九十九と八九百と十八

10. 4日目:泣かれて抱きしめて

 八九百の熱が下がった。心配だったが十八に風邪は移らなかった。
「良かった、お前が健康な子で!」
十八を抱き上げて言うと、八九百が申し訳なさそうな顔になる。
「すみません、来た早々に迷惑かけちゃって」
嫌味を言ったつもりが無かったから焦る!
「気にするなって。そういうつもりじゃなくってさ、赤ちゃんって具合悪いとか自分で言えないだろ? 八九百みたいに喉乾いたとか言ってもらえないと困るって意味」
顔が明るくなったから、もっと気をつけようと思う。やっぱり八九百は繊細だ。

「先のことを話したいんですが」
「もう? いいんだよ、ゆっくりでも」
「落ち着かなくて…… この先どうしていけばいいのか、十八にどう向きあえばいいのか」
 そうか。俺にはその気持ちは分からないんだ。八九百にしてみればのんびりとはしていられないんだろう。特に十八とのこと。
「ごめん、無神経だった。今日はまだニュースを漁ってないんだ。まずそれからやってみるよ」
「漁るって?」
「八九百と十八は今行方不明になってるわけだろ? もしかして事件とか行方不明とかそんなニュースが出てないかと思ってさ」
「もしかして、ずっとそれを見ていてくれた?」
「まあな。だって早く分かった方がいいかと思って」

 いきなり八九百に抱きつかれて慌てた。
「ありがとう…… 九十九はまるで身内みたいによくしてくれる……」
「泣いてるのか?」
「……嬉しくて」
 せっかくのこの状況。純粋な八九百に付け込むようだけど、俺はしっかりと八九百を抱き締めた。
「一緒にやっていこう。もういつまでって言わないからさ。いたいだけいていいよ。ただ明日からは仕事に出る。留守を預かってもらえるか?」
「はい」

 さて、悪いことをした後はいいことしないと。
 まずニュースにいつものように目を通していく。やっぱり何も無い。ツィッターもキーワードを『行方不明』『失踪』とか入れてやれる範囲で検索。これも何も引っかからない……、いや、数が多過ぎて全部目を通してらんない。いったいどれほどの行方不明者がいるんだか日本の未来を憂いてしまう。
 テレビも滅多につけなかったのに、ニュースだのワイドショーだのを流しっ放しにする。熱心に見るのは無理だけどなんか聞くかもしれない。

 八九百は洗濯をしたり台所で何かしたり、結構動いている。出かけるのだけは一緒に、とそれを約束して他は自由にしてもらった。
「病み上がりだから無理すんなよ。買い物は今日はやめとこう。飯は食えりゃいい。俺はついきちっとやるけど、そんなに神経質にしなくても構わねぇから」
俺のやり方につき合ってたら、良くなるもんも良くなんねぇだろう。

 『優しい』を連発する八九百だが、俺がふと目を向けるとぼーっとしていたり不安そうな顔をしたりする。
(早くなんとかしてやんないと)
一緒にいることを受け入れつつある俺だが、それはそれ、これはこれだ。もし検査を受けるとなったら全額実費は困るし。

 そんなことを考えてサイトを渡り歩いているといいのを見っけた! 記憶喪失になった人に行政がどんな対応をするかだ。
①精密検査
②弁護士へ相談
③戸籍を作る手続き(「就籍」って言うのか!)
④手続きは家庭裁判所で。
 これがめんどくさい。月一で家裁に行って面談して指紋取ってまた検査して……を繰り返す。なんで戸籍を作るか、記憶を失くした時の状況やその後の経過を書け? んなもん、分かるか! 記憶喪失の状況が分かるならもっと手がかりあんだろ! 名前は自分で決めて、生年月日は記憶喪失の最初の日。年齢は、アバウト。両親は不詳……天涯孤独ってヤツだ。
⑤全部上手く行ったとして、10か月くらいかかる。
⑥就職は厳しい。学歴も職歴も書けない。過去が何も無いヤツを誰が雇ってくれるだろう? 結局フリーターになるしかない……

 十八の場合はもっと厄介だ。まず警察に届けて乳児院に。たとえ八九百が『実父だ!』と言い張ったとしても、証拠が無いから引き取れない。発見者の俺も引き取れない。里親にもなれないし、後はただ十八の幸せを祈るだけ。何せそのまま会えなくなるんだからあの笑顔を思い浮かべるだけになる。

 一応それを全部箇条書きにして八九百に見せた。選択権は八九百のもんだ。
「どうだ? もし八九百が正式にいろいろ調べたいなら警察に言うのが一番いいと思う。でも十八とはお別れってことだ。父親って自覚も無いわけだからそれでいいなら構わないかもしんないな。長い目で見りゃその方が正々堂々と十八が生きていけると思う」
 自分で言ってて、『なんて冷たいヤツだ‼』と思うが、事実は事実だ。

「九十九…… 今決めなきゃだめ? こんなこと、出来ない。十八のことも放り出せない……」
そりゃそうだよな。たとえ3日しか一緒にいないってったって、情ってもんは湧くんだ。俺にだってもう赤の他人ってわけじゃない。
「よし、分かった! じゃもう少し様子を見よう。もしかしたら今夜にだって記憶が戻るかもしんないしな。部屋は空いてるんだ、いても困んないから」
また八九百が泣き始める。
「ああもう! 泣くな! 泣くのは十八だけでたくさんだ」
泣かれんのは困る。保護本能ってヤツはすぐ違うもんに変わっちまう。
「はい…… がんばります」
「それから普通に喋れよ。敬語要らない。多分年はそんなに違わないと思うから友だち感覚でいい」
「……うん」
 こいつの『うん』には破壊力がある! その途端にぎゅっと抱きしめたくなる。十八とおんなじレベルで可愛くてしょうがない。

「今日はもう諦めよう。こんだけ探したし。違う探し方があるかもしんねぇけど俺にはこれ以上どうしようもないんだ」
「ううん、九十九は精一杯やってくれてるよ。一つだけお願い」
(そんな目で見られたらなんでも聞いてやるよ! 頼むからうるうるすんな)
「別に一つじゃなくってもいいけど」
しまった、思わず口にしてしまった!
「僕は嘘ついてないって、そう言いたくて。信用しにくいだろうけどホントに何も分からないんだ、誤魔化してないから。ほんとに僕は」
俺は今度はやましい気持ち抜きで抱きしめていた。
「分かってる。お前はどう見ても嘘つけないタイプだよ。たった3日だけど俺にはよく分かるから」
 肩に載った頭が何度も縦に揺れる。きっと寂しくて堪らないんだ、世界中に自分が覚えている人がいないって言うのが。
「な、病院でさ、四月一日八九百って名前書いたろ? 何か分かるまでそれを名前にしとくか? それともなんかもっと見栄えいい名前にしとく? 短いのもいいかもしんないぞ、小田一也とかさ」
「八九百がいい……九十九が考えてくれた八九百で。『わたぬき やくも』それでいい」
「そうか」
 俺はそのまま肩で震えている頭を撫で続けた。どうしよう……彼氏っていうより、弟……いや、十八のおにいちゃんって感じがして来た……


「おーい、十八が出るぞ」
「はーい」
なんだ、これ。慣れてるからっていうんで俺が十八を風呂に入れたんだが、まるで夫婦みたいだ。そう思って一人でまた照れてしまう。バスタオルを持った八九百が十八を受け取った。
「頼んだぞ、すぐに拭け。中途半端じゃなくてきちんと。着せたらテーブルに用意した湯冷ましを飲ませとけよ」
今度は哺乳瓶があるから八九百だって飲ませられるだろう。
「分かった……あれ?」
 何が『あれ?』なのか聞く前に俺はドアを閉めてしまった。まあいいや、出てから聞けば。手早くシャワーを浴びて外に出た。


「はい」
 八九百がバスタオルを手に立っている。俺は……素っぱだ…… でも女みたいに『いやん』なんて前を隠すのも変だから堂々と受け取った。俺の立派なもんは丸見えになってるが。そう言えば、さっきの『あれ?』は……
「やっぱり!」
「なにが」
「目が青い!」
「あ」
忘れてた、カラコン嵌めてない。風呂に入るから外したんだった。
「黒だったよね? 青なら絶対に覚えてるよ。でも、九十九の目は青なの?」
なにがイヤだって、この目の色と髪の色は俺のコンプレックスだ。どいつもこいつも俺の中身じゃなくてこの『色』ってヤツで俺を判断する。
「青で悪いか」
「あの、気に障ったの?」
「別に」
 押しのけるように下着を持って自分の部屋に入った。この色を知ってるのはガキの頃の知り合いと両親とマスターくらいだ。中学に入る頃に母はカラコンを買ってくれた。
『青いのも素敵だけど、黒もいいわね!』
そして知り合いの美容院に連れてってくれたんだ。それ以来そこで髪を染めている。

「九十九」
襖の向こうから八九百の声が聞こえた。
「ごめんなさい。もう言わないから。見ないようにするし。だから仲直りさせて」
 気持ちを落ち着けて考えてみる。八九百は偶然見ちまっただけだ。急に青になったから驚いただけ。つまり悪くなんか無いってことだ。立ち上がった時、また八九百の声が聞こえた。
「このまま十八と寝るから。だから今夜は十八のこと、気にしなくていいよ。九十九も疲れてるよね、僕は寝込んじゃったし。でも……明日はお喋りしたい。おはようって言って、いただきますって言って、ご馳走さまって言って」
「もういい」
 その先を言わせたくない。俺に締め出されたら八九百はどうなる? すぐカッとなるのが俺のいいところだと思ってたけど……そんなわけないか……八九百にはしんどいよな。襖を開けて目の前に八九百の顔があったからちょっとドキッ! 襖と顔がくっつくほど近くに立ってたのか?
「ごめん、ガキっぽかった。八九百は何も悪くないよ。同じ家にいるんだからこうなるのしょうがないし。十八は?」
「湯冷まし飲んで満足したみたい。今眠ってる」
泣いたのか、目が赤い。
「入れよ」
 八九百が座るのを待ってビールを出した。俺の部屋には小さい冷蔵庫を置いている。飲み物とかちょっとしたもんを入れてるんだ。夜中に急に喉が渇いたりしてキッチンまで行くのがめんどくさいことってしょっちゅうあるし。一人だからやりたい放題にやっている。

「ちゃんと話しとく」
 ホームレスに育てられたことと途中経過を全部話した。たいしてネタは無いんだ、俺の身の上に。ちょっとは苛められたりした頃を思い出すと恥ずかしくなるが、基本的に俺はあまり落ち込まない。荒んでるけど、それはバーで働くことでバランスが取れている。俺にはあの空気って必要なんだ。だから明るく荒んでる? 変だけどそんな感じ。
「じゃ、髪は金髪なの!?」
「そうだよ。でも見た目はただのいい男だろ?」
「うん、カッコよくてすごくいい!」
よしよし、その反応は94点だ。
「じゃ、もうそんな姿見れないってこと? これからもずっと染めちゃうの?」
「そうだけど。なんだよ、金髪が見たいのか? 茶髪のちょっと光ったバージョンだぞ」
「九十九にすごく似合ってそう! 隠しとくの、もったいないのに」
「俺は日本人として勝負したいんだ。そういうとこで点数稼ぎたくない」
なんだか嬉しそうに八雲が笑っている。
「なんだよ、気持ち悪いな」
「僕は知ってるよ、って思って。九十九のきれいな青い目を知ってるのはマスターと僕だけってことでしょ?」
「昔の連中を除けばそうなるな。それが嬉しいのか?」
「うん!」

(八九百に金髪を見せたいかもしれない)
ほんの少し、そう思った。

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