
宗田花 小説の世界
「 J (ジェイ)の物語」
第3部
15.花の門出
式は2時から身内だけで。3時からの披露宴は身内と招待客。二次会は心の通じ合う者だけで。写真も見せてくれなかったから、花嫁を見るのは今日が初めてだ。昨日早退した花の姿もジェイは一刻も早く見たかった。
「楽しみだな、花さんのお嫁さん」
「そうだな。年上か……きっとしっかりしてるんだろうな」
「その人に合気道習ったって言ってたよ」
「花が嫁さんに投げ飛ばされるところを見てみたいもんだな」
牧野のテーラーで作ってもらったスーツで車に乗った。ジェイには前回よりぐっと落ち着いたグレーのスーツが用意されていた。ネクタイはそれとお揃いの色。蓮は相変わらず黒の基調で、細くてちょっと明るいグレーのストライプになっていた。
「蓮はスピーチするんでしょ?」
「するよ」
「何を話すの?」
「さあな。内緒」
今日は結婚式のことでジェイの頭がいっぱいになっている。こういうものに出席することは初めてだし、しかも花の結婚式だ。自分のことのように興奮している。
「ジェイ、はしゃぎすぎるなよ。池沢たちと同じテーブルなんだから、分からないことがあったら聞くんだぞ」
「分かった。そうする。二次会は?」
「行くよ。けど、そこまでだな。三次会があるかもしれない。タクシー使うんだぞ」
式場に着いて、とにかく蓮を真似した。ご祝儀袋を渡して、サインをする。後ろにくっついて中に入った。思わずキョロキョロして蓮にコツンと頭を叩かれる。
「じゃな」
蓮のテーブルは場所が違う。すっかり心細くなったところに後ろから肩をぽんっと強く叩かれた。
「こら! 何かあったら俺に連絡しろって言ったろ!?」
「て、哲平さん!!」
涙が溢れる前に哲平にストップをかけられた。
「だめ、人の結婚式で泣くなよ。さ、席に着くぞ」
今度は哲平の後ろにピタッとついて動きを真似する。蓮に一通り作法を習ってはいたが、もうそんなもの頭から飛んでいる。割と壇上の近くに席が用意されていて、ギクシャクと椅子に座った。池沢も三途川も千枝もいる。池沢は久し振りの哲平を見て嬉しそうだ。
「よく来れたな」
「そりゃもう、花のタキシードが見たくって! 頑張ってきましたよ、宿題は昨日必死に終わらせました。チーフ、スピーチするんでしょ? 俺、友人代表ってことで頼まれちゃって。ジェローム、何なら代わるぞ」
「え、えぇ!!」
「ばか、冗談だよ。お前、傷は大丈夫か?」
「たいしたこと、無いです」
「なら良かった! 今度電話して来なかったら怒るからな!」
「はい。……心配かけてごめんなさい」
哲平の顔が崩れた。やっぱりこの後輩は可愛くて仕方ない。
「いいんだよ。大事なことはお前が無事だってことだからな」
時間になって新郎新婦の入場となった。千枝が花嫁を見て感嘆の声を上げる。
「うそ……」
「花さん、きれい……」
「ジェローム、そっちか!?」
「お嫁さんがよく見えなくて」
その時ふわりと新婦の顔がジェイたちのテーブルに向いた。
「わ……」
なんとも愛らしい女性。花より頭一つ分小さい。顔が小ぶりでぱっちりした目はくりくりと、小さな口元には愛嬌のある笑みが浮かんでいる。
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「真理恵さんって言いましたよね…本当に花さんより強いんでしょうか」
「可愛いよなぁ……花にはもったいな……痛っ!!」
つん! とした千枝に思い切り足を蹴られた。
「いや、お似合いだなって思ったんだよ」
「あ、そう!」
「俺たちもきっとお似合いだから」
「インドから帰って来てから言ってちょうだい」
歓声と拍手の中で二人が中央に立った。細身の純白のタキシード。胸元からぴっちりと体の線を出した純白のドレスを後ろに広げた花嫁。幸せそうに微笑んで、時折り花嫁と目を合わせる花が別人に見えた。
(花さん……酷いケガじゃなくて良かった……本当に良かった)
ジェイの頬に一筋涙が流れた。
蓮のスピーチは短かった。
「ご結婚、おめでとうございます。真理恵さん、花君は素晴らしい男です。彼は戦うことを知っています。会社でも人生でも『信念を貫く』ということの本当の意味を知っている。これには同僚は皆一致して頷きます。『守る』ことを言葉ではなく、実行する男です。そして、強い男を支えるのは、さらに強い女性です。幸い、真理恵さんは花君より強いと聞きました。時には彼も苦しい辛い思いをすることでしょう。私たちなど役にも立たないような。我々も精一杯応援します。彼をどうぞよろしくお願いします。花! この日を迎えたことが自分のことのように嬉しい。本当におめでとう!」
池沢は不覚にも途中で泣いて詰まってしまった。何度も、「済まん」と言いながら思いを伝えた。
哲平は初め原稿を片手に喋り出したが、すぐにそれを握り潰した。
「真理恵さん、俺の相棒を頼みます! 突っ張り屋で捻くれもんですが最高のヤツです。どうか返品しないでください!」
三途川は吹き出すのを堪えるのに必死だ。
ジェイは自分にスピーチの話が来なくてホッとしていた。泣いて喋れないに決まっている。それでなくてもみんなの話を聞いているだけで涙が落ちる。妙に興奮していて結婚式に酔っているような気がする……
「ジェローム!」
突然花に呼ばれた。
「俺、お前にも何か言ってほしい。急にごめんな。一言でいいんだ」
頭の中がカッと熱くなった。気がついたら立っていた。マイクを渡されて、それをしっかり掴んでいた。何も考えていない、考えられない。それでも言葉がほとばしり出た。
「俺、嬉しいです……花さんは何度も何度も俺を助けてくれた……花さんのお蔭で俺……強くなります、花さんのように。あの、真理恵さん……どうか兄をよろしくお願いします」
深々とジェイは二人に頭を下げた。頭を上げた時、信じられないものを見た。花の目から涙が落ちた。
二次会は盛況だった。打って変わったようにはしゃぐ花。
「マリエ!」
花が呼ぶ。真理恵が振り返って微笑む。蓮も目を細めてそのやり取りを楽しんだ。
哲平がやってくれた。魔のカラオケ。その溌剌とした音痴っぷりに、目を丸くする真理恵、知らない参加者たち。
「ここまで堂々としていれば立派なもんだ!」
奇妙な賞賛を受け、自信たっぷりに花に叫ぶ。
「これが祝いだ、花!」
「要りません。インドで歌ってください」
「お前の胸に俺の熱い歌が刻まれただろう!」
「マリエ、氷ぶっかけてやれ!」
楽しくて楽しくて、昨日までの鬱とした気持ちなどジェイから吹っ飛んでしまった。花の笑顔が嬉しかった。さっきの一粒の涙が忘れられない。
「おい、末っ子! お前、彼女どうしたんだよ? 今日連れて来るって聞いてたから楽しみにしてたんだぞ」
「あ、え、あの……」
「分かった! 見せるのがいやなんだろう、大事にしてるってわけだな?」
哲平がジェイの顔を覗き込む。
「写真、見せろよ。携帯にどうせ入ってるだろ?」
ジェイの体を探って携帯を探す花。二人の追及がすごい。
「写真、無いです」
「そんなわけ、あるか。待ち受けか?」
「いえ、待ち受け普通のです」
目の片隅に蓮がそっと離れるのが見えた。ジェイもこの雰囲気と少しの酒で酔っていた。悪戯心が湧く。
「課長! 課長は知ってますよね? 俺の家に時々来てたから会ってるじゃないですか」
グラスを傾けたばかりの蓮は思いっきり酒を噴いた。
「え!? 課長、会ってるんですか? どんな子でした?」
「やっぱり切れ長の目?」
「さらさらヘアーの美人?」
攻撃の矛先を躱したジェイはにこっと蓮に笑った。睨む蓮。哲平と花と池沢、千枝。みんなが返答を迫る。
「き、きれいだった」
三途川は苦しくて堪らない。ジェイと目が合ってウィンクする。
「背、高かったですか?」
「あ、ああ」
「髪は?」
「髪は……うるさい! 俺に聞くな!!」
逃げるのに必死な蓮を見てジェイは笑い転げた。
(俺、変わるよ。本当に変わる。仕事も頑張って、花さんや哲平さんみたいになる!)
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