Fel & Rikcy 第5部[ 帰国

10.脱出

  # Fel #

 頭から水を浴びせられて目が覚めた。途端に肩と足から激痛が走った。椅子に縛られている。そばに立っている男がやたらベラベラ喋ってる。返事をしないでいるとまたバケツの水を浴びた。口の中に入って来た味からするとあまり健康的な水とは思えない。

 ここは古い倉庫の片隅だと思う。下は土でじめっとしてる。またまくしたててるから怒鳴ってやった。

「英語しか分かんないんだよっ、マヌケっ!!」

足を思い切り蹴られた。
「あうぅっ!!!!」

脳天を突き抜けていく…… 男の声が止まない。

「だから……分かんないんだって……」
水だ、今度は2度続けて。ミネラルウォーターを頼みたいけどそうはいかないらしい。頭を振って雫を飛ばした。

「誰か……英語分からないの……か? 本当に分かんない……んだよ、何言ってるのか……」
また足を蹴られて叫んでしまう……耐えるのは無理だ……

「ウソじゃないみたいだね」
 片言だけど英語だ。頭をやっと上げてその男を見た。小柄な男。どうやらこの連中を仕切ってるらしい。でも体中入れ墨ってわけじゃないから地位は低いんだろう。

「お前、これ持ってたろう」
女が落とした財布……
「女、が落としたのを……拾った……」

今度は容赦なく肩を掴まれた…… 一瞬意識が遠退きそうになる…… また掴まれて指が食い込む……意識が浮上する……自分の口から叫び声が上がっているのを知った。
「ぅあああっ!!!!」
「ウソは良くない、これにはほら」
小男が出したのはよく見るコカインの小さな袋。
「これが入ってた」
「知ら、ない、僕のじゃ……ない」
「あそこは協定で縄張りを互いに守るはずの場所だ。お前、ハックの手下といたね? アイツが協定、破ったのか?」
「なんのこと、か分から」

指先が熱くなって激しい痛みが走った…… 爪を……右手の中指の爪を逆向きに剥がされたんだ……

 

 もう叫ぶもんか! 唇を噛んで声を漏らすのを耐えた。

「強情だね。一言ハックにやらされたって言えばいいだけだよ」

 この連中が罠をかけたんだ、ハックを叩き潰すために。連中は本当のことなんかどうでもいいんだ。

  ――リッキー 拾ったのがお前じゃなくて良かった……

「まだ言う気にならないか?」
「僕は……何も知らな……い」
「痛めつけても口を割らない連中がいる。お前もそうらしい。けどこれはどうかな?」

 何かの指示を出されもう一人の男が動いた。小さな……トレイを持ってる……

 

暴れた、それはイヤだ!!!!!!

 

 椅子が倒れる、そのまま這ってでも逃げようと……あれだけはダメだ、受け入れるなんて出来ない……その椅子を掴まれた……撃たれている足を踏みつけられて動けなくなった。

「一人で、やったんだ! 僕一人、で密輸入したんだ、金になるかと思ってあんたの、シマを荒らしたんだ、だから殺せ!! ナワバリを、荒らし、たんだよ、あんたたちの、ことなんか、どうでも良かったんだ、殺せっ!!!!」

死んだ方がマシだ……

「違うな、ハックがお前をシマに送り込んだんだろう? 今なら間に合う、言うんだ」

舌を噛もうとした、 ――死にたい――   男が顎を掴む、死にたい……殺せ……

「コカインの怖さ、知ってるか? 1回打たれたら終わりだってことだよ。これは純度100%。極上っていう代物だ、滅多に味わえない。もし喋るなら止めてやる」

顎が離されて椅子を引き起こされた。

 

「なん……で、こんな、面倒なことをする?  直接、ハックってのと、やり合えば、いいじゃないか……」
「今回はお前の話をビデオに撮って他の組織にも届けたいんだよ、ハックが協定を破ったのが分かればみんな動くだろう」

ハックにもミッチにも恩がある。裏切ることなんか出来ない……

「強情だな」
もう一人の男に顎を振った。残った力で死に物狂いで暴れる腕を掴まれる。
「いい気持ちになるだけだ。そのうちお前は自分から打ってくれと泣き出す」

チクリと腕に刺さって流れ込んでくる……早かった、効果が出るのは。理性が…、飛ぶ……

  体の痛みが消えた
  強くなったような気がした
  何も怖いものが無い
  自信たっぷりで何でもやれる
  こんなところ、すぐにでも抜け出せる
  とろりと頭の中が腰くだけになる

 

「どうだ、いい気分だろ?」

 

  遠くからさっきの男の声が聞こえた
  なにを言ってる?  偉そうに
  僕は何も喋らない
  なんでかって?

  もちろん強いからだ

 ……しばらくして嘘みたいに自分が帰ってきた。何だったんだろう、さっきのは。でも帰ってきた途端に体中の痛みが襲いかかってきた。息が、できない、声も出ない。

  足、肩、手が、痛い 痛い 痛い

 

「お帰り。良かったろう?  お前が飛んでたのは」
腕時計を見た。
「22分。短いんだよ、スノーの効果は。だからすぐ次が欲しくなる。あっという間に中毒になる」

脇を振り返って指示を出した。
「1時間したらロック、打て」
「でも……」
「黙ってやれ。どうせハックにはビデオとこいつの腕を届けるんだ。さっさと堕としてしまえ」

そんなに簡単に堕ちて溜まるか、抜け出してリッキーのところに帰るんだ。リッキーが待っている。

 体が『痛み』に捕まっていた。まるで物理的に捕まったみたいに形になって『痛み』がある。撃たれたところから火が噴いているようだ。コカインを打たれていた間は痛みが無かった……

 

 ただ時間が過ぎていく。縛られているだけ。寒い、体が震える。何度も水を掛けられたせいだ。きっとそうだ。歯がガチガチとなる、なのに傷が熱い。

 男が入って来た。
「時間だ、さっきよりいいもん打ってやるよ」
「たった、2回で、堕ちて溜まる……か……」
「分かってないな、もうお前は捕まってるんだよ」

注射器がその手にある。
「やめろ! いや、だ、打つな!」

 

  静脈に流れ込む、

  さっきより強い高揚感が

  ……ああ、体が楽になる……

 

 

 覚めると痛みが倍くらいにぶり返す。いつの間にか欲しくなる、痛みを止めたいだけだ、中毒ってわけじゃない。そうじゃなくて痛み止めなんだ。

4回目の痛み止めに気持ちが和らぐ……息ができる、そして……

 

  夢の向こうから音が聞こえてきた

  まるで銃声のような
  罵り合ってるような

  ロープが解かれ
  椅子から立たされ担がれる
  声がする 

「こいつに何を打った! スノーか、ロックか!?」
「り、両方だ……」
「何回打った!?」
「スノー1回と、ロック3回だ、殺さないでくれ、頼む……」

「量は!? 間隔は!?…………」

 

  銃声が聞こえる
  いくつも いくつも

 

 

「フェル、聞こえるか! フェル!!」
ちゃんと首を振ったはずなのにのろのろと頭が上下した
「よし、帰るぞ!」
「りっ、き」

「ああ、無事だ。俺んとこに来てる。いいか、しっかり掴まれ。表に車があるからそこまで頑張れ」

 


  引きずられるように歩かされた
  後ろからまた銃声が聞こえる
  まだ体が浮いてるような気がする

  何かに押し込まれた 
  乗っている物の

  振動が伝わってくる……
  気が遠くなる……

「フェル! フェル!!!!」


  りっきーのこえが……


「まだだめだ、瞳孔が開いてる。もう少しすれば意識がはっきりするから」

(りっきー ぼくは)
  なんだっけ

  なんていおうとした?

 

 


 急に地上に落とされたように僕は戻った。
「フェル、俺が分かるか?」
泣いて目を腫らしているリッキーが見える。
「なく、な……だいじょうぶ、だから……」
なぜ声が震えてるんだろう? しがみついてきたリッキーを抱きしめようとするのに力が入らない。

「ここで抜いてやりたいんだがな、きな臭いどころか焦げ臭くなってきてるから脱出する。お前たちも一緒に連れてってやる。トムが手はずをつけてくれるから安心しろ」
「はっく?」
「ああ、そうだ。肩の傷の手当てはしたからな。しばらくの辛抱だ。足は落ち着いたらやってやる、弾が残ってるんだ。悪いな、時間が無かった」

「おまえ……いいのか? ここ、でても……せっかく……きた、のに」
「いいんだ、もう全部終わった。フェルと一緒に帰るよ、アメリカに。あの国が俺の国だ。もうここは俺の国じゃなくなったんだ」
「そうか……おまえが……よきゃ、いいんだ。すこし……ねむっ、てもいいか?」
「うん うん、眠れよ。ちゃんと連れてってやるから」

  何度か起きた

  パニックが起きる、体が震える

  コーヒーと水を何度も飲まされた

  体中が痛みで悲鳴を上げている

  クスリが切れたから

  また倍くらい痛くなる

  痛み止めを……


「辛抱だ、フェル! 帰ればトムが何とかしてくれる」
「フェル、俺がここにいる、俺がいる」

 

  恐ろしいほどの

  苦痛がせり上がってくる

  だめだ、持って行かれちゃ

  これと戦わないと

  大丈夫だ、

  きっとすぐこんな気持ちは消える……

  自分の両腕を懸命に掴む

  ここに僕はいる……戦わないと

「フェル、大丈夫か!?」
「リッキー、薬が切れかかってるんだ、その症状なんだ」
「え? じゃ、もう良くなるの?」
「違う、逆だ。逆らおうとしても体が欲しがってるんだ、傷の痛みを止めたくて」

リッキーが、震える体を抱きしめてくれる……しがみつくこともできない……

とうとう僕は痛みに屈した。だって痛み止めを打てば楽になるじゃないか。

 

「はっく、くす……りは? もって……るだろ?」
「無いよ、持ってない」
「うそだ……! おね……がいだ、いたいんだ、ちょっとで……いい、そしたらやめる……ちかう、あといっかいだけ、たのむ、はっく……」

「フェル、どうしちまったんだよ、ダメだよ、麻薬なんて。フェルはヤクが嫌いだろ!?」
「いた、いんだ、すぐやめ……るから、だから……」
「フェル、じゃ、トムに会うまで我慢しろ。今から飛行機だ。大人しくしてないとトムに会えないぞ。いいか?」

必死に頷く、たった1回だ、それだけ出来ればもう止める、賭けてもいい、賭けても

「これ、楽になるからフェルに飲ませろ」
「何の薬?」
「いいから、飲ませるんだ。飛行機で騒がれちゃ困るんだ」

 

あああ体が傷が痛い……

 

「フェル」
「り りっき」

 

リッキーの唇だ。温かい唇から冷たいものが流れ込んでくる。続けて何度も口づけられた。その度に冷たいものと何かが喉を通っていく。

「落ち着くはずだ、強い睡眠薬だからな」

 

しばらくしたら酷く眠くなってきた……

  ――ねむい ねむいよ、りっきい

「うん、俺の膝で寝ていいから。ずっと抱いててやるからな」

 

 

  それきり記憶が曖昧で
  時間が分からないまま、

  眠って、水を飲まされて、眠って
  それが繰り返された

  ゆらゆらしてる
  なんども

  リッキーが水と何かを口にくれる
  そのたびに[今]がわからなくなる
  時間が……きえる

 

 


 目を開けたらベッドに寝かされていた。何人かの動く気配を感じる。

 りっきぃ

口を動かしたけど、声が掠れて出ない。手を握られた。この手はリッキーだ。

「フェル、分かる? リッキーだよ。分かる?」

体が燃えて首を動かせない。口を開いたら柔らかいものが触れた。

 りっきぃ

「うん、俺だ。無理に喋るな、酷い熱なんだ。水、かけられたんだろ?  そのせいで傷が化膿しちまったんだよ。足の弾はさっき抜いてもらったから。しばらくこのホテルにいることにしたんだ」

 

天井に重い目を向けた。よく、見えない。

 

「アメリカだよ、俺たち帰って来たんだ。だから安心して、そばにいるから。フェル? フェルっ!!!!」

  途中からこえがとおくなって
    りっきぃ
  火が ぼくを やいている

  また目がさめた
  いきがあつい
  口になにかが かぶさっている
  そこから くうきが入ってくる

 

 

「病院に来たんだ、ホテルじゃだめだから。少し入院だよ、傷が治るまで……」

  こえが  よく きこえない

 

  目をひらくと

  いつもリッキーが見える、

  幻みたいに

   ――りっきぃ?

「聞こえたよ! フェルの声、聞こえた!  良かった……まだ無理すんな、寝るのがいいって。何か欲しいか?」

   ――みず

「分かった!」

  何かしゃべってる

「水じゃむせるかもしんねぇから、これがいいって」

  小さな氷のカケラをいれてくれた
  つめたい
  きもちいい
  もう一つほしい
  口に氷が押し込められる

 

 目が覚めた。
「りっきぃ? りっき、いる?」
手を握られていた。
「目が覚めたか? 熱が少し下がってきたんだ、ちょっとは楽か?」

震えている声。握りしめられる手。首が動かない、肩から辛い。足が熱い。
「らく。ここ、どこ?」
「病院。熱が下がるまでここにいる。ハックが面倒見てくれてんだ。だから安心しろよ」
「めき、しこ?」
顔を拭いてくれた。
「アメリカだ、エルパソだよ。俺たち、帰って来たんだよ」
「まりそる、は? 」
「出てきたんだ。分かるか?」
「そうか……あめりか、か……」

 

「りっきぃ」
「なんだ? 俺、ここだよ」
「のど、かわいた」
冷たいカケラが入ってくる。
「ここは?」
「病……病院だよ、フェル。分かる?」
「びょういん」
「……ここはアメリカだ。マリソルから帰ってきたんだ」
「あめりか……」


「あ ねてた?」
「ああ、寝てたよ。俺、分かる?」
「りっきぃ。わかるよ。ここは?」

  ――みずがほしい

「ほら、口開けろ」

開けると冷たいもの。

「りっきぃ?」

「ああ、分かるよな?」

わかる うみ、いっしょに、みような……」

「ここ……アメリカだよ、フェル。なぁ、アメリカなんだよ、フェル、帰ってきたんだよ、俺たち」

「あめりか まりそるじゃ、ない……」

 目を開けた。どこだろう、ここは。あ、病院って言われた? 病院……そうだ。アメリカだ、帰って来たんだ。リッキーと帰って来た。

 

声が聞こえる。

「記憶が混乱するんだよ、よくあるんだ」
「治らないの?」
「治るよ、もうフェルはうわ言で薬が欲しいって言わなくなったろ?」
「うん……」
「きっと抜けたんだよ。大丈夫だ」

「リッキー、誰?」
「やあ、フェル。ハックだ。ずいぶん良くなってきたな。顔色がいい」
「リッキーは?」
「俺、ここ! 喉、乾いた?」
「うん」
「分かった」

氷。

「アメリカに、帰って来たんだな」
「分かるの!?」
「お前が、そう言ったろ?」
「うん! 俺、そう言った!」
「良かったのか? マリソル、もう一度行くか?」
「ううん、フェルのそばにいる」
「一緒に行ってやるよ」

目を閉じた。まだ辛い。
「いいんだ、フェル、もういいんだ」

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