Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ] 7- S

  4日目

 ビリーから聞いたフェルの話は衝撃的だった。あの時救急車を呼んでなかったら……そう思うとゾッとする。余計な事だろうが何だろうが、フェルが死ぬなんてこと私には耐えられない。

 アルとフェルの間にあるものを私は知らない。なぜ私はそこから目を背けて来たんだろう。そのツケを今払わされてるんだ。きっとそれがフェルを歪めてしまったんだろうに、私は何もしてやれない。私のことを姉だと知っても何も言わなかったのも、もしかしたらそこに原因があるのかもしれないのに。本当にごめんね、フェル。


 『!Aguas!』 というスラングを使う国が7ヶ国あるっていうことが分かった。短時間でリッキーの母国を調べるのはかなり厳しそう。もっと対象となる国があるかもしれないけど、取りあえずこの7ヵ国を調べて外れだったらまた考え直すしかない。

 この中でアメリカに大使館を置いているのが5ヵ国。内戦とかでバタついているのは3つ。ずいぶん減ったからちょっとホッとした。

 私が知っている事実は、リッキーがアメリカに来たのは4年くらい前だってこと。お母さんは自殺、弟は殺された。父親は偉い人。それ以上の情報は全部フェルの頭の中だけど、聞き出せるわけが無い。リッキーになんかもっと聞けやしない。あの子にはもう幸せになってもらわないと。
 フェルより有利なのは、フェルにはその国を調べる気が無いってことね。全く頼る気が無い。それはフェルの信念かもしれないけど、生憎私はそんなものに付き合う気は毛頭無いの。

 

 フェルの目的ははっきりしてる。
   二度とリッキーをあんな目に遭わせない
   されたことはやり返す
   口封じをしておく
そしてそれにはきっと……殺すのが一番手っ取り早いなんて考えてるんだろう。ビリーの話からすれば冗談ごとじゃ済まないかもしれない。
 そう考えて思い出した。バットで殴られた時と同じ。もう自分が見えていない。

 


  ――手段を選ばない

 離れて育ったから分かることってある。ずっとあのあったかい家庭の中でフェルはきっと孤独だったんだ。アルとのこと、スーとのこと。誰にも胸の内を明かすことも無く一人で抱えて生きてきたんだと思う。そしてやっとその孤独から救い出してくれたリッキーが殺されかけた……

 

 スーの死んだ後の暴れ方は尋常じゃなかった。退学の度に思った、もうこの子は立ち直れないかもしれないって。だから私にはリッキーとのことは結果として大歓迎だった。正直すごい相手を選んだものだと半分驚いたけど。でもリッキーはびっくりするほどいい子だった……

 いけない、次のことを考えなくっちゃ! 私の目的はなんだろう。

 1.フェルのバカたれの先手を打つ。行動が早いから時間勝負。
 2.それにはフェルと違う角度から攻める。
 3.犯罪者を出さない、少なくともこちら側から。
 4.そのためには手段を選ばない……

 

 これって、フェルとおんなじ? でも私には自分の手を汚す気ないからね。そしてきっと私たちの共通の目的。リッキーに負担をかけない。

 

 

 頭の中がすっきりしたからこれからのスケジュールを立てた。


「エディ、あんたに頼みがあるんだけど」
「君たち姉弟って人使いが荒いよね」


 笑ってるエディがすごく可愛い。私たちの中で一番変わったのはこのエディだと思う。リッキーはエディとタイラーをすごく尊敬してて、それがエディを変えた。

 最初の頃はひょろひょろのメガネっ子でホントに[チキン]って呼び名が似合ってたのに、今じゃすっかりガッシリとして結構女の子の間でも評判が良くなっている。タイラーとリッキーがエディを鍛えてるんだって聞いた。メガネがコンタクトになって、意外と大人びた顔してるんだと気づいたっけ。

「ごめんね、こき使ってるの自覚ある」

エディが吹き出した。

「いいよ、君らなら許すよ。で、何?」
「内緒で調べて欲しいことがあるのよ。あんた口固いから頼むわ」
「どうしてそう思う?」
「だってあんたから自分の事情ってのを聞いたことないもの。誰だって何かしら喋るでしょ? ロジャーみたいに」
「彼と一緒にされちゃ……確かに彼のことで知らないことは無いけどね」

 

 笑ってる。ホント、いいヤツ。

「あのね、この3つ国のこと知りたいの。歴史的背景だとか表向きの話は要らない。過去5年の範囲で、偉い人の内情。身内で死んだとか行方不明とか、そういう情報なら大歓迎よ」
「えらく大雑把な依頼だな! 偉い人って、なんか絞れないの?」

大使館。荒っぽい手口。監視。

「軍事関係の人。それ以外はすっぱり捨てちゃって。そうね、年齢は50歳から70歳位。もうちょっと若いかもしれない、65でいいわ、もちろん男性。この3つの国はだいぶゴタゴタしてるんだけど、その中でも目立つほどゴタゴタしてる人だって思って。結果を見てまた考える。方向性が違ってたりもっと調べたいことがあったらまた頼むと思う」
「もちろん急ぎだよね?」
「寝てるヒマあったらやってくんない? って感じ」

 

 ため息をついたエディ。

「了解。このことフェルには?」

口を閉じて眉を上げた。彼は頷いた。

「欠片も漏らさないよ」

 

 

 ここから先は私の得意分野。中南米関係の研究に携わってる助教授クラスで良さそうな人を探す。

 ビビアン・アリソン助教授は学生からの支持が高い。何事にも積極的で新しいことをするのが大好き。そして無駄が嫌いな人。

 事務室でスケジュールを確認して、オフィスを訪ねた。研究に熱心で遅くまで頑張ってるから、こっちはすごく助かった。

「どーぞ」

ノックに応える声は伸びやかで明るかった。

「失礼します。2年のシェリー・ロビンズと言います」
「シェリー! 知ってるわ、あなたは有名だもの。良くも悪くもね」

愉快な人! こういう人って大好きだわ!

「そこにかけて。私に何の用かしら?」
「実は今、中南米のことを調べてるんです。取っている教科から外れるのでほとんど独学になりますが。興味があるのは古い民話や伝承です」
「一つ訂正ね。民話も伝承も古いに決まってるでしょ?」

仰る通り! これは気をつけないと負けそう。

 

「そうですね、当たり前のこと言っちゃった。で、いろいろ調べてこの3ヵ国にしたんですが、資料とかそういった物の見当がつかなくて」
「なぜこの国を選んだの?」
「スラングをヒントにしたんです。共通の言語の流れってあるじゃないですか。そういう観点からの歴史や文化をまとめていくのは面白いかなって」
「なるほどね! 目のつけ処がいいかもしれない。そういう発想って面白そう。でもあなたの将来とかそういうものに結びつくとは思えないんだけど。興味本位ってことかしら?」
「そうなるかもしれません。でも惹かれるものを追って行く人生っていいと思うんです。そこから生まれるものがあるかもしれない」

「……想像と違うわ、あなた」
「そうですか?」
「もっと計算高くて利己主義なんだと思ってた。結構ロマンチストなのね」

 笑ってるから評価が上がったんだと思うけど……ごめんなさい、今やってるのは計算の上でなの。ちょっぴり後ろめたい。

 

「そうねぇ。この3ヵ国を主流にしたいのね? こっちの国は移民や移住してしまう人たちが多いのよ。国に愛着が無いの。だからあなたの目的からは外れるかもしれない。絶えず流動的な国民で成り立っている国には民話や伝承が根付く土壌が育ちにくいから」
「本当は現地にだって行ってみたいんですが、危ないって家族にも止められて」
「当然ね」
「直にその国の人たちと触れ合える場があるといいんですけど。シンポジウムとかに参加するしか無いんでしょうね、きっと」

 彼女は立ち上がって一冊のファイルを取って来た。

「これね、春にあった交歓会なんだけど。直接大使館に相談してパーティを申し込んだのよ。こういう途上国って内情の変動が激しいでしょ? だからアメリカみたいな大きな国と密接な関係を築きたがってるの。文化交流なんて格好の材料なのよね、政治的な意図が無いし、親善として自分の国のいいイメージを見せられる。この時も学生主体で計画したプランを受け入れてくれたのよ」
「それって面白そうですね! あの、具体的にどう進めたらいいですか?」
「参加者の顔写真入りのリストが要るわ。あと大学の推薦状ね。男女平等に行きたいところだけど、女性だけの方がスケジュール決まるのが早いと思う。リストのことなんか考えたら来月くらいでいいのかしら?」

「リスト、すぐ用意できます。私たち、グループで研究しようとしてるので。何人くらいから申し込み出来るんですか?」
「だいたい15~20人かな。それ以上は先方も受け入れにくいと思う。準備とか手がかかるから」
「15人ならすぐリスト提出出来ます」
「せっかちなのね、私に似てるかもしれない」

 

 この人の所に来て良かった! こんなに早く話が進むとは思わなかった。私は大使館の話が出れば御の字だと思ってたから。出なきゃ自分から話を持ち出す気だった。

「いいわ、推薦状は私がお願いしておくわ。その後のスケジュールは大学側のスタッフと詰めてちょうだい。私が出来るのはここまでね」
「ありがとうございます! すごく助かります。伺って良かった!」
「終わったら報告のレポートもらえる? 内容が良ければこれからの立派な資料にもなるしこちらも有り難いわ」
「もちろんです。きっちりとまとめて提出します」
「期待してるわ。じゃ、その時にまた」

約30分。あっという間の展開だった。ここからが勝負になる。

 

 

 

 

  5日目

 

 

 次の午前中。学園長秘書のアネッティから電話があった。

「シェリー、あなたの大使館との交歓会の推薦状が出来てるわ』
「アネッティ、お久しぶり! ありがとう、あなたが手配して下さったの?」
『ビビアンから話を聞いてすぐに手配したの。リストの用意も出来てると聞いたけど』
「ええ、大丈夫よ。もう少ししたら手元に届くわ。ソロリティから選んだから間違いない子たちよ」
『それなら良かった! 大学側としても人物調査や面倒な手続きををしなくちゃならないのよ。でもあなた相手なら手続きが楽だわ。スケジュールの手配なんだけど、任せてもらっていいのかしら?』
「お願いできます? 出来れば早い方が有り難いの」
『実はね、一ヶ所はもういつでもOKなのよ』
「え、なんで?」
『一昨年だったか……この大学に支援したいっていう話があってね、それで寮の改築が決まったんだけど』

 

 それ……当たりかも! あの寮をリッキーのために用意したんだわ!

「それで!?」
『あら、食いつきがいいわね。それでそこならこちらの準備出来次第いつでもどうぞって。とても好意的だから後はあなた次第ね。他の国は少し待ってもらうことになるわね』
「いいわ、それで。レポートも早く作りたいしとても助かるわ。じゃ後で伺います。一緒にリストも持って行くわね」


 彼女が男性とホテルから出て来たのを見たのは今年の頭頃。驚いたのよね、その相手を見て。だって、学園長が付き合ってる "彼女" の旦那さんだったから。
 それ以来、私たちは仲がいい。こんな時に助けてもらえるほど。

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