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Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ] 9- F

  5日目

 

 昼間のリッキーを思い出す。体を拭いてやった時、だいぶ肌に色艶が戻っていた。けど、腰の傷はもう消えないだろうとDr.ガーフィールドには言われていた。
 男だから無傷で一生を過ごせるわけが無い。けれどあの傷は見る度に後悔と憎しみを思い出させるだろう。僕は離れちゃいけなかった、リッキーを一人にしちゃいけなかったんだ。

 


 夜8時。ナットの部屋の中で帰りを待った。そんなに時間が経たない内にけたたましい笑い声を上げながらナットが鍵を開けて入ってきた。

「よぉ、ナット。遅かったじゃないか」
「フ、フェル……てめぇ、ここで何してやがる!」
「後ろにいるのはバズか?  面倒が省けて良かった」

 立ち上がると僕の肩くらいしかないナットは後ろに下がった。どうやらこの兄弟は揃って身長が伸びなかったらしい。

「いいから入れよ。あ、お前んちだったっけ。騒ぐのはマズイんじゃないか? これ、どうする?」

僕の指が摘んでいる覚醒剤の袋を見て、二人は顔を見合わせて黙ってドアを閉めた。

「舐めた真似しやがって、こっちは二人だぞ」

弟が反対側に回ろうとしている。

「やめた方がいいな。何も保険かけずにこんなところに来ると思うか?」

窓を開けて二人に振り向いた。

「合図したらサツに電話が入る。僕は構わないけどね」

途端にナットがキョトキョトし始めた。コイツにはホントに根性が無い。

 

「何しに来たんだよ」
「座れよ、二人とも。喧嘩しに来たんじゃない。でもお前らの態度次第ではやり合うのも悪くない。うずうずしてるからな。どっちにしろお前らはリッキーの件に絡んでるし、ヤクはここにある。話す相手がサツでもお前らでも、どっちでもいいんだ」

二人は黙り込んで座った。

 

「さて、話し合う時間が出来たな。ナット、リッキーが世話になったな」
「何のことだ?」
「お前らがリッキーを殺そうとしたヤツらの仲間ってことは分かってる」
「バ、バカ言え! 俺たちはそんなこと知ら」
「嘘は良くないな。少なくとも僕は好きじゃない」

そばに置きっ放しのグラスを壁に投げた。

「おい! 何するんだよ!」
「この部屋見ると意外ときれいだよな。お前がきれい好きとは知らなかったよ。後でいくらでも好きなだけ掃除をしろよ」

 どうやら二人には僕の怒りが伝わったようだ。

「ブライアンだな! お前にブライアンが何か喋ったんだな!?」

「ブライアン? アイツも絡んでるのか? いいことを聞いたよ、この後お邪魔してみよう。これ以上調べるのが面倒臭くてさ、それでお前らのところに来たんだよ。蔓んでるスパニッシュを教えろ」

「え……?」

「余計な質問は無しだ。今の僕は忍耐とは縁が無い」
「なんのことか分ら」

 

立ち上がって逃げる間も与えずバズの襟首を掴んで拳を振り下ろした。

「で? まだ分からないか?」

もう一発殴った。

「あ あにき……」
「お前は喋るな」

もう一発。

「分かったか? 喋るな。お前に聞いてない」

掴んでる襟首の先が必死に頷く。

 

「スパニッシュは? 弟はどっかの川にでも浮かぶかもしれないな」
「ふ 二人だ…… オルヴェラってやつとディエゴってやつ……俺たち、何もしてない、リッキーにアイツらがどうする気だったのかも知らなかった」
「そうか? なら連中の言うことを聞く前に僕に相談すべきだったな」

バズはいいサンドバッグだ。

「もう、もうやめてくれ! バズが死んじまう!」

「だから? リッキーが死にかけたんだ、お前の弟が死んだからって僕が気にすると思うか?」

 殴ろうとする腕にしがみついてきたから部屋の隅に突き飛ばした。もう一発バズを殴る。もうバズからは何の抵抗も無かった。多分意識は飛んでいる。垂れ下がってるだけのバズの襟首を掴んでる僕にナットが泣きついた。

「頼む、そいつを離してやってくれ、言うこと何でも聞く! 頼む!」
「ならいくつかお願いがあるが聞くか? 嫌なら断って構わない。こいつの足はまともに歩けなくなるかもしれないが」

 バズを引っ繰り返して背中に座った。足を持ち上げる。

「何でも聞くから!! 言ってくれ、言われた通りにする!」
「あいつらに僕を紹介しろ、『フェルの弱みを知ってるヤツだ』ってな」
「でもアイツら、お前を……あんたを知ってる」
「電話で話すだけだ。アイツが僕に電話してくれればいいだけだ。出来るか?」

ナットは首を縦に振った。

「もう一つ。お前、つき合ってる女いるのか?」
「お、女?」
「質問の答えになってない」

バズの足をよじった。尻の下から呻き声が聞こえる。

「い いない! 誰もと付き合っちゃいない!」
「嘘だったら」
「嘘はつかない! 俺、女とは付き合えないんだ!」
「女とは? 男ならいるのか。よくそれでマークと一緒にいるな、あいつゲイは嫌いだろ」
「マークは知らないんだ! ホントだ、今は付き合ってる相手はいない!」
「じゃ、コイツには?」
「たまに……女と遊んでるけど」
「僕が相方を殺されかけたのに女と遊んでる? なぁ、それは勘弁ならないな。こいつの玉でも切っておくか。キッチンから包丁持って来いよ」
「わ 別れさせる! たいした女じゃないんだ、そんなの手を切らせる!」
「信用できると思うか? ……そうだ、これ、始末した方がいいだろう? こいつに全部飲ますか」

 

 覚せい剤の袋をポケットから出した。袋を引き千切って背中から下りた。バズの顎を掴み上げる。

「僕はヤクって嫌いなんだよ。見るのもイヤだし触るのもイヤだ。だからコイツの口の中に処分してやる」

袋を傾けるとナットが土下座した。

「ヤク、やめます! そいつにもやめさせる! 俺たち、この街を出てくよ、この街じゃもう誰とも付き合わないしそいつにも付き合わせない、本当だ! それで勘弁してくれ……どうか、勘弁してください……」

 

 袋から零れかかった覚せい剤を全部床に零した。

「3日間はこの街にいろ。消えたら容赦しない。お前の実家も知ってる。お袋さん一人住まいだったよな。お前たちがいなくなったらちょっとお邪魔するよ、お前らに会えるまでさ。年取って足腰立たなくなったらお袋さん、さぞ苦労するだろうな」
「許可出るまでここにいる! な、勝手にどこにも行かないから!」


「弟はどうしてケガをした?」
「……今日、ここには誰も来なかった。そいつは酔っ払いの喧嘩に巻き込まれたんだ」
「そうだな……僕もそうだと思うよ。残念だったな、バズがケガして。僕とリッキーはまだお前らに何かされる予定あるか? 今の内にスケジュール開けておくから」
「何も!! 何もしない、本当だ、絶対に何もしない、誓うから!!」
「じゃ、オルヴェラってのに連絡取ってもらおうか」

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