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Fel & Rikcy 第6部

9.助けてくれ……

 期末テストが終わった! フェルと争った成績、なんと俺が勝った!!

「ウソみてぇだ、俺の方が順位が上だ!」
「だから言ったろ? お前の底力は凄いんだって」
「でも……おかしくねぇか? だってお前凄い勉強してた。俺、端っから諦めてたのに」
「でも結果はお前21位じゃないか、凄いよ。負けたぁ!! ちょっと寝る、疲れた」

なんか変だ、フェル。だってフェルの成績は43位。そんな訳ねぇのに。


 さっさと部屋に帰ったフェルを見送って俺は飲み物を買いに行った。確かもう水が無かった。この頃えらく喉が渇くらしくって、あっという間に水が足りなくなる。

「帰った、フェル!」

 ガチャガチャ冷蔵庫にしまって、返事がねぇからベッドを覗いた。いねぇ……どこ行ったんだ? この頃のフェルを思い浮かべる。少し痩せたよな。トレーニングの成果だって言ってたけど。食事の量が減ってきたなって思ったのはいつだっけ……


 コンコン

ノックってことはフェルじゃねぇ。開けるとエディが立っていた。
「やぁ、入れよ」
「ちょっとお邪魔するよ」
俺はすぐにあったかいコーヒーを淹れた。
「ありがとう。フェルさ、具合でも悪くした?」
「え? なんで? あんまり変わんねぇと思うんだけど」
「そう? ならいいんだけど……」
「なんだよ、気になるよ。教えて、エディ」
「さっきフェルが走ってるのを見かけたんだよ。立ち止まって肩で息しててさ、すごく苦しそうだったんだ」

不安でいっぱいになる。俺、なんか見落としてる?

「リッキー、まだ僕たちの知らない何かがあるんだね?」
「エディ……」
「あんなに話し合っても言えないほどのこと?」
俺は言葉に詰まって……
「考えて。二人で行き詰まらないで。少なくとも僕には言ってほしい」
「……ありがとう、またなんか気がついたら教えてくれよ」
「分かったよ。話してくれるのを僕は待ってる。今の、シェリーにはまだ言ってないから。彼女フェルのことになるとすごく神経質になるからね」


 エディが帰ってから30分以上経つ。なのにフェルが帰ってこねぇ…… その時ドアが開いた。
「帰ったよー」
「フェル! 心配したんだ、だって寝るって言ってたし」
「そう思ったんだけどさ、晴れてるからちょっとだけ走ろうと思って。公園一周してきたよ」
「そうか? ホントに? ひどく疲れて見える、座れよ」
「いや、シャワー浴びてくる。悪い、汗だくでさ」
「じゃ、体洗ってやる」
「いいって!! ……ごめん。一人でやれるから」

 フェルは俺から目を逸らした。なんか焦ってる? 脱いだシャツを拾った。汗、びっしょりだ……もう11月だっていうのに。洗濯のかごに入れて、食事の用意を始めた。

「リッキー、水……」
「買ってきたよ、冷蔵庫にある」
「サンキュー」
「な、夕飯、お前の好きなトマトの」
「ごめん、ちょっと食べたくないんだ。少し休む」

 寝室に行ったフェルを慌てて追っかけた。横になってるフェルの額を触る……熱なんて無ぇ……
「熱、無いよ。疲れただけ。悪いな、寝る」
「フェル、医者行こうよ。お前最近変だよ」
「大丈夫だから。寝れば落ち着くから……」

 その後全然起きてこなくて、俺は2時間経ったとこで見に行った。触るとまた、汗ぐっしょり。息が辛そうで……
(なんかおかしい! 変な病気!?)

いや、俺は……避けてるんだ、逃げてる、真実から。だめだ、そんなことねぇ、認めたくねぇ……違う!!!!
汗を拭くとパッと目が開いた。

「フェル? 起きたか?」
「あぁあ……リッキー……」
「どうした? 俺、ここにいるよ」
「リッキー リッキー ……」
「お前、震えてる…何があった? どうしたのか言えよ。俺に隠し事なんかすんなよ」

突然しがみついてきたフェルに驚いた。体が震えてる……

「リッキー……限界だ……僕は…………」
「言えって! 何が限界なんだよっ!」

俺は怖くなっていた。

(まさか、嘘だ、ああ、神さま!! もうフェルを苦しめないで!)

そうだ、本当は心当たりがある、フェルのこういうの。

「お前……違ってたらごめん。俺のこと、殴っていいから。お前、ヤク欲しいんじゃねぇのか?」
俺の声はか細くて震えている。フェルの体がビクンと跳ねた……そうだったのか……
「いつから? お前急にイライラするようになったよな、あの辺?」
俺にしがみついたまま頷いた。
「どうしていいか……走って少し良くなったんだ、だから走り続けて……最初もそうだったから。お前を助けようとトレーニングしてたらいつの間にかコカインのこと忘れた。だから……」
「だめなのか? ミッチんとこ、行くか?」
「いや、もうミッチはだめだ」
「どうして! きっと助けてくれる」
「そういうんじゃないんだよ……」

 なんとかしなきゃ……なんとかしなきゃ!! フェルは時限爆弾抱えてるんだって言われた。こいつがそうなんだ。こうやってフェルを苦しめるんだ……その元を作ったのは……俺なんだ……

「どうしたらいい? どうしてほしい?」
「戦うしか……ないの、分かってる……苦しい、リッキー、頭の中であれが暴れるんだ……」
「ちょっと待ってて!」

俺はスープをまず注いだ。隠してた睡眠薬をいくつも砕いて水に混ぜた。スープの後なら違和感なんて持たねぇはずだ。

「これだけでいい、飲め」
「でも」
「いいから飲め。無理してでも飲まなきゃだめだ。体が弱けりゃ戦えねぇ」

フェルは時々むせそうになりながら頑張って飲んだ。すぐに水を渡してそれも飲ませた。

「水はいいって言ってたろ? だから必死に飲んでたんだな。な、ヤク欲しくなったきっかけはなんだ?」
「分からないんだ……ずいぶん考えたんだよ、だって落ち着いたはずだったし順調だった。いきなりだ、いきなり欲しくなったんだ……」

 ヤクは怖い……ミッチとショーンが言ってたのがやっと分かってきた……

 『次は助からない』

そう、ショーンは言った。
 

 フェルが欠伸をし始めた。
「寝ろよ、眠れんなら。俺、ここにいる。お前のそばにいるから」
フェルを抱きしめた。胸に抱え込んだ。フェルの震える手が俺を掴む。しばらくそうやってて、フェルの体から力が抜け始めた。
「ごめんな。でも今は眠っててくれよ」

 ミッチに電話した。

『どうした、お嬢ちゃん。俺に掛けてくるってことはフェルだな? 禁断症状が出たか?』
「なんでも分かるんだな、ミッチは」
『そうじゃなかったら掛けてなんかこないだろう? 俺たちは友達じゃない』
「どうしたらいいのか教えて」
『我慢させるんだな』
「他には? ミッチんとこ連れてっちゃだめ?」
『意味無いな。やることは同じだ。それはどこでも出来るし、あいつも分かっているはずだ。何よりフェルはここに来たくないはずだ』
「二人は……仲いいじゃねぇか……」
『リッキー、俺とフェルはそういうんじゃない。お前たちの言う仲良しごっこの関係とは違う』

フェルと同じことを言う……
「そんなのよく分かんねぇよ!」
『フェルは分かってる。俺に出来ることは一つだけだ。もし抜け出せなくてヤクを手に入れようとし始めたら俺から買わせろ。粗悪品にだけは手を出させるな』

電話は切れた……


 どうしたらいいんだ……どうしたら…… 俺自分では滅多にやらないこと。調べ物を始めた。ネットで治療法を探す。どれも書いてあんのはほとんど同じだ。カウンセラーに連れてけ。療養施設に入れろ。一人で考えるな。一人じゃ抜け出せない。周りの助けが必要だ。家族だけで助けんのは……無理だ……

 そして、ショーンが言ったこと。一度再発してヤクに手を付けたら……終わり。

 


 何度も携帯を取って、何度もテーブルに置いた。
(カウンセラーに連れてく? でも大学辞める羽目になるかもしんねぇ……施設もおんなじだ)

 

 じゃ、出来ること。周りの助け。俺はまた考え込む前にもう携帯の番号を押していた。

「なに?」
「エディ、すぐ来て」

それだけ言って携帯を切った。それ以上電話では話せなかった。両手をテーブルにつく、ぽたりぽたりとテーブルが濡れていく……

 15分くらいでエディは来た。ドアを開いて飛びついた。
「エディ!!」
こうやって抱かれんのイヤなはずのエディがぎゅっと抱きしめてくれた。

「落ち着けよ、リッキー。ちゃんと聞くから。話す気になったんだね?

頷く背中を優しく叩いてくれた。俺に座れって言って、エディがコーヒーを淹れてくれる。
「勝手知ったるってヤツだ」
そう笑った。

「口を挟まないから。まず話して」

「銃撃戦が……あったって言ったろ? フェルは足と肩を打たれて相手の麻薬組織に連れてかれちまった。そこで拷問を受けたんだ……でもフェルは頑として相手の要求を呑まなかった…………だから……」
「だから?」
俺は目を閉じた。
「コカインを打たれた」

エディがカップをガチャン! と置いたのが聞こえた……

「助け出した時にはもう遅かったんだ。キツいやつを4回打たれてた。ミッチは死ななかったのが不思議なくらいだったって…… フェルは撃たれた痛みをコカインで忘れられたんだ、だからあっという間に中毒になっちまって…… その後、撃たれた足が化膿して命を落としかけた。やっと傷が癒え始めてミッチが一度はヤクを抜いてくれたんだ。それで帰ってこれた。でもまた……この先もフェルは爆弾背負ってるみたいなもんだって言われた。今度こそ爆発しちまうかもしんねぇ……」

エディは喋らなかった。

「俺もフェルも本当にもう大丈夫だって思ってたんだ……一生じゃないにしろ、今は大丈夫だって……帰ってきてからフェルは元気だったし……俺も出来ればもうそこに触れたくなかった、卑怯だったんだ、俺は。でもそうじゃなかった、あいつ……一人で苦しんでたんだ……俺に黙って抜こうって………」

 

 しばらく沈黙が続いた。目を閉じている間にエディの話し声が聞こえたから慌てて目を開けた。

「タイラー、リッキーんとこへ来てくれ、すぐに。急ぐんだ」

「エディ!! 頼む、今はまだ」
「リッキー、僕一人じゃどうにもならない。下手をするとフェルを一生失う。なんでタイラーを呼んだかっていうとね。タイラーの叔父さんがコカインのせいで亡くなったからだ。タイラーは僕らの中じゃ一番こういうことに詳しい」
「タイラーの叔父さん……死んだの?」
「そうだよ、リッキー」
エディの声が優しい……
「助けたい、フェルを。きっとタイラーも同じ気持ちになる。シェリーにも他の連中にも言わない、必要無ければ。今は僕ら三人でやって行こう」

 俺は何度も頷いた。止まんねぇ泣き声をタオルで押し殺した。フェルを寝かせておきたい……

 

 


「俺だ」
小さなノックの後、タイラーが入ってきた。
「どうした? なんかあったのか?」
「リッキー、もう一度話すの無理だろ? 僕が話してもいい?」

俺は頷いた。タイラーの顔が青ざめていく…… エディの話が終わったとたん俺は凄い力で肩を掴まれた。
「ばか!! なぜ俺たちに言わなかった!!」
「…言え…言えるわけねぇよ、そんなこと言えるわけねぇっ!」

どすん! とタイラーは座り込んだ。顔を両手で覆った。

「命にかかわるんだよ、リッキー……」

重かった、その言葉が。

「今は? 今どうしてるんだ、フェルは」
「睡眠薬で眠らせた」
「今の兆候は?」
「飯、食わなくなり始めた。必死に体動かして水飲んでる。でもあんだけ勉強してんのに俺より成績下がった。さっき眠る前に……もう限界だって言ってた……」

顔を上げたタイラーには表情が無くって、俺は怖くなった。

「フェルを外に出すな。寝室からもバスルーム以外は行かせちゃだめだ。叔父は自殺したんだ」
「え!?」
「そうだよ、禁断症状からひどい鬱病になって死にたくなるんだ、止められない。だから部屋から出しちゃいけない。コカインからも普通にやってちゃ抜けるなんて不可能だ。外と遮断しなきゃ」

ミッチのとこでも地下から出さなかった。
「俺と交代で見張ろう。講義があるから留守になるだろ? 誰もいないのはまずい」
「でも俺とタイラーだけじゃ無理だ」
「僕もいるよ。でもそれでも人は足りない」

二人が俺を見た。そんなこと……そんなこと、出来ねぇ!

「みんなに話すなんて無理だ! エディとタイラーくらいなもんだ、こんなの受け入れてくれるなんて!」
「リッキー、もう手段を選べないところまで来ている。俺は叔父を見てきたから分かる。金が入ればどんなことをしてでもコカインを手に入れる。そしてそのためなら何だってやる」
「フェルはそんなこと、しねぇ!」
「みんなそう思うんだよ。本人でさえそう思う、自分は強いはずだ、乗り切れるってね。そのうち負けるんだ。『一回だけ。一回だけでいいから。後は止めるから』そして、終わる」

  ――そして、終わる

「フェルがああなったのは……俺のせいなんだ……俺がフェルを壊した……」
「リッキー、もう泣いてるヒマもないんだ。お前にフェルが限界だと言ったんなら、それはもう本当に限界だ。フェルはお前に弱音なんか吐かないんだからな」

その通りだ……どんなに苦しくても俺にはそんなこと悟らせねぇ……フェルは自分で片を付ける。

「決断しろ、リッキー。俺たちだけじゃ手が回らない。ぐずぐずしてると間に合わなくなる」

 俺は……とうとう承諾した。
(フェル、許せ……他にどうしようもねぇんだ……)

 

 

 他の場所は論外だからみんな俺んとこに集まった。フェルから目を離せねぇ。エディがまた話してくれた。俺には意気地が無くて何回も話すのは無理だったから。

 みんながショックを受けた。ロジャーは口も利けなくなっちまったし、ロイは無表情だ。レイは座り込んで唇を噛んだままポタポタ涙を落としてる。エディが断固とした口調で話す。

「今回は協力出来るかすっぱりこの件を忘れるか決めてほしい。協力するとなると大変なのは確かだ。夜は当然リッキーがつくだろうけど、日中は僕たちになる。覚悟が要る、期限も無い」

「どんな対応が必要になる?」

ロイの質問にはタイラーが答えた。

「要求は飲食とトイレ、シャワー以外は原則無視だ。追い詰められると何でも言う。これ以上酷い状態になる前に治まることを期待するしか無い」
「ってことは、叫んで暴れる?」
「可能性はあるよ、レイ」
「どうすんだよ、ここで」
「どこか……隔絶された場所があれば……」
「無理だ、エディ。寮に居れば不可能だよ。縛って猿轡でもするしかないんだ」

言ってるタイラーの方が辛そうだ。確かにここじゃ…ミッチの地下でもそうだった……
 

 ロジャーがぽつっと聞いた。

「八方塞がりってこと?」
「どうしたらいいか分かんねぇ……ニールとアマンダに知られるわけにもいかねぇんだ……」
「もちろんだよ、分かってる。今はこの状況でやっていくしかない。みんな、どうする? 決めてくれないと話が進まない」

「俺はフェルをただの友人だと思ってないんだ。考えるなんて論外」

涙の流れる跡も拭かずにきっぱり言ってくれた。こう見えても人情味厚いんだ、レイは。

「いいのか? 結構きついぞ、レイ」
「俺はタフだ。それが売りだからな」

「僕は情報を集める、いろいろ。実は学内でもヤクの取引きはこっそりやってるんだ。ある程度その動きを掴んでおくよ。これから先もフェルの周りに変なのを近づけないように」
「頼むよ、ロジャー。俺は便利屋だから必要なものを揃える。どこかいい場所がないかそれも探してみる」
「じゃ、誰も抜けねぇってこと?」

 俺、自分が泣き虫なの知ってる。確かにすぐ泣くけど……ミッチにも泣くなっていわれたけど……でもやっぱ、泣けてしょうがねぇんだ……

「リッキー、僕らはチームだよ、良くも悪くも。けどね、それって常に君ら二人が中心にいるんだ。僕らの結束が固くなったのは君らのお陰だよ。だから僕らを当てにしてほしい。抱え込むな、なんでも言ってくれ」
「うん……エディ、ありがとう」

シェリーにはよほどのことがない限り言うのはやめようってことになった。
「さすがにシェリーにこれは言えない」

そうだ、エディが決めることだと思う。それは俺たちが口を出すことじゃねぇ。

「リッキー……」

ドアを叩く音がして、みんなが寝室を見た。

「リッキー、開けてくれ……」
「フェル、我慢しろ。これから食事作るから。出来上がったら持ってってやる」
「要らない……それより走ってくる……」

苦しそうな声だ…俺はエディを見たけど首を横に振られた。

「行くなら……俺、一緒に行く。それならいいよ」
「……分かった、それでいいよ」

「リッキー、僕は反対だ」
「走らせるだけだ。少しは気が紛れるかもしんねぇし。きっとまだ本格的にヤバイんじゃねぇよ、大丈夫だよ……」

自信があって言ってんじゃねぇ、ただ、まだ大丈夫だよな? って思いたかった。

「じゃ……」
エディがみんなを見回した。
「レイ、君が一緒に走ってやってくれ。リッキーは食事を作る。たまたま僕らは押しかけてきた。フェルが走りたいって言ったら、レイが自分も走るって言ってくれ」
「分かった。そういうのは任せておけ」
「おかしくなったら引きずってでも連れ戻してくれ」
「分かった」


 ドアを開けるとフェルが俺の肩に掴まった。
「ごめん、ちょっと肩貸して」
「お前、こんなんで走るのか?」
「ちょっとは楽になるよ。いつもそうだから。今は無理してでもそうしないと……」

フェルの体が固まった。

「やあ、フェル。お邪魔してる」
「エディ? え、リッキー、なんで……」
「シェリーを送った帰りなんだよ。タイラーと待ち合わせしてたらこの連中が合流したいなんて言うから、いっそのことフェルのところで騒ごうってことになって」
「……悪い、今日は帰ってくれないか」

タイラーがじっとフェルを見てる。

「フェル、具合悪いなら寝てなよ。僕たちリッキーとワイワイやってるから」
「ロジャー、いいから帰ってくれ」
「フェル……」
「帰れって! 分かんないのか、言ってんのが! 帰れっ!!」

俺は……呆気に取られちまって……

「フェル、座れ」
「いい加減にしろよ、タイラー。今僕には……」
「余裕が無いんだろ? どうしたいんだ? 俺たちが帰ったら何する気なんだ?」
「何するって……走りに……行くだけだ」
「どう見ても走れるようには見えない。行くなら俺も一緒に走るよ」
「いいって、一人で走れるから……やめろっ!」

レイの出そうとする手を乱暴に撥ね退けた。だめだ、もうフェルは…… あの時、ドアを塞いだショーンに掴みかかった時と同じ……

「フェル……もう……いいよ、フェル。みんな知ってんだ。俺が話した。許してくれなんて言わねぇ。俺はフェルが立ち直ってくれりゃなんだっていい、なんだっ」

頬がいきなり焼けるような熱さに…… こんな風に引っ叩かれたのは……初めてだ……

「バカヤローッ!!!」

タイラーがぶん殴ってフェルが吹っ飛んだ。

「やめて、タイラー、俺が悪い、フェルに何も言わずに電話しちまったんだ、俺が悪い……」
「フェル、見て分からないか? リッキーがどんな思いで俺たちに話したか……本当に分からないのか!?」

呆然とした顔だ、フェルは。自分の手をじっと見て俺を見上げた。

「ぼくは……今、お前を叩いたのか? 僕が?」

『そんなこた、どうだっていいんだ』 そう言いたかった。でもあの地下室でのことを思い出した。そうだ、俺を怒鳴っちゃ謝って、そしてまた怒鳴る……

「フェル……お前、このまんまじゃダメになっちまう……お前がどう言おうが、俺の事どう思おうがもういい。今度こそ終わりにしちまおう。そのためなら何だってやる。お前の言うこと……もう、俺は聞かねぇ」

 俺は腹を決めた。フェルを思うならフェルの言うことを聞いちゃいけねぇんだ。それはいい結果を出さねぇ、逆だ、フェルを終わりにしちまうんだ……

 俺はみんなに頭下げた。

「みんな、頼む。助けて……くれ、俺だけじゃどうにもなんねぇ……情けねぇけど助けてくれ……」


「フェル。俺、リッキーが好きだった。けどお前たちとの友情を取った。お前ならリッキーを幸せにできるって信じてるからだ。裏切らないでくれ、頼むから」
「ロイ……僕は……リッキーを不幸になんかしない。どんなことがあってもそれは……しない、みんなに、リッキー、お前に誓う」

フェルが俺に手を伸ばす……俺はしがみついた、その手に。
「ごめん、また僕は繰り返しそうだ…… しばらく寝室に籠る。お前にまた厄介をかける。ごめんな、でも、頑張るから」

その間もフェルの震えは伝わってくる。青い顔が、唇が震えている……
「こんなになるまで我慢すんなよ……言ってくれよ。俺に隠さないで……」
「分かった、隠さない。食事、本当に、無理なんだ……」
「分かってる。スープだけは飲んで。それは約束して」

フェルはキスをくれて壁によりかかるようにして立ち上がった。途中からレイが肩を貸した。
「寝室でいいか?」
「その前に、トイレだけ」
「OK」

その後はレイに掴まりながら寝室に入った。エディが鍵を掛けた。

「鍵は当番が持つ。リッキーは夜だけだ。シャワーはリッキー以外に誰かがいる時に入ってもらう。後はタイラーの経験と僕が調べることで対応していこう。いいか、医者は無しだ。フェルの一生が閉ざされるから」


 それでも2日くらいはもった。フェルは意外と大人しくて、上手くいくんじゃねぇか、あっさり過ぎてくれるんじゃねぇか そんなことを思った。
 タイラーだけがピリピリすんのは心配し過ぎなんじゃねぇかって。


 3日目の朝。食事作ってるとこにレイが来たから一緒に食おうぜって話になった。
「調子良さそうならフェルもここで食べたらどうかな」
チラッと言ってみるとレイが頷いてくれたからすぐに寝室に行った。ここんとこ俺はソファを寝室のそばに置いて寝てる。そうしねぇと夜の様子が分かんねぇし、何より俺が眠れねぇ。眠るったってちょっとでも物音がすればすぐに飛び起きるんだけど。

「フェル、どうだ? シャワー浴びて着替えようぜ。レイが一緒に朝飯食おうかって」

フェルは喋るのも食うのも減ってる。レイがいればもっと食べてくれるかもしんねぇと思ったんだ。

「フェル、返事しろよ」

何も聞こえない……

「レイ! レイ、なんか変だ!!」

すぐに吹っ飛んできてくれて、そん時にはレイの「待て!」っていう言葉も聞かずに俺はもうカギを開けていた。開けた途端に体が壁に吹っ飛ばされた。

「わる……りっき、もう無理だ、コ、カインが、要る……」
その時にはレイがフェルを殴り倒していた。
「ひどくしないで!」
「リッキー、タイラーに電話しろっ!」

レイがフェルを押さえ込んで背中に乗った。携帯を持つ手がカタカタと震えてる……
「タイラー、すぐ来て、お願い……」
『行く、待ってろ!』

暴れるフェルをしっかりと押さえつけてレイが怒鳴った。

「タオル、持ってこい!」
渡すとタオルを口に噛ませて後ろできっちり縛った。あのままじゃフェルはきっと怒鳴り出してた。
「レイ、どうしよう、後なにしたらいい?」
「焦るな、タイラーが来るのを待つんだ」

 

 20分もしないうちにノックと同時にタイラーが入ってきた。そん時にはフェルは疲れたらしくってだいぶ静かになっていた。

「口は塞いだんだな、いい判断だ」
そう言って両足を持ってきたロープで縛った。もう一本のロープで後ろ手に縛る。がんじがらめになっちまったフェル………

「レイ、しばらくは俺かお前だ。力づくになるからな」
「分かった。良かったよ、俺が来てる時で。リッキー1人じゃどうにもならなかったよ、きっと」
「フェル、しばらくは我慢してくれ。前にも体験してるんだろ? 今のきついのを越えればきっと楽になる。俺たちが力になる、負けるな!」


 その時携帯が鳴った。名前が出ない……

「はい」
「リッキーだな」
「その声……ショーン? ショーン!!」
「中に入れなくてさ、立ち往生してるんだよ。入れてくんないか? 結構大学って厳しいんだな」
「うん! 行く!」

「誰?」
「最初にフェルのヤクを抜いてくれた人。フェルのダチ。ミッチの相棒だ」
「え、ギャング?」
「いいやつなんだ、レイ。そんなにギャングっぽくないよ。フェル、ショーンが来たからな、待ってろ、今連れてくるから」

フェルがひどく抵抗し始めたけど俺には有難かった。

 急いでゲートんとこに迎えに行った。ゲートで証明書見せてショーンにサインさせる

『ロニー・ダートン』

「ロニーって?」
「さあな。フェルはどうだ?」
「今日は暴れて……助けに来てくれたのか?」
「いや、通りがかっただけだ」
「通りがかり……俺、嬉しいよ……」
「泣くなっ! 全くお前はよく泣く」

俺の車の後をショーンが付いてきた。

 

 部屋の中に案内すると「やれやれ」ってショーンがフェルの脇に膝をついた。

「お前、またリッキーを泣かすのか? 次は無いって言ったの忘れたのか?」
言いながらロープを解いていくから俺たちは泡食った。
「フェルを自由にするつもりか!?」
「お前ら、なんだ? フェルのダチってやつか?」
「こっちはタイラー、こっちはレイ」
「よろしくな、俺はショーンだ。さて、フェル。欲しいのはこれか?」
タオルを解いた途端にショーンの指先を見てフェルが息を呑んだ……

「ショーン! なんだよ、それっ!!」
「なんだって……知ってるだろ、リッキーは。スノーだよ。今フェルがお前より欲しいもんだ」
「やめてくれ、俺たちはフェルに立ち直ってほしいんだ!」

タイラーが掴みかかったけどあっという間に突き飛ばされて、そばにある椅子ごと倒れ込んだ。ショーンをやれるのはフェルしかいねぇ。

「な、フェル。要るんならいくらでも用意してやるよ。その代わり他所では買うな。俺が持ってくんのはミッチんとこで扱ってるもんだ。粗悪品じゃない。安くもしてやる。足りなきゃ電話しろ、すぐ届けてやるから。さ、使え」

コカインと注射器が30本くらい入った小さな箱…… フェルは黙ったまま動かなかった。

「どうした、欲しかったんだろ? これでお前の人生はバラ色ってわけだ。震えてるじゃねぇか、素直になれよ。それとも一発目は俺が打ってやろうか?」
「やめて! やめて……ショーン、お願いだ、ショーン、やめて……」

今度は俺が突き飛ばされた。

「商売の邪魔すんじゃねぇっ!! これはフェルとの取引だ。その代わり、フェル。安くする分役に立ってもらう。なに、難しいこっちゃねぇ。たまに指定する場所にヤクを届けてくれればいいだけだ」
「あんた、フェルを売人にする気か!」

テーブルに掴まって必死に立とうとしてる。
「あ? あんた、タイラーって言ったか? 算数っくらい出来るだろ? 世の中ギブ&テイクだ」
「冗談じゃない、フェルにそんなことさせられるかっ!!」

今度はレイが殴り倒された。すごい力だ、レイが起き上がってこれねぇ。

「なんだ、ここには弱いナイトしかいないのか? フェル、お前を助けられるのは誰もいないようだな。スノーをやれば強くなった気になれるぞ」

 突き飛ばされたけど俺はもう一度ショーンに飛び掛かった。また壁に叩きつけられる……それでもまた…… ほっぺたに血が垂れてくるけど何度もショーンの腕に掴まって軽く跳ね飛ばされた。

「ああ! 鬱陶しいな! お前は関係無いんだよ、リッキー。こうなればもうフェルを楽にすることだけ考えろ」
それでもまた飛び掛かかろうとするのを簡単に足の下に押さえられた。
「仕方ない、片腕で済ませてやる。リッキー、歯を食いしばれ」

メリッと骨がきしんだ、左手の。

「ショーン、やめてくれ、リッキーに手を出すな……」
「やっと喋ったか。ほら、スノーだ」

「フェルっ!!!!」
俺たちは同時に叫んだ、フェルがコカインをショーンから受け取った。
「ショーン……ありがとう、来てくれて……」
「いいさ、ダチだからな」
「フェル、止めるんだ、今手を出しちゃもう戻れなくなるぞ!」
「タイラーの言う通りだよ、フェル……頼む、やんないで、フェル……」

真っ白な震える顔でフェルが俺を見た。

「ごめんな、辛い思いばかりさせる……」

そばに置かれた注射器の箱に手を伸ばした。見たく……無ぇよ、フェル……そんなのお前じゃねぇよ……

「ショーン、これ……持って帰ってくれ……そしてもう来るな。ありがとう、これからは、一人でやっていく……もうあんたたちの助けは要らない。……ミッチに……よろしく伝えてくれ……でも会うのはこれで最後だ」

 本当はその手に掴んだものを使いたいんだ。見て分かる、フェルの手はブルブル震えて今にも注射器を取り出しそうで。

「いいのか?」
「いい。帰って……僕はまだ、終わりたく、ない……」

やっと俺の手が離された。ショーンがフェルの手から注射器とヤクを取り上げた。

「フェル、フェル……」
「ごめ……また迷惑かける……いいよ、タイラー、僕を……縛ってくれ」

「じゃ、置き土産だ。タイラーだったな、こう縛るんだ。こいつには普通の縛り方じゃダメだ。覚えとけ」
「ショーン、あんたいい人なんだな……」
「はっ!? 間違えるな。ギャングにもヤクの売人にもいい人なんざいねぇ。さて、商売に失敗したからミッチにどやされるな」

 ついでだからってショーンはフェルを抱え上げて寝室のベッドの上に放り投げた。
「ま、後は好きにやってくれ」


 俺は外に出たショーンについてった。もう分かっていた、ミッチがショーンを寄こした。ショーンは端っからフェルにコカインを渡す気なんか無かったんだ。

「また……繰り返すのかな……」
「さあな。こればっかりは誰にも分からないんだよ。だがリッキー、あいつにはガッツがある。何度でも自分と戦うだろうさ。あんたがいるからな。それでも負ける日が来たら俺に連絡しろ。分かったな?」
「なるべくなら世話になりたくねぇよ」
ショーンはニッと笑った。
「頑張れよ、リッキー」

 フェルが言ってた、お互いに相いれない世界にいるって。その通りだな、フェル。今はその意味が分かるよ。会わなくて済むならその方がいい。そんなダチもいるんだな。


 中に入るとタイラーもレイもへたり込んでいた。
「あんなにあっさり殴り倒されるなんて……」
レイはかなりショックだったみたいだ。
「プロってああいうもんなんだな」
タイラーがポツリと言った。

「ありがとう、お前たちがいてくんなかったら、俺がなんかしてたかもしんねぇ……」

もういい、そう言われても俺は何度も頭を下げた。ホントに……なんかしたかもしれねぇんだから。

 その日は何度も苦しそうに呻くのを抱き締めていた。冷えたタオルで顔を拭いたり、時々タオルを解いて水をたっぷり飲ませる。水分をすごく摂るからトイレに行くのが近い。だから何度も連れて行った。そんな時に、震えたりするけど意地でも体が動き回ろうとするのを抑えつけてるのが伝わる。

 

 あれから2日が経った。少しずつスープの量が減り始める。腹が減るからじゃねぇ、戦うためだ。何度か吐いちゃ、またスープを要求してくる。

「フェル、溜め込むなよ、これじゃ疲れちまうよ」

首を横に振る。フェルの顔が笑ったような気がした。俺はタオルを取っ払った。

「ばか、まだ外すな」

か細い声に縋りついた。だってもう叫んだりしねぇんだから。

「お前一人なのか?」
「ううん、向こうでタイラーがソファで寝てる」
「そうか……またみんなに迷惑かけるなぁ」
「フェル、落ち着いたのか? そう見えるけど」
「いや、まだ用心したい。……お前を……叩くなんて……」
「いいんだ、それ。忘れてくれよ」

閉じた目にそっと唇をつけた。

「頼む、自分を責めないで。そういうもんだって……」
「違うよ、リッキー。あっちゃいけないことだった……誰がやったとしても僕はやっちゃいけなかった。あんなこと、やれるはずがなかったんだ、僕には……」

不意に不安になる……抜けかかる時。抜けた直後。鬱になる、自分を責めて自分を傷つける。

「俺、愛してんだ、お前を。だからいいんだ。それにお前すぐ気づいてくれた、良くないことしたって。嬉しかった、ああ、俺のフェルだって。こんな時でさえ俺を一番に考えてくれたって。だからもういいんだ」

キスをすると激しくない動きが返ってきた。ちょっとでも俺に優しくしようとするキスだ。

「ごめん、トイレに……タイラーを起こしてくれ」

俺は首を振った。
「もうお前を縛らない。大丈夫だ、お前。俺のことすごく気遣ってくれてる。もう大丈夫だよ、フェル」
「僕は……自信無いよ」
「大丈夫だって! お前、また忘れてるだろ? 来週のこと」
「来週?」
「今日、何があるのか知ってるか?」
「知らない、無理だよ、何も考えられなかったんだから」
「今日、10月28日だよ。まだ分かんねぇか?」

記念日に疎いフェル。それでも何かを感じてくれた。少しずつ目が見開いていく。

「……11月2日!」
「そうだよ。頼むよ、俺、誕生日、こんなんで迎えたくない……ロープ、解いていいだろ?」
「ごめん……僕はまた繰り返すところだったね」
「思い出してくれた。俺、嬉しい。だからお前を自由にしたい。俺を……幸せにしてくれるって言ったろ?」

やっとフェルがうんと言ってくれた。
「お前のために頑張る。食事もくれ。食べるから」
「うん!」
「でもその前に頼むよ」
「なに?」
「トイレ。行かせてくれないか?」
「あ! ごめん!」

ロープを解いた。フェルはまだ体しゃんとしているようには見えない。けど笑顔をくれた。
「トイレに連れてってくれ」
「俺の肩に掴まれよ」
用を足して出てきたところにタイラーが起きた。

「フェル! 大丈夫か?」
「大丈夫みたいだ……山は越えたような気がする」
「そうか」
「タイラー。教えてくれよ。僕はどれくらいこんなことを繰り返すんだろう」
「フェル、自分との戦いだよ。これっきりってこともある。続けてってこともある。言えるのはどれだけ戦う力があるかってことなんだ。俺の叔父にはその勇気もガッツも無かった」
「分かった。ありがとう。僕は戦い続けるよ、リッキーのためにも」
「苦しくなったら俺に連絡くれ、いいな? 一人でなんとかできると思うな」

 

 フェルはしっかりとタイラーに頷いてくれた。どれだけ苦しむことになるんだろう。きっかけを作ったのは俺なんだ、それにフェルがいなきゃ生きてなんかいけねぇ。だからフェルのそばから絶対離れねぇんだ。

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