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Fel & Rikcy 第6部

5.やだ!!!

 カウンセラーにも相談しながら俺たちが悩んでいるのは春学期の科目登録だ。登録が始まんのは11月の半ばだけど、それまでに方向性ってのを決めねぇと結局ぐだっちまうことになる。

 卒業をいつにすんのか、そのためにどんだけの単位の割合を1年間に突っ込むのか。その加減を考えなくちゃなんねぇからカウンセラーは大事なんだ。

 

 俺たちのカウンセラーはジェイミーっていう27の大学院生だ。バイトだけどきっちりそういう勉強はやってるし、先輩だから話しやすい。それに俺たちの噂を知っててアドバイスもよくしてくれる。
 ま、見てくれはパッとしねぇメガネで丸っこい男なんだけど、結構笑った時の顔はあったかくていい。

「二人ともどうしたいのか、肝心のやりたいことが具体的に決まってないよね。かと言って別に人生投げ出しているわけじゃないし。二人一緒でって考えてるの? それとも別々?」
「僕は自分の先のことをリッキーに押しつける気は無いんです」
「俺は逆で……フェルから離れんのが不安で堪んねぇんだ」
「困ったな……それじゃフェルはまだいいとして、リッキーはフェル次第ってことになるのかな?」

 

 難しい質問だ、俺には自主性が無ぇってことだ。この前こういうのを話し合った時、俺も納得したつもりだったけど、いざ現実的に考え始めるととてもじゃないがまともな結論を出せそうにねぇってことが分かったんだ。フェルは先々のことを中心で考えてるけど、俺はどうしてもフェルを中心に考えちまう……

 


最初の日は上っ面の話で終わって、別の日に俺だけジェイミーに呼ばれた。

「やりたいと思ったの、一つも無いの?」
「前に……」
「うん」
「友だちのタイラーにコーディネーターになったらどうだって言われたことはある」
「コーディネーター! で、リッキーはそれ、興味ある?」
「あるけど……」
「けど?」
「この大学じゃそっちの系統が無ぇから…」

ジェリーが腕組みして考えた。

「他の大学に編入だってできるよ」
「やだ!! 絶対にそれはやだ!」
「なんで? せっかくやりたいことがあるのに」
「フェルと離れるのなんて……やだ……」
「あの、泣かなくていいから、まだそう決めたわけじゃないし。困ったな、泣くなよ」
「俺……ひくっ……フェルと……ひくっ……別れんの……」
「あのさ、離婚しろって言ってるわけじゃないんだ。ただ目的のためにそういう道もあるってこと。なんならここを休学してしばらくそっちの勉強をしてみるとか」
「やだ!!!!」

 その日は俺の『やだ』の連発で終わっちまった。ジェイミーが手を焼いてんのは分かるけど、こればっかりはどうにもなんねぇんだ。

 フェルは今考え中だって言って、その中身をちっとも教えてくんねぇ。俺はフェルが決まんないと先に進めねぇし。それがフェルにはてんで分かんねぇみたいで。

 


「リッキー、だめだ、自分でも考えないと。世の中結婚している夫婦が何もかも一緒ってわけじゃないんだよ? それぞれ仕事持って家庭をちゃんと築いてるよ」
「やだ! フェルと一緒がいいんだ!」
「依存しあっちゃいけないって、前に言ったろ? リッキーもしたいこと探さなきゃだめだよ」
「俺、フェルといる。それ、一番したいことだ」
「僕だって決まってないよ。リッキーが先に決まったっていいんだ」
「やだ!!」

 シェリーとエディに呼ばれた。

「リッキー、仕事するのが嫌なんじゃないでしょ?」
「そういうのとは違う」
「タイラーがコーディネーターって言ったんだよね。それはどう思ってるの?」
「……素敵な仕事だと思ってる」
「勉強だけでもしてみたらいいじゃないか。リッキーは色だって服の組み合わせだってよく分かってると思う。普通の人とセンスが違うんだよ。それって才能だと思うよ」
「そうよ、リッキーにだってやれることがあるわ。料理関係にだって進めると思う」
「それって、フェルと別個に勉強したり別の学校に通ったりってのが前提だろ?」
「そうなるけど……いいじゃないか、違う講義を受けてるんだと思えば。この大学にいる時だってそんな時間あるだろ?」
「やだ! フェルと別れるなんてやだ!」

シェリーが困った顔してるけど、今回ばっかりはそんな顔してもだめだ。

「フェルはそんなことであんたを離したりしないわよ」
「俺が離れんのがいやなんだ」
「時にはそんな時だってあるよ。リッキーも自分の道をちゃんと見つけなきゃ」
「やだ!!」


 タイラーが、ロジャーが、レイが、おまけにロイまで俺を説得にかかってくる。

「お前の人生なんだぞ。フェル任せじゃなくって考えろよ」
「やだ! フェルと一緒がいいんだ!」

 とうとうみんなが音を上げた。

「じゃ、フェルとよく話し合って」

 

 

 結局誰もがフェルにこの話を投げた。そして、それからいくらも経たない夜。

「リッキー、ここに座って」

 イヤな座り方だ、テーブルで向かい合ってフェルは向うっ側に座ってる。手を触ることも出来ねぇ。

「リッキー。僕はまだ迷ってるって言ったよね。リッキーはあれから何か考えた?」
「考えた」
「聞かせて」
「フェルと一緒」
「おい……それじゃ答えになってないよ。二人でそれぞれやりたいことをいくつか挙げて、その上で考えないか? 生活をそんなに崩さなくて済むような、そんな生き方をさ」
「俺、だったらバイトする。ずっとバイトするよ、マスターんとこで。で、フェルより先に帰って飯作って待ってる」
「リッキー……」
「奥さんが家にいるって普通じゃないか。そんなにフェルが一緒じゃダメだって言うんなら俺はそうする」
「リッキー! 僕はリッキーにそんな生き方して欲しくない!」

 ビリッ!とした声だった。俺の口が震えはじめる、涙がぽたぽた落ちてくる。

 

「このことで泣き落としは通じないからな。ちゃんと考えるんだ。これには僕たちの将来がかかっているんだぞ。気がついたら何も自分のものが無かったなんて、そんな人生送ってほしくない」
「フェルが……フェルがいる……俺にはフェルがいるもん……」
「リッキー……どんな仕事をしたって、僕はいつもお前といるよ。分かってるだろ? そんなこと。お互いにもし別のことをしても、帰って来てそれをお互いに喋ってさ、知らない世界を相手を通して見れるんだよ」

 俺は喉がつっかえたようになって……鼻水を啜りながら喋った。

「フェルは……俺が、邪魔なんだ……そうなんだ、俺と四六時中いるのが嫌なんだ、俺と離れる時間が欲し」

  バンッ!!!!!!

 

 俺は言葉を呑み込んじまった。フェルが……怖い……

「いい加減にしろっ! そんなに僕の言ってる意味が分かんないのか!? そういうこと、誰も言ってないだろ!」

フェルが立ち上がった。

「ふぇる……どこ、どこ行くの? ふぇる……」

「外を歩いてくる。このままじゃケンカになるから」

上着を掴んでフェルが出て行く、俺は飛び上がってフェルの腕を掴んだ。

「やだ……こんな風に出てっちゃやだ、俺、寂しい、寂しいんだ、フェル……」

フェルの目がちょっと優しくなった。俺の肩に手を置いてくれて。

「お互いに頭を冷やそう。僕はお前と離れたいなんてこれっぽっちも思ってないよ。けどリッキーの意志を知りたいんだ。少し散歩してくるから。リッキーも考えて。遅くなっても気にしなくていいからな」

  ぱたん………

 

 キスもしてくんなかった……

「ふぇる、ふぇる……俺、一人になんの、やだ……」

 タオルを2本持って座った。考えてって言われたって、ちっとも考えらんねぇ…… なんでフェルと一緒じゃだめなの? なんで離れたくねぇって言っちゃだめなの?

「フェル、俺、やだ、一人で考えんのもやだ……」

 

 

 遅くに帰ってきたフェルは泣いてる俺を黙って抱き寄せた。キスをくれて、寝ようって言ってくれた。


「やだよ……もっと何か言ってよ……」


 小さく「やだ」って繰り返す俺の頭を胸に抱いてくれて、ずっと背中を撫でてくれる。俺はその胸で泣きながら、いつの間にか眠ってた。

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