!」

 

  腕の感覚が消えて体が冷えていくのを感じた

 

   ふぇる ふぇる ふぇる

 

  あたまのなかに それだけがうかんだ

  ふぇるのこえがする

  いわなくちゃ なんでもないって いわなくちゃ ちゃんといわなくちゃ

「おれ、ころん…、どじ、ふん…わるいふぇ…」

  ああ ちゃんと いわなくちゃ しんぱいす……

「リッキー、どこが痛い?」

  あ まだいた、どこって? いたいとこ?

「て…せな…」

 

  そうだ、しんぱいする かえんないと ゆうめし つくんないと

  ――俺たちのこと話すな、忘れんなよ、アイツもアイツんちも滅茶滅茶にしてやるからな!!

  だめだだめだだめだ 

  フェル、きをつけろ、フェル…………

  とおくからきこえる  ちかくからきこえる

「リッキー! リッキー!」

 

  へんじ したい  てを てを ふぇる、てを……

  2日目

 


 見えたのは白い天井

 眩しい 白い天井 眩しい

 目を閉じて 目を開けて 目を閉じて 目を開けて

 白い天井


  「Fel……」


 頭ん中のたったひとつの言葉

「ああ、僕ならここにいるよ」

 

 声が   Fel の声だ

 声の方を向く    Fel がいる 

 よく見えない なんか ぼやける  目を閉じて 目を開けて 目を閉じて

 

   Yo ?Que paso?

 

 あれ?  英語、どうしたっけ? 

 ちがう おれ、どうなってんのかって聞こうとした。

 

 だんだんはっきりフェルが見えてきた。

 

「フェル、俺……」

「おはよう、寝坊助。もちろん見てたのは僕の夢だよな?」

 

夢?  俺、なんか夢見た?  なんでここに寝てんだ?

 

「俺、どうしたんだ?」

「覚えてないか?」

上を見た。何があったっけ…なんか大事なことがあった、フェルに言わないと……なんだっけ……

 

   指輪

 

光ってたチェーンが頭ん中でゆらゆら揺れて全部思い出した。オルヴェラ。言っちゃいけない。フェルが危ない。

 

「俺、転んだんだ、現場で」

「そうか。でもリッキー。警察には多分その話は通らないよ」

警察?  え?  なんで?  どうしよう  警察?  どうしよう……

「いいよ、僕は聞かない。何か思い出したら言えばいい。警察には正直に覚えてないと言えばいいんだ。事故の直後だから記憶が混乱するのは当たり前だからな。分かるか? お前がうっかり落としたナイフなら僕が持っている。別に構わないよな?」

それでいい? 覚えてないって…… ホントにそれでいい? フェルも聞かない? フェルに知られたら大変なことになる。ホントにそれでいい?

 

ナイフ…………

 

フェル、どこまで分かってる? 知ってる? 

ああ、どうしよう  どうしたらいい? おれ、おれ……

 

あれ、でも、おれがおとした? それでいい?

 

「ゆっくり良くなれ。急がなくていい」

あの笑顔だ、全部任せろって、あの笑顔だ、心配するなって……

「あり……」

あったかいもんが頬っぺたを流れていく。

フェルがそっとキスをくれた。

「何も言わなくていい。お前はただ良くなればいいんだ」

フェルが微笑んだ。

  3日目


「覚えてない? これだけ刺されて死にかけたのに相手を覚えてない?」

「はい…… なんかぼんやりしてて思い出せなくて……」

「上着、ボタン無かったな。どっかの男と浮気でもしたか? 生憎フェリックスにはアリバイがある。ってことはお前、アイツに内緒でなんかやってたんだろ? その挙句刺されたか?」

俺はフェルを見た。フェルが目を細めてほんのわずか、首を横に振った。

「ホントに思い出せなくて……すみません、急に腰が熱くなって後ろ見てる間に腕が熱くなったような……」

「その時に後ろのヤツの顔くらい見ただろう!! 同じ現場の仲間だから庇ってるのか? 誰と仲良くなったんだ!」
「ちょっと、相手はまだ目が覚めたばかりですよ。面会謝絶になってるくらいなんだから」

 

 若い刑事が庇ってくれた。いい人かもしんない。フェルを見た。また首を横に振る。そうか、信じるなってことだ。何も言うな。

 

「あの……水を……」

目を閉じた。ホントに息が上がる。ちょっと喋っただけなのに。

「すみません、出てってください。まだ話せるような状態じゃないんです!」

 

 リズだ。助かった、もう喋りたくない。フェル、水欲しい。ちょっとリズと揉めてるみたいだけど聞きたくない、うるさい。

 

 冷たいものが口にくっついたから口を開けた。

  コクっ コクっ コクっ

「ああ」

冷たい、気持ちがいい。

「美味しかった? もう少し飲む? 奥さま」

 

ふっと可笑しくなる、いつもこう聞くんだから。俺は黙ってまた口を開けた。

「はいはい、奥さま」

また水が入って来る。手を伸ばすと怒られるから我慢する。抱きしめられたい、抱きしめたい。

 

  ――ああ 考えるのが疲れてめんどくさくて……

 

 

 目を開けた、あのまま眠ったんだ。……フェルは?

 

「あら、目が覚めた? 探してるのはフェル?」

 

 ジーナ母さんだ。母さんが来た時、一生懸命喋ったから熱が上がったって言われて、だからあんまり喋らない。それでいいって、母さんも言ってくれた。

 

「ごめんね、今ちょっと寮に戻ってるの。今夜はここに泊まるから着替えとか持って来るんですって。だから待っててくれる?」

 嬉しい、一緒に寝れる。今夜は一緒だ、やった。頷いてまた目を閉じた。濡れたタオルが顔を撫でた。

「無理はだめだからね。今は誰にでも何でもやってもらうの。気にしちゃだめよ。私、当分こっちにいるから。家の方はグランマが張り切ってるから大丈夫なのよ」

顔を拭いてもらって気持ち良かったから、大きく息を吸って吐いた。

「まず熱を下げなきゃね。そしたらもっと体が楽になる。大丈夫、ちゃんと良くなるわ」

俺はまた眠った。

 

 起きたらフェルの声がした。

「起きたか、寝坊助。寝る子は育つって、僕よりデカくなるなよ」

ニヤッと笑うとフェルが頬っぺたにキスしてくれた。

「なんだよ、今の笑いイヤな感じだ。お前、本気で僕より大きくなる気か?」

俺のニヤニヤが止まらなくなった。

「そのくらいにしとくんだ。それ以上笑うと腰が痛くなるぞ」

フェルはあの時の入院の経験で色んなアドバイスをくれる。小さく頷くとまたキスしにそばに来た。

 

「フェル、何してんだ? 何かやってるだろ」
「何を?」
「起きた時、何回かいない、何やってる?」
「僕だっていろいろやんなきゃならないことがあるんだ。ごめんな、ずっといられなくて。でもこうやって出来るだけそばにいてやるからな」

 

「フェルいなくて眠れるなんて、初めてだ」

額に唇が来た。しばらくそのままにしてくれた。フェルの息を感じる。

「こんなに熱があるんだから眠っちゃうの当り前だよ。今はその方がいい。きっと起きる度に治っていくから」

 

「俺、単位取れなかったら困る……一緒に卒業できない、俺一人で大学に残んのヤだ」

今度は唇にキスがきた。

「もう黙ってろ、また熱が上がる。大丈夫だよ、一緒に卒業できるさ。もしリッキーが落第したら一緒に残ってやるよ。大事な奥さまだからな」

 

 小さく笑った。ホントだ、腰が痛い。

「ほらぁ! だから言ったろ? 腹、減らないか? 一応ゼリーとかもらってあるよ。食べられたら食べた方がいいって。どうする?」

 

腹、減ってない。

「いらない」
「そうか……」

がっかりした声に聞こえる。ちょっと考えた。食べてもいいかも。

「食べる。食べるよ、フェル」
「大丈夫か?」
「早く良くなるんだ」

髪を撫でられた。

「食べるのはいいことだ。今持って来るからな。でも急がなくていいんだよ。良くなるのはゆっくりでいいんだ」


 思ったよりゼリーは美味しかった。冷たいし。ピーチ味でほんのり匂いを感じる。

「よく食べたな、甘いの食べたから喉渇くだろ? なんか飲む?」

 そしてまた水をもらった。フェルが甘やかしてくれる。それがくすぐったいほど気持ちがいい。ずっとこのままがいいな。俺、たっぷり幸せだ。いくら我が儘言ってもいいんだ。

 

 夜中に目が覚めた。当たり前か、あんなに寝てんだから。簡易ベッドのフェルを見た。窮屈そうに寝てる、ベッドが小さいからだ。

  ――隣に寝たらいいのに 
  ――隣に寝て欲しいのに

 

 こんなに心配かけてんのに我がままな俺が言う。ホントはそんなこと思ってる場合じゃない。

 オルヴェラ。ディエゴ。大人しくしてるわけがねぇ。ディエゴはよく知らねぇけど迷わず俺を刺したんだ、危険なヤツに決まってる。そしてオルヴェラはすぐキレるヤツ。コケにされんのを絶対に許さねぇ。連絡するって言ったんだからきっとしてくる。

 ここにはジーナ母さん、シェリー、ビリーがいる。来ないでくれって言った方がいいんだろうか。でもそしたら理由を聞かれる。俺はいいんだ、でもみんなが報復に巻き込まれんのは耐えらんねぇ…… あいつのことを口に出すわけにはいかねぇんだ。

 も一回フェルを見る。

 

 お前には知られたくねぇ、昔の俺も、事件のホントのことも。手を広げてみた。フェルは何も聞かない。指輪。取り返さなくちゃ。何とか取り返さなくっちゃ。オルヴェラに会うしかねぇんだろうか……

  4日目


 起きたらビリーがいた。いつも母さんと一緒なのに今日は一人だ。

「ビリー、退屈だろ」

雑誌を眺めてたビリーが飛び上がった。

「お おはよ、リッキー、ああ! 驚いた! 起きてると思わなかったんだよ」
「今目が覚めたんだ。お前一人か?」
「うん、母さんは今ホテルに帰ってる」

疲れただろうな、ジーナ母さん。ずっと面倒見てくれて。

 

「お前、学校は?」
「俺? 何も問題無いけど?」

そうだった、ビリーは頭いいんだ。あん時のフェルの顔、思い出すとすっごくマヌケで可笑しかった。

 

「いっ!!」
「リッキー! リズ、呼んでくる!!」
「ちが……ビリー、大丈夫……笑っちまったんだ、うっかり」
「ホントか? 我慢してないか? 手術してまだ4日目なんだから無理すんなよ」
「ああ、もう大丈夫。悪いな、心配かけて。笑っちゃいけないってフェルに言われてたのに」

 

そうだ、フェルは? またいない。

「ビリー、なんかフェルの様子おかしくねぇか?」
「え? そう? 俺、何も感じないけどなぁ」

 

 心配だ、フェルどうしたんだろう…… 俺のそばから何度も離れる。フェルはこんなことしない。俺のことでなんか動いてんじゃねぇだろうな? フェルを問い詰めたいけど怖くって…… それじゃだめだ と思う。俺だってフェルを守りたい。けど今動けない。どうしたらいい?


「ハイ! リッキー、少しは元気になった?」

シェリーだ!

「シェリー! 聞きたい! フェル、どうしたんだ? なんでしょっちゅういなくなるんだ?」

シェリーが吹き出した。

「なんだよ!」
「良かった、少し元気になったじゃない! フェルのこと文句垂れるくらいにはね」
「も 文句じゃない、心配してんだ!」
「はいはい、あんたのフェルは迷子になんかならないから。そうか、あんたに言ってないのね? 私から聞いたって言わない?」

俺は頷いた。どうしても聞きたい。

 

「前にバイトしてたでしょ? あのカフェで短時間だけど働いてるわよ。あんたが心配するから言わなかったんだろうけど、言わない方が余計心配するわよね。これで安心した?」

そうか……バイト……給料が入らないから? 俺のあの金、使っちまっていいのに。

「いい? 私から聞いたって言わないでよ。安心したんだからもう大丈夫ね?」
「うん、ほっとした」
「まさか、あんたまた浮気とか心配した?」

思ってもみなかった、そんなこと。

「俺、もうそういうの心配すんのやめたんだ」
「あら! すごい進歩!」
「俺、愛されてっから。だからもうそういうの気にしなくっていいんだ」
「あっそ! 別にのろけ話聞きに来たわけじゃないから」

拗ねた顔。シェリーの顔はいつも七変化するから面白い。最高に面白いのが今見てるふくれっ面だ。

 

「熱はどうなの?」
「結構下がった、だいぶ物も食えるようになったし」
「そっか、でも油断しちゃだめよ。例えば誰もいない時に立ち上がろうとかしちゃ絶対にダメ」
「いくらなんでもそれはしねぇよ。まだ立てねぇし」

にっこりと笑って、フェルの笑顔と重なった。こういう時便利だ、双子って。

 

「シェリー、いてくれんの? 俺、ちょっと出て来ていい?」
「あ、行けよ、ビリー。少しは羽根伸ばして来いよ」
「ごめん、ちょっとだけな。また来るから」

ガチャッ! と勢いよく開けたドアを いけねっ! って静かに閉めてビリーが出て行った。

 

「あの子も少しは成長したわねぇ」
「シェリー、聞きたいんだけど」
「なに?」
「その……警察とか現場とか、どうなってんのかな……俺、みんなに迷惑かけちまって。ゲイリーとかも困ってんじゃねぇかって……」
「おばかさん!」

そばに座っていきなり俺の口にスプーンを突っ込んで来た。

「美味しいでしょ! 高いの買ってきてあげたんだからね、残したら怒るわよ。バニラアイスって栄養価高いんだから食べなさい」

冷たくて美味い! でもなんか話はぐらかされたような……

 

「シェリー」
「警察は外部に情報漏らしたりしないの。私たちも新聞に出てるくらいしか様子分かんないんだから」
「新聞!?」

新聞は困る! 

「お、俺、もう元気だ、退院する!」

 こんなとこいらんない、元気だって、たいしたことねぇんだって、だから記事にするようなことじゃねぇんだって……

「何、泡食ってんの! 新聞ってったっね!」

起き上がろうとする俺の体ベッドに押しつけて立って行った。バッグを開けてる。

「ほら、安心しなさい」

 手のひらの1/4っくらいの小さな記事。写真さえない。

『建設現場で痴情の縺れか? ゲイ夫婦の片割れ刺される』

あとはなんかつまんねぇこと書いてある。大雑把な住所っくらい。俺はシェリーの顔を見上げた。

「これだけ?」
「そうよ、これだけ。だから私たちにはなんにも分かんないの。その記事だってあんたが目覚ました日のもんよ。それっきり新聞には何にも載ってない」

小さい手が頭を撫でてくれた。

「リッキー。何も心配要らないからね。そういうのがあったら隠さないから。安心して寝てていいの。ゆっくり良くなって」

 

フェルとおんなじ言葉……

 

「また泣いてる、あんたってほんっとに女の子みたいだわ」

 シェリーが笑ったから俺も霞んだ目で笑った。良かった、心配することねぇんだ。フェルとおんなじで優しくってあったかくって、そしていつも俺を分かってくれる。こんなに思ってくれてんのに……

「シェリー」
「なに?」
「ここに来んの、やめねぇか?」
「どうして?」
「だって犯人捕まってねぇし、もしここに来たら……」
「リッキー、何かあるんなら聞いてあげるからね。フェルにでもいい、一人で背負いこんじゃダメよ。みんなあんたのこと、大事にしてるんだからね」

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