Fel & Rikcy 第5部[ 帰国

6.衝動

 今は11時前。直通に変えたからバスの時間を調べた。11時半に1本あって、その後が3時だ。あまり道中に時間をとられたくない。刻一刻とマリソルの状況は悪くなるだろう。

「11時半にバスがある。それに乗ろう」
「え、じゃ食事は?」
「チケット買ったら表に出てみよう。ちゃんとしたとこは無理だけど何かあるかもしれない」

またドルでチケットを買って通りに出た。

 

 ファーストフードでも、と思っていたんだけどその必要は無かった。
「フェル! あれ、食いたい!」
見るとタコスの屋台が並んでいる。一番近場のちょっと大きめの屋台を覗いた。たくさんの種類があってビックリだ。
「どれがいい? 僕はチョリソー頼んでよ」
「俺もそれにする!」

大きさは手の平くらい。買うのは全部リッキー任せだ。
「14ペソ!」
「それってアメリカじゃ幾らぐらい?」
「うんと……25セントくらいかな、クウォーターってこと」(日本では30円くらい)
「安っ!! ここで腹いっぱいにしとこう」
「だな!」

 水やら何やら買い込んでボディチェックなんかを受けてバスに乗り込んだのが11時25分。前に乗ったバスとちょっと違うけどたいした違いじゃない。今度のバスはトイレが豪華だ。

「メキシコシティに着くのは何時ごろ?」
「5時半。で、ホテル探して1泊だ。明日の出発は夕方7時だからやっと少しのんびり出来るよ」
そう言ってリッキーに囁いた。
「もちろんベッドでな」
ちょっと俯いて恥じらうからやっぱり貞淑な妻だと思う。
「その……」
「なに?」
「加減してくれよ」
「なんで? してほしいんだろ?」
「そうだけど……ずっとバスだから腰キツくなんのヤだ」
「奥さまの注文は難しいなぁ。その後時間取れるかどうか分からないぞ」
「でも、俺困るから……」
仕方なく赤い頬にキスをした。
「はいはい、奥さまの仰せの通りに」

 今度は途中で寝ることも無くて、二人で景色を見たりお喋りしたり。左側にデカい湖が出た時は二人とも大人しくその眺めを堪能した。
 男二人旅しているとすぐ腹が減るんだから困る。ま、6時間半も乗ってるんだから当然だけど。しばらくはお喋りで誤魔化してたけど、とうとう事実を認めて受け入れた。

「腹減った!」
「僕もだよ、もっと色々買っとくんだった」
「着いたらすぐ食事な!」
「そうだな……いや、ホテルを探そう。覚えてるだろ? 食事はホテルでしろって」
「えぇ、だいじょぶじゃねぇか? 必ずそうなるとは限んねぇし」
「夜だし、止めよう。早くホテルを探そう。僕だって腹は空いてるんだからな」
 渋々だけどOKしてくれたからホッとした。今なにかあったら迷わず引きずってでも アメリカに帰る。

 強盗に遭うことも無くメキシコシティに着いたのは5時55分。暗くなる前にホテルを探したい。

「高いホテルは無理だぞ。そうだな……高いホテルがすぐそばでそれなりのってのを探したい」
「なんで?」
「高いとこってのは警備が厳重だし、ご近所でのトラブル発生も嫌がるだろ? ってことはそういうことにも気を配ってるはずだからさ」
「俺さ、あの事件の時のフェル、あんまり知らねぇけど今なるほどなって思うよ」
「なるほど?」
「ミッチも当たりだって言ってた。俺の夫のホントの姿ってどれなんだろ」
「リッキー……ごめん、イヤか?」
「ううん、大丈夫。イヤじゃねぇよ。俺、今ドキドキしてる」
「ありがとう。僕も分からないんだ」
「違う、分かんなくて当たり前なんだ。きっと全部フェルだ。必要な時に必要なフェルが出てくる。俺、さっきそう思った。"あのフェル"、正直言っておっかねぇよ。けど、どのフェルにも同じとこあるよ」
「同じ?」
「ああ。どのフェルも、俺のためにいるんだ。俺を愛してくれてる。俺だけを思ってくれてる。例えどんな風になってもフェルのそこは変わらねぇんだ。俺の旦那さんなんだ」


 リッキーも僕もマリソルに入ってどうするのかを一度も話していない。多分リッキーにも分からないのかもしれない、どうしたいのか。ただ国を見たい、生の話を聞きたい。ひたすら父親の最期を知りたいだけなんだ。僕はそれを我が儘なんて思わない。もし家族がどこかで亡くなったら。どんな死に方をしたのかさえ分からなかったら。知らずにいられるだろうか? 抱き締めた。キスを降らせた。心からのキスにリッキーが喘ぐ。

「ヤバ……フェル、早くベッド探して……」
「もう濡れてるのか?」
「……うん」
「じゃ、急ごう」
 タクシーを当てに出来ないのは痛かった。本当なら乗って希望を言えばそういうホテルに連れてってくれるはずなんだから。

 

 地元の人……大きなショップなんかでリッキーが聞きまくって、やっと目的のホテルを見つけた。

「フェル! ここから歩いて15分くらい! でっかいホテルの隣にあるって、ちょっと安いホテル」
「もう暗いから早く行こう」

 ホテルにも無事に着いて、僕はダブルを要求した。もちろん喋るのはリッキーだけど。ホテルマンはチラッと僕を見たけど特に何も言わなかった。金額も思ったよりちょっと高いけどまあまあ。取り敢えず1分でいいから足を伸ばしたい。リッキーも同じだったらしい。二人でベッドにダイブした。

「1分だけ」
「1分だけな、腹減ってんだから」

でも結局5分は横になっていた。
「もう、無理っ!! フェル、飯!!」
奥さまの上品なその言葉でレストランに向かった。

「ドレスコード、どうなんだろう?」
「旅行客相手のホテルなんだから大丈夫なんじゃねぇか? アジアとかいろんなとこから来るんだろうし」
リッキーの言った通りだった。みんな様々な格好をしてる。

「夕飯だけは贅沢しよう」
注文はリッキーに任せる。メキシコ料理なんて僕には分からないし。
「俺の好きなもん、食わせてやる」
リッキーは嬉しそうだ。

 グラスワインをもらう。すきっ腹に堪えるけど美味い。僕の前にトマトスープが来た!
「それな、入ってんのはアボカドとチーズだ」
「美味しい!」
「だろ?」

次に来たのは不思議な香りの鶏肉料理。甘いような、辛いような。
「チョコレートやナッツ、チレをブレンドしてんだ。鶏肉にそのソースがかかってる」
恐る恐る口に入れてみた。だって、チョコとチレ!? 合うわけ無い。けど、ビックリするほど美味い。
「美味いだろ?」
同じものを食べながらとろりとした顔を見せるリッキー。ワインのせいか肌に赤みがさしていていた。

 二人で一つの皿から一緒に食べたのは、エビタコス。エビのフライとキャベツとサルサやサワークリームなんかが一緒に乗っている。いろんなトッピングを合わせて、めちゃくちゃ美味いからつい食べ過ぎた。ワインもあって、疲れた体にほど良い満足感を与えてくれる。


 部屋の鍵を開けながらもう僕はリッキーに口づけていた。ワインがいい仕事をしてて、欲しくて堪らない それだけを考えてる。何も言わずに服を脱ぎ捨て、リッキーの現れてくる肌に唇を這わせながら裸に剥いていく。そのまま抱き上げてシャワーに運んだ。リッキーの黒い瞳が潤んでいる。

 壁に手を突いたリッキーの足を広げさせて隅から隅まで洗ってやる。
 ぁ っあ!
小さな声が出る、リッキーの中心を洗っているから。後ろにも指を入れる。痛むといけないからゆっくりだ。シャワーのお湯を絞った。そこに当てがうだけで中には入らず、向うを向いたリッキーの胸に指を這わす。優しく摘まんで捏ねると体が震えた。
「ふぇ ふぇる べっど……おねが……」

タオルで包んで抱え上げた。腕の中で僕の首に手を回してキスを強請る。キスで溺れさせ、けれどリッキーは陥落する一歩手前で踏みこたえた。大事に持って来たジェルを手のひらで温めながら膝の立ったリッキーに塗り込んで行った。弱い首筋を行ったり来たり。指が増えてリッキーの息が上がる。

「も、も、はいって……」
「だめ、まだ入らない」
「ふぇ や…だやだ…きて」
「だめ」

逃げる耳を追いかける、シャンプーの甘い香りとワインが僕を意地悪にする。
「っは…も…おね……」
「だめ」

指だけで追い上げる、胸に吸い付く。
「…ぃやぁ……」
なんて声だよ……それでも入らない。指が突き当たったリッキーのいいとこを擦り上げる。背中に爪が立つ。首が横に振れ、黒い髪が乱れる。唇を噛んで耐えているその口にキスを贈る。

 自然に開いた口に親指を入れた。そっと口の中を撫で回す。口の端から唾液が溢れるから指はアソコを擦りながら唾液を啜った。

 ぁ やら…やら……
きっと『やだ』と言ってるんだろうけど僕の指のせいで言葉にならない。とうとうガクガク震えながらリッキーは吐き出すことなくイった。
 
 中途半端に達したせいでリッキーの手が必死に僕に縋りつく。
「くる……し……ふぇ……たすけ……」
きっと出口を探してる、悩ましい腰が蠢く……リッキーを膝に抱き上げる。ゆっくりとその震える体を下ろしていった。僕の膨れ上がったモノがリッキーの入り口を目指す。

「あ っぁ……むり……」

リッキーはいつもこれをイヤがる。一番奥まで入り込む僕に苦しむんだ。けど一番感じている顔を見せる。その顔が見たいよ、リッキー…… 膝にしっかり抱きしめたリッキーをゆっくり動かす。

「や、動かな……で……あ……うごい……ちゃや……」
「イく顔見せて、リッキー。目を開けて」
濡れきった黒い瞳が現れる。
「目を開けてイって。僕から目を離さないで」
「む……」
「だめ、ならイかせてやらない」
「ふぇ……お……ね」

泣きそうに、それでも頑張って開けている目元に小さくキスをした。
「いいよ。イって」
 そのままベッドに下ろして腰を回し、突いた。嬌声が響く。高く低く啼く声に、僕も煽られる。イくつもりが無かったのに我慢出来なくてリッキーと一緒に果てた……

 

 疲れのせいなのかアルコールのせいなのか。1回しかしてないのに、まるで3回やったようなだるさだ。落ち着き始めて僕はリッキーの髪を撫で続けた。ころんと僕の腕の中に入り込んできた体を優しく包んだ。

「良かった?」
「うん……俺、このまま寝たい……」
「いいよ、体きれいにしてあげるからそのまま眠って」

バスルームに行って濡らしたタオルを持って来た。

 

 天井を見つめたリッキーの目から一筋の涙が流れていた。怒りを……感じる。こんなリッキーを知らないまま死んだ父親に。

 あんたの息子はあんたのために命をかけてるよ。あんたの死に様を知りたい、ただそのためだけに。本当のあんたのことを教えてやればリッキーは行くのを止めるだろうか。

 リッキーの涙に口づけた。深いキスを贈る。それでもお前は行くだろう。そう思うよ。もし真実を知るなら僕はそばにいたい。

 リッキーが顎の下に潜り込んできた。
「俺……国では嫌な思い出しかなかった……それでも出て来る時辛かったんだ。少しずつアメリカに慣れてこれもいいかもって思うようにしてた。フェルとも出会えたし。なのにどうしてこんな気持ちになるんだろう……なんで帰りたいんだろう……なんで……あんな親父のこと、知りたいんだろう…… フェル、怒ったっていいんだ。バカなことするなって。ここで帰ろうって……」
「お前が帰りたいならな。それなら喜んで帰るよ」
「フェル、優しすぎるよ…… 俺、すごくイヤな予感がするんだ。お前と一緒に行っちゃいけないって」
「どう生きたって死ぬときは死ぬよ。ならお前のそばがいい。僕の知らないところでお前に何かあったら……僕は何をするか分からない」

 

 僕たちのしていることを誰もが愚行と言うだろう。言えばいい。この感情を知っているのは僕たちだけだ。平和に僕らを罵っていいんだ、それはあなたたちの権利だろうから。

 一瞬掠めていくいろんな人の顔。事が終わったらその目を真正面から見て謝罪するよ、それで済むものなら。けど、リッキーのことでは誰にも譲るつもりは無いんだ。


「何を思ってもいい。だから素直にいて。お前が言うのが我が儘でも理不尽でもいい。僕は全てをお前に捧げているんだから」


 人は、狂ってると思うかもしれない。ああ、そうだよ。僕はリッキーに狂っているんだ。


 泣きながら僕の鼓動を聞いて、リッキーは眠っていった。額に一つ、キス。起き上がってタオルを温め直してきた。そっとリッキーを清めていく。されるがままに体を開く君。……きれいだ……僕の宝物。どんな宝石も霞んでしまう。お前のためならなんでもするよ。横になって、またリッキーを胸に抱いて僕も眠った。

 グアダラハラからメキシコシティへの6時間半のバスはさして変わることも無かった。さすがにバスは飽きたと思う。手はともかく、足を伸ばせないのが辛い。僕もリッキーも何度か立って意味も無くトイレに行ったりちょっと立ち歩いたり。
 あんまりうろうろすると変な目で見られる。それは気をつけなくちゃならない。麻薬に関わる人は多いのだから通報されかねない。

 

 メキシコシティには5時半に着いた。まだ暗くはない。真っ先にホテルを探してまあまあの所に落ち着いた。
今日はそれほど乗った訳じゃないのに二人ともぐったりしている。しばらく何も言わずにベッドに横になっていた。うとうとし始めて隣を見るとリッキーも目を閉じていた。
 手を伸ばす。頬を撫でて傍によって肩に手を置いた。当り前のように眠っているリッキーが頭を僕の胸に預けてきた。これはもう習性なんだ。僕もリッキーを腕の中に抱いて安心して眠った。


 目が覚めたのは7時過ぎ。きっと表はもう暗い。
「リッキー、起きて」
夕飯を食いに行かなくちゃ。外に出るわけには行かない、ホテルの中だ。行かないと閉まってしまう。
「リッキー、夕飯だ」
ううーーん と背伸びをしてゆっくり目が開いた。
「何時?」
「7時過ぎた。レストランが閉まってしまう、行かないと」
「俺、食うより寝ていたい」
「だめだ、しっかり食わないと。こんな所で食事出来るのは今夜が最後だろ? さ、食べに行こう」

顔を洗ってシャキッとする。リッキーもようやく目が覚めたらしい。
「俺、腹減ってた」
「なんだよ、今気づいたのか?」

わいわい喋りながらエレベーターを下りるとウェイターが手にクローズの札を持って歩いてくるのが見えた。
「急げっ!」
僕らは駆け込んだ。当然イヤな顔をされたけど、そのウェイターの手に20ドルを滑り込ませると途端に笑顔になった。

 まだ他に客が6組くらいいるからホッとした。さすがに僕ら二人だけじゃいたたまれない。窓際を避けて席に座りグラスワインを頼む。注文は全部リッキーに任せて僕は店内を見渡した。

 色鮮やかだ。緑と赤の椅子が交互にならんでいる。壁の一つには大きな国旗が貼ってあり、他は所狭しとタペストリーやら写真やら貼ってある。けど不快を感じるほどのものじゃない。目が移る、あちこちへと。

 テーブルに並んだ食事はまた鮮やかだった。色とりどりのサラダ、小さなカップの具だくさんのスープ、タコス、フィッシュステーキ。時間が無いせいかどんどん運ばれてくるから僕らは急いで食べた。
「腹いっぱいだ!」
「僕ももういい!って感じだよ」
 つい5分ほど前に最後の客が行ってしまって僕らだけになっていたけど、さっきのウェイターは何も言いに来なかった。

 会計は45USドル50セント。50ドル置いて席を立った。お釣りはチップだ。リッキーがウェイターに礼を言ってくれている。彼の顔は笑顔だった。

 部屋に戻ってスケジュールを確認した。リッキーが覗きこんでくる。
「明日は夜7時にカンペチェ行きのバスに乗る。14時間かかるからまたバスの中で泊まりだ。明後日の朝9時に着いて、カンペチェからタキナ。そこからはリッキーについてくよ。それでいい?」
「うん、後は俺が引き受ける」
「海に着いたらお前の好きなようにしよう。あるならそばのホテルにでも泊まっていいし」
「充分時間使ってる。早く市内に行った方がいいと思うんだ」
「当てがあるんだよな?」
「大丈夫、その爺さんなら俺にはいつもすごく良くしてくれてたんだ。義理堅いし安心出来る」
「その前にハックにだけは連絡を取っておくよ」
「分かった。俺も……手早く動くから。迷惑かけて」
「違う、迷惑じゃないよ、リッキー。お前がそれを言うなら僕はセバスチャンの時もオルヴェラの時もお前に迷惑をかけた」
「あれは違う!」
「ならお前のこれも違うさ」


 僕の中に衝動が沸き上がる。リッキーを押し倒して覆いかぶさった。前触れもなくだったからリッキーが驚いている。

「どうしても欲しい。どうしても」

 まるでこれが最後かのようにリッキーを味わい尽くす。リッキーの胸が上下し始め、切ない声を聞きながら抱いた。いつもと違うセックス。まるで追われるような。待てなくてすぐに後ろを解した。リッキーに負担をかけたくない。けどリッキーを満足させるというより僕が満足したかった。
 口づけをしたまま中に入る。止まらない僕の腰。胸に首に唇を這わせる。僕の中の欲望が突き上げる。背中が反って、また落ちて。美しい喉にくらりとする。リッキーが啼く、首に手がかかる、背中に回り指が食い込む。一際高い声を上げてリッキーがイった後を何度も突いて追いかけた。

 

 息が収まらないままリッキーの胸に潜り込んだ。ようやく落ち着き始めたリッキーの指が僕の髪を弄る。
「どうしたんだよ……なんか、フェル変だ」
「急にお前が欲しくなったんだ。それだけ」
「なんか……怖い、今さらだけど怖い、フェル」
「危険だと思うからだよ。きっとそうだ。長居は出来ない、それでもいいか?」
「いい。そんなつもり無かったから。爺さんに話聞いて、それでいい。たったそれだけのためにごめ」
「なぁ、謝るの止めないか? お前に恩着せがましく何かをするのはイヤだ。そんな風に思われたくない」
「……分かった。ありがとう、フェル」
「うん、それならいいいよ」

 シャワーに行くのに助け起こした。
「ごめん、つい中に出しちゃって」
「大丈夫、きれいにしてくれるんだろ?」
「もちろん!」

 リッキーをきれいにしてしばらくシャワーの下で静かに抱き合った。さっきのあの衝動は何だったんだろう? ただ一つになりたかった。一つに。

  あれからすぐ夢一つ見ないで眠った。10時ごろだったと思う。だから今朝は6時前には目が覚めた。シャワーを浴びる。荷物を広げた。服は後でホテルのランドリーに一緒に行って洗おう。僕一人じゃスペイン語が分からない。

 次はカンペチェに向かう。明日にはメキシコを出てタキナに着く。その間に荷物を整理するヒマも場所も無い。あの男はメキシコを出る時には銃を用意しておけと言った。だから今、万全を期すしかない。

「フェル、起きてたの?」

「ランドリーで服を洗いたいんだ。手伝ってくれる?」
「俺、行ってくるよ」
「一緒じゃなきゃダメだ。これからはもうずっと一緒に行動だ」

もう一時もそばを離れるわけには行かない。今までが順調だったからと言って安心出来る材料にはならない。

 ランドリーは部屋から歩いてすぐの所だった。
「やり方は分かったから部屋に行ってシャワー浴びて来いよ。乾燥も終わったら朝飯食いに行こう」
「大丈夫?」
「誰に聞いてるんだよ」
リッキーが笑った。ちゃんとドアが閉まって鍵の音を聞いた。あまり考え事をしないようにする。

(水を浴びたい)
そんなことが頭に浮かんで、僕はそれを消した。約束したんだ、リッキーと。

 

 15分位でリッキーが出てきた。そばに座って手を握ってくるから指を絡めた。

「聞きたいことあったんだ」
「なに?」
「国境んとこでさ……」
言い淀んでる。

「何でも聞いていいよ」
「お前、銃撃ったことあるって言ったろ? あれって……」
「人を撃ったことなんてないよ、ミッチに教えられたんだ。興味もあったしね。少しの間夢中になったよ。けどそれだけだ」
「ホントに!? ああ、良かった! 俺、聞くの怖かったんだ」
「バカ、聞けよ、そんなこと。僕が人を撃ち殺したとでも思ってたのか?」
「そんなわけねぇと思っちゃいたんだ。でも撃ったって躊躇わずにお前が言ったから」
「人を撃ったなんて言ってない」
「うん。ごめん、すぐ聞けば良かった」
「そうしてくれ。僕はお前には何でも正直に話すから」

しばらく喋らずにただ手を握っていた。今は平和な時間。同じ空間に僕らはいる。

「朝飯食べたらさ」
「なに?」
「部屋で銃のこと教える。今日しかそんな時間取れないから」
「分かった。でも俺、自分が撃てるとは思えねぇんだ」
「いいさ、威嚇するだけだって。知っておくほうがいいんだから教えておくよ。僕もその方が安心だから」

手にぎゅっと力が入った。その手を優しく親指で撫でる。少しずつ力が抜けていく。頬にキスをした。

「僕はバカみたいにお前を愛してる。お前には分かんないほど」
「俺だってフェルを愛してるよ、フェルには分かんねぇほど」

 まるでその密やかな空間を邪魔するかのようにランドリーが止まった。二人で中身を出して畳んだ。
「さ、飯だ」

二人とも朝食はしっかり食べた。これからだんだん厳しい場所に向かうんだから。

「これが弾倉。これにこうやって弾を詰めていく」
やって見せた。リッキーが見よう見まねで詰めていく。弾倉は4つ入っていた。これは助かる。
「両方ともきっちり詰めておこう。本当は使わない時には弾倉は空にしておくんだよ。この中にはバネがあって入れっぱなしだとバカになるからな。でも今回は用意しておく。すぐ使えるようにね」
「フェル、銃上手いのか?」
「物相手なら上手かったよ。動くものにはどうだか分からない」

ミッチはあれこれ教えてくれた。
『動かないことを前提にして考えるな。撃たれたくないんだから相手の動きは予測できない。慌てないこと。これが一番大事だ』

「弾倉をここに差し込む」
ガチン!と嵌め込んだ。
「これ、知ってる! 映画でよく見た」
「映画なんか、結構嘘が多いんだ。例えば『弾が出ない!』とか言ってカチカチ引き金を引くだろ? あれ、嘘だから。弾が無くなったら自動的に上が開くんだ。だから弾が無いことに気づかないって有り得ない」
「そうなんだ! でもみんなカチカチやるぜ?」
「なんでだろうな、僕には分かんないけど。それと弾倉を抜いたら必ずここに弾が残ってないか確認するんだ。オートは自動的に弾が装填されてしまう。残っていることに気づかないとケガどころじゃ済まないからな」
「どうなるんだ?」
「弾が無いと思って背中に差してうっかりトリガーに指でも引っかかれば、自分のケツ撃っちゃうだろうな。安全装置が無いんだから」
「げ!」

 ミッチに教わったことを教えて自分でも何回もやらせた。弾倉を入れないまま引き金を引く練習をさせる。何も知らないよりはマシだ。

「とにかく落ち着くこと。撃ってる弾の数を必ず数える。後一発残っている状態で弾倉を取り替える。無駄が無いからね、次の弾倉に装填し直してから続けて撃てる。これで一通り教えはしたけどさ、多分その場になったら何も出来やしないよ。一発でも撃てたらたいしたもんだと思う。撃てると思ったら、狙ってる場所よりちょっと下を狙え。反動で手が上がるからそれくらいがいいと思う」
「フェル、知り過ぎてて怖い」
「ミッチは教える時は徹底してたからね。知識だけは残ってるよ。あと缶なんかを撃った感触はね」

『何でも知っておいて損は無い』 よくそう言われたっけ。使わずに済めば一番いいんだけど、こればっかりは行ってみないと分からない。拍子抜けするほど簡単に帰れればそれに越したことは無いんだから。


 外に出るか? という僕にリッキーは首を横に振った。
「ここでお前とゆっくりしていたい」
「セックス無しでもいいか?」
「うん、いいよ」
 ころんとベッドに寝っ転がったから僕も隣に寝転がった。手を握り合う。今日はずいぶんと手を握っている。僕より一回り小さいその手に銃は似合わないと思う。
(お前にはキッチンでジャガイモの皮を剥いてる方が似合うよ)
そう思う。

 

 早めの夕食を食べて荷物を持った。明日の午後にはマリソルに入る。いよいよリッキーの母国だ。