Fel & Rikcy  第3部[9日間のニトロ]

22-(9日目 B)

  (B)

「フェルっ!!」

 オルヴェラの真ん前に立ったフェルの耳に、俺の声は届いてない。ナイフを躱して腹に一発叩き込んだ。重い拳になんか吐いてナイフが落ちた。
(頼む、もってくれ!! お前が殺されたんじゃ困るんだ!!)

俺って、こんなに走るの遅かったか?

 

 落ちたナイフをフェルが拾う。オルヴェラの前にしゃがんだフェルがオルヴェラの左手を持ち上げた。
「フェル!!」
目の前なのに、もうフェルの肩を掴めるのに俺の手は間に合わなかった。

「ウギャッ!! ウワアァァッ!!!!」

引っ繰り返って転げまわってるオルヴェラが左手を掴んでいる。
「抜けないって? こうすりゃ簡単に抜けるじゃないか」
フェルが何か拾ったところを俺は後ろから羽交い絞めした。
「フェル! やめろ!! 頼む、終わりにしてくれ!!」
 簡単に振り払われて振り向きざまに殴られた。気が遠く……いや、そんなわけにはいかねぇんだっ!!

 

 車が滑り込んで来たのが目の端っこで見えた。タイラーだ! フェルはまたオルヴェラの前にしゃがんでヤツの髪を掴み上げた。
「なあ、どこからがいいと思う? かっこ良くさ、『選ばせてやる』とか言ってみたいけど生憎お前に選択権は無いな。僕が選ぶんだよ」
何かわめこうとするオルヴェラをフェルがニタっと笑って見た。俺は這いずってフェルの腕を掴んだ。
「フェル、もういいだろ? な、いいだろ? こんなつまんねぇヤツのせいで罪犯すなよ。リッキーが泣くよ。大事な兄貴なんだ、もう……」
 俺が泣いてた。声が震えた。な、もうフェル、もう止めようよ…… 俺の手なんか無いようにフェルの手が動いた。

「僕はさ、まずお前の声が聞きたくない。お前が『リッキー』って名前を呼ぶのが気に食わないんだよ。あの名前は僕のものだ。お前なんかが呼んでいい名前じゃない。分かるか? なあ、分かるか?」

ナイフの先がオルヴェラの口をこじ開けながら中に入っていく。

「声、出すか? ナイフ、どっちに動くかな。右か? 左か? それとも奥か?」
 オルヴェラは切り飛ばされた指のことも忘れたみたいだ。すっかり大人しくなってる。俺も下手に動けない、ナイフがどこに向かうか分かんない。
「口、閉じていいんだぞ。嫌なら逃げていいんだ。ナイフ、あったまったか? まだ冷たいか? 頷けよ」

頷けるわけがない、ビビっちまってきっと腰が抜けてる。

 

 足音が聞こえる、タイラーが走って来てる。

「リッキーは僕のものなんだよ、分かるか? 頷けって言ってるだろ!?」
「フェル! お前なにやってんだよっ!!」
 タイラーが叫ぶのと、フェルの手が横に動くのが同時だった。オルヴェラの頬から血が吹き出してる。裂いたんだ…… でもそれはチャンスだった。ナイフがやつの口から抜けた。

 俺は後ろからフェルに飛びかかった。どうなったって構やしない、まだフェルは引き返せる。タイラーは一番正しいことをやった。オルヴェラを担ぐと乗って来た車に向かう。エンジンはかかったままだ。やっと俺を引き剥がした時にはタイラーはオルヴェラの体を車に放り込んでいた。

 フェルは物も言わず自分の車に走った。

「ビリー! 早く来いっ!!!!」
 俺はそこに落ちてる指を引っ手繰ってポケットに突っ込んで走った。こんなの残していけない。ドアも閉めない内にタイラーはアクセル全開ですっ飛ばし始めた。

「おい! 聞いてるか! 今ヤツを拾ってフェルから逃げてる。ビリーがいるから携帯追えるだろ!? 大使館までの近い道を教えろ!!」
『分かった! 逃げ切れよ』
「分かってるさ、ロイ。伊達にレーサー目指したんじゃない」

フェルの車が追って来る。
「掴まってろよ! あいつ本気だ、追いつけばこっちがやられる!」
ロイの指示が飛んでくる。半端無いスピードでコーナーを曲がっていく。横でオルヴェラが唸っていた。助手席にいるシェリーが初めて喋った。

「あんた、うるさいわ。黙っててくんない? あんたのせいでこっちはえらい迷惑よ」

 

 タイラーはいくつか信号を無視して突っ走った。この辺は車通りが少ない、だから何とかなる。でも大使館に近づけばきっとそうは行かない。だからどっかで撒かなきゃなんない。シェリーが携帯を取り出した。

「私です。今そちらに向かっています。 はい  はい  分かりました、お願いします」
電話を切ってタイラーに話しかけた。
「ぎりぎりフェルに付いて来させて、タイラー」
「なんで!」
「結末を見なきゃフェルは納得しない。分からないままにしちゃだめなのよ、一生こいつの影を追うわ」

タイラーはしばらく考えていた。

「分かったよ、そうだな、その通りだと思う。これから行く先じゃきちっとコイツのこと、片をつけてくれるんだな?」
「ええ、それは間違い無いから。あんたも大使館に逃げたいでしょ?」
 後半はオルヴェラに向けて言った。頷いてるけどこいつにはきっと何が何だか分かっちゃいないだろう。

 車が増え始めてタイラーは速度を少しずつ落とし始めた。バックミラーをチラチラ見ながら速度を調整してる。タイラーのドライブテクニックに途中から見惚れていた。

 車の振動で来る痛みを必死に抑えてるオルヴェラは静かだった。そういう意味じゃフェルはいい仕事をしたと思う。俺たちにしたってこいつなんかからリッキーの話を聞きたかない。


 4時間近く走った。陽が落ち始めていて周りには車も少ない。
「スピードは上げない、この辺は多分あちこちにカメラが設置されているからな。結構離したから大丈夫だと思う」
コーナーを回るたびにタイラーは時間を稼いだ。スピードを緩めずにほとんど直角に突っ込んでいく。
「あそこ!!」
シェリーが叫んだ。


 門の周りに煌々と明かりが灯っていた。その中に人影が見える。近づいて行くと、背の高い年配の男が立っていた。
「そこで止めて」
 その男んところまであとほんの少し、20メートルくらい。大使館だってことが分かったんだろう、こいつは俺に体をぐいぐい押し付けてきた。

「なんだよ、下ろせって? 少し待たないか、もうすぐフェルも着くからさ」

必死に後ろを振り返りながら俺を蹴り始めた。
「分かったよ、下りてやるからちょっと待てよ。ごたごたするとその頬っぺたぶん殴るぞ」

途端に大人しくなったから俺は車を下りてこいつを引っ張り出してやった。そのまま道路に放り出す。フェルの車が近づいてきたのを見て、慌ててオルヴェラは前に進み出した。すっかり腰が引けてる。

 

 フェルは俺たちの車の横に止まった。バタン とドアを閉めて車の横に立つけどこっちを見もしない。後ろを振り返りながら顎に血を垂らして必死に逃げるオルヴェラは、走ってるとは言えなかった。フェルはその後ろ姿に向かって歩き始めた。
 追いかけようとする俺はタイラーに止められた。
「行かせてやれ。もうこれ以上バカな真似はしないと思うよ」

 

 そいつがさっきの男の後ろに隠れんのと、フェルがその手前で止まるのとは同時だった。
「ここまでだよ、フェリックス。リカルドを頼む。ディエゴの遺体は引き取った。後のことは君が考えることじゃない。帰りたまえ」
 二人はしばらく見つめ合って、そしてフェルは背中を向けてこっちに歩いてきた。

 

「帰る。終わった。リッキーのところに帰るよ」

その声はいつものフェルの声だ。タイラーがその真ん前に立った。
「一発ぶん殴る」
フェルは避けようともせず、顎の下からきれいな一発が入った。タイラーは揺れるフェルの体を抱いていた。
「リッキーを泣かすな。もしお前がいなくなったらリッキーはどうやって生きていくんだよ」
タイラーの言葉に何度も頷くフェルからはもうあんな怒りは消えちまってた。

 

「私フェルの車に乗ってくわ」
 返事も待たずにシェリーはフェルの車に乗った。俺とタイラーはほとんど喋らずに寮に向かった。途中からフェルの車とは別れた。

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