top of page

Fel & Rikcy  第4部[ LOVE ] 4.言葉

   # F #

「リッキー、支度出来た!?」

 今日はリッキーの診察の日だ。ニールが車を貸してくれて僕が連れて行く。意外とこの時間は僕は楽しくて、まるでデートみたいだ なんて思っている。

「出来た! 今行く!!」

窓が開いたかと思ったらパタンと閉まった。
(あれ? カーテンは)
マメなリッキーはそういうことに手抜きが無い。そう思った途端にシャッ!とカーテンが閉まった。

 


 実は昨日あのカーテンのことでひと悶着あった。

「バカか、お前! なんでカーテンとあのタペストリーを一緒に洗ったんだ! だいたいタペストリーは洗うもんじゃねぇ!!」

 色艶やかになったカーテンを見て怒り狂ったリッキーを宥めるのは大変だった。
(泣き始めたら最後だ、また家出だ!)
と泡を食った僕は力で抑え込んで口を塞いだ。

腕の中で滅茶苦茶に暴れるリッキーが少しずつ大人しくなって弛緩していく……こういう時のリッキーはとにかく悩ましいほど艶めかしくて、僕の脳内は一つのことしか考えなくなる。

  ――ああ! 今、お前が欲しい!!

もしリッキーが女性だったら、いったい何十人の子どもが生まれるだろう? そんなバカな考えさえ蕩けるように駆け巡る。
 叩いていた手が首に巻き付く。少し背の低いリッキーに覆いかぶさるように唇を貪り、そしてその美しい仰け反る首筋を下りていく。 はっ! と慄くお前が美しくてとてもキスだけじゃ止まらなくなる。体をさっと掬い上げてベッドへと向かった。寝室のドアを開けるのにほんの少し手間取った。どうもこの頃このドアは反抗的だ。

 途端に熱が冷めたらしい。

「バカっ! お前の頭にはそれしか無ぇのか!! この、色魔!!!!」

さすがにこれにはカチンときた。

「よくも言ったな!! もう抱いてやらないぞ!」
「ああ、上等だ。俺もそろそろゆっくり寝てぇと思ってたところだ。今夜はお前、ソファで寝ろ!」

 こうして電気を消すまでお互いに フンっ!!! とした二人。我慢出来なかったのは僕の方だった。部屋に行こうとするリッキーを後ろから抱きしめた。

「悪かった。僕が悪かったよ、機嫌直してくれよ。今日しなくてもいい、一緒にベッドに入れてくれ。お願いだ、お前と離れてなんか寝られないよ」

 本当は一人で眠れないのはリッキーのはずなのに、謝り倒して、お拝み続けて、情けなくもお許しをいただいた僕はリッキーの隣に入れてもらった。

「いいか、無しだからな。忘れんな、絶っっ対に、無しだ」
「分かってる。無しだね? 分かってる。でもお前の背中にくっついてもいいだろう? それくらい、いいよな?」
「……いいよ。くっつかせてやる」

 まるでご主人さまから餌をもらった犬のように、喜んで背中に擦り寄って行った。この髪を撫でずに寝られるものか。

「おい!!」
「どうした?」
「どうしたじゃねぇよ! 何でいつまでも髪いじってんだよ、眠れねぇ!!」
「ええ、これもダメなの?」
「バカ言ってんじゃねぇ、ごちゃごちゃ抜かすなら俺がソファに行く!」

怒られた犬のようにシュンと僕は手を下ろした。満足そうにまた背中を僕に向けたリッキーに、僕はそっと体を寄せた。


「おいっ!!!!」
「今度はなんだよぉ」
「なんだじゃねぇ、ナニ感じてんだよっ! 今日は無しだって言ったろ? 膨らましてんじゃねぇ!!」

 限界だった。僕は頑張ったつもりだ、大人しくしようと。でもこれを大人しくさせるにはこうするしかない……

「リッキー、ごめん、もうムリ」

 そのまま背中に乗り上げた。僕の下でジタバタするのを ごめん と言いながら抑えつけて項に鼻を埋め、匂いを嗅ぐ。
  ――リッキーの匂いだ……
くらくらする、それだけで。少し大人しくなったリッキーの顔を見たくなって手を頬に伸ばした。

 

  ガリッ

「痛ぇっ!!」
思いっきり噛みつかれて僕は慌ててリッキーから下りた。絶対に血が出てる。

「いい加減にしろ。たまには大人しく妻を寝せろよ」
それには返事をせずに電気を点けた。

「なんだよ! 眩しいじゃねぇ……」
リッキーが飛び起きてきた。

「痛いか? 大丈夫か? ごめんな、そこまで噛むつもり無かったんだ」

 垂れ始めた血を見てばたばたと救急箱を取ってきたリッキーが僕の目の前で俯きながら、黒い髪を揺らしながら、消毒して薬を塗ってくれて包帯を巻いていく。巻き終わった手に小さなキスをくれた。

「ホントにごめん。そんなに抱きたかった?」

僕は多分拗ねた顔をしていたに違いない。電気を消してきた手が僕のもう片方の手を引っ張った。

「お前と寝る。セックスしよう。でも1回な。それ以上はだめだ」

 いい夫の見本みたいに、夕べは1回で終わりにした。それでも中には入らなかったんだ。もしかしたらそのせいで欲求不満になってるんだろうか……

 

「待たせたな、行こう」

朗らかな声にハッと我に返って、僕はただの運転手になった。

「いい天気だな」
「楽しそうだね」
「Dr.ガーフィールドと話すの、好きなんだよ。あの先生のオーデコロン、結構いい匂いなんだぜ」

思わずブレーキ。

「リッキー、オーデコロンで済むんなら今日帰りに買おう。でも浮気はダメだ、許さない」
「バカ、んなわけねぇだろ? 俺はお前の奥さんだぞ」

ちょっと安心したような、不安なような。でも僕はリッキーを信じてるし、これ以上怒られたくなかった。だから大人しく車を発進させた。

「なぁ、ホントに車買おうぜ。中古でいいんだ。二人で好きなだけドライブしたい」

それって素敵だ。

「最初にどこに行きたい?」
「そうだなぁ。お前んち」
「僕の?」
「あれっきり母さんにもビリーにも会ってねぇだろ? 俺、会いてぇよ」

そうか、リッキーには家族がいない。だから僕の家族がそのままリッキーの家族だ。
「分かった。一番に行くのは僕らの家にしよう。だから二番目考えといてくれ」

ちゅっ! と僕の頬に音が鳴った。
「だからお前、大好きだ。いっつも俺の言うこと聞いてくれる」

 どうやら僕は一生この調子でリッキーの手のひらの上で生きていくことになりそうだと思った。

  # R #

 フェルが好きで堪んねぇ。愛してる、好き、愛しい。どう言ったらいいんだ? どれなら一番合ってるんだろう。

 今さらだが、そんなことで悩むくらいに俺はフェルに首ったけなんだ。あの優しい目や笑顔。そんなもんは当たり前だ。俺を見て困った顔する時。ちょっと拗ねてる時。不貞腐れてる時。だらしない顔の時。そしてやたらギラギラと俺に迫ってくる時。これ、マジヤバい。そんなのを見て俺はこの結婚でどんなに宝物が増えたか実感する。他の誰もフェルのこんなとこ、たっぷり見れやしねぇんだ。

 いろんないざこざが落ち着いて(って言いきっていいんだか分かんねぇけど)、俺は久しぶりにウキウキしてる。今日は天気もいいし、フェルは俺の言うこと何でも聞くし。夕べは俺の言った通りに1回にしてくれたし。


 ああ、でもここんとこ、俺はフェルに悩まされっ放しだったんだ。なんかしつこい。いや、文句言うとこじゃねぇのかもしんねぇ。メイクラブは夫婦にとっちゃ最高に大事なことだからな。けど、度が過ぎてるのもどうかと思う。どうしちゃったのかって思っちまうほど毎晩抱かれて少々俺はお疲れ気味なんだ。

 

 シェリーに相談しようとした。
「リッキー。それ以上一言でも口にしたら部屋から蹴り出すわよ」
たった一言言っただけなのに。
「シェリー、相談したいことあるんだ。フェルとのメイクラブ……」

 タイラーに相談しようとした。結婚してんだからな、いい相談相手になると思ったんだ。
「出てけ! そんな話聞きたくない!」
後で夫婦喧嘩の真っ最中だってエディが教えてくれた。

 エディに相談しようとした。物知りだし。
「で? どうして欲しいの? なんならここに連れておいでよ。二人一緒に面倒見てあげる。いい実習で有難いよ。今回のレポートにさせてもらうから」
 今期から行動心理学の講義も取ったんだってロジャーが教えてくれた。冗談じゃねぇ、俺たちのあのひと時をグラフだなんだでこね回されて堪るか。

 ロジャーに……相談したら下手するとネットワークに流されちまうからNGだ。

 ロイ……抱かれてた男に、相談? バカか、それ。

 じゃ……レイしか残ってねぇ。あの男におよそロマンに似たものがあるかどうか、それさえ疑わしい。薔薇を見た時にアイツが言ったのは、「それ、食えるって知ってたか?」

 

 結局俺は一人でフェルの猛攻撃に立ち向かわなくちゃなんねぇ…… でも、これはこっ恥ずかしいけど嬉しい悩みだ。俺だってその、好きなんだから。

 そんなことを助手席であれこれ考えていた。

「おい、何にやにやしてるんだよ。気持ち悪いぞ」
「気持ち悪いってなんだよ、妻が幸せそうな顔してたらもっと喜べよ」
「それより平気なのか? 検査のために食事抜きなんてそんなの初めてじゃないか」
「この際だからいろんな検査受けておけって。健康診断みたいなもんだって言ってたよ。俺のケガ、会社が世間体悪いし内部での……事件だから監督不行き届きだのなんだので問題になっちまうからって全額負担してくれることになったろ? だから高い検査も受けとけって」

 正直言って有難い。収入は落ちるし、そこにこの手術と入院だ。母さんは「フェルに内緒で相談なさい」って言ってくれたけど、やっぱりそういう訳には行かねぇからな。だから高い検査でも何でも受けといてやろうって思ったんだ。

「ならいいけど。そうか、じゃ帰りはどこかで何か食べて帰ろう。久し振りに外食もいいだろ?」
「それ、遠回しに今日の夕食作りたくねぇって言ってんのか?」
「たまには僕にも休み……」
「家事に休みは無ぇ!」

 とは言っても、俺もこの辺でちょっと元気回復しておきたい。なにせずっとフェルの料理食ってる。愛が無きゃ食えねぇ、あんなもん。昨日は見事に塩と砂糖間違えた。どうやったらあんな味作り出せるんだか俺にはさっぱり分かんねぇ。

 

 隣をチラッと見ると完全に不貞腐れた顔。この顔……実は好きだ。母さんでさえ見たこと無いって前に言ってた。
「あの子、私の前で不貞腐れたことなんてないの」
出来れば動画に撮って母さんに見せてやりてぇくらいだ。ちょっとの間その顔を堪能して、俺は勿体をつけて言ってやった。

「しょうがねぇな、たまには外で食べるか。ドレスコード考えてなかったからレストランとかはダメだぞ」
「ああ! いいよ、そんなの。何食べるか後で決めよう、お腹空いたよ!」

 フェルは、俺だけ食事抜きなんて可哀想だって、自分も食うの止めたんだ。こういう優しさ……たまんねぇ……
 俺、本当に愛されてる。結婚した時あんなに不安だったのが嘘みてぇだ。

 相変わらず病院の中は混んでてごった返してる。これだけ病人ケガ人が多いのかと、ホントに驚く。改めてリズたちの偉大さが分かる。

 あーでもない、こーでもない。待ち時間の間くっだらねぇ話をしてフェルがレストルームに行った時、後ろに座ってる子どもの声が聞こえた。

「あのお兄ちゃんの言葉、変だよね」
「しーっ、だめよ、そんなこと言っちゃ。きっとちゃんと学校でお勉強しなかったのよ。トミーはちゃんと学校に行きましょうね。そばにいる人が恥ずかしい思いするんだから」
「うん!」

 何言ってんだろう? 誰か変なヤツいるか? 思わず周り見まわしてその子見たら慌てて俺から目を背けた。6つくらいの男の子だ。

 え? 俺? 俺の喋ってんのが変だって言ってんのか? 学校ちゃんと行ってなかったって…… え? そりゃ、俺はフェルと付き合うようになるまではいい加減な勉強の仕方してたけど、結構独学であれこれ勉強したんだ。

 もう一度思い切って振り向いた。目がばっちり合った。とたんにその子が泣きそうな顔になった。
「マム! お兄ちゃんに睨まれた!」
え! 勘弁!!
「あの、睨んでなんかねぇよ」
「ご、ごめんなさい、変じゃないわ、気にしないで。あなた綺麗だし。だから言葉なんか気にしなくて平気よ」
「あの!」
「ごめんなさいね!」
その子を急き立ててどっか行っちまった……

 

 呆然としてた。俺、喋り方変なの? 誰もなんにも言ったことねぇよ。エシューにだって注意されたことなんか無ぇ。
「そばにいる人が恥ずかしい思いする……」
「なに、どうした? 僕、お前にそんな思いさせたか?」
驚いて飛び上った俺に、慌てて隣に腰を下ろしたフェル。気遣わし気なその顔……

「な、そのさ、俺といて時々恥ずかしいって思ったりしねぇのか?」
「なんで! 誰か悪口でも言ったのか!!」
「いや、違うって。いいから座ってくれよ。ちょっと聞きたかっただけだ。例えばさ、俺、髪長いし、普通の男より」
「お前の髪にゴチャゴチャ言うヤツがいたら僕が捻り潰す」

マジやり兼ねない。しかも俺の髪弄り出して、そばにいる俺の方が恥ずかしい。

「髪じゃなくてもさ、着てるもんとか」
「お前のセンスをゴチャゴチャ言うヤツは僕が捻り潰す」
 聞くの、止めた。本当に変なら誰かなんか言うはずだ。けど今日が初めてじゃねぇのを思い出した……どっかで何か食ってた時もそば通った女の子が言ってた。

「きれいなのにね。惜しい」
「聞こえちゃうわよ」
「大丈夫よ。きっと酷いナマリのある人にでも英語習ったのよ」

 気にしたこと、無かった。っていうか、それより気になったり問題あったりすることが多かったからそれどころじゃ無かったんだ。あの時にもそんな話が聞こえた。そうだ、それからあん時も……

「どうしたの? 何かあったんだろう? 言えよ、隠さないで」

  ――そばにいて恥ずかしい

 恋は盲目だって言う。もしかしたらフェルは俺を愛してるからもう気づけねぇでいるのかもしんねぇ…… どうしよう、どこ直したらいいんだ?

 少ししたら名前を呼ばれた。本当にいろんな検査をされる。こういうんじゃなきゃ、どっか悪いんじゃねぇかと思うほどだ。うんざりするなんたら投影、MRI、採血、やっと終わってDr.ガーフィールドの診察室に呼ばれた。どうしても同席するってフェルがついて来た。どうやらオーデコロンの件でもやっとしてるらしい。ま、いっか。いい刺激になるかもしんねぇ。

 

「疲れただろう。今見たところ傷口も問題無いし、それほど心配は無いかな。何か変わったことあるかな? 家事とか始めて」
「それがフェルがやらせてくんなくて」
「やった方がいい。もうリハビリ開始しないと却って良くない」

 これは一緒に来て正解だ。いくら俺が言ったって本気になんかしねぇだろう。絶対に家事なんかやらしてくんない。

「じゃ、料理とか洗濯とか掃除とか、普通にやっていいですか?」
「いいよ。むしろやらないとだめだ。そうだね……縫物とかする?」
「したいです」
「それはやめておこう。細かい作業はもっと指が動くようになってからだね。講義のノート心配してたっけ?」
「今、フェルが頼んでくれて同じ講義取ってるやつにノートのコピーもらってます」
「うん、それも始めよう。ゆっくりでも構わない、とにかく指を使うんだ。いいね? 何か変わったことがあればすぐに来なさい。フェルも様子を見ながら心配なことがあったら相談しにきなさい」

 検査の結果は2週間したら出ると言われた。その間いろいろやって何かあればその時に言えばいい。料理が出来る! 俺はそれがすごく嬉しかった。

「良かったな! お前のしたいことが出来る」

それはフェルの料理からの解放ってのも入ってるから、手放しで喜ばれちゃ困る。

「でも手伝ってくんねぇと。俺一人で何もかもいきなりは困るよ」
「あ、うん、もちろん手伝うよ! それに力仕事とかは当然僕がやるし。今夜お祝いしないとな」

お祝い……絶対、アレも入ってる…… それじゃ誰のためのお祝いか分かりゃしねぇ。

 

「お祝いはまだだ。検査の結果見てからだ。それまではちょっと大人しくしてたいんだ」
「大人しく?」
「その……メイクラブもちょっと休もう」
「ええぇ!?」

なんて驚き方してんだよ!

「それは拷問だよ、そっとやろう。負担かけないから」
「どうしちまったんだ? お前、そんなじゃなかった。婚約の最初の頃、お前がさせてくんなくて拷問だと思ったけど、あのお前どこに行った?」
「お前の顔が見たいんだ、イく時の」

いくら車の中とは言え、俺はむせ返った。なんてこと、言うんだよ……

「フェルさ、ホルモンのバランスでも崩れてんじゃねぇか? 今度行ったらお前も検査してもらえ」

 それきりフェルは黙ってしまった。良かった、これで今夜は無しだな。

 食事しながら考えた。Dr.ガーフィールドは俺と話してて変な顔なんかしなかった。つまり、あの喋り方はOKってことだ。
 他の時を考える。丁寧な言葉を使う相手って、やっぱりそれなりの相手の時だ。だからそういうのは心配ねぇ。
 じゃ、普段の言葉遣いだってことだ。考えて見りゃ、今まで変なこと言われた時ってたいがい気のおけない連中と喋ってる時ばっかりだ。それ、ちょっと考えながら喋った方がいいかも……

「おい、おいリッキー! どうした? 全然僕の話聞いてないだろう?」
「あ、ごめん、何話してた?」
「だから、車。今度一緒に見に行こう。いくらぐらいか見ないとさ」
「そうだな、いつにする?」
「週末だね。その前にタイラーに相談してみよう。どんなことに気をつけたらいいか教わらないと」
「それ、いいアイデアだ! 今日帰りタイラーんとこ……タイラーのところへ寄らね……ないか?」
「いいね、土産持って行こうか。どうした? 口が痛いのか? 喋りにくそうだな」

心配そうな顔。俺のどんな変化も見逃さない。夫としちゃ最高の相手だ。ホントに俺、幸せだと思う。

「平気だ、なんでもね…ないよ、気にすん…するな」

 まだ変な顔してるから俺は食べる方に専念した。

 

 分かったような気がした、俺とみんなとの喋り方の違いってやつだ。今頃そんなことに気がついたのか?ってくらい、俺の喋り方はみんなと違ってる…… これじゃ笑いものになるばかりだ、フェルに申し訳ねぇ…いや、『申し訳ない』。
 これだな、考えてる時にそんな言葉使うから口にも出る。

 こうやって俺は泥沼の中に浸かって行ったんだ……

  # F #

「おい、リッキーおかしくないか? なんかあったのか? それともケンカか?」
「ケンカなんかしてないよ! そりゃ小競り合いはたまにあるけどあんな風になるほどのものは無い」

 そう。おかしい、間違いなく。どうしたんだ? 食事中から……いや、病院の時から既におかしかった。きっと何かあるに違いない。そういえば変なことを聞いてきた。
『俺といて時々恥ずかしいって思ったりしねぇのか?』
 誰だ? 誰が妙なことをリッキーに吹き込んだんだ? でも病院で見かけたのは親子連れだとかお年寄りばっかりだった。車の中から口数がすごく減った。喋るのももたもたして喋るし、何度も言い直す。

「タイラー、お前からリッキーに聞いてみてくれないか? 心配で心配で」

病院でのことを全部話した。

「それ、適任はエディだろ。今行動心理学も取ってるんだし」
「でもエディにはすっかり世話になってるから申し訳なくって」
「気にしなくていいんじゃないか? ヤツにはいい勉強なのさ。俺なんか一番そばにいるから最近ずっと材料にされてるよ。夫婦喧嘩の後になんで指輪を抜くのかとか。余計なお世話だ、ほっとけ! って怒鳴ったばかりだよ。ロジャーなんか格好の標的になってるよ。[たゆまず喋り続けるのは、なんの強迫観念からか]ってな」

思わず吹き出した。それが分かって対策が立てられたら救われる人はたくさんいるだろう。

「笑ってるけどな、お前もそのうちやられるぞ。[むらむらし過ぎる原因は欲求不満かホルモン異常による病気か]なんてノートが机の上に乗ってたからな。あれ、お前のことだろ」

 げ! 冗談だろ、僕の性衝動まで研究材料にされちゃ敵わない。これはどうしてもエディに会わなきゃならない!

「前みたいにストレスかもしれないし。お前のことで相当疲れたろうからな。一生懸命だったよ、リッキーは。お前が羨ましいよ、まったく! 大事してやれよ。夜もちょっとは手抜きしろ。ぐっすり眠れてないんだろう」

 そんなに? そんなに負担だったのか、夜の生活……そう言えば寝かせてくれって何度も言われた。僕はセックスするのはぐっすり眠れていいだろうと思っていた。現に僕はそうだし。でもリッキーには負担だったんだ。

 近づかない。それしか手は無い。だってそばにいれば自然に触れたくて抱きたくてキスしたくて……

 そうか、僕の欲求ばかり押しつけてる。しばらくソファに寝るのもいいかもしれない。リッキーもそれを望んでたし。


「あれ? 枕持ってどこ行くの?」
「今日はソファで寝るよ。お前、たまにはゆっくり寝たいだろ? 僕も今夜は読みたい本があってさ」
「……分かった。じゃ、お休み……」
「あ、眠るまでは寝室にいるよ。独りにはしないから」
「うん……いいよ、それで」

 こうして僕はリッキーを泥沼に突き落としていった……

  # #

 なんか、フェルが変だ…… 急に俺と寝たがらなくなっちま、なったし、俺を見るとソワソワし始める。朝も「おはよう!」ってキッチンから声がしたから行ってみると「あ、そうだ!」ってどっか行っち、行ってしまう。なんなんだよ……どうしち、したんだよ……


「シェリー、嘘嫌いだよな」
「ええ、嫌いよ。どうしたの?」
「ちゃんと教えて欲しいんだ、俺の言葉って変?」
「そうね、変よ」

(え? やっぱ変、やっぱり変なのか?)

「でも可愛いから。そうねぇ、結婚する前と変わったかな。前はもっとキチッと喋ってたと思う。でもフェルや周りに甘えること覚えてからすごく変わったと思うわ。なに? もしかして気にしてる? 私は可愛くっていいなって思ってるけど」

俺は頷いた。下手に喋るとまた変な言葉になっちまい、なってしまいそうな気がするから口を開くのが怖い。

「フェルと何かあったの? ケンカ? 今の言葉、イヤだって?」

首を横に振った。気をつけて喋ろう。

「一緒にいる時間が少ね、少ないんだからケンカにもなんね、なんないよ」
「一緒にいない? なんで? 忙しいってこと?」
「分かんねぇ、分からないんだ。何があったのか、どうして俺の傍にいてくん、くれないのか」

だめだ……ぼろぼろだ。どうしていいか分かん、からない……

「なんで泣いてるの! リッキー、あんたおかしいわ。どうしちゃったの?」
「何でも……ない、また来るよ。ごめんな」

 

 あれ以上シェリーのとこにいられ、ないと思った。自分で何言うか分か、らね、らないんだからどうしようもね、ない。
 ……喋るのが……いやだ……きっとそれが原因だ、フェルの様子がおかしいのも。久し振りだ、こんな気持ち。すっかりやっていける自信無くなっち、無くなってしまった……

 

  # #

「誰?」

「僕だ。ちょっといいかな」

ドアが開いて見えたのは眠そうなエディの顔。珍しい、こんな顔してるなんて。

「寝てないのか?」
「レポートが忙しくてね」
「あ、邪魔だったか? またにしようか」
「いいよ。少し気晴らししたかったところだし。なに?」
「その、リッキーのことなんだけど」

 僕は病院でのことを話した。どうも誰かに余計なことを聞かされたらしいこと。それで悩んでる様子だということ。話を聞いてやってほしいこと。

「自分で聞けば? リッキーだってフェルに聞いてほしいだろうと思うけど」
「僕は今、リッキーに近づけないんだよ」
「なんで! ケンカでもしてんの?」
「違うよ! なんでタイラーもお前もケンカだって思うんだよ」
「いや、もしそうなら支度しないといけないし」
「支度?」
「そ! 今夜にでもリッキーが泊まりに来るかもしれないってことだろ?」

 

 ケンカすれば誰かの所に泊まりに行く。もう恒例行事みたいなもので誰も驚きもしなくなった。僕だって複雑だ、家出なのかお泊りなのか分からないんだから。

 一つはっきりしているのは、泊っても眠らないっていうところ。最初はみんなも気にしたらしいけど、最近じゃさっさと寝てしまうらしい。リッキーは僕がいないと眠れないってことが分かってから「夫婦喧嘩なんて心配するのもバカバカしい」なんて言われている始末だ。

 

「ちょっと待っててくれる? 買い物行ってくる」
「買い物?」
「リッキーの夜食買っとかないと。夜中に腹空かしたら可哀想だし」

思わずエディを抱きしめて、またジタバタされた。

「だからそういうの止めろって! なんなんだよ」
「いや、いいヤツだなぁってさ。でもホントにケンカなんかしてないんだ。ただ……そばにいられないっていうだけで……」
「……なるほどねぇ……」

  
 イヤな言い方、イヤな眺め方。
エディは辛らつに行こうとするととことん出来るヤツだから、内容によっちゃ喋る時には覚悟がいる。そして、これはきっとその対象だ。

「フェルさ、リッキーが浮気するとでも思ってんの? だから必要以上にくっついてようとしてるんだろう?」
「え? 浮気? するわけ無いよ、リッキーが。疑ったことも無いよ」
「行動パターンとしちゃさ、小さい子とあまり変わらない様に見えるけどね。嫌われてるような気がするから相手の気を引こうとしてあれこれやっちゃう。フェルの場合はそれが『リッキーにまとわりつく』って結果になってるんじゃないか?」

 いや、それは無いだろうと思う。そりゃ、リッキーは美しいから誰もが振り返る。ドレスコードをピシッとクリアしてるリッキーなんて、エスコートしている僕でさえドキドキしてしまってつい周りを見てしまう。誰か変な目で見てるんじゃないかって。
 それにDr.ガーフィールド……そうだった、オーデコロン! しまった、買うのを忘れた!

「フェル、おい、フェル! 聞けって、人の話を」
「エディ、リッキーだけなんだよ、僕のことを分かってくれるのは。もし……もし浮気されたら生きていけない……」
「さっき『疑ったことも無い』って言ったばかりじゃないか。やっぱりね。少しは自信持ったらどう? リッキーはフェルのことなら何でも一生懸命にやってるよ。見てる方が切なくなるほどね。君ら似合いの夫婦なんだからもっと自信持っていいと思うよ」

そうなんだろうか……リッキーを疑ってるんじゃない、僕が釣り合わないような気がして不安で……

「しょうがないなぁ、何かあったのか? って聞いてみるよ。それでいいか?」
「ありがとう! 悪いな、助かるよ」
「明日まで待ってくれ、レポート終わらせてからだ」

 

 エディが引き受けてくれたから僕はほっとした。せめてそれまではそばにいすぎないように気をつけないと。我慢してるせいか、リッキーを見るだけで僕は…… だめだ、我慢! 少しの間なんだから。

  ##

「帰ったよ!」
「遅かった……な、どこ……行ってたんだ?」
「ちょっと散歩。あれ? 料理? え、何か作ってくれるの?」
「もうそろそろ作ん……ないと。リハビリだし」
「そうだね、そうだった。えと、何か手伝った方がいいよな?」

 嫌そうだ……そうだ、フェルにはこれ、苦痛だったんだ。そういうのもいけなかったかもしん、しれない、そのせいでストレスが溜まって、るんだ、きっと。うん、ストレスだ、俺のそばから離れんの、離れるのは。

「いいよ、俺一人で作って……みる。上手く行かなか……ったらごめんな」

 

 ……うまく喋れね…ない……

 

「リッキーの料理で上手く行かないことなんてないさ! リッキーの手料理が食べられるなんて、久し振りのご馳走だ!」

 嬉しそうだ。やっぱ……り、俺の思い違いだよな。フェルは俺を避けてるわけじゃねぇ、ないんだ。俺も変な態度取んね、取らないようにしないと……

 ……疲れる………

「リッキー? どうした? 手が痛いんじゃないのか?」

 いつの間にか手が止まってい……た。だめ、今日はフェルの好きなもん作る……好きなものを作るんだ。料理さえちゃんと出来て……りゃ、え? あ、合ってる、フェルはそばを離れねぇ……違う!! 『離れない』だ、『離れない』!!!! 何で間違っちま…………

「リッキー、こっち向いてごらん? どうした? 何で泣いてる?」
「お、俺……どうしていいか……分かんなくなっち……」
「ん? 何が?」
「俺、ふぇる、おれ、嫌われたくね……ない、俺を嫌わねぇ……ないでほしいんだ、おれ、もう、喋ら……ない……から……」

何をどうしていいかもう……


 抱きしめてくれる手が背中を撫で続けていた。

「ごめん、ストレスになってた、お前を求めてばっかりで。しばらくの間そばから離れるから。いや、もちろん家にはいるから。だから」
「やっ、…やっぱり……おれ、迷惑かけ……そんなことにも気が回んねぇで   あ」

 

 それっきり俺の口はぱくぱくするだけで言葉が出なくなっち……なってしまった。涙が出るのに声が出ね……出ない、どう喋ったらいいか分かん……ああ、違う、また間違ってんのにどこ直したらいい? どうやって喋ってたっけ、俺、分かんねぇ あ 違う、あれ? なんだっけ

 

 気がついたら俺、フェルに抱き上げられていた。寝室に入ってベッドにそっと寝せてくれる……俺、嫌われて無い? 大丈夫? まだ平気?

「待ってろ、何か飲み物持ってくるから」

ベッドから離れようとしたからしがみついた。いやだ、離れちゃいやだ……

「どうしたんだよ、何か言ってくれよ……」

 フェルが胸に抱きしめてくれた。髪を梳きながら、まるで子どもをあやすみたいにゆっくり体を揺すってくれる……

「少しこうしてようか」

 俺は頷いた。うん。こうしていたい。こうしててほしい。もう言葉のことなんか考えたくねぇ…… フェルはまるで俺の言葉が聞こえたみたいにただ静かに体を揺すってくれた。

 少しずつ俺の気持ちが落ち着いていく。髪を触って、背中を撫でて、優しく抱きしめて、おでこにキスをくれる……

「ごめんな。きっと僕が原因なんだよな。どこを間違ったんだろう……ここんとこ、僕らの気持ちがズレてるような気がしないか?」

ギュッとしがみついた、さっきより強く。フェルが俺を包んでくれる。気持ちいい……ああ、フェル、俺、気持ちいい……涙が……

「リッキー、まさか……喋れないのか?」

俺は頷いた。フェルが慌てて俺の顔を押し上げた。

「声……出せない?」

フェルに抱きついて頷いた。

「病院に行こう! リッキー、だめだ、このままにしておいちゃ!」

行きたくない、こうしてたい。そう伝えようとした時にノックがあった。

  # #

「ごめん、今手が離せないんだ」

シェリーだった。僕はリッキーのことで頭がいっぱいだった。

「リッキーがいるんでしょ? ちょっと外に出て」
「だから今……」
「多分そのことと私がここに来た理由とは関係があるわよ」

それを聞いて僕はすぐ外に出た。リッキーの声が出ないことがどうしてシェリーに分かったんだろう。

「リッキーの様子はどうなの?」
「今声が出ないことが分かったんだ、喋れないって。これから病院に連れて行こうと思って」
「あんた、リッキーに言葉遣いが変だって言ったの?」
「言葉? 僕が?」
「……そうか、あんたじゃないのね? 何か心当たりがある?」

病院でのことをシェリーに話した。

「じゃその時に言葉のことで誰かに何か言われたんだわ」
「でも周りには変な人はいなかったよ」
「ってことは……普通の人に言われちゃったのね……。あのね、自分の言葉遣いをひどく気にしてたわよ。聞きに来たの、俺の喋るのは変じゃないかって」
「シェリー、なんて答えたの?」
「否定するのはおかしいから。あんたの言葉、私は可愛くって好きだって言ったわよ」
「シェリー!」

 

 思わずシェリーを責めそうになった僕に、シェリーは首を横に振った。
「嘘を言うのは良くないって分かるでしょ? だって確かにリッキーの喋り方って私たちとは違うもの。多分元々そんな英語を覚えさせられちゃったのね。けど本当に可愛いじゃない? ちゃんとした相手にはきちんと話出来るし。何も問題無いと私は思ってるのよ。けど思った以上にリッキーの中では深刻なことだったのね……」
「どうしたらいい? やっぱり病院……」
「その前に聞きたいことがあるわ。なんであんた、リッキーから離れようとしてるの?」
「え? 離れる?」
「そばにいてくれない そう言ってた」

まさかシェリーに、そばにいると抱きたくなるからだ なんて言えない……

「それって……今度のことに影響してると思ってる?」
「もちろんよ! 本当はあんたに聞いてほしかったんじゃないのかな。でもあんたがいないから私に相談に来たのよ」

 僕は……自分のことばかり考えていた。このところそうだ。リッキーが退院するころから僕はなんだか甘えたくて仕方ない…… リッキー自身のことを考えもせずに。

「リッキーにもう一度ちゃんと話してみるよ。それでだめなら病院に連れてく」
「そうね。あんたがちゃんとリッキーと話せば落ち着くかもしれない」
「ありがとう。教えてくれて良かった」
「今はそばにいてあげて。あんたが一番の薬なんだから」

 寝室に戻るとぽつんとリッキーが座っていた。まるで結婚したばかりの頃のように頼り無げに見える……
僕はベッドに乗って後ろからリッキーをそっと抱きしめた。

「寂しかった? 最近僕はちゃんとリッキーと話して無かったね」

僕の腕にぎゅっとリッキーが掴まった。やっぱりそうか……

「ごめん。本当にごめん、リッキー。僕は……持て余していたんだよ、自分の気持ち。お前を好きで愛してて、抱きたくて堪らない」

強く抱きしめてリッキーの髪に顔を埋めた。大好きな愛しいリッキー。

「こっち向いて。僕の上においで」

 愛らしい顔が素直に僕を向いて、でもそこには涙でいっぱいの黒い瞳があった。僕はリッキーを横座りに膝に乗せてもう一度抱きしめた。

「ごめんな、お前の気持ち、よく考えてなかった。でもね、お前を愛してる気持ちは誰よりも僕が一番だと思ってる。僕は……自信失くしてたんだ。お前がどうするこうするじゃなくて、僕が自信が無くなっちゃったんだよ、お前の夫として相応しいのかって。あんなこと……してしまったし。時間が経てば経つほど僕の取った行動は良かったのかって。お前にあんな僕を見せちゃって愛想尽かされるかもしれないって……」

 

今度はリッキーが僕を抱きしめてくれた。そして腕を離して僕の目を見つめて……

  ――ああ なんて優しいキスなんだろう。リッキーがキスをくれる。この僕に。
抱きしめてるんじゃなかった。僕がリッキーにしがみついていた。

「リッキー……この僕でいい? あんな僕も僕の一部だ。二度とあんな真似しないって約束が……約束する自信、無いんだ。お前に何かあったら僕はどうなるか分からない。そんなこと考えただけで狂いそうなんだ……そしたらお前に嫌われるに決まってる、そう思えてきて……だからお前を抱かずにいられないのかもしれない……」

 喋ってるうちに自分が分かってきたような気がした。そうだ、リッキーを抱いている間は余計なことを考えずに済む。愛してるからだけじゃない、僕は自分が楽になりたかったんだ……

 自分の気持ちを確かめるようにゆっくりと喋った。

「間違ってたよ。僕は自分が安心したかったんだ。それしかきっと考えてなかった。お前のことを蔑ろにしたんだ。お前は何度も僕に自分の気持ちを言ってくれたのに僕はそれを真っ直ぐに受け止めてなかった。僕はお前に……甘ったれてたんだ」

 

 リッキーが驚いた顔で僕を見た。そして頬を撫でてくれた。

「そうか、甘えたかったのか」

声が出た。目が大きく見開いて、リッキーが自分の口を触り、喉を触った。

 

 

 

  # #

 フェルの抱きしめてくれる腕の中で、ゆっくり喋る声を聞いてた。それはすごく俺を落ち着かせた。結婚したばかりで不安ばかりだった俺に根気強く話してくれたフェルの喋り方。
 そしてフェルの言った言葉に驚いた。

『甘ったれてたんだ』

 そうだった。入院してる時に俺は思ったじゃねぇか、フェルを甘やかしてやれるのは俺だけだって。俺にひっついて回ってたのは甘えてる子どもとおんなじだったんだ。俺はそれに気がつかなかったんだ。

「そうか、甘えたかったのか」

 

 俺は自分の声に驚いた。すんなり迷わずに言えたことにも驚いた。

「俺も……怖かったんだ、フェルの気持ちがよく分かんなかった。俺も自分のことした考えてなかった。なんでこんなに俺を抱きたいのかって。なんでエスカレートしてんだって。そうか、甘えたかったんだな。俺しかお前を甘やかしてやれねぇのに、俺、気づかなかった。ごめん」

 一気に喋った。そうしないとまた自分の言葉に躓いちまうと思った……躓いてしまう だった。

 

 俺はフェルに向き合って膝に座った。

「久しぶりだね、こんな風にするの。あの時……僕の膝の上でお前、眠っちゃったよね」

フェルの胸に耳をつけた。

「俺、こうやってんの好きだ。お前の鼓動が聞こえる。落ち着く。誰の鼓動も耳に入らなかったのにお前の鼓動は初めて俺を落ち着かせてくれたんだ」

俺の髪に何度も何度もキスをくれるフェル。

「俺、お前の甘えたかった気持ちに気づかなかった。フェルは俺がどうしていいか分かんねぇ気持ちに気づいてくれなかった。お前の言う通り、俺たち少しズレてたんだな、気持ちが。ごめん、ホントに」
「謝るなよ、リッキー」

 

 フェルの声が震えてる。フェルの首にキスした。そのまま唇で撫でるように上下に行ったり来たり。いつも俺がされてることをフェルにしてやりたい。
 いつもと逆のせいか、フェルの息が喘ぐような息に変わってく。フェルをベッドに押し倒した。

「今日は俺がイかせてやる」

 驚いたような目が泣きそうな目に変わった。俺のフェル。俺だけのフェルだ。お前がそんな顔出来んのは俺の前だけなんだ。

「俺の喋り方、お前このままでもいいのか?」

 ゆっくり頷く目が俺に答えてくれた。それでいいんだって。まだ傷痕のある俺の左手にキスをくれる。

 あれ? 気がついたら俺の言葉、すっかり戻っちまってる。フェルが いい って言ったからいいのかな……

体の下からフェルがむずかるように動き出したから慌てて集中した。
さっきからずっと顎の下を責めっ放しだった。ここに性感帯あるなんて、お前知ってたか? こんなとこでこんなに感じるなんてお前くらいのもんだと思う。

フェルが焦れてる…なんか、可笑しい、笑っちゃなんないけど。
「目、開けて、フェル」
目尻にキスを軽く落とした。瞼がひくりと動いて目が開いた。
「感じてる、フェルのここ」
後ろ手にフェルの突っ張ってるとこを握った。

 ぁう!

すぐ手を離してフェルの顔の真上にゆっくり唇を開けながら降りてった。フェルの目が俺の口に釘付けだ。
さっき頭を上げて待ってたくらいだ、俺の口を迎えたのはもっと大きく開けたフェルの口から出てきた舌だった。
両手を俺が掴まえてるから動きを封じられて必死に俺の口の中に舌を伸ばしてくる。
可愛いフェル! けど主導権は俺が持ってるからいつもみたいにキスでイかそうなんてさせねぇからな。

それでもヤバい、本当に持ってかれそうだ……なんてキス…すんだよ…
俺は渾身の力を込めてフェルの口から離れた。
ホントにそうでもしなきゃ捕まっちまうんだ。もうキスは無しだ。
フェルの二の腕に両手をついた。これでもう動けねぇだろ?
フェルのアレの上に乗っかって体をゆらゆらしながら真上で目を見つめる。

 り…
「なんだ? 言えよ」
 気持ち いい

夢見るような声だ。俺、いつもそんな感じか?
あんまり蕩けそうな顔してるからもう目を開けろって言うの、止めた。
いいよ、そのまんま夢ん中にいて。今日は俺がお前の面倒見るんだ。

腰を動かしたままフェルを裸に剥いていく。大人しくっていつもと違うフェル。
悩ましいため息が引っ切り無しで煽られそうになる。
耳にどんだけの破壊力があるのか見てみたい。
俺はフェルの耳に舌を伸ばした。

 っひ…っ

初めて聞く、フェルのそんな声。そうか、俺、ここでもやられっ放しだからな。
丁寧に舐める。さわさわと舐める。唇で噛んでいく。
フェルが俺の下で見悶える。俺の尻の下で大きく育っていくフェルのアレ。
咥えてもいいんだけど…フェル、嫌がるから。俺のそんな姿見たくないって。
それ、すごく嬉しくて。どいつもこいつも俺にそれをやらせたがったのに。
フェルはフェラは嫌いじゃないんだ。けど俺に這いつくばらせてるみたいで嫌だって……

やっぱ、愛されてるじゃねぇか。なんでまた疑っちまったんだろう、フェルに嫌われるかもって。

下がりながらフェルの下も裸にしていく。俺も裸になっていく。
フェルはぐっしょり濡れていて、俺も…濡れていて。
ベッドヘッドにある小箱を開いてジェルを取った。
コンドームは止めた。ちゃんと感じさせてやりたいから。
しばらく中に入って来なかったからそういう意味ではご無沙汰だ。

自分で馴らすのも久し振りだ。全部フェルがやってくれるから俺は俺の面倒を見たことが無い。
フェルの腹に胸を預けた。だからフェルのアレは俺の腹の下でピンと勃っている。
それを感じながら目を閉じて尻を上げてジェルで揉み解していった……
…やべぇ…あ…イきそ……

もういいや! そう見切りをつけてフェルのピンと勃ってるヤツを俺に当てがった。ゆっくり腰を下ろす、半分くらい行ったとこで腰を浮かす。
何回か繰り返すうちに っは! だめだ、ここは。一瞬火花が散る。
もっと腰を下ろしてフェルの顔を見た。腰をくねらせると胸が激しく上下する。
感じるか? どうだ? 久し振りの俺ん中。
俺は…堪んねぇ、気持ち良すぎて。すっかり俺の体はフェルの物になってる……

深々とフェルを迎え入れた。一番奥に感じて腰上げては落とす。
俺の締め付けが強いのかフェルから声が上がり始めた。

 あぁあ! りっ…き……はぁ…あ

何度も頭が上がりそうになってはすとんと枕に落ちる。
もう俺もフェルを味わうんで夢中になっていった……

  # #

どこで記憶が途切れたのか、それさえ僕には分からなかった。
気がついたら僕は体を拭かれていて……

「リッキー! そんなことしなくていい!」

クスリとリッキーが笑った。
「それ、二度目だな。初めて俺にイかされた後もそう言ったよな、お前」
カッと顔が熱くなった。胸を押されて僕は枕に頭を落とした。
「そんなこといいんだよ。な、一緒にシャワー浴びよう」
「少し休んだ方がいいって。お前きっとぐにゃぐにゃだ」

何が? そう聞こうとして体がおかしいのに気づいた。
「お前のこと、滅茶苦茶イかせたんだ。だからしんどいだろ?」
「お前は? 僕はお前の中に入ったんだろう? きつくないか?」
リッキーがぺたんと胸に頬を乗せた。目を閉じて髪を梳く。僕のリッキー。
「入ったよ。俺、大丈夫だった。でも入ったのは一回だ。その後は俺が何回も…」
「何回も? 何回? まさかお前、口」
「バカ、テクニックでイかせたんだ、心配すんな。何回って、ま、何回もだ」
「僕の体で楽しんだな?」
「そりゃもうたっぷりと。お前の性感帯って滅茶苦茶多いんだな。これからもすごく楽しみだ」
「え? そんなに?」
「ああ。そんなに」

そうか、僕は自分のことをあまり知らないらしい。そして僕の知らない僕をリッキーが知っている。なぜだろう、それが嬉しい……

「お前の言葉さ、僕は好きだ。誰に何言われたか知らないけどそいつはお前の何を知ってる? 僕以上にお前を知ってるはずないんだ。だから気にするな。全部ひっくるめてお前なんだから。そんなお前が愛してくれるから僕は僕でいられるんだと思う。自分を失わないでくれ。お前が僕の道標なんだから」

リッキーが僕を見上げた。黒い大きな瞳で僕を見つめる。

「ホントに? 何も変わんなくっていい? このまんまでいい?」
「もちろんさ! 変わるなよ、僕を置いていくな…変わっちゃったら置いて行かれたような気がするからさ…」

不思議だ。リッキーになら何でも言える。強くもなれるし弱いところを曝け出しても受け入れてくれると分ってる。

「俺も…お前がそうやって俺を認めてくれるからやってけると思う。俺、お前に愛されてるって信じる。ずっと愛してくれるって。もう負けねぇよ、どんなことにも。それでも負けそうになったらお前が助けてくれるんだろ?」

リッキーを、その肩を抱きしめた。黒髪にキスをした。

「なら、いい。俺もう迷わねぇよ。迷いそうになったら真っ直ぐお前に言う。お前も言ってくれるんだろ?」
「言うよ。愛しの奥さま。一緒に生きて行こう、ずっと」


もう迷う時間は過ぎたような気がする。長いこと迷子になっていたけどリッキーが手を引っ張って迷い道から出してくれた。その手を離さないようにしよう。
僕の道標、僕の愛しい人。

 

bottom of page