
宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第1部
8.弾け飛ぶ
講義が始まり、大学らしい日々が始まった。ヒマなヤツが多いのは変わらない。相変わらず僕もリッキーもちょっかいを出され、そしてたいがい撃退した。
リッキーへの感情を露わにし、開き直った僕に怖いものは無かった。彼は弱いわけじゃなかったし、そこに春休みの間のトレーニングが功を奏し以前より怪我が減っている。それでも元々の地が出始めた僕は、口から血を垂らして帰って来るリッキーを見ると報復を考えるようになっていった。
「お前、やり過ぎじゃね?」
そんな言葉が痣が残る苦笑いの彼から漏れる。
「今度はお前が飼うってわけ?」
「味見してどうだった?」
「相部屋だからヤりたい放題だろ」
僕の返事は、拳。リッキーを『所有物』として見る目が許せなかった。確かにそこに原因を作ったのは他でもないリッキーだ。
本人も言った通り、誰彼構わずベッドを共にしたから蟻のように虫がたかる。でも今は僕がいる。リッキーと寝たいならまず僕という関門をくぐり抜けるべきだ。
さすがに正面からは来ないが、泥棒猫のように彼を掠め取ろうとする連中は徹底的に排除した。
「今は『僕のハニー』だって分からせないとね。それから今日の午後はバスケだから、僕のそばにいるんなら一緒に参加ってことで、よろしく」
あれっきりテッドたちのことも裏にあるらしい事情も話には出て来ない。深刻そうな顔も見せない。でもどこに行くのにもリッキーはついてきた。 彼は変わった。そばを決して離れない。時折り厳しい表情で周りを見て、僕と目が合うとその緊張がふっと緩む。
夜はさらに大きく変化した。元々、リッキーは僕の胸に顔をつけると安心して眠ってしまう。それが最近は昼間だろうとどこだろうと、くっつくとキスを強請りながら僕の胸で眠ることが増えた。眠った顔にかかる黒髪をそっとかき上げるとリッキーの綺麗な顔が現れる。閉じた目を縁どる長い睫毛が、僅かに震えていた。何をこんなに思い詰めているんだろう。眠っているリッキーの顔は前とは違って、いつも苦しそうな顔をしていた。
目の周りをそっと撫でる。だんだん目立ち始めている隈を指でなぞる。眠っていても僕のシャツを掴んでいる手が離れない。
少し痩せたよな、リッキー……
何を苦しんでる?
一体どうしたんだ?
聞きたいけれど聞けない……。出来ることはこうやって胸に抱いて眠らせてやることだけだった。
夜中にふと目が覚めると、そこに膝を抱いて目を見開いている彼がいた。
「眠れない? 来いよ」
ブランケットを持ち上げると黙って すり と潜り込んでくる。そんなことが何回かあって、僕は夜、リッキーが眠らないのを知った。
何も語らない彼に何も言わず、なるべく時間を取っては胸に抱いて眠らせる。どんどん静かになって痩けていくリッキーを見るのが辛かった。そうだ。うんと疲れさせればぐっすり眠れるかもしれない。
僕の友だちはみんな最初は遠ざかった。そりゃそうだよな、健全な青少年の見本みたいだった僕がいきなりゲイ宣言したんだから。でもあんまり僕が普通にしていたせいか、彼らはすぐに受け入れてくれるようになった。別にそういうカップルは珍しくもないし。
初めてリッキーをバスケに連れてった時の彼らの反応はほとんど同じだった。ため息が漏れる。みんな彼を間近で見たことがない。彼らにとって、リッキーは違う世界の人種だった。だから中間色の彼が放つ壮絶な色気に当てられてしまうんだ。
「なんか…すげぇな……」
「歩く えろ だよね…」
「本物?」
思わず手を伸ばしたヤツは、僕のパンチを喰らった。ま、たいした力じゃない。
「僕の。分かった? 僕のだから」
それを聞いて嬉しそうなリッキー。
「で? その……」
「リッキーでいいよ」
フランクなリッキーの言葉に、一気にみんなの力が抜けた。
「リッキーもバスケ、やるの?」
「ああ、一緒にいい?」
「結構荒っぽいよ?」
みんな顔を傷つけるんじゃないかと心配している。
「構わねぇよ、さんざんフェルに洗礼を浴びたから」
その言葉通りに、リッキーは最初から軽快に飛ばした。僕にあれこれつき合わされてるせいで……? No! おかげで、かなりのスタミナがついている。身体能力の高い彼はもっとスタミナがつけば、スポーツ選手としてだって活躍出来たかもしれない。カットもパスもなかなかのもんだ。
唯一不得手なのがゴールを決めること。補助的な役割には率先していくのに、なぜか勝敗を決める前線には出ない。僕と二人の時はあんなに上手いというのに。みんなには分からないほど自然だけど、違う。リッキーは目立つポジションに立つこと自体を避けているんだ。
「楽しかったよ! また来いよ」
何人もに背中を叩かれて紅潮しているリッキーの顔からは汗が滴っていて、陽を浴びながら水を煽る姿が眩しいほど鮮やかだ。風に流れる黒髪。大きな黒い瞳。歌うような誘うような赤い唇……。
「どうした? なに?」
無造作に水とタオルを掴んでこっちに来る姿を、僕は思わず抱きしめた。
「おい、フェル! そういうことは部屋でやれよ!」
「まったくだ! 見せつけんのもたいがいにしろよ!」
みんなの野次が飛んでくる。連中に反撃する前にリッキーの唇を奪う。口笛が鳴る。真っ赤になっているリッキーの肩に両手を乗せたまま振り返った。
「うるさい! 外野は黙ってろ! 僕がどこで抱きつこうとキスしようと僕の勝手だ!」
「俺……怖いくらいだ」
「何が?」
「幸せ過ぎて…いいのかな、これで」
バスケの帰りの芝生の上。呟く姿がやけに弱々しく見えた。
「リッキー」
寝転がせて頭を膝に乗せる。陽が高い時間は過ぎて、風がありほのぼのと暖かい。
「ここで寝ろよ、疲れたろ? バスケは体力使うからな。こうしてるから安心しろよ」
まるで癖になってるみたいに髪をかき上げてやる。いや、すでに癖になってる。リッキーの髪が指の間をさらさらと滑るのが僕は好きだ。
「いいんだよな、今だけはこうしてても」
握られた手にいくつものキスが贈られる。今だけ?
「いいんだよ、こうしていて。何が不安? 何かあるなら言ってくれればいいんだ。二人で解決していきたい、出来ることなら。でも無理強いはしないよ。事情があるんだろうってことくらい分かる。言うのも言わないのもリッキーが決めることだ」
形のいい唇に笑みが浮かんで目が閉じた。そのまま静かになったから眠ったんだと思って、身をかがめて額にキスした。
「フェル」
「なんだ、起きてたの?」
「俺、アメリカ人じゃない」
「……ひょっとして…スペイン?」
「ちょっと違う」
目を閉じたまま密やかな声で話し始めた。
「テッドたちは別の大学に今行ってる」
「え、そうなの?」
「だからちょっと安心した。消されたんじゃなくて」
度肝を抜くような言葉だ。
「消される って…確かに僕は連中をぶっ殺したいとは思っているけど。リッキーの言ってるのはそういう意味じゃないね?」
「違う。[排除]ってことだ」
後は黙って聞くしか無かった。
「俺の国はスペイン系の国だ。国名は聞くな、大国じゃない。大昔はスペイン領だったけど今は全く関係ねぇ。どっちかというと独裁国家で、首相はいるけど今実権を握ってんのは……将軍になった父なんだ。アイツはいろんな手を使って今の地位にのし上がった。その辺はアルに似てるか」
とんでもない! それって次元の違う話だよ! でも声には出なかった。
「副将軍の補佐だった男が死んでアイツはその後釜として候補に挙がった。けど対立候補がいた。選挙があるわけじゃない。副将軍の意向次第だ。そして……副将軍は母さんを気に入っていた」
まさか……?
「母さんは………」
唇が震えている。
「母さんは自殺した。アイツは補佐になった。それが残ってる事実だ」
なんて言えばいいんだ……?
「なんで俺がそれを知ったかって言うとさ、二人の言い争うのをこの耳で聞いたからだ。でもなんの力もないたった14の俺にはどうすることも出来なかった。15になってすぐに母さんは海に飛び込んだ。飛び出したけど間に合わなくって……俺の手にはスカーフだけが残った」
目の前で……
「俺は荒れた。そしてやっと進学した学校で…オモチャになった。アイツがそのことを知った時には俺にはもうそういうのが当たり前になっていた。つまり、セックスまみれってこと。16になる前には俺は立派な男娼になってたんだ」
リッキーの右手はその辺の雑草を抜いちゃ投げ捨てていた。その草を小さな風が遠くへ運ぶ。
「時期が悪くてさ、副将軍が暗殺されてアイツはその座についたばかりだった。内乱があったりしてゴタゴタしてて、プライドの高いアイツとしちゃ誰にもどんな弱みも見せるわけにはいかなかったんだ。俺は3番目の息子だったから、元々存在価値はたいしてない。碌でもないスキャンダルを抱えた俺は、アイツにとっちゃただの時限爆弾でしかなかった。俺は国から出された。担任は、文字通り消えた。学校で俺を甚振ってた連中も消えた。どこから息子の不祥事がバレるかもしれねぇからな。
だからそうなる前に手を打ったってわけだ。そういや、担任、アイツに似てたな」
――トラウマの原因は……ここだったのか………
目を閉じたまま囁くように語り続けるリッキー。まるでこの青い空ごと違う空間に切り離されたみたいだ。
「今じゃ将軍の地位に就いてる。たいしたもんだ、どんな方法を使ったとしても。でもその立場は強いけど脆い。俺の弟も殺された。出来た弟でさ、ビリーみたいに元気だったよ。狙われたのはアイツだけど死んだのは弟だ」
リッキーが膝から下りて自分の両手を枕に顔をうずめた。
「今でもさ」
くぐもった声がそれでもはっきり聞こえた。
「お目付けが見てんだよ。俺が目立ったことしやしないか。なんかの事件の原因になりやしないか。アイツに迷惑かけることしねぇかって」
乾いた笑いが聞こえる。
「セックスだけは好きにしてられるんだ。そういうのに夢中になってりゃかえって安心なんだろうな。でも、例えばお偉いさんになるとか何かの事業起こすとか。そういうのは禁止。社会的に表立った行動、しちゃいけない」
選んだのはシンプルな論文。読む本は専門書が多いのになぜか成績は中の下。留年にならない程度に抑えて実力を出さないリッキーが不思議だった。
「旅行だってな、この範囲までって決まってんだ。お前んち、ぎりぎり。生活は、困ったせいで警察のご厄介になっちゃまずいってんで、困らないだけ送られてくる。だから適当に生きていけんのさ」
『誰もいない』 あの言葉が突き刺さってくる。
「国に帰れば……友達、いるのか?」
リッキーはころんと空に顔を向けた。
「俺、幽霊なんだ」
「幽霊?」
「死んだことになってる。だから帰るとこ、無い。車ごと落ちて死んでんだよ、国では」
「……じゃ、家族には」
「二度と会えない。いいんだ、それはもう慣れた。いつも見張られてんのも、慣れた」
だから大学から外に出ない? だからセックスに身を任せるしかなかった? 怒りじゃなかった。震えるほどの哀しみが、凍るほどの壊れた心が伝わってくる。
「だからテッドにこれ以上構うなって言ったんだ、 後悔することになるって」
「リッキーはテッドたちが殺されたと思ったのか?」
「かもしんねぇと思ってエシューに頼んで調べてもらった。彼女はそういうの上手にやるんだ。感情交えないからな。他の大学に行ったことが分かってほっとしたよ。ま、ただ襲われただけだからな。
けどそれが元でまた騒動が起きて誰かが騒ぎでもしたらOUTだ」
泣きたいだろうに涙一つ零れてなかった。多分もう涙を落とす時期は過ぎたんだ、とっくに。
目が開く。
「別れよう、フェル」
言い出すような気がしていた。
「俺、短かったけどいい思いさせてもらった。部屋さ、盗聴されてんだ。フェルの部屋変えてもらうよ。だからフェルは安全……」
僕はリッキーに覆いかぶさってその後の言葉をキスで塞いだ。初めは抵抗しようとしたリッキーは長い静かなキスに応え始めた。
「言うなよ、それ以上。僕は平気だ なんて、陳腐なことは言わないよ。確かにブロンクスで命のやり取りに近いことは味わった。動けないほどのケガもしたさ。でも、これはそんな子ども染みた世界とはかけ離れた話だ」
「それが分かるなら離れた方がいいの分かんだろ? 何かあって巻き込まれたら、お前も家族もただじゃ済まねぇかもしれねぇんだ」
「テッドたちはやり過ぎたからここから離されたんだろ? リッキーに害をなしたから。僕はそんなことしないよ。それに見張られてるって、守られてるってことじゃないのか?」
歪んだ笑いが浮かぶ。
「違うんだ…俺が犯罪を犯しちゃいけないし、犯罪の元になってもいけない。ニュースやら何かのネタになっちゃならない。それを回避するためだけに連中はいる。もしもの時は…多分俺が消される」
「父親なのに!?」
「フェル。俺の国で、特にアイツのような立場で、家族だとか親子だとかは二の次なんだよ。アメリカに送られただけでも破格の待遇さ。少なくとも今生きてはいる。アイツが示した最後の温情ってヤツだ」
そんなのが温情だって? 生かして、踏みにじり、鎖で繋ぎ、投げ捨てる。
「ここんとこ、ぬるま湯に浸かったような生活してたから忘れちまってた。けど、警告したのに俺を襲ったテッドたちは追い出された。それで済んだのはラッキーだったんだ」
言葉が途切れる。目が閉じる。
「連中は小競り合いには目もくれない。どうせロクデナシの俺だから少々のことなら放っておかれる。例えば俺がただ交通事故で死んだとしたら、事故は無かったことになって、俺はいなかったヤツになるだけなんだ。どうせ幽霊だからな。死体ごと全部消えてお終い。それならアイツにも国にも厄介はかからねぇ」
なんて静かな声でそんな言葉が出てくるんだろう。
「けどその事故が元で事が大きくなれば介入される。極端になると事故の相手の家族まで丸ごと消えたりな」
まるで映画の中で生きているような世界。
「国を出る時にアイツに全部釘を刺されたんだ。『迷惑をかけるならお前にとって大事な者を全部失うことになる』って。なのにアメリカに来て間もない頃、俺はバカだから酔っ払って隣に住んでた若いヤツと揉めたんだ。刺されてさ、一緒にいたヤツが通報した。気がついたら俺は手当されてベッドに寝てた。後で聞いた話じゃ、警察が来た時には刺したヤツも通報したヤツも消えたって。それからはセックスだけに没頭した」
存在自体が否定されている。もう死んでいることになっていて、これから先もじっと息を潜めて生きていく。誰かを巻き込むかもしれないことを恐れながら。
「俺はお前に何か起きるのは耐えらんねぇ。大学、やめたっていいんだ。大人しくしてりゃ丸く収まんだからさ」
お前はそうやって生き地獄の中で壊れ続けて笑っていくのか?
「リッキー、来いよ」
僕は彼を引っ張り上げて立たせた。
「どこ、行くんだよ」
「いいからついてこい」
シャワールームにはもう誰もいなかった。リッキーを引き入れて鍵をかけた。
「リッキー、今僕をどう思ってる?」
「今って……」
「あれこれ抱えてるの、分かったよ。そのデカさも。それに比べりゃアルなんてたいした障壁じゃない。分かったけどさ、そうじゃなくって今の僕に対する気持ちだけ聞きたいんだ」
「フェル……もう好きだとかそういう問題じゃなくなっちまったんだ。俺のそばには誰もいねぇ方がいい」
「好き? それだけ? 初めの頃に言った言葉はどこ行ったんだ? 映画館でも言ってくれたよな」
「フェル、聞いてくれ…」
「お前こそ聞け! 僕にこの感情を持たせたのはお前だ! そして今じゃ僕そのものがリッキーを必要としている。なのになんだよ! そばにいると迷惑がかかる? 離れた方がいい? 挙句の果てに、別れる!? ふざけるな!! 僕は一人の人間だ、誰かに何か言われて『はいそうですか』なんて言いなりになれるかよ!! リッキーは? どうなんだ、僕と別れるのに躊躇いは無いのか!?」
そんなことを聞かれたら苦しむのくらい分かってる。けど、今は本当の心が見たかった。
「あるよ!! 俺はフェルに出会って全てが変わった。幸せも味わえた……だからこれ以上は俺の我がままなんだ」
「我が儘で何が悪い? 欲張って何が悪いんだよ。僕は欲張ってるよ、リッキーを出来ればどこかに閉じ込めてしまいたい。リッキーが他の誰かを見るのがイヤだし、誰かがリッキーを見るのもいやだ。けどそんなこと言わないで済んでるのはリッキーの気持ちを信じてるからだ」
国のために自分を捨てる
国のために何もかも諦める
人の命のために
自分の気持ちを封じ込める
仕方ないことなんだろうな
僕には想像もつかないよ
そんな苦しみの中で
生きてかなきゃならないなんて
けど、お前はどうなっちゃうんだよ
なあ、リッキー
僕たちはまだ19だ
そんなもの背中に背負うには
早すぎると思わないか?
「言ってくれ、リッキー、僕が今一番欲しい言葉を。リッキーが僕を思う正直な気持ちを。僕はまだ幸せになっちゃいない」
頼む、リッキー。
お願いだ、リッキー。
どうかどうか、欲しい言葉をくれ。
「フェル」
哀しい目が僕を見つめる。
「俺、フェルが好きだ。そしてそれ以上にフェルが無事に生きていってくれることを望んでる。俺、それだけで……」
「僕はそれじゃ足りない! リッキーがいなくちゃ、そばにいてじゃれついてくれて僕を独占してくれて一緒にケンカして笑って泣いて……僕から目を離したくないって言ったじゃないか、バスルームでも! 僕が無事に生きていく? ただ生きてりゃいい? リッキー無しで? そんな安い恋愛したつもりはない!!」
歯止めがきかない。僕はリッキーを壁に押しつけていた。
一時の感情に押し流される それのどこが悪いだろう。結局恋愛なんていつだって感情に流されるもんだ。今、リッキーが僕の腕の中にいることが全てだった。
僕から逃げ出そうと必死に抵抗を続けるリッキーを体格差から追い詰めた。抱きしめて唇を奪い、首筋に歯を立てた。
「フェ フェ…ル」
「本当のことを言え! 本心を言え! 余計なことは聞きたくない!」
シャツを上げて胸を露わにする。人の愛撫に慣れているはずの肌が僕の愛撫でさざ波を起こしていた。
「あ……」
言えよ、リッキー……。
「……愛してる…愛してる、フェル、ずっと一緒にいたい…」
「聞こえない、聞こえないよ、リッキー……」
ぷっくりした胸の飾りを小さく吸って甘く噛んで、舌先で押して舐め上げて。
「愛してる…離れることなんか…できない……」
その顔を見上げた。
「僕もだ」
リッキーのシャツを脱がせた。自分のシャツも脱ぎ捨てた。どちらからともなく抱き合って、相手の口を求めあう。
「リードしろよ。僕は初心者だ」
リッキーは小さく笑った。
「簡単さ。フェルはただ感じてりゃいいんだ」
こんな愛撫を受けたのは初めてだった。啄ばむようなキスがどんどん深くなっていく。主導権を委ねたキスは犯されているような錯覚を呼んだ。
入り込んだ舌が口の中を暴れ回る。手があちこちを這い回りスウェットパンツの上から僕のその周りを指先がそっと行き来している。こんな風に焦らされたことなんて無い。決してダイレクトに触ってはくれず、ただ周りを掠めていくだけ。首をさわさわと舌が下りていく。手は止まらないまま舌があちこち寄り道しながら胸で止まった。
自分でも分かる、息が上がっていくのが。僕はリッキーの肩に両手を乗せて背中を壁に預け、ただ喘いでいた。
熱い舌が体をなぞっていく。いつの間にかスウェットが落ちていた。ボクサーの中に忍び込んでくる温かい手。とっくに僕のそこは勃ち上がり、濡れているのを感じた。胸から唇が離れる。
動きを止めなかった手が僕を包んでじっと止まった。やっと目を開けて見下ろすとリッキーの黒い瞳が見上げていた。
「俺…やっぱり無理だ、お前無しの生活なんてもう考えらんねぇ」
僕の両手は自然に彼の頬を包んでいた。
「僕たちは互いを求めあっているんだ……もうそれだけでいい。死ぬなら一緒に死んでやるよ。リッキーはただ僕に望めばいいんだ」
生きていても死んでいる
死ぬためにだけ生きていく
独りになんて出来やしない。僕もリッキーのことしか考えられない。考えられないんだよ、リッキー。死ぬことが美しいなんて鬱陶しいことは思っちゃいない。死ってもんは醜くて無様だ。けど道が一つならそれを歩くだけだ。
「俺の世界に連れてってやる」
リッキーの愛撫は優しかった。自分の中心に温かいものを感じ、上下に動くのを感じ。僕の手はリッキーの頭の上に力無く乗っていた。目を閉じた僕の耳に聞こえるのは僕を含んだリッキーの立てる音だけ。
イキそうになると口が止まる。荒い息が収まってくるとまた動き出す。足が広げられた。絶え間なくとろとろと流れていく雫をリッキーの指が掬っては後ろに塗り込んでいく。小さなその入り口に指が入りかけては口が動く。
奇妙な感覚だった。今までそこに入り込んだものは無い。異物感と、自然にそこに生まれる拒否。進入を頑なに拒むそこは、たっぷりと僕自身の垂らす雫で濡らされ解されて指を徐々に受け入れ始めた。
う! と呻く度にリッキーの口が上下に動く。
リッキーの舌先が先を擦り上げた。はぁっ と息を吐く瞬間を狙って指が突き進む。
「リ リッキー……もう…むり」
僅かな訴えは、リッキーの口の動きで封じられた。
イキたいのにイケない……
苦しくて、気持ちがいい……
中に入った指が動き始めて息が詰まった。爪先立って逃げようとする僕の左手が掴まれた。
「味わって。大丈夫、痛くしねぇから。俺がどんな風に感じんのか、知ってほしいんだ」
そのまま手が胸に上り捏ねては摘み、口が再び温かく包む。後ろの孔は絶え間ない異物感に、指を押し出そうと蠢いている。
その指が、ある一点を掠めた。
っぁあ!
まるで電気が走るみたいだ………。僕の動きが変わったのが分かったのか、リッキーの指の動きがその辺りに集中した。
「や…めろ…そこは……っあ! 」
火花が散る
頭の中には何も生まれず、白くなってまた火花が散った……
電気が、走る
咥えられたそこが膨れ上がるのを感じた
全身を走る電気に弾け飛んだ僕は、ガクガクと痙攣しながらリッキーの腕の中へと倒れていった…………
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