J (ジェイ)の物語」

第二部
1.訪れた変化

 その夜は食事の後ホテルに泊まった。ツインだ。中に入って蓮は一度ジェイを抱きしめ、後は何も言わずシャワーを浴び少しテレビを眺めてそのまま眠った。

 ジェイはただ日記を読み続けた。眠るなんて出来ない。日記は自分のことを中心に書いてあった。

[今日は初めてハリーがジェイをお風呂に入れた。あんまりおっかなびっくりだったからジェイが泣きだして大変! とうとう途中でバトンタッチ。困ったダッドね]

 

[熱が下がらない。赤ちゃんはみんなそういう時があるんだって言われたけどもう心配で……ハリーも付きっきりでジェイを見ている。ジェイ、可哀想に。早く良くなりますように]

 

[今日は大騒ぎ!『マー』って、初めてジェイが口にした言葉! 『マー』ああ、ジェイ、マーは幸せよ! ダーはふてくされてるけどね。一生懸命『ほら、ダーだよ』って言うのに、結局ジェイは『マー』って言って。ジェイの初めての言葉。一生忘れられないわ!!]

 

 その時その時の写真が添えられている。父がおっかなびっくりに自分を風呂に入れている様子も写真に残っていた。
 這い這いをする様子。歩き出した様子。抱っこされたり手を繋いで歩いていたり。自分の覚えていない、知らない親子。でも確かに両親の幸せは自分を中心に生まれていた。自分は両親の幸せの結晶だったのだ。


 蓮は明け方に1度目が覚めた。隣のベッドには日記を抱きしめて、座っていた姿勢がそのまま後ろに倒れたような姿で眠っているジェイがいた。そばに行ってそっと足をベッドに上げ、ちゃんと枕に寝せてやった。ピクリとも動かず、けれど手は日記をしっかりと持っている。横になって体が楽になったのか筋肉が弛緩したのが分かる。毛布をかけてやり額にキスをした。
(母さんの夢見てるのか? ぐっすり眠れ)

もう一度自分もベッドに戻った。ジェイの嬉しそうな寝顔に、蓮もどこかほのぼのと嬉しかった。

 

 朝寝して9時前になっていることに驚いた。もう1泊してもいいが、それじゃ連休がもったいない。
「ジェイ、起きろ、ジェイ」
「んー、母さん、もうちょっと……」

 口を塞いだ。舌を舐めて上顎を撫でる。徐々にジェイの呼吸が乱れてくる。
 ぁはっ……
首筋を下りて行けば悩ましい吐息が漏れる。

「ほら、ジェイ。起きるんだ」
 うっすらと目が開いた。濡れている目。すっかり欲情している目。蓮はその目に惹き込まれそうになるがしっかりと踏みとどまった。
「起きろ、早く支度してチェックアウトしないと」
 その言葉にジェイははっきり目が覚めた。時計を見て慌てる。
「ごめん、急いで支度する」
「ああ、シャワー浴びて来い。俺は荷物片づけておくよ。その、触ってもいいか? 箱にそのまま入れておくから」

 蓮の気遣いが嬉しかった。
「うん、じゃお願いします」

 ジェイの頭を一瞬掻き抱いて、「さ」と促した。

 

 バスルームに入った間にあれこれと片づけてベッドに近づいた。何冊も散らばっている日記。見てみたい。そう思ったが開くことなく箱に入れて蓋を閉めた。まだジェイは堪能しきっていない。自分が覗き見ていい時じゃない。
(額を買わないとな)
写真を入れて飾ってやりたい。線香も買った方がいいんだろうか。それはジェイの気持ちに任せた方がいいだろう。また生活が変わっていく。それは心地いい変わり方だった。

 途中またドライブインで食事を済ませながらのんびりと帰った。急ぐことなど何も無い。

 マンションに着いてもジェイの好きなように時間を過ごさせた。何度読んでも飽きることの無い日記。眺めても眺めても目を奪う写真。
 遺してくれた母に感謝だ。自然に笑う父に感謝だ。自分を慈しんで育ててくれた様子が伝わってくる。なにもかもに感謝だ。

 そんなジェイに蓮は穏やかな目を向けていた。小さな音で音楽を流す。日頃読まずに過ごしてきた溜まった本を読みながら時折りコーヒーやホットミルクをジェイのそばにそっと置く。そうやって一日が過ぎて行った。


「おい、飯」
 声をかけられて、まるで夢から帰ってきたような目で蓮を見上げた。
「食わないと。またそれ見てて構わないから夕飯だけは食ってくれ」
 テーブルの上にはもう食事が並んでいた。作っていたことにさえ気づかなかった。蓮をもう一度見上げた。蓮の顔にはただ心配だけが浮かんでいて、それにジェイは微笑んで返した。立ち上がったジェイが蓮に抱きついた。
「おい」
「ありがとう。ありがとう、蓮。蓮のお蔭だ、母さんの日記が読めるのも父さんの顔を見れるのも。お墓にも行けた。全部、全部蓮のおかげなんだ」

 ジェイから抱きついてきたのは初めてだ。蓮は優しく抱き返したが、ジェイの中に火が灯っていた。自分から蓮の唇に自分の唇を押しつけた。技巧も何も無くただ口づけるジェイを、驚きはしたが蓮はすぐにその熱い口の中に舌を差し込んだ。迎え入れるジェイ。蓮がするように舌を押しつける。蓮の舌を舐める。ぎこちないその動きに蓮は震えた。

 ジェイのシャツに手を潜らせる。脇腹から背中に手が回る。遅れてジェイの手が蓮のシャツを捲り上げた。まだ自分を真似るだけだけれど、そこにははっきりとジェイの意志がある。唇が離れた時、初めてジェイは自分の思いを伝えた。

「蓮、愛してる。愛してる、蓮」

 そのままジェイの唇がまた蓮に押しつけられた。ほんの少し背伸びして、首に手を回し、腰を押しつけた。
 こんなに抱かれたくて触れたくて触れられたくて、蓮を求める。幸せで幸せで、それを蓮に伝えたくて。だから幸せな自分を渡したかった。受け取って欲しかった。

「れん、れん、れん」

 蓮の唇が喉元を行き来する間その名前を囁いた。それを聞きながら蓮はただ一つの返事しか出来なかった。

「愛してる、愛してる、ジェイ。いつまでもずっと」

 互いに相手の着ているものを剥ぎ取りながらベッドにもつれ込んだ。下から見上げるジェイを蓮が慈しむような目で包み込む。腰を触れ合い、揺れるように動かし合う。

 あ っはっあ……

 息を詰めては浅く吐き、快感を楽しむ。愛し合う前からジェイはもう満たされていた。後はもう蓮に解放してもらうだけ。ゆっくりしたその行為に頭がくらくらする。足が開かれジェルが塗られ、中を広げられ、その間も繰り返し与えられる愛撫。まるで全身が性感帯になったように感じてゆらゆらする自分に酔う。

 そんなジェイの変わり方が蓮を煽った。そっと入りながら愛おしいものを抱きすくめる。

「っは……おれ……れんのも……のだ……」
「そうだよ、お前は俺のものなんだ」

 何度も出て入って少しずつ奥へと押し入っていく。首に耳に胸に愛撫を重ね、決してジェイが苦しくならないように。そしてとうとう最奥へと到達した時にジェイの目尻から涙が一粒零れた。

「苦しいか? 辛いのか?」

動くのを止めた蓮の腰にジェイの手が回った。

「うれ……しくて……おれに、だけでしょ? 入るの……」
「ああ、お前にだけだ、誰にも入らないよ」

 愛しくて堪らない。動き始めた蓮の背中に手が上る。揺れ動きながら世界の中に二人だけのような錯覚を感じた。自分と蓮。二人だけしか存在しないような。蓮の手がジェイの硬くなったものを握りしめた時、中がぎゅっと締まった。

 あ

 達するまいと必死に蓮は快感を逃がす。一緒にいきたい。ジェイの止まない喘ぎ声を封じるかのように唇が重なった。舌を吸い合いながら嘗め合いながら、腰は揺れて、昂ぶりを上下に扱かれ、とうとうジェイは弾けた。その痙攣を中で味わいながら蓮も達した。