always


                        ずっぞそばにいたかった
                       あんたのそばにいたかった

                              そして僕は

                    デューク あんたのものになった

                   突然の はじけるようなくちづけに
                          俺は夢見る心地して
                         その背中にしがみつく
 
                              目を閉じて
                    この時間を全部飲み干そうとして
                     
                   そして 俺を遠くに引っ張っていく

                      どこに 連れてってくれる?
                    俺を あんたという 舟にのせて
                        小さな波と 大きな波に
                         さらわれて 流されて
 
                                 ああ

                    あんたの渦に 呑みこまれる……
                                   

 


「かなわないなぁ まったく」

俺はビリヤードで負けた。
ポーカーで負けた。

「今日はジョシュの驕りだな」
目の前の男がそう言う。

彼の名前は デューク。それ以上彼を 俺は知らない。


 

 俺は親を亡くし、叔父の援助を受けて大学に行った。
 出来れば法科に進みたい。そう言った時、叔父は 心配するな と学費を出してくれた。
 もちろん、俺も頑張って奨学金ももらったし、バイトにも精を出した。叔父にばかり負担をかけるわけにはいかないから。

 叔父は小さなモーテルをやっていた。大きな通りに面したその宿は、意外に繁盛していた。安普請だけど、叔父はその建物と旅人を愛してた。
 いつも小ぎれいに手入れして、バスルームやら、ベッドやら。そんなことで文句を言われたことはほとんど無かった。誇りを持って仕事をしてたんだよ。俺も叔父の所に行くと、その一室をあてがってもらって、心地いい思いをしたもんだ。
 朝はコーヒーと自家製の焼きたてのパンを出してくれる。そんなに高いルーム料金じゃなかったけど、客は景気よく金を落としていってくれた。叔父の笑顔と人柄で、リピーターは増えてったから。


 その叔父が危篤だと知らせがあった時。

 俺は大事な試験なんかほっぽって駆けつけた。知らせてくれたのは、泊まり客だった。
俺は泣いて泣いて、叔父の手を離さなかった。 脳溢血だった。もっと何度も来るんだった もっと話をするんだった……そんな後悔が、後から後から押し寄せる。

 知らせてくれたその客は、ずっとそばに付き添ってくれた。何も目に入らず、何も口に入らず、自分の先のことさえ考えられず。そんな俺を、根気強く面倒みてくれた。

「食べなきゃだめだ」
「おっさんはあんたのその姿、見たくはないだろうよ」
「おい。たまには出かけようぜ」

 ただ鬱陶しかった。そっとしておいてほしかった。放っておいてほしかったんだ。とうとう俺は怒鳴った。

「あんた、客だろ! 金払ったら出てくんじゃないか! いいから俺に構うなよ!」

   

 俺は久しぶりにぶん殴られて、その勢いで後ろに引っ繰り返った。彼は怒った顔をしてなかった。
「大丈夫か」
自分が殴っておいて、彼は俺を引き起こしながらそう聞いた。
「少しは目が覚めたか? なあ。あんたの気持ちも分かるけどさ。おっさんはもっと客を大事にしてたよ。事情知らないで来る客もいんだろ? あんた、おっさん死んでから何人客逃がした? 気づいてないのか? もっとしゃんとしろよ」

 言われて俺の中に叔父の顔が浮かんだ。そうだ。よく笑ってた。何があっても気持ちよく人に接してた。叔母が亡くなった時もそうだった。
『お客さんには関係ないからな』
 あの時の叔父の言葉を思い出した。フロントの下の棚には、いつも叔母の写真があった。

 そして、俺は初めて目の前の男の顔をちゃんと見た。
――ぞくり
そう、ぞくりとしたんだ、その目に。口元に。その笑みに。
 いったん捉えられたらもう逃げられない。やっと引き千切るように目を離しても、追いかけてくる視線にまた捕まった。
 再び彼を見た時。俺はただ息を呑んでいた。なんてきれいなんだろう! どこもかしこも完ぺきだった。唯一それを壊すのは、時に口元に浮かぶ自嘲めいた笑みだと後で知った。

「やっと俺を見たな」
 確かに。彼から無理やり目を引き剥がして周りを見た。フロントはきれいに磨かれていて、床も塵一つ無い。
「きれいだ……」
ぽつんと俺は呟いた。
「おっさん、良くしてくれたからな。コーヒーのお礼さ」
目の前の恐ろしくきれいな男をもう一度見た。
「あんたが……あんたがここの面倒を見ててくれたのか?」
男はにやりと笑った。俺はまた ぞくり とした。
「いい男だろ? 俺って」
俺は思わず笑った。
「笑えるじゃねぇか! いい笑顔だぜ。おっさんみたいにな。あんた、可愛い顔してんだ。笑わないと勿体ないぜ」

 うん。久しぶりに笑ったよ。叔父が亡くなってから初めてだ。そう思って、カレンダーを見た。驚いたことに、2週間が経っていた。
「おっさんは働きもんだったぜ。なあ、どうすんだ? 見たとこ、あんたは学生さんだよな。ここ、閉めちまうのか?」

  

 身内って俺だけだった。俺の養父の弟が叔父だった。遠い縁者ならいるけれど、みんな他人みたいなもんだ。そんな連中にここを渡したら、すぐに売っぱらってしまうだけだろう。俺はそんな終わり方をさせたくなかった。叔父の愛したこのモーテルに。

「閉めないよ」
「どうすんだよ、学校は」
「辞める」
「あとどんだけで卒業なんだ?」
今は3月後半。春休みが終わったばかりだ。卒業式まであと2ヶ月あった。
「2ヶ月も閉めてらんない」
 でも……あれだけ俺の進学の面倒を見てくれた叔父を考えると、チクリと胸が痛んだ。

「あんた、22か……俺さ。バイトしてやってもいいぜ」
驚いて顔を上げた。
「どうせ予定は、あって無いようなもんだからな。こう見えても、俺は働きもんなんだぜ」
それはよく分かる。叔父が亡くなってからずっと彼がここをまともにしててくれた。
 でも彼の開けっ広げな申し出は俺を固まらせるに充分だった。当然だよ。彼は泊り客の1人に過ぎないんだから。でも、もしいてくれるなら……

「あんたが……ここを仕切っててくれたんだよな。俺に知らせてくれる前から」
「ああ。おっさん、いきなり倒れたしな。それにあんた、愛想無しだったから。あんたを奥に追いやって俺が接客してたのも覚えてないんだろ」
 そんなこともあったんだ…… 記憶はボンヤリとしていて、掴みどころが無いようなもんだった。
「……ガッコ、卒業しろよ」
それは心なしか、沈んだ声に聞こえた。
「先に何があるか分かんねぇしな! やれることは何でもやっといた方がいい」
一転して、元の朗らかな声だった。

   
 俺はその時に気づいた。彼のことを何も知らない。なのによく知ってるような。心がすごく近い気がしたんだ。
「俺、ジョシュっていうんだ」
「あ! 俺、名乗ってなかったよな。デュークってんだ。あんたの名前は知ってたよ。おっさんがよく話してくれたからな。だからあんたに連絡出来たんだよ」
 そうだった。彼が学校にいる俺に知らせてくれたんだった。
「リピーター? ずいぶん叔父と親しかったんだね」
「あはっ! 初めてさ。でもおっさんとはずいぶん話したぜ。パン焼く手伝いもしたくらいさ。おかげで多めにパンもらったよ」

 本当に屈託なく笑う。その度に、陽の光が舞うようだった。叔父も彼のこの性格と笑顔に心許したんだろう。
(良かった この人が最期を看取ってくれて)
心からそう思った。まだまだ傍にいてほしい。出来ればずっといてほしい……
どうしてそんな風に思うんだろう。

 そんなこと考えてたから、よほど俺が迷っているように見えたんだろう。
「気にすんなよ。言ってみただけさ。俺、結構図々しいからな」
「うん。そうだね」
彼は吹いた。
「そこでそう返すか、普通。同じ断んだってもっと遠慮しろよ」
そう言って笑い転げている。俺も笑った。引きずられるようにすごく笑った。

 涙が出た。それは大粒で、流れるような涙で、俺は彼の顔が見えなくなった。
「おい…… ほら、こっち向け」
彼は俺の背中をさすりながら、そばにあったタオルで顔を拭いてくれた。
「よしよし。よく笑ったな。今日のあんたの仕事はそれだけだ。疲れたろう」

 俺はその言葉に、思わず彼にしがみついて大声で泣いた。彼はずっと背中をさすっていてくれた。

  

 次の日から学校に戻るまでの3日間、俺は彼と…… デュークと一緒に働いた。部屋を清掃して、バスルームを磨いて、ベッドメイキングして、シャワーの出口が詰まってないかをチェックする。
「このシャワーの湯の出方でさ、モーテルの印象って変わるんだぜ。おっさんはそこんとこ、よく分かってたよな」
あべこべだ。俺が泊り客だったデュークに仕事を教わっている。
「デュークの方が俺よりずっと上だね。俺の方が従業員みたいだ。俺なんか何も知らない……」
「世の中に、上も下も無いさ。あるのは今の自分だけだ」

 パンも一緒に焼いた。
「うん! 客の顎を強くするのが目的なら上出来だな!」
「ダメならダメって言えよ」
「ああ。ダメだ」
「いい。それ、俺が食べる!」
「そうしろよ」
 デュークはにやっと笑って、パンを投げてよこした。受け取りそこなったパンは、ゴトリという音を立てて落ちた。俺たちはそれを聞いて、思いっきり笑った。
「お前、わざと落としたろ!」
 デュークといるのは、本当にすごく楽しかった。


 あっという間の3日間。俺はこのモーテルを出るのを躊躇った。デュークは叔父を失った俺の中の穴を埋めてくれた。

 駐車場まで来てくれた彼は、まるでそれを見越したかのように言った。
「おい! 売上伸ばしてたら給料上げてくれよ!」
俺は躊躇いを振り切って、「ああ、考えておくよ」と笑って答えた。
「マジだぜぇ! 俺、金には弱いんだからさ」
 そうして俺は、通りすがりでしかなかったはずのデュークにモーテルを任せて学校に戻った。

  

 学校での2か月は、前と違って恐ろしく退屈だった。最後の試験をほぼ満点で終わらせて、「その上に進学するだろう?」と確認する教授に首を横に振った。
「なぜだ? もったいないだろう、ここで終わるなんて。君ならもっと上を目指せるよ」

上?
――世の中に、上も下も無いさ。あるのは今の自分だけだ
 デュークの言葉が蘇った。彼は乱雑な言葉の中に、いつもそんな風に真実を織り込んでくれた。一緒にいたのはわずか3週間ほどなのに、心には染み込んでいた。

 俺には俺の中に居座ったデュークの代わりになるものは何も無かった。
「ありがとうございます。でも、帰らなきゃならないんです」
理解出来ん、そういう顔を後にして俺は車に乗った。
 さあ! 我が家だ!

Me and you. Always.