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J (ジェイ)の物語」

第一部
.生まれた思い

「今夜は新入りの歓迎会だ。みんな、分かってるな?」

 あちこちで親指が立った。ここは団結力が強く、いい部署だ。
「ジェロームは俺と先にここを出る。みんなは適当に上がって会場に向かってくれ」


「どこに行くんですか?」
「いいから」
 行先を先に言ったら行かないと言うに決まっている。タクシーに乗せて場所を言うと後は黙った。

「ここ……」
 さっさと入っていく河野の後を慌てて追った。
「いらっしゃいませ。お久しぶりでございます、蓮司様」
「今日は彼を頼みたくてね。若々しい感じで頼むよ」
「かしこまりました」

 初老の男性がじっとジェイを見る。
「彼には色は何でも映えますね! いや、背筋がいい。骨格もいい」
「そんなに褒めるのを初めて聞いたよ。俺にもそんな風に言ってくれたこと無い」
「蓮司様はちょっと骨ばり過ぎてますからね。その背丈ならもう少し肉を付けられた方がいい」
「太れなんていうのは牧野さんくらいだよと」

『牧野』と呼ばれた男性は穏やかに笑った。
「ではこちらに彼をお預かりしましょう」
「1時間で頼む」
「相変わらず無茶なお人だ」
 笑うところを見れば、そう無茶ではないのだろう。
「俺は試着室を使わせてもらうよ。着替えなきゃならないから」

 何が何だか分からない内にジェイは奥に連れて行かれて2人がかりで体中のサイズを測られた。もう一人が感嘆して言う。

「理想的な体型ですね! これは服も喜びますよ」

 50分近く経って奥から出て来たジェイを見て息が止まった。
「ちょっと大胆な色遣いにしてみましたよ。せっかくですからね。私も楽しませていただきました」

 明るいグレーのスーツに薄い青のシャツ。タイはシャツより少し濃い青。スーツのパンツは細身だ。牧野の手には袋があった。

「そのスーツに合うシャツを2枚とタイを3本入れておきました。しばらくは困らないでしょう。近い内にお寄りください。蓮司様の脱がれた物も一緒にお預かりしておきます」
「ありがとう。また来るよ、彼を連れて」
 最後の一言は自然について出た。

「これ、どういうことですか?」
「前にも言っただろう? ちゃんとしたスーツを持っていないとこれから先困るんだ、こっちとしても。今のプロジェクトももう先が見えている。先方によってはパーティーが開かれる。心配するな、経費で落とすから。別に俺の懐が痛むわけじゃない」
 そう聞いてやっと安心した。そうか、業務の一環か。河野課長を見てみる。大人っぽい黒が基調のストライプスーツ。グレーにネイビーのストライプが入ったタイ。

(カッコいい……)
素直にそう思って、勝手に赤くなって照れた。

「どうした?」
「いえ! 何でもないです」
「おかしなヤツだな」
 そのまま会場になっているホテルまでタクシーを飛ばした。

 

 パーティーは盛会となった。いつもとまるで違うジェロームの雰囲気にみんなの態度が少し変わった気がする。最初にワインを飲ませたのが良かったんだろうか。嫌がる彼に無理やり3口ほど飲ませておいた。

 河野は気になっていた。精力的に仕事に向かい合うジェロームに、普通ならもっと積極的に新入りに近づくメンバーたちが距離を置いているように見えていた。

 ジェロームは池沢のチームに入れている。顧客の発注の打診を営業から受けた時に、注文内容だけではなく顧客そのものを分析しプロジェクトの方向性を決めていく部隊だ。分析を誤ると納品の段階でそこまでかけて来たコストを全て棄てることになる。そばに来た池沢に尋ねた。

「彼はどうだ?」
「ジェロームですか? 殻が固くてね。人当たりはいいんですが本物じゃないってことくらいみんなに伝わってますよ。彼が心を開かなくちゃこっちも反応しづらくって。どうも一人でいる方が好きみたいですね」

 今は最新の受注品に取り組んでいて、その顧客はひどく『デリケートな』、いわゆる気難しい客だ。力を合わせないと厳しい条件の発注に対応して行けない。チームワークを重んじる河野にとって、ジェロームをみんなに受け入れさせるチャンスは今しか無い。

 ひょいと見ると、さっきまでわいわい騒ぐ中心にいたはずのジェロームの姿が見えない。見回してやっと端の方でワインの入ったグラスを舐めるようにちびちび飲んでいる姿を見つけた。

「楽しいか?」
「はい、思ったより」
(なんて返事するんだ、こいつは)
「お前が主役なんだぞ、お前のための歓迎会だからな」
「はぁ……」
「なんだ、つまんないのか?」
「いえ、そうじゃなくて」
「ならなんだ」
「今、仕事中ですから」
「仕事?」

(何を言ってるんだろう)
呆れた顔をしている河野に、逆にジェロームが あれ? という顔をした。
「明日課長にレポート提出しないと」
「レポート?」

 言って、しまった! と思った。自分が言ったことだ。
『チームの連中を観察しろ。後で報告書にして出してくれ』
あれは歓迎会にNOと言ったジェロームを引っ張り出すために言っただけだ。

「あの指示は撤回だ。ここからは楽しめ。せっかくなんだからみんなと仲良くなるんだ」
「必要なんですか?」
「何がだ」
「仲良くなるって仕事に必要な事ですか?」
「そうだ。たとえ必要じゃなくたって仲良くなるのはいいことだろう」
「そう思う人同士で仲良くやってればいいと思いますけど」
「ジェローム、それじゃ仕事は上手く行かない。その場限りの笑顔だとか言葉なんかで渡り歩けるもんじゃないんだぞ」
「ここ、転勤多いって聞きました。長い海外出張とか。仲良くなったってどうせすぐいなくなるんだ」
「ジェローム……」
「失うことが分かってる仲間意識とか友情とかより、もっとビジネスライクにいった方が気持ちが楽です」

 

 いつの間にか河野とジェロームの周りにチームが集まり始めていた。池沢が難しい顔をしている。

「ジェローム、それじゃ俺たちはやっていけない」
「池沢チーフ、今日は彼の歓迎会だし」
 同じチームの堂本千枝だ。
「千枝も言ってただろ? 何考えてるか分からなくってやりにくいって」
「そうなんだ、やっぱりね。それで仲良くって言われても」

「何が『やっぱり』なんだ!」
 これは結構気の早い宇野哲平。ムードメーカーで気のいい哲平が人を受け入れないことなど滅多にない。しかし、酒が入っているのとジェロームの分厚い壁が自分を排斥しているように感じていたことが重なり不満が噴出した。
「いっつも人を見下すような顔して! 母ちゃんはお前に笑うってことを教えなかったのか?」

 次の瞬間、突き飛ばされた宇野は床に引っ繰り返っていた。

「俺、帰ります」
 その腕を河野が掴んだ。
「謝れ、哲平とみんなに。みんなお前のために集まったんだ」
「は? ここでも苛めですか。構わないですよ、いるなと言われれば他の会社探します」
「そんなこと誰も言ってないだろう! お前だって分かってるはずだ、一人は辛いって」
「別に。慣れてますから」

 抱き起こされた哲平が掴みかかろうとするのを河野は止めた。

「哲平、お前も悪い」
「なんでですか!」
「ジェロームのことを知りもしないであれこれ言っただろう。それでどんなに相手が傷つくかも知らないで」
「傷つく? こいつがですか?」
「彼に家族はいない。みんな亡くなったんだ」
 シン、と静まり返った。ジェロームは斜めに顔を向けている。

 河野はオフィスメンバー全員を見回して大きな声を出した。

「いい機会だ。ちゃんと彼を紹介しよう。入社した時にはおざなりの説明だったしな。彼の学歴だけ先行してこの歪が出来たんだと俺は思っている。彼はほとんど奨学金で大学を卒業した。卒業の前にたった一人の家族、お母さんを亡くした。入社した時の彼はいわば世界の中で独りぼっちみたいなものだったんだ。な、想像してみてくれ。この中にも一人暮らしは多いだろうが、掛けようと思えばみんな電話で話せる家族や友人くらいいるだろう? ジェロームにはその相手がいない。だから俺はここのみんなを仲間としてこいつに受け入れてほしいと思っているんだ」

 ぽたんと落ちたのはジェロームの涙だった。気づいて頬を拭う。

「俺は別に……仲間として受け入れるなんて……」

「いいと思うけど。いろんな感性の人間を認め合うのがここの気風だったはずでしょ? なんでジェロームだけ認めてやらないんだよ。時間かかるヤツだっているじゃん」
「花……」

 普段あまり自分を晒さない宗田花が珍しく真剣に言った。

「俺、花なんて名前のせいでえらくひねくれて育ったけど、ここにいてとても楽ですよ。なんでジェロームにだけこういう空気になんの? よく分からないんだけど」
「それは彼が自分から俺たちを拒んでるからだ。お前の場合とは違うんだよ。お前は受け入れられると分って溶け込んでくれただろう? コイツにはそれが無い」
 池沢の言葉は重かった。

 哲平から出た言葉はさっきまでとは一変していた。

「ジェローム、悪かった。俺がこんな空気にしたと思ってる。お前のこと、良く思ってなくてあれこれ言ったのも俺だし。居心地悪くさせてたよな。許してくんないかな」

 差し出された哲平の手をどうしていいか分からず、ジェロームは河野の顔を見た。

「お前が決めろ。本当に居たくないならこのまま帰れ。止めないから」

 河野の言葉に周りのみんなの顔を見た。

「お前が俺たちを受け入れてくれなきゃどうしようもないんだよ。俺はお前みたいに頭キレるやつ、初めてだ。だからすごく仕事しやすくって助かってる。でも俺たちはそれ以上にお前の信頼が欲しいんだ」
「俺には……そういうの、難しいけど……」

「ごちゃごちゃ言うの終わりにしない? 白けちゃうし。ジェローム、難しいの分かってるわよ。でもあんた河野課長が引っ張って来たじゃない? 課長が連れてきたんだから私は大丈夫だって思ってる。みんな違うの? 彼が簡単に溶け込めるタイプじゃないのは分ったでしょ。あれこれ今分かったんだしもう充分だと思う。あんた、私の名前言える?」
 ジェイは首を横に振った。

「ね? こういうヤツ。誰の名前覚えなくても私のはすぐ覚えるはずなのよ。それがこれだもの。人間に興味持つのが下手だってことよ。ちなみにね、私の名前は三途川ありさ。いい? 『さんずのかわ』じゃないの、みとがわ。間違えないでね」

 迷いに迷った顔でジェロームは差し出しっ放しの哲平の手を握った。
「俺、こんなだけど、……いいですか?」
「いいよ! 本当にごめんな、帰んないでくれて嬉しいよ!」

 元々が人のいい哲平は自分の言動を悔いていた。その哲平の手をジェロームが握ったことでようやく空気が和み始めた。

 真ん中に引っ張って行かれるジェロームが振り返る。河野が頷くのを見て安心したような顔で注がれる酒を飲み始めた。

 開発チームには池沢チームだけじゃない、他に野瀬チーム、田中チームがある。19名の組織。どうなることかと固唾を飲んでいた他のメンバーがジェロームを囲み始めた。恐る恐る会話に混ざるジェロームを眺めていた肩を叩かれた。

「課長、せめて俺くらいには裏の事情っていうのを教えといてくださいよ。そうすれば緩衝材になれるんだから」

「悪かったな、池沢。実は俺も今日知ったんだよ、あいつの事情っていうのを。もっと早く調べるべきだった。家族が健在な俺にはよく分からない、最後の家族が死んでしまって残されるっていう感覚が。きっと恐ろしい思いをしたんだろうな」

 あの夜の言葉が蘇る。
『かあさん……俺を置いてかないで……』

「卒業前って言うと二十歳くらい?」
「ああ。それから2年近くを一人で過ごしてきたことになる」
「恋人とか」
「いないそうだ」
「じゃあ、本当に独りだったってことですか!」
 池沢の声に苦渋が滲み出ていた。
「俺は17で母親を亡くした…… その時、立ち直るのにすごく苦労しましたよ。でも父も姉もいて、荒れはしたけどおかしなことにならずに済んで。家族がいれば人間なんとでもなれるもんだなんて今じゃ思ってます。でも誰もいないなんて……」
「だから家族とまではいかなくても仲間にはなってほしいんだ」
「友だちは?」
「いないって言ってたよ。誰も自分にはいないって」

 潰れるだろうと予測していた。けれどその姿をみんなが見るのもいいのではないかと思った。人に弱みを曝け出すのも時には助けになる。特に今のジェロームには必要なことだと。
 しかし、彼はあまりにも見事にぐでんぐでんに酔っ払っていた。

「おい、しっかりしろ。ここで寝るつもりか?」
「も、らめぇ……のめらい……」
「どうします? 送って行かないとだめですね、こりゃ」
「あんたが飲ませ過ぎたのよ、哲平!」
「いや、結構ガンガンいってるなぁとは思ってたけど……こんなに弱いとは思ってなかったから……」
「こいつ、酒飲むのは今日が二度目なんだよ」
「げ! マジで!?」
「罰としてお前が面倒見ろ!」
「え、チーフ、勘弁してくださいよ、今日これから彼女と会うんですよ」
「じゃどうするんだ!」

「どうせ振られるくせに」

「三途さん!」

「池沢。明日こいつ休んでも大丈夫だよな?」
「え、ああ、大丈夫ですよ。今一段落ついてますしね。本来休日なのを連休前に確認したいことがあってみんなに集まってもらうだけなんで」
「じゃ、そうしてくれ。コイツは……俺が連れ帰って面倒見る。家族いないしな。みんな安心して帰っていい」
「いいんですか? 課長だって明日せっかくの休みなのに」
「気にするな、こっちは大丈夫だ。それに俺にも責任ある。こいつが酒弱いの知ってたんだし。みんな、お疲れ! 今日は楽しくなってほっとしたよ。ありがとう!」
「課長、こいつ起きたらその……謝っといてください。俺、本当にひどいこと言ったから」
「分かってくれるよ、哲平。ああ、起きたら言っといてやる」

 河野はジェロームをマンションに再び連れ帰った。

「大丈夫か? ほら、水だ」
「のめらい……」
「水だよ、飲んだ方がいいんだ。ほら……」

 突然しがみつかれた。体が震えている。
「……さん  かあ……」
 酒のせいもあるのだろう、今日の出来事も影響しているのかもしれない。堰が切れたように泣き声と言葉が迸り出た。

「おれのせいだ おれがかあさんをころしたんだ かあさん かあさん」

 事情は分からない。だがどんなに苦しんで来たのか、それは痛いほど伝わった。震える肩を抱きしめる。しがみつく腕を撫でた。髪を撫でる。声をかけた。

「ジェローム。お母さんはそんな風に思ってないよ。お前のことをきっと心配してる。そばにいてやるから」
「きす、して……かあさん、きす……」

 

 目は閉じたまま顔を上に向けたジェイは痛々しいほど儚げだった。求めているのは母からのキスだ。アメリカでは年中見かけた光景。頬へのキス。河野は頬に顔を寄せて行った。

 間近に見るジェロームの唇に河野の動きが止まった。
(頬だ)
そう思うのに、その果実に吸い寄せられていく自分。

 渡米中に男性と関係を持ったことがあった。そして帰国して裕子とベッドを共にしようとして上手く行かないことに気づいた。男性を抱いた時よりも気持ちが昂らない。何度か誤魔化したがどうにもならず、別れることにした。それ以来女性とセックスをしていない。誰かとつき合おうという気も消えてしまった。

 そっと唇を合わせた。経験が無いと言っていたのを思い出す。自分が初めてになるわけには行かない。そんなことは分かりきっているし、そんな関係になるつもりもなかった。ただあまりにもジェロームが寂しそうで、それが悲しくて……

 そっと合わせるだけのつもりがいつの間にか相手の口中を舌で探っていた。
  ふっ  ん…ん…
 僅かの愛撫で漏れる吐息。甘い声。キスしたことも無いんだろうか。この体を触られたことも……

 気がつけば自分がその体を探っていた。ベッドに寝かせてすぐに衣類は脱がせてあった。だから今下着だけの姿になっている。経験が無いせいなのか酒のせいなのか、ジェロームの体は敏感だった。撫でられるだけで喘ぎ声が大きくなる。触るたびに体が撥ねる。
 河野も酒を飲んでいた。ジェロームの反応が自分の眠っていた欲望を煽り始めていた。

 母の代わりにと近づいた自分が性的な動きに変わるのは早かった。大きく深く、音を立てて口づける。口の中を荒らし、体を撫で回すだけでジェロームが体を捩る。唇を首筋へと這わせた。
「あ ああぁ  はぁ……」
 切ない声が部屋に響く。行くのを躊躇っていた場所……そそり立つそこへと手を向けた。
「あ! ぃや……! あぅ……」
 知らなくても自然に動く腰。這いまわる唇から逃げようとする首。その姿が艶めかしくて艶めかしくて……

「ごめん……ジェローム、ごめん。俺、お前を好きになったみたいだ……」

 いつそんな気持ちになったのか分からない。でも言葉にしてみて確かなことだと知った。
――好きだ  愛しい
 肩に胸にキスをする。震える胸の尖りに舌を立てた。
「あああ や だ…… ぁあ……ふ」
 ゆっくりとその昂ぶりを上下に扱く。下半身がひくひくと痙攣するのが伝わってくる。
「いいんだ、イって。お前が気持ち良けりゃいいんだよ。ほら、イくんだ」

「ぅあっ、あっ……あ、ああっ!!」
 囁く声に一際大きく叫びを上げて、河野の手の中で果てた。荒い息が続き、痙攣が収まらない。楽にさせたくて腿を何度も撫で上げた。あっという間にそこはまたそそり立った。ふっと笑った。
「お前、若いんだなぁ」
「あ あ……おねがい おねがい……」
 良く知っている。完全にイききってしまわないと苦しいだけだ。
「ああ、分かってる。ちゃんと満足しなくちゃな」

 再びそこに手をかけた。さっきの白濁で周りはしっかりと濡れている。漏れる声が濡れている。撫で回すたびに何度も息を詰めるのが分かる。優しく前を宥めるように掴んだ。

 大事にしたいと思う。できれば寄り添ってやりたいと思う。無理をせずに、無理をさせずに。酔った時や寝言。

(きっと真っ正直で素直なヤツなんだよな。お前を分かってやりたい。そして誰かがそれに気づいているのだと知ってほしい)

そうすれば必ずジェロームは変わるはずだと思う。

 子どもをあやすように撫でて強く弱く上下する。本能に従って動く腰に合わせスピードをコントロールする。
「今度はゆっくりな。ちゃんと味わうんだ、気持ちいいってことを」
「あ……っは、ぅぅ……」

「我慢するんだ、すぐにイくな」

 小さく震える体を抱え起こして後ろから包み込んだ。肩から首筋に唇を這わせる。
「あ! や……やめ……」
「ここが弱いのか? いいんだ、素直になれ。何も隠さなくていい」
 きっと朝には覚えちゃいない。今だけの快楽。その中に沈めてやりたい。母に謝り続ける悲しい声をもう出させたくない。

「あぁ……も、う おね……」
「イきたいか?」

 まるで聞こえたかのようにコクコクと頷くのが愛おしかった。スピードを上げる、密やかに響く濡れた音が自分の耳を侵す。イきたいのを堪えた、犯したくない、優しくしたい。

「くは………ぁあ!!!」

 大きな波にさらわれまいとしがみついたシーツに、ジェロームは全てを吐き出した。
「ふ……ふ……っ…」

 残ることの無いようにしばらく扱いてやる。震えはまだ続いていたが少しずつ緩やかになっていった。小さく肩にキスを落とした。

「いい子だったな。面倒見てやるからぐっすり寝ろ」

 体を拭われさっぱりした衣類を着せられ、ジェロームはもう何も呟くことなく眠りについた。

 

 バスルームに入る。あの声が耳について離れない……ジェロームはあまりに官能的だった。
「は……っ」
 シャワーの下であの声が手の中の熱を煽り立てる。あっけなく果てた自分に笑った。
「お前……とんでもないやつだな。俺、落ちたよ完璧に」
 この年になってまさか年下の男を愛するとは思わなかった。

「参った……」
 壁に手をつく。脳内にぐるぐる回るのは焼き鳥屋で見せたあの無邪気な笑顔だった。

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