
宗田花 小説の世界
Fel & Rikcy 第3部[9日間のニトロ] 13- B
6日目
母さんと入れ替わりで病院を出るフェルを追った。知り合いが多いこの辺りでフェルがスピードを出すわけがない。俺はうんと距離を開けて走った。途中で大学に向かってるのが分かったから、追い抜いて反対側に走り抜けた。
こっからは勘に頼って動かなきゃなんない。フェルはどう動くのか。今日はどこまでやる気なのか。ハズレたら負け。そして今回はハズレは無しだ。
夕べのフェルのあの笑い。今日はデカイことが起きるような気がしてなんないから。
10分経って俺は大学の敷地内に入った。エディが手配してくれたお蔭で、夫婦寮の中に入れた。ここは敷地ごと、セキュリティがしっかりしていて若い夫婦に厄介な事件が起きないようになっている。
――こん中であの二人は幸せに暮らしてたんだよな……
ムカついて涙が落ちる前にゴシゴシ目を擦った。分かるよ、フェル。あんなに愛してるリッキーを殺ろうとしたヤツらを黙って見逃すなんて出来無ぇよな。けどさ……
フェルの車が見えたから、離れて止めた。フェルの借りた車はグレーのセダン。俺のはシルバーのセダン。どっちもありふれた車だ。その気にならなきゃ分かりっこない。
40分くらいしてフェルが出てきた。
――尖ってる
一目見て分かるほどキレてる。女の子がすれ違いざまにフェルに挨拶した。振り返って言葉を返す穏やかな顔。前を向いた突き刺すような顔。車に乗り込んだ顔には冷たい笑いが貼り付いてる。
見逃すわけにはいかねぇ。夕べ、腹括ったんだ、きっちりこれは譲れねぇ。
あんまりこの辺りのことは知らねぇけど、エディから地図も貰ってたしタイラーは細かく何度も教えてくれた。
タイラーの道の教え方ってイカしてる。
「目を瞑れ」
そうタイラーは言う。
今、右は学生たちがワイワイ騒ぎながらカフェの前を歩いてる。
そこはフェルがバイトするカフェだ。分かるか?
俺は頷く。
じゃ、アクセル踏んで軽く10分走るんだ。
右に6、7階建てのビルが立ち並んでる。左はデカい公園だ。
ジョギングするいい女が入ってく。
ほら、そこ、女を眺めながら左折だ。
こんな調子だから、初めて見る道が初めてじゃない。だからフェルが向かってんのがモールだって分かった。少し速度を落とす。
(ヤバい、この辺り何もねぇ……)
やけに寂れたモールだ。うんと手前で止めて双眼鏡で眺めた。パッとしない駐車場にぽつんと車が見えてフェルが立っていた。顔が見えないけど、きっと碌な顔してない。タイラーに電話した。
『ビリー、どうした? フェルが動いたのか?』
「うん、今ここ、モールだと思うんだけどやけに寂れてんだよ。地図で見たら西側みたいなんだけどさ」
『ああ、そこもう封鎖されてるはずだよ。モールは1/3はもう機能してないんだ』
「でもその駐車場にフェルが突っ立ってる」
『……ビリー、目を離すな。何かありそうだ。俺もそっちに向かう。けど30分は軽くかかるから間に合わないかもしれない。お前はフェルにしがみついとけよ!』
「分かった!」
『連絡つかなかくなったらエディを中継しよう。じゃな』
タイラーもエディも、何にも聞かない。内情なんか関係無くただ心配して助けてくれる。フェル……みんな心配してるんだ……
フェルが車に乗って動かし始めたけど、スピードを出さないから双眼鏡でずっと追うだけにした。下手に近づくのはマズい気がする。少しして地下みたいな暗いとこからフェルが歩いて出てきた。今度は脇の扉の前にちょっと立ち止まって中に入っていく。どうしよう。追っかけた方がいいのかな。ここに来た目的が分からない。
そう思って、さっき考えたことを思い出した。勘に従え。理屈とか推理とか、そういうのは要らない。建物のグラフィックを一瞬眺めて目を閉じると、頭ん中で中の様子が広がる時がある。そんな時は大概後から見た図面と大差無いんだ。それとおんなじ。俺の勘は、まだここにじっとしてろって言ってる。俺はこのまま待つことにした。
フェルが建物から出て来たのは10分位してから。その後はドアの脇にある崩れた石か何かに座り込んだ。
誰かを待ってる。
ドキッ! と、心臓が跳ねた。犯人だ。ナットから聞き出したんだ、夕べ。そして多分ここに誘い出した。
――殺すかもしんない
急に現実味を帯びてきて、心ん中に焦りが形になって膨れ上がる。落ち着かなきゃ。今、ここには俺しかいない。どんなことしてもフェルを止めなきゃ。さっき中に入ったのはきっと下見だ。いくらこんだけ何も無いったって、表じゃ人目につかないとも限らない。ってことは中で殺る気だ。ならみんなが中に入った時に俺も中に入り込まなきゃなんない。ガキの頃から走るのはずっと早かった。この足に賭けるしかない。今動いたらフェルに見つかるだけ。
その時、向うから黒い車が近づいてきた。
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