宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第4部[ LOVE ] 3-1.指輪[恐ろしきディナー]
# R #
「平気か? 俺、ついてくよ」
「いいよ、いつまでもお前に頼ってちゃ夫っていえない。僕もいい加減そういうの真剣に考えないと」
「フェルはいつだって真剣に考えてくれてるよ。なぁ……もう出かける?」
「なんだよ、1時なら野菜の特売やってるって言ったの、お前だぞ」
「3時なら肉の特売やってる」
「それもロジャーの情報か?」
「うん。モールはなかなか行けないけど、この辺の店のことならたいがい」
「モールに行って来ようか?」
「え……なんで?」
フェルに行かせたくないとこ。その中にあるのがモールだ。バイトはとっくに辞めさせた。もちろん俺も辞めてる。フェルはもう少し落ち着いたら前働いてたカフェでバイトするんだ。俺もそうするって決めた。
バイトまで二人一緒はどうなの?ってシェリーにも言われたし俺もどうかなってホントは思ってる。でもフェルは自分が俺から離れたことで今でも自分を責めてる。だからフェルが大丈夫になるまでは一緒にいるつもりなんだ。
「だってモール、車無いと無理だろ?」
「それさ、もうそろそろ自分たちの車持つのどうかなって考えてるんだ。お前にそれ、相談しようと思ってたんだよ。いつもタイラーやレイに世話になるのもね」
それは俺も考えた。珍しいんだ、俺たちみたいにどっちも免許持ってんのに車持たねぇってのは。
「車、確かに必要だけど。それは俺も賛成だよ。でも今日のモールでの買い物って……」
「だってあっちの方が品数多いし、安く買えるし」
「どうやって行くんだよ」
「ニールに車借りるよ」
「タイラーに乗せてもらえよ」
「だってそのディナーの食材買いに行くんだぞ? どうしたんだよ、何かあるならはっきり言えよ」
フェルはあの9日間のことをまるで夢の中の出来事みたいだって言ってた。つまり現実的に捉えちゃいねぇんだ。でも生々しい現場に行っちまったら……
「西には行かないよ。リッキーが心配してるのはそういうことだろ? 僕が信用出来ないってさ」
しまった、そう取られちゃ俺たちの間に壁が出来ちまう!
「違う、フェル。俺は心配なだけだ。まだお前一人にしたくねぇ。はっきり言うから疑うなよ。信用がどうとかじゃねぇ、心配だ。お前、まだ自分をコントロール出来ねぇだろ? 誰もそばにいねぇって思うだけで俺……」
「言わなくていい。分かった、ごめん。心配かけてばかりだな。今日はチャレンジしてみようかと思ったんだよ。でもいきなりは……やめといた方がいいよな……」
「フェル……」
「決めた! 3時の肉の特売に行ってくる!」
「3時?」
「ああ」
さっさとシャツを脱ぎ始めたフェルの手が止まった。
「どうした?」
「いや、その……」
「3時にしろってこういうことだろ?」
俺はもじもじしちまった。だって展開がころころ変わるから俺の気持ちはもうそういうんじゃなくなってる。
「来いよ」
腕を掴まれた。
「今日は奥さま、どこを責められたい?」
後ろに回ったフェルが耳元で……聞く……
おかしい、俺、その気消えた、ぁ はず……ぅ……
「ふぇ」
「黙って」
唇を指でそっとなぞる 後ろから回ってるもう片方の手がシャツに……もぐりこん
「は ひゃへ……」
やめろ って言いてぇのに……フェルの指が入ってるから喋れねぇ……
腰に力が入らねぇ……崩れそうだ、膝が……
「立てない?」
すっと手が抜けたと思ったら抱き上げられた。おでこにキスが落ちる。
「まだ軽い……」
俺の体重が軽いのがまるで自分の罪みたいに思ってるフェル。俺は一生懸命に食ってるけどまだフェルには足りねぇみたいだ。
ベッドに運ばれる。腰がまだ痛むのを知ってるフェルは退院してから滅多に入って来なくなった。俺をイかせてからゆっくり後を追っかけて来るんだ、いいって言っても。
「あぁ、も、もう ふぇ……だ め、肉……」
「分かってる、もう一度だけ」
「だ…… あ!」
「愛してる、リッキー」
「に あぁ、に……く……」
「バカヤロー!! だからだめだって言ったんだ!」
「怒るなよ、いい男台無しだよ」
「怒ったって俺はいい男だ!! それより肉!」
「間に合うって。走っていくから」
「俺、後から行く。他の材料任せたくねぇ」
「いいって。メールで送って。それ買ってくる。じゃな」
ギリギリまでぐずぐずと俺にかまけてたフェルが、けたたましいドアの音立てて飛び出してった。ため息が出る、まったく。最近のフェルの性欲にはついていけねぇ。俺もあんなだったんだろうか……前のことを思い浮かべる。確かに毎日誰かのベッドに潜り込んでた……だめだ、フェルのこと言えねぇ……
不毛なこと考えんのやめて、俺は片づけ始めた。ベッドメーキングやるとフェルは怒るけど……それは手に負担かかるからってことなんだけど、でも悪いがフェルにやらせるのはいやだ。俺はスキっとしたシーツに寝たいんだ。ちょっともたもたしたけどベッドは整った。
そうだった、買うもんのリスト、送らなきゃなんねぇ。俺は多少の不安を抱えながらもメールを送った。
『リスト』
1.ハーブサラダミックス 1袋
2.トレイルミックス 1袋
3.ステーキの肉 100ドルの範囲で8人分(あまり高いのは買うな)
4.サワークリーム 出来てる市販のヤツ
5.レモン
材料見たって分かるが、手抜きもいいとこだ。でもみんな許してくれるだろう。治ったらもう一度ディナーに招待すればいい。
二人で考えたメニュー。スープはフェルの希望のトマトスープだ。実はシェリーにそれとなく聞いてみた。
「どんなスープ普段飲んでるんだ?」
「私? そうねぇ、トマトスープかな」
……血は争えねぇ……そう思った。
「クリーミーなヤツ?」
「ううん、ハーブ入れるのが好きなの。バジルとかタイムとか」
そうか、トマト好きなのは血統なのか。今度ビリーにも聞いてみよう。
サラダは、ハーブサラダミックスとトレイルミックスを混ぜたのを塩コショウ、オリーブオイルで味付けたヤツ。トレイルミックスは、クランベリーとかカシューナッツとかアーモンドが入っててハーブサラダとは相性いいし、なんたって噛み応えがいい。レモンかけて食ったらもっと美味いだろうと思う。
メインにはシンプルにステーキを焼くことにした。俺はこの有様だから冒険はしたくねぇ。フェルに手の込んだもん作らす以上に冒険なんてあるだろうか?
目を閉じて思い描く。皿に載るのはまず肉。玉ねぎを横に切ったヤツを焼いて塩コショウしてチーズ乗っけたヤツ。ブロッコリーと人参とアスパラを塩とブラックペッパーまぶしてオリーブオイルで炒める。
ポテトは十字に深く切り込み入れて蒸したのをカリッと焼く。パラっと塩かけてその上にハーブ混ぜたサワークリームを載せる。
俺の頭の中に皿の上の食材が鮮やかに浮かぶ。うん、そんなに凝ってないけど見栄えも悪くないしボリュームもOKなはずだ。――ん? 炒める野菜、もっとアクセント欲しいかも。
スープが赤。サラダは茶色っぽいのが混じってる緑。メインは肉だから茶色。玉ねぎはどう頑張っても色とは言えねぇ。ポテトもそうだ。
ってことは野菜に頑張ってもらわなくちゃなんねぇけど、ブロッコリーとアスパラの緑はサラダと同化しちまう。唯一ニンジンが赤いけど量が少ないからたいした仕事してねぇ。
だから追加のメールをした。
『リスト追加』 パプリカ オレンジと黄色 2個ずつ
これを炒め終わる頃にパッと入れてシャキッとした歯応えがある内に火を消す。うん! これなら完璧だ!! 最高の色合いになる。
デザートは洒落たのを考えて、とっくに冷蔵庫に用意してある。フェルも驚かせたくて薄いビニール手袋はめて頑張って作ったんだ、きっと喜ぶ!
これだけ考えて、それが惨めな結果になるなんて、俺は思いもしなかった……惨めなのは野菜だけじゃなかったけど。
# F #
なんだ? 追加? 良かった、レジに行く前で。とにかく急げって言ってたし、値段を気にしていた。だからちょっと今日は鼻が高い。肉に100ドルなんてかけずに済んだんだ。50ドルさえかかっていない。これにはリッキーも驚くだろうし喜ぶだろう。
ハーブミックスはすぐに分かった。けれどトレイルミックスというのが見つからない。どんなのかも皆目見当がつかない。店員をつかまえて場所を聞く。これが一番早い。
「トレイルミックスですか? あそこの3番の表示を左に行って抜けた所の野菜棚にありますよ」
早速行ったら2種類ある。どうしよう、リッキーに聞くべきか。でも一つくらい僕が決めてもいいんじゃないか? だって夫なんだし。
そう考えたら急にニールがアマンダに隠れて言っていた言葉を思い出した。
「女房につべこべ言わせてたまるか、たまには亭主の言うことを黙って聞けってんだ!」
リッキーの言うことがつべこべだとは思わないけど、たまには素直に言うことを聞いてほしいとは思う。
「いい。こっちにしよう」
両方買って行ったっていいかもしれないけれどそれじゃ節約にならないし、何よりご機嫌を窺っているようでいい気持ちがしない。そうだ。サラダなんかで失敗があるわけがない。
サワークリーム。これは迷わずに済んだ。呆気なく片が付いたんで清々しいくらいだ。レモン。これは何に使うんだ? そう言えばデザートらしいものが無いじゃないか! レモン……きっと勘違いだな。グレープフルーツでも買って行くか! 勘違いに苦笑いでもするだろう。
で、追加のパプリカ。これの使いどころは? 最近思う。言われた物だけを買うって、子どものお使いだ。だからいつまでも僕は進歩しないんだろう。実際にこうやって店に来て、生の目で見ると思いついたり変更したりということだってある。リッキーと買い物をしに来た時もそうだ。「あ、こっちにしよう」なんて言葉がしょっちゅう出てくる。だから僕も自分で考えて買い物をすることが必要なんじゃないか? 少しずつ元のポジティブな自分を取り戻していきたい。
で、再度パプリカ。山のように積まれている色取り取りの野菜を見る。買い物の時にまず見るのは、何と言っても値段だ。1ヶ1ドル60セント。4ヶなら6ドル40セントだ。色によって値段が変わるわけじゃないし、これはまあいいか、と黄色を2ヶ取った。
「ねえ、今日のパプリカ高くない?」
「そうねぇ、昨日はもっと安かったわよね」
「だいたいパプリカって、サラダに入れすぎると飽きるし甘ったるくなっちゃうじゃない?」
「私はピーマンの方が好き! だってパプリカ1ヶの値段で4ヶ買えるし」
「じゃ、ピーマンにしよ! 味も断然いいしね」
これだ。これにやられちゃうんだ。リッキーも今日は高いんだって知るわけがない。ロジャーの情報も野菜のセールは1時だっていうことしか無かった。きっとタイムセールが過ぎたから高い値段になったんだろう。僕は迷いなくピーマンの所へ移動した。確かにピーマンは1個40セントだ。
買い物はステーキ用にと用意してきた100ドルの範囲で収まり、尚且つ、お釣りが出た。120ドル持ってきて肉に48ドル。その他に約10ドル。
レジに並んで清算をしながらキラリと光るものを見て……
「お客さん、どうしました? 具合でも悪いですか? ちょっと、お客さん!!」
気がついたらレジの台を掴んで頭を押さえていた。どうしたんだろう……急に何も考えられなくなった……
「すみません、大丈夫です」
後ろにも人が並んでるし、カートを押して急いで離れた。リッキーが待っている。
# R #
「ただいま!」
フェルの元気な声にホッとした。ホントは心配だったんだ、一人で買い物行かせるなんて。でもどうやら無事に済んだらしい。
「買い物、ありがとな」
そう言って袋から中身をテーブルに出そうとした。
「はい、リッキー、お釣り!」
「そこに置けよ」
「いいから見てくれよ。渡された金の半額残ったぞ」
「?」
そんなわけ、無ぇ。ステーキだって1枚10ドル近くするはずだ。だからそれで100ドル。他のもんで20ドル。そりゃ少しは余るはずだけど半額っておかしい。
俺は金取るよりも袋ん中身、テーブルに引っ繰り返した。
俺……何、頼んだっけ? グレープフルーツ? パプリカはどこ? なんでピーマンがあんの? 肉……
「おい、フェル。肉の袋、なんで平べったくないんだ?」
どうみてもその外見は塊だ。中を見るのが怖い……
「お店の人が親切だったんだよ。食べやすいように切りましょうか?って。リッキー、手が不自由だしその方がいいかと思って」
さいころステーキにしたってことか……確かに俺は食べやすくなるけど。でも見栄えってもんがある。許せない範囲じゃねぇ。けど何となく面白く無い。それでも俺は黙って平たいボールを取りに行った。
(しょうがねぇ、フェルは俺のこと考えてくれたんだ)
塩コショウを一緒に持ってテーブルへ。色々考えちゃみたけれど、結局シンプルな味付けにすることに決めてた。
ふっと考えた。どこで半額も金を余らせたんだろう?
ボールに肉を出す。
出した。
肉。
肉。
「フェル、これ、なんだ?」
「何って、肉だよ。お前あんまり高いの買うなって言ったろ? それなら安いし……」
「黙れ」
俺は椅子に座り込んだ。頭を整理する必要がある。時計を見た。4時ちょっと過ぎ。招待したのは6時半。これから店に取って返して買い物し直しても、ギリギリの時間で好ましくない。考えなきゃ。どうにかしなきゃ。
「リッキー、どうした? なんか……間違えた?」
「俺の最大の間違いはお前と一緒に行かなかったことだ」
腹を立てちゃいけねぇ。今のフェルにそんなことしちゃいけねぇんだ。深呼吸して聞いた。
「なんでレモンがグレープフルーツになった?」
「お前、デザートにレモンだなんて間違えてメール送って来たろ?」
デザート……言っときゃ良かったんだな、もうあるって。俺の責任でもあるってことだ。
「パプリカはどうした?」
「今日、高かったんだよ! 隣で買い物してた子も言ってたよ、パプリカ買うくらいならピーマンの方がいいって」
そうか。そりゃそいつらが悪い。フェルは悪くねぇ。
「じゃ」
いよいよ本題だ。
「なんでこの肉はチキンなんだ?」
「その方が安かったから」
深呼吸を何回かした。それでも口を開くのを懸命に抑えた。そうだ、俺が悪かったんだ、値段のことを言い過ぎた。『ステーキ』としか言わなかった、まさか『チキンステーキ』だと思うとはこっちが思わなかった。
フェルの悪い所がほとんど消えた。良かった、俺の頭が理性的に働いて。
順番に考える。スープは影響がない。そのまんま続行だ。サラダ……余ったパプリカ彩で載っけるかって思ったけど、無かったことだと思えばいい。これでサラダも問題なしだ。
メインの肉。これが厄介だ……あれこれ面倒なことが出来るわけがねぇ。自分の手を呪うばかりだ。軽く塩コショウ、粗びきのブラックペッパーをまぶしてオリーブオイルで焼く。きつね色に焼きあがる頃にバジルをふりかけて出来上がり。シンプルで、美味い。ステーキには完全に見劣りするけれどこうなっちゃどうしようもねぇ。
炒める野菜の彩にも目をつむろう。サラダにかけるはずだったレモンにも目をつむる。
「リッキー…… なんかしたんだね、少しは自己判断したかったんだ……最近ちっとも決めるってことが出来なくて……」
俺は立ち上がってフェルの首に手を巻いた。フェルはフェルなりに頑張って買い物してきた。そこが大事だ。ちょっと背伸びしてフェルにキスをする。
「いいんだ、フェル。なんとかなるって、今頭ん中に新しいメニューが揃ったから」
「何を……間違えたんだ? 何がいけなかった?」
こういうのははっきり言っておいた方がいい。誤魔化すのはかえって良くない。余計な気休めとかそんなの、要らねぇ。
「俺さ、ステーキは牛肉買ってくると思い込んでたんだ。けど俺が思い込んでただけだ。だから気にしなくっていいんだ。レモンもパプリカも、俺が何に使うのか説明しなかった。だから間違ってもしょうがねぇんだ」
「リッキー、僕は……」
「お前の信条さ、何だった? 忘れたか? 過ぎちまったもん考えてもしょうがねぇ。そうだったろ? 俺、それ気に入ってるぜ。ってか、真似したいって思ってる、見習いたいって。お前のいいところだ、それ。俺たち散々な目に遭って来た。でもいつも俺を救い出してくれたのはお前のその考え方だよ。ずっとお前に守ってもらって、今度は俺がお前を守るんだって思ってんだ。な、たまにはそうさせてくれよ。だからフェルは思った通りにやってくれ。夫の補佐すんのは妻の役目だからな」
正直こんな言葉で簡単に立ち直るとは思ってねぇ。フェルはあまりにも頑張り過ぎた。決断し過ぎた、俺のことで。何もかも計算ずくでどいつもこいつも嵌めたんだ。
ブライアンは『助けてもらったけどフェルは怖い』って言ってたし、ナットは『街を出てっていいか、フェルに聞いてくれ』って泣いて縋って来た。何度も頭を下げられた。『母親に手出ししないよな?』って聞かれた時には思わず目を閉じた。弟はしばらく入院したらしい。
ディエゴが死んだのは俺にもちゃんと分かってるけどオルヴェラのことは誰も何も言わねぇ。ただ心配無いんだと言うだけだ。そして壊れたフェルだけが残った。
俺を失わないためにすべて追い詰めて、そしてそれは自分のトラウマが発端でもあった。だから今度は『決める』ってことが怖くなっちまったんだ。俺は絶対にフェルをその恐怖から救い出してやるんだ。
「でもディナーは……」
「一緒に作ってくれるだろう? 俺一人じゃ無理だ。一緒にやろう」
「料理の順番だ。まずこれからスープを作る。それからサラダ。両方とも先に作ったって時間気にしなくっていいから、今作る。それから野菜とポテトと肉の下ごしらえをする。つまりメインの皿のやつだ」
フェルが真剣な顔で聞いている。
「ワイン、上等なの冷やしてあるからそれを出す。こっそりレイがくれたんだよ。コルク抜くの頼むな。みんなが来てから肉をオーブンに入れる。スープとサラダとパンを出す。パンはアマンダに頼んだ焼きたてが6時過ぎには届くんだ。で、それみんなが食べてる間に野菜をさっと炒めて、ポテトと肉と一緒に盛り付ける。食べ終わる頃にデザートを出すけどこれ、お前も喜ぶと思ってんだ。新作だぞ。食べ終わってコーヒーが要るかどうか聞こうと思う。どうかな、これで」
料理の手順を言っとかないとまた手違いが起きたら困る。
「僕はとんでもない奥さんと結婚したんだな……それ、たった今全部自分で考えたんだろ? さっきの修正分も含めて」
どうしよう……妻として褒められてる……
「俺、いい奥さん!?」
「申し分ないよ! 僕こそお前に不釣り合いな夫みたいな気がしてくる」
「そんなこた無ぇ! お前がいるから頑張ろうって思えるんだ。お前のためだから。俺、お前に奥さんとして認めてもらえるのが幸せなんだ……」
止しゃいいのについフェルの口に飛びついちまった。待ってました! とばかりにフェルに抱きすくめられる……
「ま、待て! 買い物前の二の舞になる! 夜まで我慢! な、夜まで」
首を舐められちゃお終いだ、俺もぐずぐずになっちまう。必死にフェルの顎を押し上げた。
「一回だけ」 「ちょっとだけ」 「キスだけ」
全部却下した。キスだけ? そのキスで初めての時からやられてるんだ、油断するわけにはいかねぇ。不貞腐れ気味のフェルに指示を出した。
「いいからトマト、取って来い」
食材はニールんとこからきた差し入れやシェリーにもらった野菜がかなりあるからそれで充分いける。切っていく順番を考えてフェルの前に野菜を並べた。
「置いた順番にやってくからな。俺も出来るところはやるけどほとんどフェルに頑張ってもらうしか無ぇんだ。頼むな」
フェルがにっこりと頷いたから、手を怪我したのも悪くなかったかも なんて思った。甘く見てたんだな、フェルのこと。
玉ねぎは上手く行った。(ニンジンはどうせ刻むんだ、いいか)と思う。にんにくは、みじん切りっていうのがどういうのか分かんねぇままに終わったが。結局潰したんだ。シェリーがいるから量も少なくするし。
あ、しまった。インゲンあれば良かった。セロリ切って、トマト切って、後の細かいもんは俺が用意した。タイムやオレガノなんかのハーブやブイヨンなんか。分量を間違えちゃいけない部分だ。
こっからが勝負。刻んだ野菜を炒めるんだ。
「フェル、オイルとニンニク入れて、匂いがしたら玉ねぎとニンジンだ。いいな?」
「OK」
勝負!と思ってたから、意外とあっさり終いまで行ったんで驚いた。すんなりスープが出来上がった。
「上手く行ったかな!」
味見する俺の顔をじっと見つめるフェル……
(かわいい……)
こういう顔は初めて見た。先生に『100点だよね?』ってテストの点数聞いてる子どもみたいな顔。俺はちょっと眉を微妙に動かしてみた。顔がすぐ変わる。え? みたいな顔。フンフンと頷いてみる。途端に目が輝いてくる。
(そんな顔出来るんだもんな、きっと立ち直れるよ)
「なぁ! どうなんだよ、ダメか?」
あ、返事忘れてた。俺は親指ぐっと突き上げた。肩から力が抜けていく。この調子じゃ今日が終わったらクッタクタだろうな。きっとあっさり寝るだろう。眠りが浅くなったフェルにはいいかもしんねぇ。
次はサラダ。そこでノックがあった。サラダは楽勝なはずだ。
「すぐ戻るからそこのでかいボールにハーブのミックスとトレイルミックス2/3くらいとを軽く混ぜといてくれ」
来たのはチャーリーっていう、最近この寮に入ったヤツだった。気が小さいヤツで、奥さんの尻にいつも敷かれてる。時々こうやって愚痴をこぼしに来るんだが、何せ日が悪い。
「悪いな、今日は客呼んでるんだよ。今その準備してんだ、また日を改めてってことにしてくんねぇか?」
「リッキー、一つだけでいいから聞いてくれよ。ベッドメイクなんか俺の仕事じゃないと思うんだよ。それに毎日シーツ変えるなんて理解できない」
「悪いがチャーリー。それに関しては俺はお前が理解できねぇ。やれよ、それくらいきちんと。その上で毎日洗うのは経済的にもったいないから一日おきにしようって提案しろよ。そうすりゃ手間も半分で済む」
そんなくっだらない話でフェルんとこに戻った時には、時すでに遅しだった……
「悪い、フェル。チャーリーしつこくってさ」
「大丈夫だよ、サラダならもう終わってる。冷蔵庫で冷やしてあるから」
「あ……そう? ありがとう、なんか……もたつかなかったか?」
「何も? どうってこと無かったよ、だってサラダだしさ」
ま、そうだな。サラダなんて混ぜて、出す間際に味付けして終わりだ。だから……返す返すも俺のミスだ、なんで確認しなかったんだろう……
時計を見たら5時を過ぎてた。チャーリーのごたごたのせいだ。だから俺は時間的にも焦っていた。
「これから野菜の下ごしらえ、一気にいくぞ」
皮を剥いたり刻んだり。そんなの、もう見栄えは気にしなかった。みんなだってフェルが作るって分かってんだし。それより時間だ。
フェルは耐えて、立派に下ごしらえしてくれた。俺はチキンの世話をした。塩コショウ軽くして外側に小麦粉、上からバジル。それ終わった時にはもう5時40分。
テーブルのセッティングを二人でやって、ワイングラスを置く。来るのはシェリー、エディ、タイラー、ロジャー、ロイ、レイ。気の置けない仲間だけど、今日はあいつらはゲストだ。しっかりホストを務めないと。
……ホント言うと、ロイとはどういう顔して会えばいいか、いつも悩む。フェルは気にしてんだか気にしてないんだか分かんねぇが、幾度となくベッドを一緒にした相手だ……
向うも『もう終わったことだ』なんて言ったけど、こっちはそうはいかねぇ……イく時の顔も声も知ってるロイ……
余計なこと考えていたから他の事も全部頭から抜けた。だってもうたいしてやることねぇし。6時過ぎてアマンダがパンをもってきてくれた。
「助かるよ、今度お礼する」
「いいの、ついでだし。パン焼くの大好きだから」
「それ、俺にも教えて。俺もフェルに焼きたて食わせたいんだ」
「リッキーってほんっとにいい奥さんね! フェルは幸せだわ」
奥さんとして褒められるのが最近快感になってるから、俺は嬉しかった。
「おい、着替えろよ。キッチンと行ったり来たりするから薄い色は止めた。これでいいと思うか?」
振り返るとブラウンのスーツのフェル。Yシャツはベージュで全体的に落ち着いている。タイはダークブラウン。一見地味だけど何せデカいから充分見応えある。ダークブロンドの髪とも合うし。
後10分位? 大慌てで支度だ。ブラウン……何合わせればいいだろう。いいことを思いついた! キャメルのスーツにベージュのYシャツにダークブラウンのタイ!! フェルとほとんどお揃いで俺は明るいヴァージョンだ。
ノックの音。
「ハイ! まあ! 素敵じゃない? 二人とも!!」
ローズグレイの長めのワンピを着たシェリーは驚くほどチャーミングで大人っぽかった。ほんの少し襟元が広がってるから斜めに肩が見えそうで、ちょっとドキリとする。
「これ、テーブルにどうかしら?」
花だ! 俺も考えたんだけど、ヤロー二人がもてなすディナーに花用意したらドン引きされるような気がして止めたんだ。シェリーの差し入れなら誰も文句なんか無いはずだ。
「どうせ花瓶も無いでしょ?」
さっさと洗面所に行くと、用意して来たらしいガラスの器に短めに切った小花たちを入れてきた。
「シェリー! それ、お洒落だな!」
ちょっと平たい器に花が斜めに横たわってる。
「いいでしょう! 大丈夫? ディナー、ちゃんと用意できた?」
「ああ、フェルが頑張ったから」
改めてフェルがシェリーをハグした。
「来てくれてありがとう! 嬉しいよ」
「私もよ。お招きありがとう。今日は楽しみにしてたの。美味しいもの、食べさせてね」
「もちろん!」
一抹の言い知れぬ不安がよぎる。今までフェルの料理、うまく行ったことあるか? いやいや! 俺は考えを改めた。今日は大丈夫だ、一緒にやったんだし。
エディたちが来た。
「やぁ、相変わらず二人ともカッコいいね!」
「お揃いなんだから参っちまうよな」
エディもタイラーもにやにやしてる。
「おい、本当に美味いもん、用意できたか?」
心配してるのは、レイ。
「俺、どんなもんでも食ってやるからな! 任せろ、フェル!」
いや、それ慰めでも何でもねぇから。突き落としてるから。
「今日はありがとう。ここに来るのは初めてだよ」
ロイの声になぜか落ち着かなくなる。入院してる間はあんなに世話になったのに。
「僕の情報、役に立ってる?」
「おかげでウチの奥さん、うんと節約してくれてるよ」
ロジャーの手を握るフェルは、前とおんなじでみんなもホッとした顔を見合わせてる。
みんなをフェルがテーブルに案内しているうちに大きなポテトと肉をオーブンに入れる。テーブルに行くとワインを開けるところだったから椅子に座った。
「みんな、来てくれて感謝してる。この前まで……僕はみんなに迷惑をかけたし、助けてもらった。なのに何のお礼も言ってなかったし謝ってもいない。ごめん。そしてありがとう。こんなディナーで何もかもチャラになんて出来ないけど……」
フェルの声が止まった。みんなあったかい目で見てくれてる。
「僕たちは仲間だ。そうだろ? だから僕らはそれなりに動いたんだ。あんまり気に……」
「いや、気にしろ。エディ、そんなこと言うな。それじゃフェルは追い込まれてしまうんだ。そういうヤツだよ。勝手にどっか行ってしまうからな、だから気にしててくれ。そしてもうどこにも行くな」
「レイ……」
フェルの声が裏返ってる。なんか、俺も泣けてくる……
「ワイン飲もうよ。せっかく冷えてんのにもったいないよ」
「お前すぐ引っ繰り返るくせに。あんまり飲むなよ、ロジャー」
「ロイこそ飲み過ぎるなよ、あっという間になくなっちゃうんだから」
やっとワイワイしてきて、言葉の少なかったシェリーが世話焼き初めて、そしてディナーが始まった。
「フェル、ほとんど自分で作ったって?」
「まあな」
「へえ、自信たっぷりだね。ならもうリッキーは家出しなくて済むね?」
「エディ、お前んとこに何回行った?」
「3回かなぁ」
「俺んとこ、5回だよ。たまったもんじゃない、それで帰りは車で送ってかなきゃなんないし」
タイラーのボヤキに、うるさい! そう言いたかったけど俺とフェルはスープ出すのに忙しかった。
「美味しい! 本当にフェルが作ったのか!?」
「奇跡だ!!」
「レイもロジャーも失礼だな! そりゃあの頃はちょっと……」
「待って!! サラダ食べちゃだめ!!」
みんな一斉に手を引っ込めた。何が、何が起きたんだ?
「フェル! あんた、また何かやらかしたわねっ!」
その時にはもうタイラーは口いっぱいにサラダを突っ込んでて、飲み込むことも出すことも出来ずに苦しんでた。
「フェル、な、サラダになんか入れたのか?」
「なんかって……リッキーの言った通りにしただけだよ。ハーブサラダとトレイル混ぜて買って来たサワークリームかけて……」
「サワークリーム使っちまったのか!?」
「えと、ダメだった? だから不味いの?」
「リッキー、そういう問題じゃないわ。タイラー、さっさとトイレ行って。フェル、トレイルって言ったわね? どのトレイルミックス買ったの?」
「え!? まさか」
「そのまさかみたいよ。あんた、注意しなかったの?」
フェルの顔を見た。いっぺんにさっきまでの笑顔が消えて自信が吹っ飛んだみたいだ。
「フェル、ごめん! 俺、言うの忘れた。トレイルミックスって2種類あるんだ。一つはナッツとか入ったヤツと、もう一つは……言いにくいんだけど」
「なんだよ、言ってくれよ、今度は僕は何をやらかしたんだ?」
「ホントに俺が悪いんだ。もう一つは、チョコレートが入ってんだ……」
ハーブサラダとチョコレートを混ぜてサワークリームかけた。そりゃ、食えたもんじゃねぇ。シェリーとタイラー以外は被害者が出なかった。それが不幸中の幸いってもんだ。
「チョコレート……迷ったんだ、電話かけて聞こうかって。どっちがいいのか。でもこれでいいって決めたのは僕だ。リッキーは悪くない」
フェルは立ち上がってサラダを片づけ始めた。
「ごめん、みんな……やっぱり僕が台無しにするんだ」
「サラダくらいで凹むなよ」
後ろからタイラーの声。
「いいって。滅多に無い経験をしたよ、サラダにチョコは合わないってさ。みんなも食って見りゃいいんだ。分かち合おうぜ、仲間なんだし」
げらげら笑い始めたのはロイだった。
「さすがだよな、何かしらやってみせてくれる。なかなかそんな間違い起こさないよ。タイラー、その思い出はお前だけのものにしとけよ」
みんなが笑ってくれる。シェリーまで笑い始めた。
「私チョコ好きなんだけど、こればっかりは御免だわ。ちょっと、この後のメインは大丈夫でしょうね? ドキドキするディナーね、今夜は」
デザートの時間。
「フェル、手伝ってくれよ」
冷凍庫から冷蔵庫に入れ替えといたデザートを渡した。
「リッキー、これ!」
「ああ、新作だ。お前に喜んでもらおうと思って」
とたんに皿持ったままキスして来ようとするから「だめだ」と怒った。
「なに、これ!」
「トマトのデザートだ。食べてみて」
みんなが不思議そうな顔で皿を見てる。さっさと口に放り込んだシェリーの目が見開いた。そのまま喋らずに食ってるから、みんなも慌ててかき込んだ。
「なんだよ、これ。ホントにトマトか?」
「どうやって作んの?」
「帰ったらこれ、作らせよう!」
シェリーの目が 白状しろ! って言ってるから俺はレシピを言った。
「トマト、湯剥きにして真ん中で横に切るんだ。下半分は潰して蜂蜜を混ぜる。その真ん中に残しといた上っ側を置いて、あちこち小さな切れ目を入れて、はちみつかけて冷凍にする。1時間くらい前に冷蔵庫に移して解凍してシャーベットだ。簡単だろ?」
「リッキー、お代わり無い?」
ペロッと食ったフェルが皿を突き出してきた。
「だめだ、みんな1個ずつなんだから」
「じゃ、また作ってくれる?」
みんなが見てるってのに…フェルの指が手首から上がって来て……